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「learn a lesson from spoo..??」

Spoiler：ミレニアム（から２週間後です）

　ほんの少し前まで、彼等は仕事上の相棒……ただそれだけの関係の筈であった。
　少なくとも表面上はそう見えていたのだ。
　だが確信はまるでなくラボの新米研究員であるケイト・アルマンの常人とは
少々かけ離れた鋭すぎる動物的勘がそう告げていたのであるが、新しい年が明けて
暫くすると何かが変わったと見ただけで気がついたのである。
　自分よりも年季が入った上司や先輩捜査官ですらおそらくまだ気がついてないであろう事実。
　彼女がクアンティコのアカデミーからここＦＢＩワシントン本部に入局して
まだ３ヶ月しか経っていなかったが、入局したその日から今日までの間に彼等に
関する噂のリストは１００近くは耳に入っていた。
　大半はどうでもいいような事で、やっかみが入り混じった嫉妬からくるであろう内容であったが、
なかには確信を突いたものもあり彼女は本部内ラボで行われるアメリカ国内の支局から
依頼される証拠物件の分析と研究を殺人的な忙しさでこなしながらも、
その噂の中身を分析する事も忘れてはいなかった。


　噂その１、フォックス・モルダー特別捜査官は類稀なる優秀な捜査官であり
プロファイラーとしての実力も局内随一のものであるが、エイリアンやＵＦＯばかり
追い掛け回している変人である。

　噂その２、モルダーの相棒ダナ・スカリー特別捜査官もまた優秀な捜査官であるが、
モルダーを含め過去に１０人以上の捜査官のアプローチを袖にし遂には「アイス・クィーン」
という異名をとる程の仕事人間である。

　噂その３、この２人は公私共にパートナーでありスプーキー夫婦と呼ばれているが、
実はつい最近モルダーの浮気がバレてしまい今では仮面夫婦そのものである。


　彼女は特にこの３つの噂に重点を置いた。
　一つ目の噂に関しては彼女もアカデミーに在籍していた頃より噂を聞いていたが、
実際に会ってみるとその通りであるという事が判明した。
　どこから嗅ぎつけてくるのやら、怪しげな事件の存在を知るやいなや相棒である
スカリー捜査官を引っ張って、全国各地どころか海外にまで飛んでいる。
　ラボに残っていた資料を見ても、その分析結果ときたらとなんでもないものばかりだ。
　なかにはどう考えても国家秘密に値するような内容まであるときた。
　とはいえ普段のモルダー捜査官の姿はというと物静かで決して威張った様子もなく、
逆に好感が持てる人物である。
　実際に彼に憧れているらしい女性捜査官も数多く、しかも年齢層も幅広い。
　だが一度キレたり思い込むと相棒ですら抑えきれない猪突猛進な部分があるらしく、
ましてや手懐ける事など絶対な不可能な性格であるとも聞いた。
　過去にある事件を巡って上司であるスキナー副長官を廊下でいきなり殴り倒した
事もあるらしい。
　おまけに遅刻に無断欠勤は数知れず、そのくせ平日であろうが休日であろうが
関係なくオフィスにいるかと思いきや、しょっちゅう行方不明にはなっては発見された
後は大概病院送りとなり保険会社を悩ませ上司の頭を寂しくしているそうだ。
　どちらにせよ会って話す限りでは、決して悪い人物ではないようだ。
　二つ目の噂は真っ向から否定した。
　ケイトはアカデミーに在籍していた頃、時々ではあるがクアンティコに講師として
出向してくる事があったスカリーの教え子であった。
　判らない事があるとしつこいぐらい食い下がる自分に彼女は嫌な顔ひとつせずに
指導してくれたものである。
　おまけに講師と教え子であるという事以外はなんの繋がりもない自分の悩みも
親身になって聞いてくれた事があったのだ。
　確かに時々アプローチをかけてくる男性の誘いは今のところすべて断わっているようだが、
仕事一筋に見えるのはそれだけ今の仕事が忙しいのであろう。
　時々分析結果を届けに地下のＸＦ課へ赴く事もあるが、局にいる間はいつも自分より先に
帰る事もなく仕事に追われていた。
　三つ目の噂はかなり核心を突いた噂であったが、それとなく耳にした情報だけでは
判断が難しく、慎重に吟味せざる得ない内容であった。
　確か数ヶ月前に死亡したテロ対策課のダイアナ・ファウリー捜査官と
モルダー捜査官はかつてはＸＦ課での相棒であると同時に恋人同士であったらしく、
２年近く前にヨーロッパから戻ったファウリー捜査官とよりを戻した戻さなかったやら、
病気入院していたモルダー捜査官を巡ってスカリー捜査官とファウリー捜査官が
局の廊下で派手な痴話喧嘩を行ったやら、おかげで上司であるスキナー副長官の頭の毛が
さらに寂しくなったやら、色々な噂が流れたそうである。
　かなり眉唾な話ではあるが、火のない所にはなんとやらというやつだ。
　実際にモルダーとスカリーの２人が局内で言い争っている姿を見た事があるが、
話の内容はともかくどう見てもあれは恋人同士の痴話喧嘩にしか見えなかった。
　その２人がよそよそしくなったというのであれば、そうなってしまった要因かもしくは
カモフラージュする必要が必ずある筈というのがケイトの見解である。
　とはいえ……自分でも何故ここまで２人の事が気になるのかまるで理解できない。
　我ながらくだらないゴシック番組ばかり観ていた母親と今の自分はなんら変わらない
ではないかと呆れつつも、どうせならとことん追求してみようじゃないかというお節介かつ
好奇心丸出しな探求心もまた捨てきれないでいたのではあるが……。

「スカリー捜査官、モルダー捜査官とは恋人同士なんですか？」
　ケイトは年末の事件の事後処理の為その分析結果を地下のＸＦ課に届けた時、
お昼は一緒にどう？と誘われてスカリーと共に外のカフェでのランチの楽しんでいたが、
まさか目の前の彼女にそれを聞く勇気はさすがに持ち合わせていなかった。


