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『こんな日曜日。』

　　　　　　　　　　沙羅

この頃、彼はそわそわしている。
週末が近づくと、天気予報ばかり気にしている。
晴れの日曜は、まだベッドで眠っている私の頬に、申し訳なさそうにキスをしてでかけていく。
今、モルダーは草野球に夢中なのだ。

だいぶ春めいた日差しが降り注ぐようになった４月。
憎たらしいぐらいよく晴れた今日も、彼は出かけていった。
平日はほぼ一日中一緒、土曜日もだいたい二人でいるとはいえ、いつも置いていかれるのは、
やはりあまり面白いものではなかった。
フリーバッティングは楽しんだが、その後あまり野球に興味を示さなかった私に、きっと彼は
遠慮しているのだろうけど。
全てを分け合いたいわけじゃないけれど、それほど彼を夢中にさせている世界を覗いてみたい。
場所はわかっている。昨日、私から隠れるようにこそこそ話しているのを聞いてしまっていたから。
こっそり観に行って、脅かしてやろう。
ものすごく大事な仕事をかかえた気分で、気合いを入れるために私はバスルームに向かった。

グラウンドの周りを青々とした草が覆っていた。今が春であることを初めて知ったかのように、
私はその景色に感動していた。
試合はまだ始まっていなかった。赤いかたまりと青のかたまりが、それぞれ輪になって、
なにか相談しているようだ。
彼はすぐに見つかった。赤いユニフォームに赤いキャップ。背の高い彼はすぐわかる。
あんなモルダーは見たことがなかった。男同士、肩をぶつけ合いながら、笑っている。
見ているこっちまでうれしくなるような、とびっきりの笑顔。今まで散々傷ついて、心の底から
笑うことをどこかに忘れてきてしまった彼が見せる、こんな笑顔は、私にはとても大切だった。
今日のこの笑顔を忘れないように、目に焼き付けて、心の奥底にそっとしまった。
昔、父や兄と見ていた野球を思い出しながら、草の上に腰を下ろして草野球を観戦するのは、
こんなに晴れた日曜の過ごし方としては、悪くなかった。今まで、そうしてこなかったことを思わず
悔やんだほど。
一回の裏、外野の守備についた彼は私に気づいて、帽子を振ってくれた。
細かいルールはよくわからなかったけれど、ダッシュしたり、空振りしたり、審判に食ってかかる
モルダーを見ているだけで楽しかった。
改めて、彼をとても好きだと思った。
『普通』に笑っている彼を見ているだけで、胸が痛くなるほど、私はモルダーを好きだ。
真っ青な空にボールが高く上がった。ゆっくり落ちてくる球を受け止めた彼がこちらを振り返って、
グローブを高く挙げた。私も大きく手を振り返した。

「奇遇だな、こんなところで会うなんて」
その声に目を開けると、モルダーが上から見下ろしていた。
「試合、終わったの？」
「ああ、５対４で負けたよ」
私は首をかしげた。
「あんまり悔しそうじゃないわね」
「悔しいよ。次は絶対勝つ」
隣に座った彼の顔はちっとも言葉どおりには見えず、むしろ晴々としていた。
「初めての草野球観戦の感想は？」
「楽しかったわよ。あなたが私に隠れてこそこそ楽しんでた気持ちがよくわかったわ」
「スカリー」
彼はお得意の、少し情けない顔をした。それから肩をすくめて、寝っ転がった。
「すごく気持ちいいな」
「でしょ」
モルダーは片目を器用に開けて、私を見た。
「来てくれて、嬉しかった」
そう言って幸せそうな顔で目をつぶった彼の上にかがみこんで、唇にそっとキスをした。
からみついてきた腕に包まれて、私は彼の上に転がった。キスが深くなっていく。
背中に降り注ぐ日差しはどこまでも温かかった。