モルダーがさらにキスを深く進めようとしたとき、二人の間から小さな抗議の声があがった。
慌ててスカリーの体を離す。
｢ウィル、パパ達のじゃまをする気か？｣
｢それより、早く手を打たないと、とんでもないことになるわよ｣
キスの名残で頬を赤らめているスカリーを、モルダーはじっと見つめた。
｢とんでもないことって？｣
｢ぐずって、あなたの手におえなくなるわ｣
｢じゃあ、試してみよう｣
｢ダメ。あなたはこの子の怖さを知らないのよ｣
モルダーからウィルを抱き取ると、スカリーはいたずらっぽく笑った。
｢きっと今夜は眠らせてもらえないわね｣
｢望むところだ。夜更かしは僕の得意技だよ｣
｢そんなことを言っていられるのも今のうちよ。あとで泣くことになっても知らないから｣
スカリーは笑いながら、ウィルをあやした。

モルダーはベビーベッドに息子を寝かせるスカリーを、ベッドに座ってじっと見ていた。
優しい言葉をいくつか掛けてから、スカリーが振り返った。
｢上着を脱いで、ゆっくりしたら？」
｢それより、ちょっとここに座って｣
そう言って、自分の隣をぽんぽんとたたいた。
｢なあに｣
スカリーが座ると、モルダーはジャケットのポケットから、ベルベットの箱を取り出した。
｢これは、何年か前の僕の誕生日に、母からもらったものなんだ｣
モルダーがゆっくりと箱を開けると、そこにはプラチナの指輪があった。
それほど太くはない輪の上に、とても小さな、さまざまな色をした石が七つ並んでいる。
スカリーはため息をついた。
｢きれい……｣
｢僕が生まれたときに、父が母に贈ったものだそうだ。僕も何度か、母がしていたのを覚えているよ。
両親が、まだ仲がよかった頃」
モルダーは台座から指輪をはずした。
｢４、５年前かな。母が不意に僕を訪ねてきたんだ。僕は仕事に追われていて、自分の誕生日を忘れていた。
母はわざわざこれを僕に渡しに来たんだよ。僕が生まれた日のことも話してくれた。そして言ったんだ｣
モルダーはスカリーの手を取り、彼女の瞳をじっと見つめた。
｢僕がもし、僕が生まれたことを母と同じぐらい喜んでくれる人と出逢ったら、その人にこれを渡して欲しい、と｣
｢モルダー…｣
｢だから、これは僕からだけじゃなくて、母の想いもつまっているんだ。そして父の想いも｣
スカリーは、涙に潤んだ目でモルダーを見つめ返した。
｢ダナ。受け取ってくれるね？｣
小さく頷く。
｢よかった｣
モルダーはスカリーの手を取り、彼女の目を見つめながらゆっくりと薬指に指輪をはめた。
スカリーは左手を目の高さに挙げて、右の指で指輪を撫でた。
｢……とても言葉であらわせない。本当に嬉しいわ｣
スカリーは両手でモルダーの顔を包み、柔らかく唇を重ねた。
｢ありがとう｣
二人は、しっかりと抱きしめ合った。


モルダーが夜中に目を覚ますと、スカリーは隣で左手を掲げていた。
｢どうしたんだい、ダナ？｣
寝ぼけながらも、モルダーはスカリーを後ろから抱きしめ、彼女の髪に顔を埋めた。
｢ねえ、モルダー。この石には意味があるんじゃないかしら｣
背中からまわされた腕に右手を重ねながら、スカリーがそうつぶやいた。
｢さすがはスカリー捜査官だね｣
そう耳にささやきかけ、モルダーは左手を伸ばし指輪に触れた。
｢母が、一度指輪をこう…｣
スカリーの指から指輪を抜き取り、さかさまにして、もう一度はめた。
｢こうはめてしまったことがあったそうだ。そのとき、父がはめ直しながら、石の意味を教えてくれたって｣
もう一度はめ直し、モルダーはスカリーの手を包んで親指で指輪をなぞる。
｢石の名前、わかるかい？｣
スカリーは片眉をあげたが、モルダーにはもちろん見えなかった。
｢ええ、わかるわ。まず……｣
｢左からね｣
｢ダイヤモンド、エメラルド、アメジスト、ルビー、エメラルド、サファイア、そしてトルコ石｣
｢よくできました。じゃあ、それぞれの石の頭文字をつなげてごらん｣
｢Ｄ、Ｅ、Ａ、Ｒ、Ｅ……あ｣
｢わかったかい？｣
｢Ｄｅａｒｅｓｔ……｣
｢あの父がよくもまあこんなロマンチックなことを思いついたと、母はびっくりしたと言っていたよ。
僕もびっくりした｣
モルダーはもう一度スカリーを両手で抱きしめなおした。
｢なかなか悪くないだろう｣
｢…とっても素敵よ。お父様はお母様のこと、とても愛していらっしゃったのね｣
｢ああ。そして母も。この話をしたときの母の顔は輝いていたよ。今も覚えてる｣
｢大事にするわ｣
スカリーは寝返りを打ち、モルダーの胸に顔を埋めた。
｢……この指輪を渡された時、僕はすぐ君のことを考えた。すぐには渡せない、もしかしたら、
一生渡すことはできないかもしれない。でも、この指輪を贈る人は君しかいないと思った｣
顔を上げたスカリーの額に、モルダーはキスをした。
｢ウィルにも、僕にとっての君のような愛する人を探して欲しいと思うよ｣
｢その人にウィルがめぐり逢ったら、この指輪を彼に贈りましょう｣
｢まだまだ遠い話だけどね｣
くすっと笑うと、二人は熱いキスを交わした。
｢さて、そろそろ寝るとしないか。小さな悪魔が目を覚ます前にしっかり眠っとかなきゃ。
もし夜中にウィルが目を覚ましたら、君は寝てていいよ｣
｢ありがとう。でも大丈夫かしら？」
｢もしかしたら、君は僕がえせフェミニストだって疑っているのかい？｣
｢ええ。今までのあなたの暮らしぶりからして、とても育児を任せたいとは思えないわ｣
｢言ったな。見てろよ、君よりもウィルになつかれて見せるから｣
｢期待してる｣
スカリーは頭をモルダーの頬に摺り寄せた。
｢ダナ｣
｢ん…？｣
スカリーは眠りに落ちながら、モルダーの声を遠くに聴いていた。
｢愛してるよ、僕の最愛の人……｣


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ｅｎｄ

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ず〜〜〜〜っと前からの約束をやっと果たすことができました。
このＦｉｃで、わたしのＨＩＳＡＹＯさんへの愛(笑)が伝わるといいんですが…。


November,5 2001