キッチンから戻ったMulderは、両手で湯気の立つマグカップを3つ運んできた。
コーヒーの良い香りが鼻孔をくすぐる。
彼は左手に持っていたカップを僕の前に、そして器用に右手で2つ持っていたカップはDanaと自分の前においた。

「ありがとうございます」

僕は彼に礼を言ったが、彼女は当たり前のようにそれを受けとると早速1口飲んだ。
彼女にとって5杯目のコーヒーは、Mulderが入れた。
彼はDanaの隣に無遠慮にどかりと腰を下ろすと、「さて」と言って僕と向き合った。
さきほどまでまとっていた気だるげな雰囲気を脱ぎ捨てたMulderは、射るような瞳で僕を見つめ、ニヤリと笑った。

「詳しい話が聞きたい」


*****************


僕がざっと今までの経過を説明している間、Mulderは一言も口を挟まずに膝の上にひろげたファイルに目を落としていた。
彼の隣に座ったDanaは、まっすぐに僕を見つめ、時々彼によりそってファイルをのぞき込んだ。
そんな仕草に気をとられながらも僕は話し続ける。

「最初の2件は悪魔教の儀式殺人の疑いがあります。
現場となった被害者の部屋にはどちらも祭壇が飾られ、ペンタグラムが残されていた。
でもあとの3件からは、悪魔教に関係するものや人物はなにも浮かびません。
すべてのケースに共通しているのは殺害現場が一人暮らしの被害者の部屋だということ、
絞殺で、被害者がすべて18歳から25歳までの若い白人女性であるということ、
そして彼女たちはすべて生存しているあいだにレイプされた形跡があるということの4つです。
精液のDNA鑑定から5件とも同一犯の犯行であることが判明しています。
遺体からは被害者のものではない繊維がいくつか採取されました。
犯人が使った車のシートではないかと思われます。」

「DNA鑑定ではFBIのデータベースにひっかからなかったわけね」

「はい」

僕はDanaにうなずいた。

「何人か容疑者は浮かびましたが、すべてシロでした。
いまは悪魔教の団体をかたっぱしから調べているところですが、残念ながら手がかりがつかめません」

「捜す場所が違うのさ」

「Mulder」

Danaが警告をふくんだ声で彼の言葉をさえぎった。

「Scully、残念ながら今回のケースはエイリアンや、子供がほしい悪魔とは関係ないよ。
いつかのように森でカエルが降ってくることもないだろう」

数枚の被害者の写真に目を通していたMulderは、ふいに動きを止めた。

「Scully、これを見てくれ」

Mulderは彼女に４件目の被害者の上半身が写った写真を差しだした。

「Scully、首に小さな傷がある」

DanaはMulderから写真を受け取ると、かすかに眉をひそめて写真を凝視した。

「これは首をしめられたときにできた傷ではないわね」

その瞬間、Mulderの頭脳にひらめきの火花が走ったのがわかった。

「彼女はネックレスをしていたのかもしれない。
この傷は犯人がそれをひきちぎったときにできたとは考えられないか？」

「何のために？」

彼女は写真から目を離すとMulderの顔を見上げた。

「トロフィーさ」

低く言いながらMulderが彼女へと顔をよせると、二人は見つめ合う形になった。
その距離のあまりの近さと親密さに、僕は思わず目を伏せて、手近にあった書類のページをめくり、
何かを探しているふりをしなければならなかった。
Mulderは、そんな僕を気にとめるふうでもなく話を続ける。
そのとき僕にははっきりとわかった。
Mulderの目には、僕など映ってはいないのだ。
彼はDanaにだけ語りかけている。
彼女さえ自分の話についてきてくれればそれでいい、そういうふうに見えた。
彼らは今までもこんなふうに、お互いだけを瞳に映し、お互いだけを信頼し
2人だけのストーリーを作ってきたのだろうか。

「最初の事件でも被害者は右耳にピアスをしている。でも左耳にはしていない。トロフィーだ」

「記念に持ち帰ったというわけね」

「他の被害者のものも何か持っていったはずだ。アクセサリー、でもブローチのようなものではなく
被害者が肌に直接つけている、指輪か、ネックレス、アンクレット・・・そんな種類のものだと思う」