「今日はごちそうになりました！」
　最後のデザートであるアップルパイはケイトの大好物ひとつでおまけにそれは格別に美味しく
すっかりご機嫌の彼女と共に局に戻りながら、スカリーもまたかつての教え子のあまりにも
嬉しそうな姿に表情をなごませる。
「いつも無理ばかり聞いてもらっていいるし、去年は結局クリスマス・イブのギリギリまで
分析につきあわせてしまったもの。だからお礼しなきゃってずっと思ってたんだけど……
なかなかできなくてごめんなさい」
　そう言って僅かに自分を見上げるスカリーに、ケイトは慌てて両手を振って否定した。
「そんな事ないですよ！私なんかアカデミーにいた頃なんかはずっと迷惑かけっぱなしで、
ほんとは私が何かお礼しなきゃいけないんですよ。それに去年の事は私が好きでやった事だし
もう忘れちゃいました」
　そう言って照れたように笑いながら肩の辺りで切り揃えられた金色に近い薄茶色の髪を
掻く姿はまだどこか子供っぽいが、アカデミーでの成績は優秀であった。
　その優秀さは普段は他人に関しては無関心で何も言わないモルダーも見抜いており、
本部に来てまだ日が浅いケイトに直接分析を依頼する事もある。
　だがその優秀な分析力が今の自分達に向けられている事など、スカリーは知る由もない。
　そのままケイトはラボへ、スカリーは地下のオフィスに向かう。
　そして扉を開けた途端、いつもの姿でひまわりの種を口にしているモルダーに出迎えられた。
「やあ、おかえり」
「……ただいま」
　ちらりと拗ねたような視線を向けられるが、敢えて無視を決め込む。
　彼が何を言いたいのか……いいかげん７年という決して短くはない付き合いのおかげで
ほぼ完璧に把握できていた。
　あの暮れのゾンビ騒ぎで傷を負った腕のギプスは一週間前に取れたばかりであり、
無理はできないせいで申請した出張はスキナーによって尽く却下されている。
　そのせいであろうか就業時間中はまるで元気のないモルダーであったが、アパートに帰った
途端に豹変した。
　片腕だと何もできないと甘えてくる彼にほだされて、実際に新年が明けると同時に交わされた
キスから２人の関係は変化した。
　それ以前よりモルダーがあの奇病より回復した頃より今迄ずっと微妙な等間隔の距離をおいて
並んでいた２本の線のようであった２人は少しずつだが確実にその距離を狭めていき、
ミレニアムのキスと同時に最初から１本の線であったかのように寄り添い合いひとつとなった。
　だからスカリーは怪我のせいで着替えもままならぬモルダーの為に、昨日まで
彼のアパートに泊まり込んで着替えを手伝ったり怪我の治りが良くなるようにと
栄養満点の美味しい食事を作ってあげていたのだ。
　とはいえ今はまだ無理はできなくとも、もう自分の事は自分でできる筈である。
　いいかげんここで元の生活に戻らないといけない。
　公私のけじめをはっきりとつけておかなければ、後で困るのは自分たちの方だ。
　せっかく取り戻したＸＦを服務規程違反などという理由で潰され、モルダーとも
引き離されるわけにはいかなかった。
　だからケイトには少々後ろめたいものはあったが、渡りに船とばかりに分析結果を
届けてくれた彼女とさっさとランチに出てしまったのである。
「ランチは美味しかったかい？」
　拗ねたような、いや完全に拗ねている口調にうんざりしたように頭を振ってみせるが、
そんな彼をほんの少しだけ可愛らしく思ってしまっている事は勿論顔には出さない。
「ええ、とっても。モルダー、あなたはちゃんと食べたの？」
　聞かずともデスクの上に散らばったひまわりの種の残骸を見れば明らかであるが、
スカリーは敢えてそれを見ないふりをしていつもの自分の場所に落ち着きノートパソコンを広げる。
　そんな彼女のつれない様子に、モルダーは小さく肩を竦めながら上目遣いにちらりと
何度も彼女に対して意味ありげな視線を送るが尽く無視された。
「腹は減ってない。それに夜になれば君の美味しい手料理が待っているしね」
　もとより食事には無頓着なモルダーであるが、年末から昨日までは少なくとも
朝と夜はまともな食事にありつき、ギプスが取れるまではとてもではないが
彼等の上司であるスキナーや友人であるＬＧＭには見せられないくらいひたすら
甘えまくっていた。
　冗談とも本気ともとれるような戯言を言いながらも、やりかけどころか
白紙のままの報告書がひまわりの種の下に埋もれているのを救出する様子もない。
　やはりこのまま甘やかしていては駄目だ。
　スカリーはそう判断すると、思い切って身体の向きを変えてモルダーと向き直る。
　彼女のふっくらとした唇の端をきゅっと結ばれ綺麗に整えられている眉の角度が僅かに
上がった様子に、モルダーはまたもや目尻をちょっと下げたあの寒い冬の雨空の下に
置き去りされた小動物のような顔を向けるが、彼女の決意を崩す事はできなかった。
「モルダー、あなたの怪我もほとんど治った事だし、私もいい加減自分の部屋に帰ろうかと思うの」
「そうだな君の荷物、もう少し持ってくるってのもいいかもしれないな」
　モルダーの能天気な口ぶりに、スカリーは思わず溜息を漏らす。
「そうじゃなくて、今日からまた前の通りの生活に戻った方がいいと思うの私達……」
「……スカリー、まさか僕の事が嫌いになったのかい？」
　途端に大げさに目を見開いて自分を見つめるモルダーの姿に、スカリーは苦笑いする。
「気持ちが変わったとかそういうのじゃないの。ただこのままずるずると
居座るのはお互いの為に良くないって……」
　なるべく彼を傷つけぬような言葉を選んで口を開くスカリーの目の前を、
突然巨大な影が立ち塞がった。
　天井に近い小さな窓を見ながら話していた彼女の目の前に、いつの間にか
立ち上がったモルダーがいたのである。
「モルダー？」
　突然の視界の変化に思考がうまくついていかないでいるらしいスカリーの肩を、
モルダーは痛いくらい強く掴む。
「ちょっと、ねえ……痛いわ」
