Mulderを見つめるScullyの瞳から、ひとしずく美しい涙がこぼれた。
Mulderはその涙を唇で優しくすいとると、そのまま彼の唇を彼女の白い首筋へと移していった。
Scullyは熱い彼の唇の感触に少しだけ首をのけぞらせると、蒼い瞳をうっとりと潤ませた。
彼の唇は、しばらく彼女の華奢な鎖骨のあたりを彷徨い、そして少しずつ下へと下りていった。
彼女は彼の栗色の髪を両手に抱くと、愛情深くその顔を胸に抱きしめた。
彼女が今胸に抱いている彼の頭脳は、驚くべき小宇宙。
あらゆる可能性、果てしない想像力、溢れる好奇心、貪欲な知識欲、
そしていまや彼の専売特許となったパラノイアに満ち溢れ、
天才的かつ驚異的な速さで回転する。
それが今、彼の驚くべき小宇宙の多くの部分をDana Scullyが占拠している。
そしてそのことは、満ち足りた微笑を浮かべる彼女を息を呑むほどに美しくしていた。

MulderはScullyに抱かれたまま、そっと瞳を閉じて、彼女の規則的な鼓動に耳を澄ませた。
この世に生まれる前に母の胎内で聞いていたであろう、この懐かしいリズムに
Mulderはやすらぎ、甘え、そして彼女の力強い命の脈動に勇気づけられていく。
彼女の左手は彼の頬を優しく愛撫し、彼女の右手は彼の栗色の髪を撫でつづけていた。
Mulderは瞳を閉じてScullyの胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で囁いた。

「君のことをアイスクィーンだなんて、いったい誰が言ったんだ。
　君はこんなに暖かいし、こんなにも情熱的だ。その情熱を言葉にするのが下手なだけさ。
　君はアイスクィーンなんかじゃない。照れ屋で不器用な女の子なんだ」

「アイスクィーン．．．」

そう呟いた後、Scullyは蒼い瞳を大きく見開いた。

「たいへん！スーパーの包みをテーブルに置いたままだわ！
　デザートにアイスクリームを買ったのに！」

「．．．またノンファットの豆腐アイスかい？」

Mulderが夢からさめたように、ぼんやりした口調で尋ねた。
額には軽く前髪がおち、少し乱れた栗色の髪のせいで、彼は急に１０歳は若くなったように見える。

「いいえ、脂肪たっぷりのストロベリーアイスよ」

「そりゃ美味しそうだけど、僕の目の前のストロベリーもちょうど食べごろだ。
　今度は僕の願いを叶えて。ずっと君に会いたかったんだ」

MulderはScullyの胸から顔を離さずに、彼女を見上げた。

「でもMulder、アイスが溶けちゃうわ」

至近距離で見上げるMulderのヘイゼルの瞳と、それを縁取る茶色く長いまつ毛の誘惑に
負けそうになりながらも、Scullyは果敢に言い返した。

「Dana、アイスはこの次に僕が買ってあげるよ。
　いい子だから」

「子供扱いしないで」 

「たまには僕が君を子ども扱いするのも悪くないだろ」

「私はあなたを子供扱いした覚えはないわ。
　あなたが甘えてくるのよ。
　．．．でもそんなあなたが好きなの。
　私だけに見せる、あなたの無防備な微笑みが好きよ。
　私だけに見せる、あなたの弱さが好き。
　私の名前を囁く時の、あなたの唇の形が好き。
　私以外の人は知らない、あなたの親しげな眼差しが好き。
　それから．．．」

「おいおい、Scully。いったいどうした？
　今日はたくさん日記に書くことができて嬉しいけど、もしかしてこれは大地震の前触れかい？」

Mulderはやっと体を起こして、彼女をからかいはじめた。
３日ぶりの彼の挑発にのって遊んであげたい気もしたが、Scullyは無理やり真面目な顔を作った。

「Mulder、私は真面目に言ってるの。
　私は今まであなたに言いたくても言えないことがたくさんあった。
　いつもあなたに対する感情を心の奥に押し込めて、自分でも気づかないふりをしてた。
　それはとても苦しいことで、心が潰れそうだったわ。
　そして今、それを言葉にすることがこんなにも気持ちのいいことだって気がついたのよ。
　私は今、あなたを好きだってことを、なんの罪悪感もなく素直に言葉に出せるわ。
　ほんの少しの気恥ずかしさをのぞけばね。
　それは私にとって、素晴らしく気持ちのいいことなの。
　ねぇMulder、信じられる？私の体中の細胞が一つ残らずあなたが大好きって言ってるわ」