僕は口を挟むことを許されないままに２人の会話を聞いていると、急にMulderが僕へと向き直った。

「最初の2人の被害者は悪魔崇拝者だったかもしれない。
だからといってこのケースに悪魔教が関係しているとは思えない。
最初の2件のみを見れば儀式殺人と考えられなくもないが、事件全体を見ると、これはレイプ目的の無差別殺人だ。
ここで注目するべきは犯人が次の犯行にいたるまでの期間だ。
最初の2件は約1ヶ月の間がある。
しかし3件目は2週間、4件目から一番最近の犯行までは1週間しかあいていない。
犯人は自分の衝動を抑えられなくなっている。
つまり、犯人が次の殺人を犯すまでに、時間的な余裕はないということだ」

きびきびとした捜査官の口調でMulderはそこまで言うと、僕のほうへ身を乗りだして片頬を上げてかすかに笑った。

「Powell捜査官、悪魔教は容疑者リストから外すんだな」

「でも、げんに最初の2つのケースでは…」

年上の先輩捜査官といえども、僕らが長い間捜査してきた事件を現場も見ずに指図してほしくなかった。
僕らのチームはこの半年、足を棒にして容疑者につながる証拠を捜しまわったのだ。

「Powell捜査官、自分に都合のいい情報だけをピックアップしてはいけない。
心の中でいかなるイメージも作り上げないことだ。
心にいったんある考えが湧くと、後は自分の考えに矛盾しないように情報を選び取り、
自分の考えに矛盾しないように、その情報を解釈しようとする。
犯罪捜査において、それは危険な考えだ」

「では、あなたの説を聞かせてください、Mulder捜査官」

僕は落ち着き払ったMulderに、そして、Danaとの距離をごく自然に縮めるMulderに苛立っていた。

「僕の分析では」

Mulderは自筆のメモに目を落とした。

「犯人は白人男性で、年齢は20代から30代後半。
平均、もしくはそれ以上の家庭に育ち、身だしなみがよく、愛想がいい。
知能が高く、安定した職業を持ち、家族と一戸建て住宅に暮らしているかもしれない。
車はゼダンかハードトップで、思春期に非行青少年収容所などのなんらかの施設に収容された経験がある」

僕のささくれ立った声に気を悪くするでもなく、Mulderはよどみなく彼のプロファイルを披露しはじめた。
自信に満ちた低い声と、その的確さに僕はいつのまにか必死でメモをとっていた。
彼の隣のDanaは口を挟まない。

「犯人は被害者との面識はなく、若い独身女性が立ち寄りそうなバーやパーティーなどで女性を物色し、声をかける。
身なりのよい知性的な犯人は、女性から好感を持たれ、被害者を選ぶのにたいして苦労はしなかっただろう。
最初の2人の被害者は、ロック、あるいはヘビーメタルバンドのコンサートで犯人と出会ったかもしれない。
犯行日、またはその前日にあったロック、ヘビーメタルのコンサートを調べるべきだ」

「そういえば最初の犯行日は土曜、次は金曜だ。週末にコンサートがあったかもしれない。
となると犯人はコンサートのチケットを買って自分も入場したんでしょうか？」

「その可能性が高いと思う。その帰りに女性に声をかけた。
コンサート直後の興奮と、同じコンサートを見たという親近感で、被害者の女性は犯人に警戒心を持たない。
これがうまくいったから次の犯行も同じ手口を使った。
悪魔教の祭壇やペンタグラムがあったのは、被害者となったティーンエイジャーの信仰ではなく
若者特有の流行か、バンドの影響によるものだと思う。
ここで重要なのは、ペンタグラムや逆十字があったとしても、それが犯罪に使われたのでなければ
犯罪の証拠にはならないということだ」

Mulderの分析を聞いているうちに、僕は自分がどんどん高揚していくのがわかった。
行動科学課のプロファイルとはこういうものなのか。
Mulderの口から語られる科学に裏打ちされた犯人像に、僕は惹きこまれていった。
Danaが僕とMulderを注意深く交互に見つめている。
僕は大きく肯きながらメモを取り続けた。
Mulderは彼が書いたメモに時おりなにか走り書きを加えながら話を続ける。
彼の長い指はペンをもてあそび、唇をさまよい、彼の瞳は奇妙な光を宿し、僕を通り越して何か別のものを
見ているようだった。