　怒ったように肩を掴む手を外すが、まだ傷が痛むのであろうモルダーが顔を僅かに
顰めたのを見逃さなかった。
「君は僕が心配じゃないのかい？」
　昨年のあの事件の後、頭の傷が治りきっていないのに人の忠告を聞かずに
歩き回って結局はまた傷が開いて再入院になった人間がよく言うわと思いながらも、
どうすればこの大きな駄々ッ子を言い聞かせる事ができるのかとスカリーは
考え続けるが妙案が思いつかない。
「ねえ、私はただけじめをつけたいだけなの……」
　だが自分の手がすっぽりと入り込んでしまうような大きな手が頬に触れるのを感じた瞬間、
不覚にも一瞬にして頭に血が昇っていくのを意識ながらも先程より表情をきつくして睨もうとしたが、
モルダーは膝をついてスカリーと視線を合わせる。
「それは当然だ。僕等はＦＢＩの捜査官であると同時に恋人同士でもあるからね」
　モルダーの至極真面目な表情と口ぶりに、スカリーは思わず笑い出しそうになるのを
必死になって堪えた。
「ねえそういう言葉は、普通は逆から言わない？」
「でもあんな風に誰かと一緒に向かい合って時間を気にせずに話しながら食べるなんて事、
本当に久しぶりだからかな……ずっと君の世話になりっぱなしで悪いとは思ってるんだ」
　いつもと同じ口調で語るモルダーの姿に、スカリーは不意に胸の奥が痛くなる。
　１２歳の時に妹サマンサが誘拐されてから、彼はずっと孤独だった。
　両親は彼の目の前で言い争い、それは食事中であろうがなかろうがお構いなしで、
彼が食に対する興味が失っていったのも丁度その頃からである。
　彼の傍らで過ごす人間がいなかったわけではない事は、スカリーはもちろん知っている。
　だがそれでも彼が本当に欲していたものがなんであるのか、誰も理解し得なかったのだ。
　そして今の自分がそれがなんであるのか知っているなどという自惚れは、今の彼女には
これっぽちも持ち合わせていない。
　けれども年が明けたばかりのミレニアムの夜にモルダーを部屋に送り届けた後スカリーは、
君も今夜は自分のアパートでゆっくり休んだらというモルダーの言葉を、
彼女は柔らかな言葉で拒絶した。
『駄目よモルダー、あなた今夜は絶対に熱が出るわ。だから少し様子を診ないと……』
　そして思った通り２時間後に痛み止めが切れ傷口周辺からじわじわと広がった熱は
やがて全身にひろがっていったのである。
　スカリーはひどい悪寒に震えはじめたモルダーをベッドに連れて行くと、そのまま今夜は
自分のアパートには戻らず彼の様子を見守る事にした。
　やがて高熱で意識が朦朧としてきたのであろう、彼は病院で処方された解熱鎮痛剤を
取りに寝室から出ようとするスカリーの腕を掴んだまま離そうとせずに懇願したのである。
『帰らないで……傍にいて欲しいんだ。今だけでも……』
　視線を宙に彷徨わせたままであるモルダーの言葉に、スカリーは今迄飲み込み続けていた
感情が溢れ出しおさえきれなくなっていく。
　相棒としてでも親友としてでもない、彼女の中で息づく女として彼を欲する愛情という名の想い。
　汗で湿ったブラウンの髪を撫でながら、スカリーは優しく語り掛ける。
『大丈夫、私はここにいるわ……モルダー、ずっとあなたの傍にいるから……』
　その言葉に安心したのであろうか、痛いくらい強く掴んでいた手はあっさりと離すと
苦しげに呼吸しながらもまた眠ってしまったのである。
　結局モルダーは丸２日以上熱でうなされ続け目を覚ましたのは３日後の早朝であった。
　腕の傷もまだ痛んだがそれでもベッドから出た彼が最初に目にしたのは……カウチで
崩れるようにして横になり疲れた様子でうたた寝をしていたスカリーの姿。
　３日前と同じ服でそれはすっかり皺が寄ってしまっていたが、逆にそれがひどく嬉しかった。
　夢の中で幼い子供に戻り泣いていたモルダーを、スカリーは優しく抱き締めていてくれた。
　泣いていた理由は思い出せなかったけれど、確かに彼女は約束してくれた筈。
　ずっと傍にいると。
　だから、それが真実なのか今すぐに確かめたくなった。
『スカリー、起きてくれスカリー！』
　無傷な腕を伸ばして彼女の肩を優しくそして少し強引に揺さぶる。
『なに……モルダー？』
　うっすらと瞼を開いた彼女は自分に屈み込んでいるモルダーの姿に、スカリーは何故
自分がここにいるのか判らないようであった。
　年が明けてからまともに眠っておらず、それでも元気になったのねという安堵感と
それなら今は眠らせて欲しいという素直な願望だけが彼女の脳裏を支配する。
　だから彼からの突然の愛の告白にも、いつものようにかわす事ができなかった。
『スカリー、愛してる』
　一瞬の間の後、彼女も答えた。
『私もよ、モルダー。だから、今は眠らせて頂戴……』
　そのまま深い眠りの中へと落ちてしまう。
　そして肉体的にも２人が愛を確かめ合ったのは、その時から更に丸１日以上後になって
からであった。
　
「モルダー……私……」
　何を言えばいいのか判らず俯くスカリーの口元にモルダーは軽く触れるか触れないかの
キスをするとそのまま耳元で囁く。
「でも今日は木曜日で明日は金曜日だろ？だから日曜の夜までは駄目かな？」
　顔を上げると、目尻を下げた甘ったれな子犬顔。
　このお願い顔をされては、もうスカリーはどうしようもなかった。
　そして短い間熟考した末に結論を出した。
「そうね……その方がキリがいいかもしれないわね」
「じゃあ決まりだ」
　納得したのであろうモルダーもまた自分のデスクに戻ると機嫌良くひまわりの種の残骸を
ゴミ箱に捨てその下で救出を待っていた白紙の報告書を助け出すと、漸く向かい合う事に
専念したようである。
　その姿にスカリーも多少は納得できずにはいたが、コーヒーを取りに行ってくると
告げてオフィスを後にした。
　その直後であった。
　扉がパタンと閉まると同時に、モルダーは小さくガッツポーズを取る。
　それも確信犯的な、実に嬉しそうな笑顔で。
　もちろんスカリーはその事実を知るわけがなかったというのは言うまでもない。



