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この作品はあくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものでありこの作品の登場人物、設定などの著作権はすべて、クリス・カーター、
1013、20世紀フォックス社に帰属します。
そしてまた、この作品から連想されるかもしれないいかなる小説、歌詞、ドラマ、映画などなどなど・・・の著作権を侵そうというものでもありません。
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私の書くウジウジMulderを、広い心で受け入れ、お許しいただける方のみの限定Ficです。
それでも途中で嫌になった場合には、遠慮せずにさっさとウィンドウを閉じましょう。
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- Colors - 君のいる場所
yuria
Scullyは僕と同じものを信じ、同じものを求めていると思っていた。
僕はScullyがそばにいることに、慣れすぎていた。
あんなに近くに感じていたはずのScullyが、今は果てしなく遠かった。
最近Scullyは笑わない。どこか物憂げで、めったに僕と目をあわせない。
彼女は何かについて悩んでいる。僕はその「何か」に薄々気づきながら、今まで気づかないふりをしてきた。
もしかしたら今度は本当にScullyを失うのかもしれないという恐怖に、向かい合う勇気などありはしなかった。
Scullyは、今となっては彼女のものでもあるX-Fileへの情熱、
彼女の真実の探求を、彼女の意思で放棄しようとしているのだろうか。
今度は誰に連れ去られるわけでもなく、彼女自身の意志で地下オフィスから、そして僕から、
離れていこうとしているのだろうか。
夜の電話も、いつしか、かけづらくなった。他愛のない話ができなくなった。
それでも眠れない夜に、Scullyの声が聞きたくて、僕はどうでもいい用事をでっちあげたりした。
用事が思いつかないときには電話を睨み、彼女がかけてきてくれることをひたすら願った。
２ヶ月ほど前の夜、まだそれほど遅くない時間にも、僕はすでに長いこと電話を睨みつけていた。
見つめていれば、Scullyからのベルが鳴るとでもいうように。
そんな自分が急にバカに思えて、カウチから立ち上がりシャワーを浴びようとバスルームへと歩きかけたとき、
重い空気を震わせて、突然ベルが鳴りはじめた。
僕はビクリと体を震わせると、ひったくるように受話器をとって「Mulder」と怒ったような声を出した。
一瞬の沈黙のあと、受話器から聞こえてきた声の主は、無愛想にビル・スカリーと名乗った。
僕のことを毛嫌いしているScullyの兄からの電話は、これが楽しい会話にはならないことを僕に容易に想像させた。
彼は挨拶抜きで、単刀直入に用件を切り出した。
Scullyは僕とパートナーを組んで以来、何度となく命を危険に晒していること。
Scullyは女であり、ゆえに僕との仕事は危険すぎること。
私生活もなげうって、夜も昼もなく妄想のエイリアンを追いかけるのは僕の自由だが、Scullyを巻き込むなということ。
X-Fileといううさんくさい仕事に、Scullyが命をかける価値はまったくないということ。
きびきびとした軍人口調でビルにたたみかけられると、僕は自分が本当に人間のクズに思えた。
ビルは、『妹をこれ以上危険なめにあわせるな。君の勝手で彼女を振り回すのはやめてほしい』
という言葉で短い電話を切った。
僕は返す言葉もなく、ただビルの言葉を聞いているだけだった。
そしてビルはこうも言った。
「妹には交際中の男がいる。彼は優秀な弁護士で、ダナを君のゴミためのような地下室から救い出すことができる。
邪魔はしないでくれ。妹は幸せをつかむ権利がある。
君に少しでも妹を思う気持ちがあるのなら、どうか放っておいてやってくれ」
僕はカウチに座り込んだ。両手で頭を抱えても、ビルの言葉は執拗に追いかけてきた。
僕はまるで疫病神だな...。
僕はそのまま胎児のように縮こまりヒザを抱えてカウチに倒れこむと、浅い眠りが訪れるのを待った。
無性にScullyの声が聞きたかった。
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僕はここしばらく、これといってX-Fileの匂いのする事件も探せずに、
他の捜査官から頼まれた未解決のシリアルキラーやサイコキラーのプロファイルで
１日の大半を＜ゴミためのような＞地下オフィスで過ごした。
Scullyはアカデミーに講義に出かけたり、他の事件の検死を頼まれたりと僕よりも多忙で、オフィスを出たり入ったりしていた。
しかしそのために２人で顔をつき合わせていなくてすむ。そこが僕には少しありがたかった。
昼少し前に外の廊下で耳慣れた足音がした。カツカツカツ。足音は足早に近づいてくる。
