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この作品は私個人の楽しみに書いたものです。
Ｘ―Ｆの著作権はＦｏｘに帰属します。
Title ／ 「二人の休暇」 ＭＮシリーズ・番外編
Spoiler／
Author／ｈｉｒｏ
これはモルダーとスカリーが二人でいるのが当たり前だった「幸せな頃」の話しです。
モルダーとスカリーは恋人同士ではありません。
「スカリー」
「何？モルダー」
スカリーが自分の横に立っているモルダーを見た、そして何も言わず顔を背けた。
そのままスカリーは何事も無かったようにＰＣの画面に向かい、打ち込みを続ける。
数秒間の沈黙。
スカリーのＰＣを打つカチカチと言う音だけが 地下のオフィスに響く。
「…そんなに気に入らないのか？」
「一体私に、何とコメントして欲しいのかしら？」
スカリーの氷のような声に モルダーは天井を仰いで、被っていた木製の奇妙な仮面を外した。
「貴重な品なんだぜ、神の宿る仮面さ。」
「そう。」
あくまでもクールなスカリーは 相変わらずＰＣに目を向けたままだ。
モルダーは顔をしかめた が、何とかしてスカリーに自分を見てもらおうと食い下がる。
「ほら、君も被ってみるかい？」
「けっこうよ。」
「…。」
取りつくしまも無いスカリーに モルダーは拗ねた。
「これはある南米の少数民族が儀式に使うものなんだ。巫女が被ると神が降りてご神託を告げる。」
「よくある話しね、それで？貴方が巫女にでも 転職するのかしら？」
モルダーは悪戯気に笑った。
「それいいな、考えてみるよ。でも今回は巫女が被ってたんじゃない、被害者が被っていたんだ。」
「被害者？」
やっとスカリーがＰＣを打つ手を止め モルダーに顔を向けた。
モルダーは満足げに微笑むと 机に寄り掛かりファイルを出して説明を始めた。
「被害者はセリナ・ボーリック 三十三歳女性、白人、独身で 一ヶ月前自宅アパートで仮面を被ったまま自殺体で発見された。」
「自殺体？だったら被害者でも事件でもないでしょう、それとも何か腑に落ちない点でも？」
「実はこれで四件目なんだ、初めは三年前 同じように自宅で発見された女性がいる。ただ どの件も同様に一人で密室や それに近い状態で発見され死因は自分の体に鋭利な刃物で切りつけて失血死。」
「薬の所為じゃないの？自傷行為は薬物中毒によくある事だわ。」
「血中からは麻薬は発見されなかった。ただアドレナリンの量が通常よりも多く、被害者達が死ぬ前にかなり興奮状態にあった事が分かっている。」
「…つまり、神懸りの巫女になってトランス状態になり自分で自分を傷つけたと言いたいの？」
「それも考えられなくは無いが、俺が疑問に思うのは この仮面を手にした四人が四人とも どうしてそんな行為に走ったかなんだ。」
「貴方はその仮面を被ってたけど 何がわかったの？」
モルダーは仮面を自分の顔に近づけて睨めっこをしたが 苦笑し首を振った。
「いや…、実は昨日一日被ってたんだ。でも、何もわからなかったよ。」
モルダーの答えにスカリーは眉をひそめた。
まったく、この男はどうしてこんな無謀な事をするのかしら、ハッキリした原因もわから無いのにそんな仮面を被って…何かあったらどうするのよ。
スカリーはそんな思いは声には出さず、モルダーを睨んで座っていた足を組替えた。
モルダーはそんなスカリーの様子を盗み見る。
スカリーが自分を心配して苛立っているのがわかるからだ、自分でも子供じみているとは思うが やはり彼女がたまに見せる隠しきれない感情を見る事がモルダーは嬉しいのだ 。
「…それでどうする気なの？事件としてはＸＦ課に回ってきたものではないし、捜査の必要も無いと思うわ。」
モルダーはスカリーの様子を窺いながら 一枚の紙をひらひらと手で振っている。
「その用紙は…休暇届？」
「そう、総務課から いい加減有給休暇消化しろって矢の催促だったからな、ちょうど良かった。」
「…どこに行く気？」
モルダーの様子からスカリーは危ない匂いを嗅ぎつける。
「南米の旅行なんて素敵だと思わないか？こことは違う、未知と太古のロマン溢れる古都の旅だ。」
やっぱり…、スカリーはため息をこらえて 額を指でおさえた。
「あ、帽子は持って行った方がいいぞ、君の自慢の肌にそばかすが出来たら大変だ。」
「え？」