　待ちに待った週末、溜まっていた報告書も満点とはいかずともスキナーを納得させた
モルダーはオフィスの鍵を掛けると上機嫌で局を後にする。
　スカリーは彼よりも１時間程前にすでに帰宅していた。
　マーケットに寄って食料を買ってから帰ると言っていたので、今から１時間程どこかで
時間を潰してからアパートに帰れば美味しい食事と彼女の笑顔が待っている。
　本当は今すぐ帰って食事の支度をしているであろう彼女に纏わりつきたかったのであるが、
先日危ないからとか今は駄目とやんわりとたしなめる彼女を無視してそれをやってしまい、
結局そのまま床に押し倒して事に及んだ後は互いに積み重なっていた想いは僅か２週間程
では解消するわけがなく寝室に直行したおかげで夕食を食べ損ねてしまった。
　昼食もろくに食べていなかったモルダーは夜中になってお腹が減ったとぼやいたが、
彼以上に疲れきっていたスカリーは全く相手にしてくれず、仕方なく一人で何か食べようと
キッチンに向かったのであるが調理の途中であった夕食の姿に一気にやる気をなくした彼も
仕方なく空腹で痛む胃を抱えたまま眠れぬ夜を過ごしたのである。
　それ以来彼も食事の支度をしている間だけは邪魔しないようにするか、少しでも早く食事に
ありつき２人の時間を１分１秒でも多く確保する為に手伝うよう努力するようになった。
（大概は手伝っているのか邪魔しているのか判らないという理由でキッチンから
追い出されるが……）
　とにかく今夜はやはり早く帰ってスカリーがキッチンで料理している姿を見守っていようと
殊勝な事を考えながら彼女が待つ自分のアパートへとはやる気持ちを抑えて車を運転する
モルダーであったが、不意に通りで見覚えのある後ろ姿に思わず車のスピードを落とす。
（あの子は確か……）
　襟足辺りで綺麗に切り揃えられた金茶色の髪の女性であるが、足元がひどく危なっかしい。
　本人は歩道をまっすぐ歩いているつもりらしいのだが、ふらふらと大きく蛇行しながら
歩くので通行人が仕方なく避けているといった有様である。
　ゆっくりと車を歩道に近づけながら窓をおろして女性の顔を覗き込んだモルダーは、
自分の勘が当たっていた事に気付いた。
　同時に女性も車を止めて自分を見ているモルダーに気付いたらしい。
「……モルラーそーさかん？」
「君は……ラボの……」
「はい、ケート・アルマンといいま〜す！」
　口調は呂律が回っておらず、目元はうっすらと赤く染まり目は完全に据わっている。
　まだ夜の７時過ぎだというのに、相当飲んだらしい。
　彼女のリアクションに言葉を返す事ができず黙りこくったまま車の中から見上げている
モルダーの姿に、ケイトもまた思考が鈍っているのであろう。
　お互いに暫くの間黙り込んでいたが、突然彼女はモルダーに向かって頭を下げる。
「あ、どーもこんばんわ〜」
　完全にズレている上に相当高いテンションで挨拶をしてくるが、そのままその場に
立ち尽くし気持ち良さそうに目を閉じている姿にモルダーは慌てた。
　男ならば最初から声も掛けずに見捨てて愛しい恋人が待つアパートまで車を飛ばしていた
であろうが、相手は多少なりとも顔見知りのあるうら若き女性だ。
　それを抜きにしてもスカリーが可愛がっていた教え子であり、今度の事件も無理を言って
彼女にゾンビの肉体破片の分析を依頼している。
　さすがに見捨てて帰るのは良心の呵責を覚えた。
「しっかりしろ、立てるか？」
　車から降りたモルダーは膝を抱えるようにして座り込んでしまったケイトの腕を掴んで立たせる。
　気持ち悪くなったのかと思ったが、どうやら半分眠り込んでいたらしい。
　タクシーを呼んでそのまま乗せてしまおうかとも思ったが、その間に何かあったら
自分の責任でもあった。
　身長はスカリーよりもあるがひどく線の細い彼女を腕に抱えるとそのまま車の反対側
に廻って助手席に押し込む。
「おい、家はどこだ？」
　聞いても無駄かと思ったが、すっと手が伸びてモルダーが向かっていたのとは
反対側の方角を指差す。
　しかしうんともすんとも返事をしないケイトの姿に業を煮やしたモルダーは結局最終手段に出た。
　彼女の身分証明書を持っていたバックから引っ張り出し住所を確認する。
　ここから車で３０分程離れた住宅街に住んでいる事を確認したモルダーは、彼女を
送り届けるべく車を飛ばした。
「だ、大丈夫か？」
「……」
　漸くケイトの住むアパートまで辿り着いたモルダーであったが、そこからが大変であった。
　車の中で彼女の愚痴らしき言葉を延々と聞かされ続けていたが、どうやら恋人と飲んでいる
最中に喧嘩となり限界を超えて飲んだ挙句に発作的に店を飛び出したらしい。
　ほとんど呂律が廻っておらずモルダーも適当に相槌を打つが、酔っ払いの相手は
していられないと途中から無視していたらそのまま熟睡されてしまった。
　怒鳴っても激しく揺さぶっても全く目が醒めない彼女を背負ってアパートの５階まで
階段で上がり今度は扉を開けようとするが鍵が見つからない。
　仕方なく大家に事情を説明するが頭の固い老夫婦はなかなか話を信用せず、
それでもなんとか説得して鍵を開けてもらったのだ。
　やはりあの場で発見した時に連れて帰って正解であったと溜息をつきながらソファーで
熟睡しているケイトをそのままにモルダーは大家から借りた鍵を手に部屋を後に
しようとしたその時である。
　扉をノックする音に、モルダーは固まってしまう。
『ケイト、俺だ！入れてくれないか？』
　扉の前から聞こえてくる男の声に、モルダーはこのまま自分が返事をするべきか
様子を見るべきか悩んだ。
『さっきは本当に悪かった。でも君が変な野郎の車で連れ去られたって聞いて……
いるなら返事を……！』
「変な野郎で申し訳ないな……」
　突然扉が開き廊下にいた男は驚いていたが、”若い女性を車で連れ去った背の高い
変な野郎”らしき人物と対面し、更に憮然としているモルダーの姿に口を開けたまま固まっている。
「……モルダー捜査官？どうしてあなたがここにいるんですか？！」
　その言葉にモルダーもまだ２０代後半の男にどこか見覚えがあったなと思いながらも
それが思い出せないでいる。
　どこかで……うん、つい最近確か……。
「そういう君こそ、誰だ？」
「今朝スキナー副長官の部屋でお会いしたばかりなんですが……殺人課の
ライアン・バンスです」
　呆れたようなライアンの視線が痛い。
「……あ」
　その言葉にモルダーは漸く思い出す。
　先日よりスキナーから頼まれていたある連続殺人事件のプロファイリング結果を、
今朝副長官の部屋で担当捜査官に報告したのだが、そのうちの一人がライアンであった。
「彼女の泥酔の原因は、どうやら君のようだな……もし僕が見つけて保護していなかったら
下手をすれば何かしら事件に巻き込まれていただろうな」
　自分より僅かに背が高いモルダーの目に宿った剣呑の光に、ライアンは一瞬悔しそうに
何か言い掛けるが口を閉ざす。
　モルダーとしても他人の痴話喧嘩に関わり合う暇もいわれもなかったが、車の中での
途切れ途切れの戯言のような話の内容を考えると、そうはいかないようであった。
『彼の事は嫌いじゃない。ただ……今の仕事も好きだからどちらだけ選べなんていう事は
今の私にはできない』
　酔っ払い特有の延々と同じ言葉だけを繰り返す中で、この言葉だけがモルダーに奇妙に胸に響いた。
　たぶんスカリーの事を思い出したから。
　もし今の２人の関係が上層部や組織に知れたら間違いなくそれを口実に引き離されるだろう。
　それでもスカリーは真実を掴む事を絶対に止めようとしないし、それは自分も同じだ。
　だからといって彼女なしの生活など、もう絶対に耐えられない。
　どちらも自分には必要なのだから。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ちょっと喧嘩になって怒った彼女に
部屋の鍵を叩き返されたのですけど、これって彼女の部屋の鍵なんですよ……」
　少し困ったような笑みを浮かべたままライアンが見せた鍵は、モルダーが
ここの大家から借りた鍵と同じもの。
　モルダーは肩を竦めながらも漸くライアンをケイトの部屋に通す。
　勝手知ったる様子で中に入った彼はソファーで熟睡している恋人の姿に漸く
安堵の溜息をつく。
「彼女……何か言ってませんでしたか？」
「いや……ずっと眠っていたよ」
　ライアンは寝室からブランケットを持ち出すと身体を丸めて眠っているケイト
の身体にかけ、自分もその隣に腰を落ち着けると、モルダーに正面の椅子を勧める。
　成り行き上仕方なくそこに座ったモルダーは、急に改まった様子で自分を見ている
若い捜査官の真剣な表情に完全に帰る機会を失っていた。
　何かを言いかけるが下を向いては黙り込み、かと思えばキッチンへ向かって
何か飲み物を探すが結局は戻ってきたりと落ち着きがない。
　とうとうモルダーからきっかけをつくり話を促す。
「何か聞きたい事でもあるのか？」
「……あの……モルダー捜査官はスカリー捜査官の恋人だという噂は本当でしょうか？」
　随分とまた単刀直入な質問にモルダーは口元に苦笑いを浮かべてしまう。
　局内で自分たちがどう呼ばれているのか知ってはいたが、どうやら真実は誰にも
判っていないのであろう。
　とはいえ、今の自分達の関係が彼等と何の関係があるのかさっぱり掴めない。
　すでに時刻はアパートに帰り着く時間をとっくに過ぎておりモルダーとしては
スカリーに一言連絡を入れておきたかったのであるが、この状況ではそれもできない。
　万が一の事を用心してスカリーから連絡があるとは思えなかった。
「それが今の君たちと何の関係があるんだ？」
　嘘をつきたくなくて、あえてその質問には答えないまま逆にライアンに尋ね返す。
　彼もまた相手のプライヴェートな部分に首を突っ込んでしまった事に気付いたのか、
困ったように首の後ろを掻きながらもどうすればいいのか考え込んでしまい、
またもや気まずい沈黙が部屋を満たした。
「す、すみません……えっと……モルダー捜査官に恋人がいらっしゃるとしたら
自分と仕事のどちらを優先してほしいですか？」
「それは……」
　自分ならどうしてほしいか。
　答えは決まっている。
　オフィスであろうと自宅であろうと仕事よりも自分を優先して欲しい……。
　……のであるが、スカリーは公私共にけじめを重んじる性格だ。
　仕事が終わらない限り、オフィスでは決して甘い顔を見せようとしない。
　だからこそ私生活で見る事のできる彼女の笑顔は格別なのだ。
　どちらかの主張だけを無理に通せば、必ずどこかで綻びが生じてしまう。
　お互いの存在を認めながら独占を願う。
　相反する感情をコントロールする事は非常に難しい。
　これこそがモルダー自身が痛切に感じ始めた事であった。
「本当に彼女が好きなら、仕事をしている彼女も好きになってみたらどうだ？」
　何故ならモルダーは、スカリーがつんと顎を上げて自分と議論を戦わせる姿も、
白衣を着てメスを握って遺体を解剖する姿も、オフィスでタイプする姿も好きだったから。
「仕事……ですか……」
　モルダーの答えにこの若き捜査官はブランケットに包まったまま眠っている
ラボの研究員であり恋人を見下ろす。
「それじゃあ、僕は行くから……」
　モルダーは立ち上がり部屋を出る。
「あ、今日は本当に……」
　慌てて立ち上がり扉まで見送ろうとするライアンを手で制しながらモルダーはある事を思い出す。
　手にした鍵をライアンに放り投げながら告げた。
「明日、君から管理人に返してくれ」
　ここからアパートまでどんなに急いでも１時間近くはかかるであろう。
　スカリーへの言い訳を考えながら車に乗り込む。
　セルでは話したくはなかった。
　会って顔を見て食事をしながら話したかったから、モルダーは制限速度ギリギリで
時々オーバーしながら家路を急いだのである。