僕は目を閉じて、Scullyが歩いてくる様子を思い浮かべた。
肩にかかる赤い豊かな髪を揺らし、いつもの生真面目な表情でScullyは真っ直ぐ前を見て歩く。
歩調を緩めることなくドアノブに手を伸ばし、それをグイと開く。
「お帰り」
僕はScullyの足音になど気づかなかったかのように、読んでもいないファイルから目を上げずに声をかけた。
「何もなかった？」
「ああ、X-File課は開店休業状態だ。電話1つ鳴らない」
「たまにはそれもいいわ」
「退屈で死にそうだ」
いつまでもコートを脱がないScullyを不思議に思いながら、僕はやっとScullyをまともに見上げた。
「Mulder、帰ってきたばかりでこんなこと言うのは気が引けるんだけど」
Scullyは昼に約束があるので、先に休憩をとらせてほしいと言いにくそうに話した。
「もちろん」
僕はなんの問題もないよというように、軽く肩をすくめ、なるたけ寛大に見える笑顔を作った。...成功しただろうか。
Scullyは、明日はあなたが先に休憩をとって、と申し訳なさそうに言って、再びオフィスを出て行った。
彼女の足音はさっきと少しも変わらずに、足早に響いた。
ただ１つ違うのは、今度の足音は僕の元から去っていったということだ。
Scullyは、僕が閉じこもる澱んだ空気の地下オフィスから去って、Mr.Lawyerが待つ地上へと向かうのだ。
彼女が最近頻繁に会っている男の元へ。
彼女はそのことについて一言も僕には話さない。それでもきっと、僕が知っていることを、彼女も知っている。
しかし僕にはわかる。最近のScullyの物憂げな表情の原因は彼ではない。
彼女を悩ませているのは、最近会ったばかりの僕の知らない男などではなく、
この僕を悩ませているのは、彼への安っぽい嫉妬心などでもない。
それは僕と彼女だけが理解し、共有し、僕らをつなぎとめている唯一のもの。
―― X-File ――
Scullyのいないオフィスは僕には広すぎるように感じた。シンと静まり返り、物音１つしない。
まるで世界に僕一人だけ取り残されたような、息苦しいほどの孤独と不安がじっとりと肌に絡みついた。
空気は重く、そよとも動かない。
僕らは最近滅多に一緒にランチにしない。理由はあった。
２人しかいないXF課の捜査官が揃ってランチに出かけたら、オフィスは空になる。
重要な情報を逃すことになりかねないではないか...。
しかし実際は、昼どきに電話など鳴りはしなかった。
孤独で重苦しい空気に耐えられず、僕は唇を尖らせて力をいれ、息を細く出してみる。
ピーという細くて高い音はオフィスの空気を和らげた。
僕は空気が再び孤独と不安を取り戻さないように、口笛を細く吹き続けた。
僕がまたScullyの足音に聞き耳をたてないように。彼女ばかりを求めてしまわないように。
僕は１人になるのではない。もう一度１人に戻るだけだというように、滅茶苦茶に口笛を吹き続けた。
でもそれは真実ではなかった。一度２人でいることの心地よさを覚えてしまった僕は、きっともう１人には戻れない。
Scullyと出会う前、一人でも何も感じなかった頃の自分の鈍感さを、僕は今羨ましく思った。
あの頃の僕には、もう戻れない。
以前彼女は地下オフィスに彼女専用のデスクを要求したことがあった。
狭いオフィスだが、机１つくらいおけないことはない。しかし僕はそれをしなかった。敢えてしなかった。
僕はScullyに自由でいてほしい。X-Fileに、地下オフィスに、彼女のデスクに、そしてこの僕にも縛られることなく、
いつも自由でいてほしい。いつも選択権はScullyにある。
Scullyに僕の側にいてほしいと願う反面、これ以上彼女を陰謀の渦に巻き込んではいけないという警鐘がいつも鳴り響いていた。
Scullyはきっとこんな考えを嫌うだろう。猛然と抗議するだろう。
『Mulder、自分の人生は自分で決めるわ。保護者然とした態度は止めてちょうだい』
――― 知ったことか―――
Scullyは、いつか僕のために自分を犠牲にする。言葉にする前に行動にうつしてしまう。彼女はそういう人だ。
そうなる前に、取り返しがつかないことになる前に、僕がブレーキを踏まなければならない。
しかしScullyのデスクはここになくとも、オフィスのそこかしこには、すでに彼女の香りが染み付いてしまっていた。
たとえ彼女が去っていっても、それは圧倒的な存在感となって僕に彼女を思い出させる。
Scullyは彼女の意思とは関係なく、ゴミためのようだと言われたこのオフィスに、
そしてゴミためのような僕の心の奥にまで、しっかりと根をおろし息づいてしまっていた。
もしもScullyが僕から去っていったなら、彼女が此処にいない理由を僕はずっと探し続けるのだろう。
僕の口笛は積み上げられたファイルの上をすべり、壁をはねかえり、Scullyのいない空間にこだました。
陽気な音は地下の部屋に響いたが、それは少しも僕の心を浮き立たせはしなかった。