「それから犯人はセックスマガジン、犯罪小説、違法なセックス指向のコミックスの類を収集しているかもしれない。
悪魔教の団体より、リッチモンド近辺で、この手の本を扱っている本屋を調べるほうが先だ。
レンタルビデオで女性を強姦し、殺害するというような映画を繰り返し借りている場合がある。
レンタルビデオ屋の顧客情報や防犯カメラから足が付く可能性も高い」

「すごい！そのとおりだ。僕らは悪魔教にとらわれすぎて事件の全体を見ていなかったのかもしれない」

「John」

Danaの呼びかけにも答えずに僕は熱心に今自分がとったメモを読み返していた。

「Powell捜査官」

さっきより少し大きな、よく通るDanaの声で僕はやっと目を上げた。

「なんです、Dana？」

「Dana…」

Mulderは苦い笑顔で、呟くように小さく彼女の名を繰り返した。

「Powell捜査官、Mulderは一流のプロファイラーよ。でも、プロファイルはバイブルではないわ。
それは効率的に捜査をするためのものであって、あなたたちの捜査を否定したり、それに代わるものではないの。
妄信してはだめ。
それからPowell捜査官、仕事の時にはScully捜査官と呼んでちょうだい」

彼女が無表情で付け足した言葉に、僕は思わず「あっ」と声を出し、と同時に顔がかっと熱くなるのを感じた。
そして彼女の弁に苦笑いするMulderを見て、僕はここに来る前に彼女に言われたことに思い当たった。

『冷笑される場合が多いけど、ときに彼の独特のオーラのようなものに強い魅力を感じる人もいる。
でも彼に惑わされちゃダメ。自分をしっかり持つこと』

なるほど、彼には僕を惹きつける不思議なオーラがある。
その証拠に、僕が最初に抱いていた彼のイメージは粉砕し、すっかり彼のプロファイルに傾倒してしまっている。
彼の生き方や信念を冷ややかに受けとめながらも、難事件が起こると彼の意見をききにくる捜査官が多くいることも
肯けることだと思った。
彼は他の捜査官が見落としたものを発見することが上手い。
リトルグリーンマンや悪霊の類の話を持ち出さなければ、彼は間違いなく局内で尊敬と栄光を手に入れたはずだ。
僕がとまどうような視線をMulderに送ると、彼は一つ咳払いをしてこう言った。

「とにかく、自分の目で見て、触って、感じたことをそのまま受け入れるんだ。
それを自分の引き出しに合うサイズに作りかえるな。そうすれば自然に真実は見えてくる。
ときに真実は君の想像を遥かに超えることがあるんだよ。
だから心の中で自分勝手にイメージを作り上げることは固定観念にとらわれることになり、とても危険なんだ」

彼が少し早口に続けた。

「次の犯行までの時間はあまりない。やるべきことはたくさんある。
今から犯行現場が見たい。5件全部だ」

「Mulder、それはもう凶悪犯罪課で調べてあるわ。私たちはそこまで立ち入らないほうがいい」

Danaが警告する。
その押し殺したような声に、関係のない僕のほうが謝ってしまいそうになったが、
Mulderは表情さえ変えることなく異議を唱えた。

「僕はまだだ」

そう言うと同時にMulderは立ち上がり、イスの背にかけてあった黒い革ジャンに手を通した。
Danaがため息をついたが、それは僕が今まで見てきた彼女のため息とは少し種類が違うように思えた。
Mulderは動きを止め、視線を宙に彷徨わせた。

「まだ生きることができるのに自分から断ち切った命、死ぬのは嫌だと願いながら誰かに無理やり奪い取られた命、
生きる道を必死で探しながらも誰からも助けてもらえずに失くした命、どの命も1つとして失っていいものはないはずだ。
でも、僕がしなかったことを数え上げて後悔ばかりしてはいられない。
次の被害者をださないために、今自分にできることをするだけだ」