「そんな事が……私が彼女を付き合わせたばかりに……」
　食事をしながらずっと話を聞いていたスカリーであったが、最後に小さく溜息をつく。
　昨年のクリスマス休暇ギリギリまで自分の分析に付き合ってくれたケイトは、
恋人との約束を何度か反故にしていたのだ。
　そして互いの忙しさにゆっくりと話す機会が失われ、漸く落ち着いて向き合う事が
できたのも束の間、互いの主張を相手に押し付けるだけとなってしまい、口論の果てに
別れ話にまで発展したらしい。
「君が責任を感じる必要はないよ。彼女なりに考えた結論なんだろう？」
　最後のデザートであるパイを口に運ぶモルダーの暢気な様子に、スカリーはまた溜息をつく。
　確かにそうかもしれないが、やはり責任の一端はどうしても感じてしまう。
　勿論ケイトも大人であり普段から彼女は物怖じする事なくＹｅｓかＮｏかはっきりと
言う性格だという事は理解していたが、それでも申し訳ない事をしたと感じてしまう。
　そんな責任感が強い彼女を可愛いと思いながらモルダーは腕を伸ばすと、
すっかり食欲を失い目の前のパイに手をつけようともしないスカリーの頬に触れ
そっと撫でると安心させるように口を開く。
「大丈夫、たぶんあの２人は上手くいくさ」
　ライアンというあの捜査官もまた将来を有望視されているだけあり、型破りではないが
柔軟な神経をしている。
　副長官室で見た事件に対する真摯な態度と、恋人に対する優しい視線。
　案外研究員であるケイトとは公私共にいいコンビになるかもしれない。
　お互いに対する愛情と思いやりを忘れさえしなければ……。
　そう願いつつも、モルダーは目の前の恋人の憂いをどう払うべきか思案する。
　愛情と思いやり……。
　それこそが忘れてはならない彼女への気持ち。
　ならば今の自分のやるべき事はただひとつだ。
　決断したモルダーの行動は早かった。
「スカリー、おいで」
「なに、モルダー？」
　立ち上がったモルダーはスカリーの手を引いて立ち上がるとそのままバスルームへと向かう。
　そして訳がわからず立ち尽くす彼女の着ていたセーターを脱がし始めた。
「ちょっとねえ、モルダー？」
　彼の意図を感じ取ったスカリーは慌ててモルダーの手を抑えるが、あっという間に脱がされてしまう。
「ねえ、後片付けがまだ……」
　モルダーの手からセーターを奪い返す。
「そんなの後でいいよ。いいから僕に任せて……」
　ひんやりとした空気を直接肌に感じ取り白い肌が粟立っていく。
　裸を見られても今更という気がしないでもないし、衝立ひとつという状況で一緒に
シャワーも浴びた事もある。
　それでも自分の後ろに回ったモルダーにブラのホックを外され豊かな胸が解放された瞬間、
羞恥が沸き起こりセーターで胸元を隠すように身体を固くしながらもがき続けた。
「モルダー、やめて……」
「どうして？」
　モルダーは面白そうに赤く染まったスカリーの耳元に息を吹きかけるようにして囁いた途端、
くたりと力が抜けた彼女の手からセーターが落ちる。
　そのまま前に回った手がスカリーのジーンズのボタンを外しファスナーを下ろすと
淡いブルーのショーツも一緒に脱がせてしまうと、モルダーもまた素早く自分の衣服を
取り払い彼女と同じく裸になり腕の包帯を外すとまだ塞がったばかりの生々しい傷跡が
露わになるのもそのままに背後から彼女を抱き締めた。
「ねえモルダー……シャワーくらい自分で……」
　髪の中に顔を埋めてくんくんと匂いを嗅いでいるモルダーは聞いてもいない。
「いい匂い……くらくらしてくるよ……ダナ、今日は僕が洗ってあげるから。
君は何もしなくていいよ」
「そうじゃなくて……」
　だがすりすりと子犬のように懐く姿に、スカリーは小さく笑みを浮かべて諦めたように
力を抜くとモルダーの言いなりになる事にした。
　暖かいお湯が頭から降り注ぐ。
　背後から髪を洗ってくれる優しく力強い手付きにうっとりと目を閉じながら全身の力を抜き、
モルダーのされるがまま身を任す。
「痒いとこ、あるかい？」
「ないわ……モルダー、後であなたの髪も洗ってあげるわね……」
　リラックスしたスカリーの様子にモルダーは目を細めながら彼女の細い肩を滑り落ちていく
泡を手で払い落とす。
「気にしないで……今度の件でも君に助けられているからね。これくらいの償いはさせてほしいな……」
「……そう思うならもう少し慎重に行動して頂戴……」
「はは……努力します」
　痛いところを突かれモルダーは困ったような子犬顔をするが、背を向けている彼女は気付かない。
　髪についた泡をすべて洗い落とすと、今度は正面を向かせたスカリーを引き寄せる。
「ねえ、全部洗ってくれるんじゃなかったの？」
　温かな雫が流れ落ちる白い首筋に顔を埋めたモルダーを押し返すように尋ねるが、そのまま壁に身体ごと押し付けられた。
　熱い舌先の動きに一瞬身体が震えるのを、勿論彼が見逃す筈がない。
「勿論。綺麗にしてあげるよ、僕の舌で全部……ね」
「モルダー……」
　顔を上げ何かを言い掛けるスカリーの唇を素早く塞ぐ。
　僅かに開いた唇を更に舌でこじあけ、舌を絡ませる。
　きつく吸い上げるような動きに、スカリーはついていくだけで精一杯だ。
　身体の力が抜けていくのを白い両腕をモルダーの首に回してしゃがみ込みそう
になるのを防ごうとするがそれすらも許されない。
　彼女の細い手首を掴み身体を使って壁に押し付けたモルダーの背中に熱いシャワーが降り注ぐ。
　唇の中に封じ込めた熱い吐息を堪能すると名残惜しげに解放され、同時にスカリーの
唇から喘ぎとも溜息ともつかにような声が漏れ出る。
「モル……」
「黙って……」
　首筋から胸元へと唇が這い回り舌が形良い張り詰めた乳房の頂点で固く尖っている頂きに絡みつく。
「ここじゃ……いや……」
　不安定な姿勢で愛される事への羞恥からスカリーはベッドへ行く事を望んだが、
モルダーはそれを許さない。
「まだ綺麗にしてないよ、ダナ。それが終わるまでは駄目だ」
　身体中を這い回るモルダーの舌と掌の動きに、スカリーは翻弄され声を抑える事も放棄する。
「いや……いや、モルダー……」
　タイルに膝をついたモルダーはスカリーの片足を肩に担ぎ上げると、彼女の中心に
顔を埋め蜜で潤う花芯を含むと同時に、身体が跳ね上がった。
　シャワーのお湯が流れ落ちる音の合間に聞こえてくるのは、羞恥を煽るように
音を立てて蜜を吸う彼の舌の動きにただ声を上げて訴えるしかないスカリーの甘い声。
　叩きつける雫を拭いながら僅かに目を開いた彼女の視線の先に濡れたブラウンの髪を認め、
すぐに気配に気付いたへーゼルの瞳と絡み合う。
　何かを訴えるような蒼い瞳に答えるように、蜜をたたえる彼女の奥深くへと
指を沈めると同時に最も敏感な個所を探り当てた。
「あ……いや……っ！」
　焦らすように舌で花弁を探り、不満そうに身をよじらせるのと同時に花芯へと悪戯を繰り返す。
　慣れぬ姿勢で愛される事で訪れる興奮に高まった身体はすぐに限界を超える。
　瞼の奥の視界が一瞬にして白くなり痙攣を繰り返し崩れ落ちようとする彼女の身体を、
モルダーは立ち上がると同時に胸の中に抱え込む。
「……ダナ、どっちがいい？」
「……え……？」
　耳元で囁くモルダーの声も熱い。
　朦朧としてくる意識を僅かに呼び戻すかのように荒い呼吸を繰り返すスカリーの耳元に囁きかける。
「前からと後ろから……どっちから愛されたい？」
「モルダー……」
　すでにシャワーの熱気だけではない身体の火照りは、モルダーを欲し続けている。
　それでも自分から彼を求めるという行為に羞恥を隠し切れない。
「ダナ……答えて……」
「……ああっ！」
　震える足の間に触れてくる指の動きに拷問のように逃れられない快楽は、彼女を絶え間なく苛む。
「……から……」
「何？聞こえないよ？もっとはっきりと言ってくれなきゃ判らないよ？」
　意地悪な囁きと指の動きは、彼女の残された理性を打ち砕くのには充分であった。
「後……ろから……」
「ダナ……」
　啜り泣くような途切れがちの声に、モルダーは再び彼女を壁に手を突かせると背後から抱き締めた。
　ゆっくりと内を満たすモルダーの情熱に、スカリーの口から短い悲鳴が漏れる。
「あぁ……」
　奥まで満たされたという安堵感は、精神までも満たしていくのをはっきりと感じ取る。
　不意に彼女の脳裏に１０日前の夜に初めて彼に愛された時の事が鮮明に脳裏に蘇った。
　片腕しか使えないというのにモルダーはスカリーから仕掛ける事を許してくれなかった。
　待っていたのはあなただけじゃない。
　恋焦がれていたのは、私も同じ。
　だから自分から彼に触れる事を許そうとしない彼に不満を感じた彼女は、
モルダーの腕があまり動かないという弱みに付け込んで上から押さえ込もうとしたが、
やはりモルダーも男であった。
　そう簡単にスカリーの言いなりになるわけがなく、気がつけば２人でベッドの中で
じゃれ合うようにして転げ回りながら長い時を過ごしたのである。
　２人の関係は常にフェアであり、スカリーは私生活でもそれを求めた。
　それでも唯一それを崩される時がある。
　それが、今この時であった。
　徐々にスピードを上げて再び追い詰めていくモルダーの動きに、スカリーもまた応えていく。
「愛してる……ダナ……」
「フォックス……」
　互いの名前を呼び合いながらもその先に待つ全てを打ち砕く強すぎる甘く激しい快楽に、
２人は同時に身を焦がしていった。