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金曜の午後５時半、僕には馴染みのオフィスはScullyが帰ったあと、急に見知らぬ顔になり、温度も少し下がった気がした。
４年前、Scullyが地下のオフィスに配属される前までは、何もかも一人でやってきたはずで、
孤独には慣れっこだと思っていたこの僕が、Scullyのいない部屋で一人途方に暮れているなんて。
とにかく僕は、説明のつかない子供じみた淋しさを持て余し、デスクに座ったままScullyが出て行ったドアをじっと見つめていた。
「近いうちに休暇をとろうと思うのだけど、かまわないかしら」
今日の帰り際にそう言って僕を見たScullyからは、それは相談ではなく、すでに決まっていることだと感じさせるものがあった。
週明けにはスキナーに休暇届を出すと言う。
僕は完璧に彼女にふいをつかれた形になって、いつものポーカーフェイスを作る余裕もなしに反射的にファイルから顔を上げた。
その反面、心のどこかで覚悟をしていた言葉を聞いたという気もした。
今の僕らの関係は最悪で、お互いに離れてみることも１つの方法かもしれなかったし、僕もそれを考えなかったわけではない。
でも今はタイミングが悪すぎる。こんな気持ちのままでScullyと数日でも離れることは耐えがたかった。
彼女が休暇をとるにしても、その前にこの状況について話し合いが必要だろう。
そのあと、Scullyが一人で考えればいい。いや、彼女は一人ではないかもしれない...。
そんな考えが頭をよぎったが、Scullyが彼女自身のことを他の男――それがどんなに親しい男でも――に相談している光景は
僕には馴染まなかった。彼女はそういうタイプではない。
Scullyは、すべてのことを、あの小さな体の中で一人で解決しようとする。
彼女がなにか口に出すとき、それは相談ではなく、いつも決定稿だ。僕を含めて他の者が口を挟む隙はない。
僕はときどき考える。僕はどれだけ彼女の人生に関わっているのだろうかと。
彼女にとって僕は、今たまたま側にいる、しかしいずれはすれ違っていくだけの存在なのだろうかと...。
高校のクラスメートのように、毎日否応なく顔をあわせているうちにお互いに親しくなり秘密を共有したりもするが
卒業して人生が別れると、ときどき懐かしく思い出す程度の、顔もおぼろげになった過去の友人となる。
彼女にとって僕はその程度か...。
今ごろScullyは、僕の知らない誰かのために着飾り、僕の知らない誰かのために、あの柔らかな微笑をむけている。
そんな確信が、僕を追いつめた。よそよそしいScullyに理由もなく腹を立て、不機嫌になるのを抑えることができない。
そんな自分に嫌気がさし、Fox Mulder お前は最低だ、と吐き捨てるように呟いた。
空気のよどんだ狭苦しい地下オフィスはお前にお似合いだ。そしてScullyに、ここは似合わない。
ずっと前に気づいていたはずのことだ。でも怖くて言葉にできなかったことだ。
Scullyは、ここでの毎日に疑問を抱いている。
彼女にはもっとするべきことがあるはずで、彼女を必要としている人がいるはずだ。
Scullyがいるべき場所は、もっと他にあるんじゃないか？僕の隣ではなく...。
彼女は僕のただ一人の理解者で、唯一の相棒で、かけがえのない家族。
そして、僕に正気を保たせる、たった一人の人なのだった。
そんな公私混同ともとれる僕の想いは、Scullyにもきっと重い重力となって伝わってしまっていると思う。
Scullyに側にいてほしいと願う反面、これ以上の悲劇が起こる前に彼女を僕から解放しなければならないという
焦りにも似た思いもあった。
あの夜のビルの言葉が蘇る。
「邪魔はしないでくれ。妹は幸せをつかむ権利がある。放っておいてやってくれ」
本当にそうなのか？矛盾だらけの僕。妹を思うビル。
だけどScullyの意志はどこにある？
Scullyを危険から遠ざけたいというだけで、彼女の知らないところで事を進めるのはフェアじゃない。
これは僕の決めることではないし、第一僕は彼女に対してこれっぽっちも決定権は持ってはいない。
ブレーキを踏むのなら、彼女が踏むべきなのだ。
Scullyに話さなければならない。今までのこと、これからのこと。
僕がどれほど彼女の意見を求めているか。僕がどれほど彼女を信頼しているか。僕がどれほど彼女を必要としているか。
それをScullyに話さなくては。僕の考えや僕の進む道に同意できないままに、僕と歩き続けるようなScullyではない。
僕に嘘をつかないScullyは、彼女自身にも嘘はつかない。それは僕が一番良く知っているはずだった。
小さな誤解や行き違いを１つずつ修正していくだけの時間はまだあるはずだ。
答えは、それからでいい。
しかし、Scullyの今夜の予定は察しがついた。
プライベートな時間を楽しむ彼女を、無理矢理僕の世界に連れ戻すことはしたくない。
過去の僕が何度となく犯したであろう間違いを、今回は繰り返したくはなかった。
でも週明けまでは、とても待てそうにない。１分１秒と僕のScullyがどんどん遠くなっていく気がしていた。