Danaがうつむいたまま、軽くMulderの指先にふれた。
今の彼の言葉は僕に対して言ったのではないことはわかっていた。
でもそれは、確かに僕の心の奥に響いた。

「とにかく、Skinner副長官に連絡を入れてからよMulder」

彼女はポケットから携帯をとり出すと、電話のためにそのままキッチンに姿を消した。
立ち上がったMulderは、僕が思ったよりはるかに背が高く、彼女の車の助手席の広いスペースは
誰のためのものであるかを、彼の長い手足は無言で主張しているようだった。
『そういうことか・・・』わかりきった事実を改めてつきつけられて、僕は苦い笑いを唇にのせた。

「副長官、Scully捜査官です・・・」

キッチンから彼女の話し声が聞こえてくる。
僕は視線をキッチンに向けたまま、心に浮かんだことをそのままMulderに尋ねてみた。

「Mulder捜査官、彼女がどれほど美しいかご存知ですか？」

「ああ、知ってる」

意外なことに彼からは一瞬の間もおかず、シンプルな、けれど正直な答えが帰ってきた。
驚いて振り向く僕の視線は、こちらを見つめるMulderの視線と正面から向き合った。
わずかに微笑んで見えるその瞳は力強く率直で、いままで見え隠れしていた皮肉な影はどこにもなかった。

「僕は彼女がどれほど美しいかをよく知っている。だけどそれについて君と語り合う気はないよ、Powell捜査官。
それから、君が彼女を熱く見つめるのは勝手だが、君の視野の中には必ず僕の姿が入ることになる」

自信満々に言うMulderに、僕は苦笑いで白旗をあげるしかない気分だった。
この部屋での彼らの様子を見ていれば、イヤでも思い知らされる。
彼らは“愛し合っている”のだ。
OK、僕は逆立ちしたってこの男にはかなわない。

Mulderは、彼女のプライベートスペースになんなく入り込み、いとも簡単に、強固な壁に守られた
傷つきやすい彼女の内部にふれてみせる。
勇敢にも彼女に対してそれを試みた男は、今までにも少なくないはずだ。
だが、彼女が許すのはFox Mulderだけだろう。
Mulderこそが彼女のシェルターなのだと思い当たる。
僕にとってはいつも手の届かない存在であり、尊敬の対象であったDana Scullyが、
心を許し、SOSを出せる相手はFox Mulderだけなのだ。

そして、理論と理性で武装した彼女に対して互角に挑むことができるのも、
天才的な直感と本能、行動力をもつMulderだけなのかもしれない。
その証拠に、彼はそうと意図することなく、僕の前から彼女の心をひょいとさらっていった。
太陽と月、光と影、そして大陸と海のように、一見対照的で交わる部分がないように見える二人は、
じつは一定のルールのもと、お互いに強く影響しあい惹きあいながら、ぴたりと寄り添って美しい和音を奏でている。
それはじつに不思議な光景だった、と同時に空気のように当たり前のことだとも思えた。

電話を終えたDanaが携帯をしまいながらせかせかと部屋に戻ってきた。

「Mulder、Skinnerが凶悪犯罪課のBrown捜査官に話を通してくれるわ。
今の時間から現場を5件回るのなら急がないと夜中になってしまうわよ。
・・・なに？」

僕らの妙な雰囲気に彼女は話すのを止めて、警戒するような表情で交互に僕らの顔を見比べた。

「なんでもない。
Scully、君は僕の車で、Powell捜査官、君の車で僕らを現場まで誘導してくれ」

あっというまに主導権をとったMulderは、まんまと僕だけ別の車で現場に向かわせることに成功し、
Scullyの背に軽く手をそえて部屋を出て行こうとしていた。
僕は慌てて立ち上がり、彼らのあとに続いて42号室を出た。

長い夜になりそうだった。

そして僕の長い恋は終わりを告げた。

xxxxxxxxx end xxxxxxxxxx

あーーーやっと終わったーーー！(T▽T)
やっぱり私は「書く」より「読む」ほうが性に合っている〜。
あとから読み返してみても、事件Ficでもなく、かといってロマンスもなく
苦笑と失笑しかでてこない出来栄えですが、
まぁ約3年ぶりのFicということで、『腕が鈍った』ということにしておいてくださいm(__)m
しかし出来栄えはどうでも、「女の約束」をここに果たせて心底ほっとしております。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 yuria　　　
Jan.2006