「Scully、忘れたのかい？僕は信じやすいタイプなんだ」

Scullyはフっと笑って、悪戯っぽい瞳でMulderを見つめた。

「今度は僕にも言わせてもらうよ。
　僕だけに与えてくれる君の恥ずかしげな微笑が好きだ。
　君が寝ているときのちょっと開いた唇も好きだ。
　僕と議論をしている時の、冷静さの裏に潜む寛容の心が好きだ。
　頬にかかる赤い髪を耳にかける仕草が好きだ。
　そして大きな僕を必死で支えようとしてくれる、強くて慈悲深い君の心が好きだ。
　僕は君を心から尊敬し、崇拝している。
　Dana、君は綺麗だ。
　Dana、君はかわいい。
　Dana、君が好きだ。　
　．．．Scully、この手の話なら、僕は一晩中でも続けられるけど
　今は疲れてクタクタな上にお腹がペコペコで、
　そこへ３日ぶりに会う美しい君の姿を見てクラクラしてる。
　そんな僕を哀れに思うなら、まず僕の問題を解決して」

「ＯＫ、Mulder。簡単よ」

ScullyはMulderの頬に軽くキスをした。
そして彼女の目の前に見える彼の右頬のホクロを、まるでアイスクリームのように
美味しそうにペロリと舐めた。
突然の彼女の行動にMulderはおもわず怯んで腰をひき、彼女に舐められた頬に反射的に手を当てて、
驚いて声もでないふうに、目をまるく見開いて彼女を見つめた。

「驚かしちゃったかしら？」

「．．．いや．．．ちょっと意外だっただけだ」

「そう、よかった。前から一度これがしたかったの。
　ディナーの支度をしてくるわ」

Scullyは子猫のようにヒラリと身をかわして、固まってしまったかのようなMulderの腕から
素早く逃れると、クルリと振り返り、いまだ驚いた顔で見上げる彼の前に立って、
彼がたった今好きだといった恥ずかしげな微笑を見せながらスっと手をさし出した。

「一緒にキッチンへ行きましょう。あなたも手伝って」

その瞬間、魔法がとけたようにMulderはにっこり微笑むと、
さし出された彼女の白くて小さな手を優しく握り、彼女の瞳から目を離さずにゆっくりと立ち上がった。
そして２人は手をつないだまま、キッチンへと入っていった。


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「Mulder、サラダを作るから野菜を洗ってくれる？できるでしょ？」

Scullyが白いエプロンをつけながらMulderに聞いた。

「もちろん」

MulderはYシャツの袖をまくりながら続けた。

「ねえScully、僕らは働きすぎだよ。週末は森林浴にでも行ってみないか？」

「耳がおかしくなったみたいだわ。『働きすぎ』って聞こえたもの。
　Mulder、野菜を洗う前に手を洗って」

Scullyは手際よく袋から食料を出しながら答えた。

「たまには都会を離れて、いい空気を吸ってのんびりするのもいいもんさ」

「やっぱり耳がへんだわ。今度は『のんびりする』って聞こえた。
　Mulder、前置きはいいから話の本題に入ってちょうだい。」

Scullyはパスタを茹でるために鍋を火にかけた。

「じつはユタ州に、ここ数年行方不明者が続出している森がある。
　いままでの行方不明者の数は３４人。
　それが最近の数ヶ月では子供から老人まで男女の区別なく、１７人にも及ぶ。
　これはあきらかに異常事態だよ、Scully。
　物的証拠はないが、周辺の木に書かれた文字やマークからカルトや悪魔教の可能性もありそうだ。」

「Mulder、あなたDCに帰る飛行機の中でいったいどんなタブロイド誌を読んできたの？」

Scullyがニンニクと玉ねぎをみじん切りにし、フライパンで炒めはじめると、
キッチンにはいい匂いが漂った。

「Scully、これはあきらかにX−FILEだよ。
　森の近くに住む人々は話したがらないが、その森には昔から魔女伝説があるんだ。
　行方不明になった人々は何かの儀式の生贄になったとは考えられないだろうか？」
　
「Mulder、それ本気じゃないわよね？」

Scullyがトマトの缶詰を開けてフライパンに加えると、ジュっと食欲をそそられるいい音がした。

「もしかしたら魔女伝説を利用している奴らがいるのかも。
　悪魔教やカルト、魔女伝説、それを隠れ蓑にして人々をアブダクトし、
　人体実験が進められているとしたら？」

「Mulder、野菜を洗ってくれないのなら水を止めて。
　シンクの中が洪水になるわ。
　そして一言アドバイスをさせてもらうなら、物事は単純に考えた方がいいわ。
　超常現象や陰謀説を唱える前に、その森の付近に住む連続殺人犯の存在を
　疑った方が事件解決の近道になると思うわよ」