―― 僕の...Scully？――
僕は一瞬動きを止めてしまった思考を元に戻すようにゆっくり頭を振ると、デスクの上の電話を取り、
それを左肩ではさんで、アドレス帳を乱暴に繰った。
渋る相手に、持ち前の強引さとなかば脅しともとれる、とっておきのFBI口調で明日会う約束をとりつけた。
これで週末に仕事の予定が入った。Scullyに電話をする理由ができた。
まず飛行機を予約してからだ。行き先はサンフランシスコ、座席は２つ。
明日は土曜ということで予約に多少てこずったが、早朝１番の便にやっと空席を見つけ、僕は受話器をおいた。
Scullyに電話をするために必死で理由作りをしなければならない今の自分が、情けなくもありバカらしくもあった。
左手を受話器に置いたまま、今ここでScullyに電話をするべきかどうかしばらく思案していると、
僕の左手の下で勢いよく電話が鳴った。あまりのタイミングに心底驚いて体をビクリと震わせた自分に舌打ちしながら
僕は受話器をとって、チカチカと赤く安っぽく光る内線ボタンを押した。
「Mulder」
自分ながらに愛想のない声だと苦笑いした。
「Agent Mulder, ジェフ・ガードナーさんというお客様がおみえです」
僕の声に輪をかけたくらいに愛想のない事務的な女性の声が返ってきた。
ジェフ・ガードナー...。どこかで聞いたことがある名前だ。
一瞬目を閉じて考えた僕の瞼に、そばかすだらけの赤毛のジェフがニっと笑った顔が浮かんだ。
ジェフ・ガードナー、彼は大学時代の友人で、もうしばらく会っていない。
確か有名私立大学の心理学助教授の椅子におさまったという噂を聞いたことがある。
僕は電話の相手に負けないような事務的な声を作って、ジェフを地下オフィスに通すようにと伝えた。
「Fox William Mulder !」
数分後、朗らかな声とともにあらわれた僕の大学時代の友人は、高級そうなスーツを身にまとい、
痩せっぽちだった体には、すっかり貫禄がついていた。
しかし握手をして軽いハグのあと肩を叩きあい、そばかすだらけの顔でニっと笑った彼は、昔のままのジェフだった。
僕はジェフに椅子をすすめたが、彼は珍しそうにオフィス内を歩き回り、被害者の写真には大げさに顔をしかめ、
UFOの写真を見ては、小さく口笛を吹いたりしていたので、僕もデスクの端に浅く座って
まるで博物館を見学中の少年のようにみえる彼を眺めていた。
このオフィスに僕とScully以外の誰かが入ることは、あまりない。
しかも事件と関係のない人間が訪ねてくるのは、とても珍しいことだった。
興味深そうに僕らのオフィスを見回すジェフに、ふいにわずかな違和感と根拠のない不快感を覚えた僕は、
後ろめたい気分を隠すようにかすかに顔をそむけた。
しばらくして彼の好奇心もある程度満たされたらしく、ジェフは懐かしそうに僕を振り向くと、
お前と会うのは何年ぶりかなぁと繰り返した。
「少なくとも５〜６年は会っていないんじゃないか？」と答えながら目線で目の前の椅子をすすめた。
ジェフはやっと落ち着く気になったらしく、椅子にドカっと腰をおろすと、「いやぁ、本当に懐かしいなぁ」を繰り返した。
そのあと僕の顔をまじまじと見つめて、お前は変わっていないのに自分はすっかり太ってしまったと嘆くのだった。
「Mulder、お前は本当に変わってないな。今でも大学生で通りそうな顔と体型だ」
「FBIはぶくぶく太るとクビになるんだよ」
「本当か？ああ、俺はFBIに入らなくて良かったよ。きっと今ごろ職探しだ。ここ２〜３年で２０キロも体重が増えちまった」
「私立大の助教授だっていうじゃないか」
「オックスフォードを出たんだ、それくらいはな。運がよけりゃ次期教授だ」
「それはたいしたもんだな。僕がFBIをクビになったら口利きを頼むよ。顔は広いんだろ？」
「お前は太る体質じゃないだろ、Mulder？うちはお前も知っている通りお袋があのとおりの体型だからなぁ。」
「FBIには太ったヤツ以外にも捜査官をクビにする理由はあるさ。」
僕らは学生時代と何も変わらないかのような軽い会話を交わした。
お前は公私共にすっかり貫禄だな、と笑いながらも、僕は彼が今日此処に突然あらわれた理由を探していた。
「まったくお前は変わらないよ。
見た目もそうだが、そうやって今みたいに自分のテリトリーに他人が入ってきたときに見せる
警戒の表情も昔のままだ」
くったくなくジェフが笑った。
心の奥を言い当てられて僕が答えにつまっていると、自分はテリトリーを荒らすようなことはしないし
時間もないのですぐに失礼するつもりだとジェフが言った。
「悪かった、そんなつもりでは...」
「気にするな。お前のことはわかってるさ。今日は近くで講演会があったから、そのついでに寄ってみただけだ。
このあとパーティがあるんだが、それまで少し時間があいたからお前がDCにいるのを思い出したってわけだ。
お前のことは仲間内でも噂だよ。なにしろFBIに入って犯罪アナリストだか、プロファイラーだかになったっていうじゃないか。