　月曜日の朝早く、モルダーはデスクに足を乗せたままぼんやりと天井を見上げていた。
　当初の約束通りにスカリーは日曜日の夜のうちに自分のアパートに帰ってしまった。
　月曜日の朝に直接出勤すればいいのにと文句を言うモルダーに、彼女は腕組みをして
見上げながらきっぱりとこう告げたのだ。
「モルダー、甘えるのもいい加減にしなさい」
　スカリーの氷の視線にモルダーは不承不承ながらも彼女を送り出したのであるが……
はっきり言って昨夜は全くといっていい程眠れなかった。
　彼女の残り香がするシーツに包まったままベッドの中で一晩中ごろごろとしたまま、
朝を迎えこのままここにいたら気が狂ってしまうと結局いつもより２時間も早く
出勤してきたのである。
「おはよう……今朝は随分と早いのね？」
　定時に出勤したスカリーはいつものスタイルで自分を見ているモルダーの憔悴したような
表情に首を傾げている。
　金曜の夜から日曜の昼近くまでほとんど休む（？）間もなくベッドで愛され続けた
彼女は自分のアパートに帰り着くなり、自分の柔らかなベッドに直行すると
そのまま朝まで熟睡したおかげで身体の節々はまだ痛んだが、気分的には気持ち良く
朝を迎える事ができた。
「……おはよう」
　いつも通りの朝が始まる。
　タイプするスカリーの隣でＸＦなニュースを捜すモルダーは仕事の邪魔をして、
それから昼近くまで議論を交わしその日は２人でこのままオフィスでランチを取る事となった。
　食事をテイクアウトする為にスカリーは一旦オフィスを出た後、モルダーはぐったりと
デスクに突っ伏す。
「駄目だ……」
　一晩中抱え続けるもやもやとした彼女への想いに、モルダーはもう我慢の限界を迎えていた。
　やっぱり、どちらかを選べなんて僕には言えない。
　僕だけを見て欲しい！
　その情熱をどうすれば仕事に向ける事ができるのか……考えるだけ無駄だった。
　ＸＦな事件を一刻も早く見つけるしかない。
　だが、今朝はそれらしき事件は１件も見当たらない実に平和な月曜日……。
　そこへスカリーが、運悪く戻ってきた。
「ねえ、モルダー。ベーグルサンドで良かったのよね……ってモルダー？」
　つかつかと歩み寄ったモルダーはバタンと音を立てて扉を閉めると同時に鍵をかけてしまう。
　怪訝な顔をしているスカリーは訳が判らないままに、それでも長年の勘というものが
何かを察したらしい。
　用心深くテイクアウトの袋を差し出すが、モルダーはひったくるようにしてそれを受け取ると
それをデスクに投げるように放り出す。
「ちょっ……モルダー！」
　これにはさすがのスカリーもなんて事するのよと怒るが、モルダーは気にする様子もない。
「やっぱり僕には君が必要なんだ！」
「はあ？」
　可哀想に、ゾンビの毒がとうとう頭の中にまで回ったのかしら？
　やっぱり熱を出した時に病院に連れて行くべきだったのよ。
　そんな事を考えるスカリーにお構いなくモルダーはスカリーの腰を抱え上げると
デスクに腰掛けさせる。
「真実を追究する事は、今の僕には必要だ」
「そう……よね。あなたにはまだやらなければならない事が多い。だから戻ってきたのでしょう？」
　そう言ってスカリーはモルダーの頬に手を添えると、熱っぽいそのへーゼルの瞳を覗き込む。
「君も一緒に……」
「もちろん……」
　顔を寄せるモルダーの唇に軽くキスをする。
　その時、スカリーはすっかり忘れていた。
　オフィスには鍵が掛けられており、すでにこの状況は誰にも止められないという事を。