Scullyは缶詰のコーンスープを小鍋に移し、ミルクを注いで静かにかき混ぜている。

「．．．かもな。
　でもScully、たとえばその人体実験が．．．」

「Mulder！野菜を洗ってって言ったのよ、ネクタイを洗ってとは言ってないわ。
　びしょぬれじゃない」

美味しそうな香りの中、キッチンでの２人の会話は続いていた。
Scullyのおかげでディナーは手早く用意され、Mulderは濡れたネクタイを外したあとも話し続けたが、
それでも結局レタスの葉を４枚とトマト２個を洗い終えた。
その後Scullyがラディッシュとルッコラの葉を洗ってサラダを完成させた。


真実にみせかけた嘘があり、巧妙に隠された真実がある。
しかしどんなに巧妙に隠しても、それらはいつか必ず顔をだし、いずれ暴かれる。
未来は一夜にしてできるものではない。
そこへ辿り着くには幾つもの眠れぬ夜と、数え切れない悪夢を越え、
太古の昔から地球に降りそそぐ、脈々と続く月の光と星の輝きで彩られる。
そして、『真実』はそこにあるのだ。

MulderとScully、この非凡な２人の人生の中のつかの間の穏やかな夜、平和な暮らし。
そして２人は知っている。
どんなことが起こっても不思議ではない今の時代に、この手を離すことなく生きていくことこそ
自分を見失わないための唯一の方法だということを。
そしてたとえその手が離れたとしても、心の底で深く結ばれているかぎり、
決して２人は離れることはないのだということを。
ずっと、ずっと、永遠に．．．。


+++ Forever. Special Agent Fox Mulder and Dana Scully with the FBI. +++
　　　　　　　　　　　　　　　　　


　　　　　　　　　-　END　-

退屈で長いお話を最後までお読みいただいて、ありがとうございました。
もうずいぶん前に、甘いFicを書きたいと思って書き始めたのが、この作品。
どうして私が苦手である甘いFicが書きたくなったかというと、ｓ８でスカリーの時計がオメガである
ということがわかったからです(*^_^*)
あれは．．．あれはきっとモルからのプレゼントにちがいない！
ｓ7のどこかのエピとエピの間で、きっとモルがスカリーにプレゼントしたんだわ〜〜〜〜〜！！！！
そのシーンを書きたい一心で、この作品を書き始めました。

しかしそうこうしているうちにＸＦシリーズFinaleがどんどん迫ってきて、
Finale前には完成したいと思っていましたが、筆の遅い私にそれができるわけもなく、
結局Finaleの渦に巻き込まれて、一時中断となりました。
Finaleを見た後、しばらく脱力状態でしたが、このままでは納得いかない！私が９年に渡って
愛し続けたＸＦ。。。いや、Fox Mulderに、あれではお別れを言えない！
私自身が納得できるようなFinaleを作って記憶を塗り替えなければ（？）
というまったくもって一方的な発想のもと、この作品を再び書き始めました。
．．．ということで、当初の「甘いFic」とは違う形になってしまいました^^;
おまけにこの作品で私は本当に納得できたのかというと、これまた大いに疑問の残るところです。

しかし私の中のモルスカは永遠にＦＢＩ捜査官であり、今でも地下オフィスには「I WANT TO BELIEVE」
のポスターが貼られ、モルはプロファイルし、突拍子もない推理を立て、それに対してスカリーは
反論しながらも、彼の説を立証すべく証拠を探す。
この設定はどうしても変えることはできないのです。
そんなモルスカだから、ここまで好きでいられたと思っています。

モルダーとスカリーが、２人の間の微妙な距離、微妙な会話、
２人でいるときに発せられる不思議なオーラで
私たちを、いつまでも魅了し続けてくれることを願いながら、
この作品を私の中のXF Finaleとします。

　*　 私の中のXFでは、ｓ7ラストでモルダーはアブダクトされず、脳障害の再発もなく、
　　　FBIを辞める気なんてさらさらありません。　
　　　そしてスカリーは人工授精を試みず、もしも妊娠するとしてもそれは自然な形であり、
　　　当然そこにエイリアンは関係してきません。　
　　　
　　　そしてこれは私だけのFinaleであり、他の方に押し付けるつもりはまったくありません。




　　+++　クリス・カーター殿　+++

私はＦＢＩの地下オフィスで未解決の難事件と影の大きな組織に挑み続ける２人の生身の捜査官、
Fox MulderとDana Scullyを愛していました。
２人の真実に対する姿勢に心を打たれました。
そこでの彼らの使命は政府が隠している真実を暴き、国民の前に示すことだったはずです。
Fox Mulderは、けして地球を守るスーパーマン的なヒーローではなく、
傷つきながら、打ちのめされながらも不屈の精神で立ち上がる、傷ついたヒーローです。
私たちのヒーローを、あなたはどうなさるおつもり？



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　-　yuria　-　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2002　　July