本当だったんだなぁ。しかし風変わりなオフィスだ。じつにお前らしい」
ジェフはそう言うと、さも嬉しそうにもう一度オフィスをグルリと見回した。
「お前は学生のころから他の誰とも馴染まなかったし、馴染もうともしていないように思えた。
かといって孤立しているわけでもなく、付き合いも悪くない。
なのにお前の発する空気は俺達とは質が違うんだよ。
友達同士で騒いでいても、お前はどこか他人事で、どこか冷めていて、なのに人懐こい。
女の子には妙にモテるしな。不思議なヤツだよ、お前は。」
「不気味なヤツの間違いだろう？」
僕はデスクの端に座って腕を組み、苦笑いするしかなかった。他の誰とも馴染まないといえば今だってそうだ。
僕は誰とも馴染もうとはしない。Scully以外には。慣れはするが馴染みはしない。
「お前、フィービーのこと聞いたか？」
唐突にジェフに問いかけられて、フィービーを思い出すのにしばらく時間がかかった自分に驚いた。
大学時代、あれほど愛した女性の名前すら、僕にはもう遠く響いた。
「ああ、...いや」
「なんだ、どっちなんだよ」
「聞いてないよ。彼女とは４年前に一度仕事で会ったが、それ以来だ。それきり何も」
ジェフは僕がフィービーと会っていたことに驚いたようすで、しばらく僕の反応をうかがい、用心深く話を続けた。
「彼女イギリスで刑事になっていたんだが、ああ、それはお前も知ってるな。
なんでも以前彼女が護衛についた人物と不倫関係を持ち、それが奥さんにバレて訴訟騒ぎ寸前までいったそうだ。
不倫相手の奥さんが、どういうわけか訴えを取り下げたらしいが、当時は彼女のキャリアもここまでだろうって噂だったよ。
昔から上昇志向が強いほうだったから、それはショックだったろう。
でも彼女は強いし、したたかだから大丈夫だろうと、
きっとまた野心剥き出しでキャリアをつむだろうと思ってたんだが...」
ジェフはそこで不穏に言葉を切った。僕は嫌な胸騒ぎを覚えながらジェフに目で先をうながしたが、
反面、これ以上聞きたくないような気持ちにもなっていた。
「２日前に死んだよ。ロンドンのパブで１人で飲んで、帰りにタクシーを止めようと通りに出る途中の路地で刺されたんだ。
物取りの犯行らしい。犯人はすぐに捕まったが、ホームレスの男で、彼女が刑事だったことも知らなかったようだ。
ロンドンにいる友人から昨日連絡があった。人間あっけないな」
僕は静かにうなづくと、フィービーの笑顔を思い出した。
楽しいことばかりではなかった恋人時代、彼女特有のマインドゲームに翻弄された日々。
若かったあの頃の僕は、彼女を腕の中に閉じ込めて、彼女の髪に鼻を埋めながら何度も愛していると囁いた。
しかし今は、あれほど美しいと思った彼女の輪郭や瞳、唇の形なども霧の中のようにぼんやりとしていた。
残念だと口にした僕の声は、自分で聞いても冷静で少し冷たすぎるほどに響いたが、
口の中はカラカラに乾いてしまっていた。
「お前には話しておいたほうがいいと思って。話が話だけに誰からどう聞こうが同じようなもんだが、
赤の他人から聞くよりは、少しはましだろう」
僕は俯いたまま小さく何度かうなづいて、ジェフに礼を言った。
彼はそれを伝えにわざわざ訪ねてきてくれたのだ。こんな薄暗い地下室まで...。
僕の記憶の中に蘇ったフィービーの笑顔は、いつしかモルグの鈍く光るステンレスの解剖台の上に
無言で横たわる無残な姿に変わっていた。
あれほど活動的でバイタリティーにあふれた彼女の瞳は、永遠に閉じられ二度と微笑むことはない。
その顔は、どこまでも白く冷たく...。
「Mulder、大丈夫か？」
ゆっくりと螺旋を落ちていくような暗い思考を遮られ、僕が目を上げるとジェフの気遣わしげな眼差しとぶつかった。
僕は彼を安心させるために、口元だけで小さく歪んだ微笑を作ってみせた。
「さて、そろそろ行くよ。邪魔したな」
ジェフは僕の微笑みに１つうなづいて立ち上がり、大きな笑顔で僕の肩をポンと叩いた。
僕は閉じた瞳の奥に、４年前の黒いドレスを着たフィービーが僕のほうへとスローモーションで歩いてくる姿を見た。
そして瞳を開けて、ジェフに笑顔を返し、僕は過去を振り切った。
「僕も帰るところだ。一緒に出よう」
デスクの上のファイルをざっと片付けると、僕はスーツの上着をはおり、オフィスの電気を消してドアに鍵をかけた。
月曜にはもっと違う気持ちで、このオフィスのドアを開けることができるように願った。まだ希望はある。
ダンボールが壁際に寄せて積み上げられた廊下は、男２人が並んで歩くには狭すぎた。
僕が前に立ち廊下を進んで、地上へ続く階段をのぼり始めると、背後からジェフの声がした。
「あのオフィスはお前１人で使ってるのか？」
組んで４年になるパートナーと一緒だと答えると、ジェフは、４年間もお前と組めるなんて彼はなんて人間ができているんだと
ため息混じりに大げさに首を振って見せた。
「彼じゃない。彼女だ」
僕が答えると、ジェフは目を見開いて「美人なのか？」と真顔で訊いてきた。
僕は苦笑いをうかべて、お前はそういうこと以外に興味はないのか？と質問をはぐらかしてみたが、