「切符は買ってある、明日空港に９時に来てくれ。アトランタ航空のカウンター前だ。」
「モルダー！！」
スカリーは立ち上がった。
「どうして私も、なのよ！それに私は休暇を申請した覚えも無いし、ジャングルを徘徊して肌荒れを起こすつもりも無いわよ！！」
モルダーはスカリーの剣幕に一歩引いたが それでも踏みとどまり反撃を試みる。
「総務課から君にだって休暇消化の催促があっただろう？それに、これはプライベートな旅行だから費用は俺が出すよ。君だってＤ､Ｃから離れて気分転換したいって言ってただろう？」
スカリーはモルダーの前に立ちはだかって 腕を組んでモルダーを睨みつけた。
「どうして、私が、貴方とプライベートな旅行に行くのよ！それに勝手に休暇の申請までして…」
怒りで口篭もったスカリーに モルダーは子犬顔で食い下がる。
「科学者の本分は未知の事象の解明だろ？それに、俺一人で行っても良いんだけど 返って行方不明になった俺の捜索とか、怠慢大使館員との気が遠くなるようなやり取りとか、スキナーの不機嫌な顔を見てるよりは 一緒に行って休暇を楽しんだ方が良いと思うよ。それに俺のご招待だ！これは長年俺に付き合ってくれた友人としての ささやかな感謝の気持ちなんだ。これを逃すと後 十年は無いぜ。」
「…。」
モルダーの勝手な言い分に罵声を浴びせ様としたスカリーは 思わず吹き出してしまった。
モルダーは笑っているスカリーを見て目を細める、そして自分の勝利を確信して声には出さず歓声を上げていた。
「もう…勝手なんだから…、これでキャンプで寝袋なんて言ったら これよ。」
スカリーは拳を握ってモルダーにパンチのマネをした。
モルダーは大げさに両手を上げ 怯えた顔をする。
「君のパンチの凄さは知ってるよ。大丈夫、残念だけど居心地の良さそうなホテルを二部屋とってあるよ。君が望めば一つでも良いけど…。」
モルダーのへたくそなウィンクにスカリーは笑って答える。
「けっこうよ、その貴方の選んだ居心地の良いホテルには かなりな疑問があるけど…休暇を楽しみましょう。」
モルダーは 今度は指を鳴らして飛び上がった。
「Ｗｏｗ，ｏｈ！未知の世界が君を待ってる！一緒に行こうスカリー！！」
そんなモルダーを スカリーは微笑んで見ていた。
「…ところでモルダー、私 貴方をパンチした事なんてあったかしら？」
「ここ…？」
飛行機と車を乗り継いで やっとついたジャングル間近の村のホテル前で スカリーは絶句した。
スカリーの心中で 後悔が怒涛のように押し寄せる。
やはりモルダーにホテルを選ばせたのはまずかった！
建物と言うのは最初から貧相だと 古くなってもこんな物だと思えるが、返って立てた時には豪奢だと手入れもされず老朽化すると 悲しいくらい陰惨な印象を与える。
今 目の前にある建物がそれを実証している。
作った当初はさぞかし素敵だった事だろう、今は 石壁は剥げ落ち、所々補修の為全く違う素材が張られ 一体何故トタンを張るのかスカリーには信じられなかったが…、まるでパッチワークのようなありさまだ。
屋根やベランダの石像飾りは 可哀想に針金や紐で巻かれ、その先には洗濯物が掛かっている。
高床になっている一階のテラスの下には 壷や壊れた自転車が押し込んである。
モルダーはスカリーの呆れた顔を横目で見ながら、必死で弁解を始めた。
「イ、インターネットで見たときは もっと綺麗だったんだ！ホントだよ！それにこの辺には他にホテルも無くて…、でもこう言う所でも 中に入ると案外綺麗だとか、従業員の感じが良いとか、食事が美味いとか…」
「そうね！」
スカリーはぴしゃりとモルダーの弁解を中断させると、覚悟を決めて中に入った。
来てしまったものは仕方が無いのだ。
カウンターに出て来た男は英語がわからず、二人は予約した米国人だと何十回説明したか わからなくなった。
そして疲れ果てた二人に鍵を放り出して その男は奥に怒って行ってしまった。
その後に来たベルボーイは愛想や接客態度などと言う物は 多分聞いた事も無いのだろう、 薄汚れたホテル内をまるで二人を振り切るように案内し（実際スカリーは見失ったら もう、自分のスーツケースにはお目にかかれなくなってしまうのではないかと 本気で心配した） そして ついて来た二人を迷惑そうに見ると、チップを貰い荷物を放り出して行った。
「…。」
「…。」
部屋に案内されたモルダーとスカリーは 一言も話さなかった。