「は〜……ほんと、どうやってお礼というかお詫びしようかな……」
　駐車場から地下へと向かうケイトは重い溜息をつきながらこの界隈では評判の
ケーキ屋のロゴが入ったビニール袋に入れた箱を手にしていた。
　土曜日の朝、爽やかな気分で目覚めた彼女の傍らでは喧嘩別れした筈であった恋人が
寒そうに自分のコートに包まったまま蹲っていた。
　何が何やらさっぱり理解できずにいたケイトに目を覚ましたライアンが事情を
一部始終説明してくれたのであるが、その間彼女はというと背後に稲妻を背負った
日本の埴輪と化していたのである。
　同時に彼は自分の主張ばかりを押し付けようとしていた事を詫びられ、彼女もまた
恋人をないがしろにしていた事を謝る事で仲直りする事ができた。
　モルダーから何を聞いたのかその辺りはいくら聞いても教えてはくれなかったが、
恋人とよりを戻す事ができたのは彼のおかげなのは間違いない。
　おまけに記憶を無くす程へべれけになっていた自分の命の恩人でもあるのだから。
　どちらにせよ迷惑をかけたのは間違いない。
　とりあえずとばかりに昼休みも後少しで終わるこの時間に、ケイトはこうやって
地下のＸ−Ｆｉｌｅｓ課を訪問しようとしていたのであるが……。
「全然覚えてないのよね……」
　彼女は金曜日の夜から土曜日の朝までの記憶が綺麗さっぱりと消え失せていたのである。
　ゆっくりとかたつむりの如く遅い足取りで漸くＸ−Ｆｉｌｅｓ課のオフィス前に辿り着く。
　今日は朝からスカリーの姿を見掛けていたので、たぶんモルダーもオフィスにいるであろう。
　できるなら２人でランチに行っているのでまだ帰ってきてませんように……そんな願いを
込めて扉をノックしようと腕を上げた時であった。
『……よ、……は……』
　室内から聞こえてくる微かな声に、拳がドアに触れる数ミリ前で止まる。
　気のせいかと思いつつも、気になって仕方がないケイトは咄嗟に周囲を見回し
誰もいない事を確認すると、呼吸を止めたまま耳をドアに貼り付けてしまう。
　先程よりほんの僅かであるがはっきりと聞こえてくるのは、スカリー捜査官の声。
　その間に何やら怪しげな衣擦れとバサバサとファイルやら何やら床に落ちる音と
共にモルダー捜査官の声も聞こえてくるのであるが……。
『モルダー……駄目、もう……』
『スカリー……こんなに……』
『嫌っ……！』
　これって……でも……だって……。
　ケイトは自分の頬が赤くなるのが抑えきれない。
　ヤモリの如く扉に張り付きながら全神経を耳に集中させる。
　彼女が発達しているのは動物的勘だけではなく、耳も相当良かった。
　ちなみに視力は遠視に近い。
『嫌……お願い……もう……』
『……ダナ……』
　どう考えても……これは間違いないであろう。
　スカリー捜査官の声が同性が聞いても恐ろしくセクシーだという事実に、
いつも醒めたような口ぶりのモルダー捜査官の熱っぽい低い声に、頭がくらくらしてくるが
なんとか状況を正しく理解しようとするだけの理性を取り戻す。
　こうなれば邪魔するだけ野暮というものであり、ここでノックしてもおそらく自分だって
居留守を使うしかないであろうから。
　いずれにせよ、また後で改めて礼と詫びに訪れればいいだけだ。
　ケイトは簡単なメモ書きも一緒に入れたケーキの箱入りビニール袋をそっとドアノブかけると、
足音を立てぬようエレベーターに向かい……扉が開くと同時に心臓が止まるような衝撃を受けた。
「？！」
「っと……失礼」
　ケイトとぶつかりそうになったのは、モルダーとスカリーの上司であるスキナー副長官であった。
「す、すみません！！あ、あの……もしかしてモルダー捜査官に用事ですか？」
　正面衝突しかけるのはなんとか避けられたケイトは、咄嗟に入れ違いにエレベーターから
降りたスキナーの上着の裾を掴んで引き止める。
　突然の事に彼も怪訝そうに彼女を見下ろす事しかできない。
「そうだが……」
　ここまま副長官がオフィスに行けば……その後の状況をどうなるかなど容易に想像できるが、
考えたくもない。
「あの、さっき私も用事があってお２人のオフィスに行ったのですけど、ま、まだ帰ってきて
なくて鍵も掛かってたんです。今行かれても意味はないかと……」
　なるべく表情を変えぬまま訴える。
　相手は天下の副長官であるし新人の自分の嘘に引っ掛かるかどうか怪しかったが、
昼休みがまだ終わっていなかった事がケイトとそしてモルダーとスカリーの味方をした。
「……そうか、それじゃあ仕方がないな……」
　一瞬の間の後、スキナーは仕方がないとばかりにケイトと共にエレベーターに乗り込む。
　大柄な背中を見つめながら、彼女は内心安堵の溜息をつく。
　同時に自分の勘が外れていなかった事に、思わず笑みを浮かべてしまう。
　どちらにせよ、これで土曜日の借りは返せそうだ。
　敬愛し尊敬する２人の捜査官のオフィスと幸せを守る為ならば、これくらいの嘘は
神もお許しになられるであろう。
　そしてオフィスでというのもかなり刺激的な場所なのかもしれない、もし機会があるので
あれば一度彼と……と、ほんのちょっぴり破廉恥な気持ちを抱いた事も確かで……。