ジェフは美人かどうかを繰り返し尋ねるので、僕は観念した。
「ああ、僕のパートナーはとびっきりの美人だよ。でもお前に紹介する気はない」
ジョークまじりに言ったつもりが、予想外に僕の声は真面目に響いた。
僕の答えを聞いてジェフはニヤリと笑い、その美人のおかげでお前は過去を振り切れたわけだ。なるほど。
と意味ありげに何度もうなづいた。
僕はあきらめた笑いを彼への答えのかわりにした。現役心理学者相手にこれ以上むきになってもいいことはない。
FBIビルの外に出ると、音もなく冷たい雨が降っていた。僕らは同時に眉を寄せて空を見上げた。
「パーティ会場まで送ろうか？」
「いや、ホテルに寄って友人を拾っていくからタクシーで行くよ」
「そうか、今日は会いに来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「Mulder、お前強くなったな。以前のお前なら今ごろボロボロだぞ」
そう言ってジェフは僕の背中をドンと叩き、美人のパートナーによろしくと言って、そばかすだらけの懐かしい顔でニっと笑った。
去り際に今はボストンにいるので、気が向いたら電話をくれと言って名刺を残していった。
カードケースから慣れた手つきで名刺を１枚抜き取るジェフの仕草が洗練されていて、僕はたまげてしまった。
彼はもう昔の痩せっぽちのジェフではない。そして僕ももう昔の甘ったれた若造ではない。
つい昨日のことのようにも思える少年の日のように、恐怖から、
なんの行動もおこせずに大切な人を失うことは、もう２度としたくない。
ジェフがタクシーを拾うのを見届けてから、僕は両手をポケットに突っ込んで地下の駐車場へと急いだ。
さっきより、いくぶん心が軽くなっていた。
部屋のドアを開けると、僕は最初に留守電のメッセージを確認した。
メッセージは入っていない。Scullyからの電話はなかった。当たり前だ。彼女とはさっき別れたばかりなのだから。
僕は彼女に対して勝手な期待ばかりをしている自分に腹が立った。今日、電話するのは僕のほうなのだ。
僕は頭の中で、これからScullyに電話で話すことを何回も反芻した。
僕の話に対するScullyの答えを幾通りも考えて、それに対する僕の答えも用意した。
置き物のように押し黙ったままの電話を見据えながら、僕の思考は同じところをグルグルと回り続けた。
僕は時間を見計らい、Scullyの部屋へ電話を入れることにした。
スーツを脱ぎ捨て、Tシャツとジーンズに着替えた僕は、部屋の中をウロウロと落ち着きなく歩きまわり、
心臓は耳にあるかのようにバクバクとうるさかった。
僕の時計が壊れているのか、それとも僕が壊れているのか、時間は不思議な感覚で流れていった。
５分が１時間のようにも感じたし、１時間が５分のようにも感じられた。
時計が夜の１１時をさしたとき、僕は不敵にじっと僕を見返している電話に手を伸ばした。
「Hello」
受話器の先で柔らかい声が響いた。僕が聞きたかった声だ。Scullyの声だ。力をもらえる声だ。
「...Scully」
僕は、おずおずと彼女の名前を口にした。誰でもいい、誰彼かまわず近くにいるヤツから勇気を借りてきたい気分だった。
とにかく今までの僕の態度を謝らなければと口を開きかけた時、彼女が静かに息を吐いた。
彼女の息づかいがわずかに変化する。いつもと何かが違うのを感じる。
「Mulder，今どこ？」
柔らかかったScullyの声は、一瞬のうちに他人行儀なトーンとなった。僕らの間には距離がある。
そのとき突然、僕はわかってしまった。Scullyの部屋には『彼』がいるのだと。
僕の心には、居心地のいいScullyの部屋で、僕が電話で2〜3度しか聞いたことのない声の持ち主が、
我が物顔にくつろいでいる様子がはっきりと浮かび上がった。
僕は受話器を持った指先から青白く凍りついていくようだった。
頭の中は真っ白で、さっきまで何度も頭の中で繰り返したScullyとのロールプレイングも、いまや１行も思い出せない。
Scullyが部屋に招き入れる男は僕だけだとでも思っていたのだろうか。
あの部屋でくつろげる男は僕だけだとでも？なんて傲慢な考えだろう。
今までいつでも僕はScullyに対して、こんなに自惚れて傲慢な態度をとリ続けたのだろうか。
Scullyを失うのならば、それは僕への当然の報いなのだと思った。
彼女を止める資格も権利も僕にはない。
「邪魔してすまない。事件じゃない。ちょっと君に伝えたいことがあって」
僕はやっとのことで、バラバラになった単語をつなげて文章を作った。
これ以上僕の無遠慮な態度でScullyを苦しめるわけにはいかない。僕はまるでパーティの招かれざる客。
それとも、今はすっかり落ちぶれたのに、それに気づこうともしない老いた俳優か。
スポットライトは自分には当たっていないのに、舞台で大声を張り上げている。
とにかく、そのことに気づいた今は、早くこの舞台から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「まず、最近の僕の君への態度を謝らなきゃならない。僕は君の私生活に口を出す権利はまったくない。