重い沈黙が流れる。
モルダーはスカリーと口をきくのが怖かったからで、スカリーは口を開いたら最後 モルダーを再起不能にするほどの暴言を吐きそうだったからだ。
目の前には籐で出来たテーブルと椅子のセットがある、天井のファンは力なく回り、開け放たれたバルコニーから生ぬるい風が入ってきていた。
そして…部屋の奥には 天蓋のついたダブルベッドがあった。
「…これ…どういう事なのかしら？」
スカリーは怒りを堪えて声を絞り出した。
「な、何かの間違いだよ！さっきの親父が良く人の話を聞いて無かったんだ、もう一回説明して部屋を換えてもらうよ！」
「そうして！今すぐ！！」
スカリーは 途方に暮れたモルダーを見もしないで言い放った。
モルダーは疲労した体を引きずって 一度スカリーを恨めしそうに見ると部屋を出て行った。
ドアの閉まる音を聞くと スカリーはベッドに近づいた。
ベッドはスカリーの心配を他所に清潔な物だった。
スカリーは ホッと息をついてベッドに倒れ込んだ。
もう十数時間、飛行機とジープに揺られて疲れていた。
生ぬるい湿気を多く含んだ空気に 服は体にべたべたと貼り付いて気持ちが悪い。
モルダーがすんなり あの男と交渉出来るとは思えない、悪いが先に休ませてもらおう。
スカリーは靴を脱ぎ捨てベッドに仰向けになった。
天蓋には 白く薄い布がかかり、場所が場所だったら中世のお姫様のようだ。
スカリーは この考えに口の端を上げると少し元気になった。
瞳を閉じると緩やかな風が体の上を通る、聞きなれない鳥の声と人の声…、言葉も碌に通じない外国でモルダーと二人きり、誰も私達を知っている人はいない…。
そう…、誰もいないのだ…。
スカリーの意識は甘く疼きながら 段々と消えて行った…。
モルダーは あの不機嫌な親父との押し問答で 何とか隣の部屋の鍵を手に入れた。
疲労困憊してスカリーの待つ部屋に戻る、が ノックをしても返答がない。
そっとドアを開ける、モルダーはスカリーらしくない無用心さに眉間に皺をよせた。
こんな治安の悪い所で彼女らしくない、文句のひとつも言おうかと思ったモルダーはスカリーを見た途端 そんな考えは吹っ飛んだ。
天蓋のかかるベッドに横たわるスカリー。
真っ白いフランネルに包まれて スカリーは金褐色の髪を広げ寝息を立てていた。
静かな寝息と共に動く豊かな胸、細いウエストで組まれた華奢な指、柔らかい素材の上からでもわかるスラリとした足、桜色の足の指が可愛らしい。
「無用心だろう…」
モルダーはスカリーの横にそっと腰掛けて スカリーを見下ろす。
指でスカリーの髪を撫でる、スカリーはまだ気づかない。
モルダーは引き寄せられるようにスカリーの顔を覗き込む。
長い睫毛、形の良い鼻、頬はなめらかで薔薇色、ツンとした唇が誘うように紅く光っている。
モルダーは ふと童話を思い出した、キスで目覚めるお姫様…。
スカリーの息がかかるほど顔を寄せる、自分の鼻先をスカリーの鼻につけてみる。
相変わらずスカリーは眠ったままだ。
そのまま視線は紅い唇に移る、細い首筋にクロスがかかっていた、その先の白い胸元には鎖骨が浮いていてモルダーは眩暈がした。
「ダナ…」
スカリーの耳元で囁く。
モルダーはスカリーの髪に顔を埋める、甘い香りがモルダーの理性を破壊しそうだ。
早く起きなくちゃ危ないよ…、君を狙ってる狼がここにいるんだ…、ほら…起きなくちゃ…。
モルダーが瞳を閉じて スカリーの柔らかな唇に触れる…。
「セニョール！！セニョリータ！！」
「うわぁぁっ！！」
モルダーは飛び上がった。
大声と共にさっきカウンターにいた男がドアを開けて叫んでいた。
「…何？…どうしたの？」
スカリーは目を覚まし、ベッドに肘で起き上がった。
モルダーはこの目の前の男を『いつか殺してやるリスト』の筆頭にする事にした。
モルダーは なおもスペイン語で喚き散らす親父に青筋を立てて 立ちはだかった。
親父はモルダーの形相に恐れをなしたのか少し口調を改める、が 相変わらずモルダーとスカリーには何を言っているかわからなかった。
「モルダー、スペイン語 出来るんじゃなかったの？」
「…それって嫌味か？」
「＃＄％＊＆！！」
「何だか困ってるみたい。」
「何が困ってるだ、勝手な奴だ！」
「＊◎▼□×＄！！」
「何をそんなに怒ってるの？」
「…別に…」
モルダーはスカリーの視線を外した。