　それから数週間後……。
　スカリーとモルダーはある事件の分析依頼を受け取りにラボに向かっていた。
「すっかり遅くなったわね……」
「そうだな……」
　モルダーは欠伸をかみ殺すようにしながら相槌をうつ。
　分析結果によっては、このまますぐにまた車で現場に戻るつもりだ。
　今回はワシントン郊外で良かったと思わず本音を漏らしそうになりながら、スカリーは
すでに誰もいないラボに入ると、デスクの上の封筒を手にまた扉から外に出ようとして、
振り返る。
　ブーンという微かな機械音だけが響くラボにはすでに誰もいない。
　時計もすでに１０時を回ろうとしていた。
「気のせいかしら……」
　なんとなく視線を感じたような気がしてならないのだ。
「スカリー、あったかい？」
　モルダーに声を掛けられ、スカリーはやはり気のせいであろうと肩を竦めながらラボを後にする。
　歩きながら分析結果を確認する。
「モルダー……これを見て」
「……これはどういう意味なんだ？」
「これは……」
　分析結果をモルダーに説明しながら、やはり今夜はそのまま現場に戻らなければならない
ようだと覚悟を決める。
　二つの足音がラボから遠ざかり、やがてエレベーターに乗り込む音に飲み込まれ消えた
直後であった。
「吃驚した……」
　ラボ内の一番奥の機械の陰からそっと様子を窺うように這い出てきたのは、ケイトだ。
　続いて殺人課の捜査官ライアンも大きく溜息をつきながら、思わず床に座りこむ。
　彼女の白衣の前は完全にはだけられ中に着ていたシャツの間からレースの下着がのぞいており、
ライアンもほとんど似たようなものであった。
「ほんと……このまま先輩が奥まで来たらどうしようかって思ったら……」
　そう言って声を殺して笑うケイトの姿に、ライアンもまた悪戯心が湧きあがったのであろう
その場で押し倒す。
　これには、さすがに自分から誘ったとはいえケイトは驚く。
「ねえ、ここで？」
「誘ったのは君だ。それに……」
「……なに？」
「なんでもないよ……」
　ライアンは、そのまま恋人の胸に顔を埋める。
　仕事中の彼女の姿に惚れ直しました、モルダー捜査官。
　彼がそう思ったかどうかは定かではないが……。
　案外服務規程というのが局内でどれ程守られているのか実態を知る上層部は誰もいない
のかもしれない、一人の副長官を除いて。

　汝、地下の秘密を探る事なかれ……。
　汝、変人夫婦の行いを邪魔する事なかれ……。

　それが汝自身の幸せにもつながるであろうから。
　そして、Ｘ−Ｆｉｌｅｓ課の２人は今日も元気に事件を追っている。
　互いへの愛と思いやりを胸に抱き、真実を追究する為に。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　End

あとがきという名の言い訳

　今回はHISAYO様のサイトで輝かしいカウンター１０００００番という数字を踏ませていただき、
あつかましくも何か記念に書かせてくださいとお願いしたところ、快く承諾していただきました。
今回のキーポイントは「噂」と「あだると」（笑）
でも、どれも中途半端で申し訳ない結果となってしまいました。
特に「あ」なんかもう……（TT）
なんでもっと緻密にしっとりとアダルティに書けないの？
もっと精進しないとねえ^^;