もう君に不愉快な思いはさせないようにする。選択権は君にある」
早口で単調に話しながら僕の心は、違う、こんなふうに話すつもりじゃなかったと叫んでいたが
感情に飲み込まれまいとするほどに、僕の言葉は冷ややかになっていった。
「選択権？」彼女がオウム返しにつぶやいた。
「君がXーFileを続けるにしろ辞めるにしろ、選択権は君にあるんだ。
君には君の人生を歩く権利がある。たとえそれが僕ぬきの人生でも。それを言っておきたかった」
―― Scullyのいない人生 ――
僕はそんなことを考えたこともなかった。
Scullyが僕の隣にいることが当然だと思っていたなんて。僕はなんと思い上がっていたことか。
選択権はScullyにある。それは僕の正直な気持ちだった。
XーFileのことも、僕のことも、Scullyしだいだ。もちろんそこには「No」という選択肢も含まれる。
「それで用件だが、僕は明日の朝１番でサンフランシスコに飛ぶことになった。
例の大学教授と連絡がとれたんだ。明日会うことになった」
僕はScullyから早々に「No」の決断を下されるのが怖くて、伝えるべきことをなるべく事務的な口調で話した。
感情のコントロールができそうもなかった。だから安全のため、すべての感情を押さえ込んだ。
「"I" ? "We"ではないの？」
Scullyが少し傷ついた調子で訊きかえしてきた。飛行機の予約を取った。もちろん君の分もだ。一緒に行こう。
そう言うつもりだった。少し前までは...。でも僕の唇は、心を裏切った。
「ああ、２人で行くほどのことではないさ。君は週末をゆっくり過ごしてくれ」
半分真実で半分が嘘だった。
「うまくいけば日帰りで、そうでなくとも日曜の午後には戻れるはずだ」
僕はなんでもないことのように付け加えた。ほんの短い出張だ。君も来るかい？言外にそんな本音を込めた。
そして、Scullyの答えを息を止めて待った。
「わかったわ。でも連絡はいれて。何時でもいいから」
Scullyの簡単な答えで、あっけなく幕は下りた。僕はラストチャンスを逃した。
僕は固く両目を閉じて、小さくうなづきながら奥歯を噛みしめた。
早く電話を切りたかった。この場から逃げ出してしまいたかった。
月曜に、と短く答えるのが精一杯だった。
「月曜に...」彼女の言葉が終わらないうちに、僕は受話器を置いた。
そしてそのままの姿勢で、しばらく動けなかった。部屋の中の声は消え、静かな雨の音に満たされた。
『僕がX−Fileから離れられないように、君がX−Fileを手ばなすわけがない。
君は僕と同様、真実から目をそらすことができない人だ。
そして僕とは違うアプローチで真実に近づくことができる人だ。
お互いが欠けているところを補い合い、２人なら完璧になれる』
僕は頭の中でScullyに言うはずだった言葉をリプレイした。
そしてもっとも僕が言いたかった言葉を一言一言区切りながら、ゆっくりと声に出した。
――― 僕には 君が 必要だ ―――
僕の声は雨の音とまざり、ひどく孤独に響いた。
僕はやっとのことで受話器からこわばった手を離し、その手で顔を拭った。
掌に触れる自分の頬のザラザラとした感触が、よけいに心をザラつかせた。
Scullyは、いつものように自分の道は自分で決めるだろう。
そして嘘の苦手な彼女は、いずれ僕にそれを正直に告げるはずだ。
僕はそれを受け入れて、僕の道を歩むほかにない。
控えめなのに意志の強い瞳のScully、荒れた僕の心に不思議に作用する声をもつScully、
冷静で勇敢で慈悲深いScully、そして、小さな背中のScully。
僕はカラに近い冷蔵庫からビールの小ビンを出して、乱暴にプルトップを捻り、１口喉に流し込んだ。
ビールはカラッポの胃袋に熱く流れ込み、口中には苦味だけが残った。
雨は、外の全ての雑音を吸収してしまったかのようだった。静かで絶え間ない雨の音以外に、聞こえてくる音は何もない。
僕はゆっくりと窓に近づいてブラインドを上げ、窓を開けた。
すると今まで控えめに聞こえていた「サーーー」という雨音が一際大きくなり、冷たい風とともに雨の雫が吹き込んで
どこか現実から隔離されたような僕の部屋の空気を一新した。
僕は窓際のデスクに腰を下ろして、雨に煙った暗い景色を見おろした。
雨は、まるで街の隅々までを浄化するかのように降り続いていた。
木々の葉や、舗道や、空気が、雨によって洗い流されて生れ変ろうとしていた。
雨を含み、湿った空気を吸い込むことで、僕の心も浄化されていくようだった。
僕は窓にもたれたまま目を閉じた。４月の雨はまだ冷たく、僕の肩を濡らしたが、それもまた今の僕には心地よかった。
心の中にも雨が降って、すべてを洗い流してくれたらいいと思った。
そのままどのくらいの時間が経ったのだろう。
雨は一向に止む気配はなく、ゾクリとする寒気とともに僕が目を開けると、
外にはいまだ色のないモノクロームの世界が広がっていた。
視線をデスクの上に戻すと、そこにはカラになった２本のビールの小ビンと、その側の無機質で無表情な電話。
それらは僕に、数時間前のScullyとの会話を苦々しく蘇らせた。
二度と鳴ることはないように思える電話を、腹立ちまぎれにコードごと引き抜いてやろうかと思ったとき、
空気を震わせるような鋭い音をたてて、唐突に電話のベルが鳴った。
「Mulder, 私よ」
Scullyの声は、僕の耳にとても静かに、とても心地よく響いた。
彼女は、それがまるで僕らにしか通じない言葉のように僕の名前を発音した。
僕は夢から覚めたような気分で窓際のデスクに腰を下ろしたまま、部屋の時計に目を凝らすと、
小さなデジタルの数字はＡＭ１：１８と読めた。
「Scully, どうした？こんな時間に」
夜中の電話は僕と相場が決まっているのに。
するとScullyは、僕に言われてはじめて今が真夜中だと気がついたかのように、心から申し訳なさそうな声をだした。
「ああ、遅くにごめんなさい。もう寝てた？」
「まさか」
僕は電話の向こうで恐縮した顔をしているだろうScullyが見えるようで、思わず笑顔になった。
君が、こんな僕を気遣うことはないのに。君が、こんな僕に謝ることはないのに。
軽いジョークでも言ってScullyの気持ちを和らげたい。
そう思ったが、今の僕にはまともなジョークは１つも思いつかなかった。
もっとも、過去に僕がまともなジョークを言えたとも思わなかった。
そして、彼女が部屋へ招いた男のことに立ち入るつもりもなかった。
僕は今、この電話の先にいるScullyのことだけを想っていた。
会話が途切れたまま、僕の視線は窓の外のモノクロームの景色へと彷徨った。
「Mulder、窓を開けているの？雨の音がするわ」
受話器を通したScullyの声は雨の音に混ざり合って、僕に不思議な安心感を与える。
まるで柔らかな雨のベールに包まれているような気分だった。
「ああ、外を見ていた。雨が降ると、どうして景色は色を失うんだろう」
再び少しの沈黙があった。受話器からは、Scullyの声のかわりに微かな雨の音が聞こえてきた。
Scullyの沈黙は、僕の言葉への否定ではないと思えた。
Scullyも雨の景色を見ながら、同じ想いを抱いているような気もした。
僕の言葉がわかるのは、この世界にScullyただ一人なのだから。
そしてまた、僕が信じることができるのも、この世界にScullyただ一人なのだった。
―――あなたを信じてるわ―――
唐突に言ったScullyの言葉に、僕は心の中を見透かされたのかとギクリとした。
「僕を信じる？そんなの馬鹿げてる」
僕ですら僕を信じない。僕は君以外は信じないんだよ、Scully。
僕の顔には自分を嘲る皮肉な笑みが浮かんだ。
「あなたしか信じないわ」
僕の言葉に重ねるように返したScullyの口調に、思いつめた響きを感じ、僕は胸騒ぎと不安で受話器を握った手に力を込めた。
「Scully,どうした？何があった？」
Scullyの返事しだいでは、今すぐに部屋を飛び出して行かれるように、僕は皮ジャンと拳銃に手を伸ばそうとしていた。
しかし皮ジャンに伸びた僕の手は、Scullyの次の言葉を聞いてそのまま止まってしまった。
「何もない。何もないから探してみるわ。あなたと一緒に探したいの。
明日も、あさっても、その次も、そのまた次も、あなたと探し続けたいの。私が忘れかけていた何かを」
「Scully？」
「ねえMulder」
「ん？」
「私たち、前世は双子だったのかもしれないわ」
『前世』という言葉を口にしたScullyに違和感を感じるどころか、
Scullyのその言葉は、あまりにも自然にすんなりと僕の心に染みこんだ。
そうだ、そうなのかもしれない。僕らは同じ胎内で命を分けあった者同士のように、お互いを欲しているのかもしれない。
僕らは１つの細胞から生まれた命。
Scullyに直接伝えたい言葉があった。
彼女の白く美しい頬を僕の両手で包んで、彼女の蒼い瞳に僕を映して、僕を見上げる彼女を確かめて。
僕の手は再び皮ジャンをつかみ、もどかしくそれに片腕を通した。
「今から部屋へ行く」
短く言って電話を切った。
モノクロームの世界の中で、僕にはScullyがいる場所だけは豊かな色に包まれているように思えた。
そして僕は今、そこへと急いでいる。
「僕は今日を、そして未来を、君と一緒に生きたいんだ」
まず、僕の想いをScullyに話すところから始めよう。
答えは、それから探せばいい。
- end -
ビル・スカリーの僕への評価は、『人間のクズ』以下へと格下げになるだろう...。
――― ふん、知ったことか ―――
世界中の恋人たちは、愛しあい、一緒に暮らしたいと思う。
MulderとScullyは、愛しあい、一緒に生きたいと思う。
『一緒に暮らす』よりも『一緒に生きる』ことを、あの２人は選ぶのではないかな...と思いました。
yuria
Oct.2003
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