「＆％＃●△×！！」
親父は両手を上げ天を仰ぐ、そして今度はスカリーの手をとってバルコニーに引っ張って行った。
「おい！何触ってんだよ！！」
「＠×▼＃＄％＃＊＊！」
二人がバルコニーに出ると 何やら人々が集まって声高に話している。
スカリーの手をとっていた親父が皆に話しかける、一斉に皆こちらを見ると歓声をあげた。
「…何だ？何かのイベントか？」
「みんな嬉しそうだわ、どうしたのかしら？」
見ると隣に立ってる親父も スカリーとモルダーに拍手をしている。
「１００００人目の客で、宿泊費が無料とかかな？」
モルダーも嬉しそうに笑いながら手を振って階下の人々に答えている。
皆は目に怪しい光をたたえて一層の歓声を上げた、スカリーは何となく背中に悪寒が走った。
「チャールズ皇太子か、アメリカ大統領って感じだな♪」
「貴方って…、どうしてそう楽観的に生きられるか 教えて欲しいわ。」
スカリーはバルコニーに刺さっている白い羽のついた矢を見て 眉間に皺を寄せた。
「で、気分はどう？チャールズ」
「…。」
スカリーとモルダーは後ろ手に縛られ納屋に放り込まれていた。
遠くから太鼓の音と嬌声が聞こえる。
スカリーは自分の休暇がどうしてこう事件がらみになるのか 自分の運命を呪った。
まさか人食いでは無いだろう…、スカリーは以前に関わった事件を思い出す。
ふとテラスの下にあった大きな壷を思い出した、次々と恐ろしい妄想が浮かぶ。
スカリーはそれを振り払うように頭を振った。
視線を感じて振り返ると モルダーは自由になった手首を回しながらスカリーを見て笑っていた。
「モルダー！！」
「しっ！」
モルダーはスカリーの口を指で押さえた。
そしてスカリーの耳元で囁いた。
「縛られる時 手首を横にしてたんだ、そして…ほら、立て向きにすると隙間が出来るだろ、後はこうして…」
得意な子供のように話すモルダーに スカリーは厳しい声で制する。
「で、この先は？どうするの？」
モルダーは納屋の中を見まわす、ナイフを見つけるとスカリーの手首の縄を切った。
そしてスカリーの横に座り肩を抱いてきた。
「ちょっ…ちょっと、モルダー！」
「しっ！スカリー、これから どうするかミーティングだよ。」
「こんなに近づく必要が…」
耳にかかるモルダーの声にスカリーの頬が紅くなる、肩にかかるモルダーの手がしっかりとスカリーを掴んで離さない。
モルダーは息がかかるほどの距離で スカリーの顔を覗き込んだ。
「誰かに聞かれたらマズイだろ、聞いてくれ…」
モルダーの真剣な瞳に スカリーのモルダーを押しのけようとする力が抜ける。
モルダーは頬を紅くして おとなしく自分の腕の中にいるスカリーを まじまじと見詰めた。
一瞬真剣な瞳があって沈黙が流れる。
お互いが瞳の中にいるのを確認すると、どちらともなく瞳を閉じる。
モルダーの腕がスカリーの身体を巻き込んでいく。
スカリーはモルダーの首筋に腕を回し、そのまま藁の中に押し倒されていく。
首筋に藁のチクチクとささる感触があったと思ったら モルダーの熱い唇が自分のそれに触れる…。
感触を楽しむように触れた唇は一度離れ、モルダーの真剣な顔がそこにあった。
モルダーは自分の下にあるスカリーに見惚れる。
こんな顔の君は初めてだ…、頬を紅くして瞳を潤ませて 誘うように少し唇が開いてる…。
また瞳を閉じて今度は深く入り込む、スカリーは溶けるようにモルダーを受け入れる…、何度も何度も深く甘く繰り返す。
まるで今までの想いを 取り返すように…。
モルダーの手がスカリーのシャツの中に入り込む。
シルクのような手触りにモルダーは息を飲む。
が、スカリーの手がモルダーの手を止めた。
「…だめ…」
「どうして？…もう…」
潤んだ瞳が向き合い、熱い息がかかる。
「だって、こんな状況で…」
「嫌だよ。もう我慢しない…、直ぐに欲しいんだ…」
モルダーの瞳にスカリーが目を伏せた、モルダーが勝利の微笑を浮かべ うなじに唇を押し付ける。
「…あっ…」
「ダナ…」
スカリーの身体をモルダーの手が滑って行く、スカリーは熱いモルダーの手のひらを感じて身体が熱くなっていく。
モルダーはスカリーの身体に覆い被さって、唇を胸元に這わせる。
「ダナ…」
「やっ…、ああ…モル…ダ…」
「ホント、こんな状況でよくやるよな。」
「！！！」
驚きのあまり声も出せず、藁の中を５メートルは転がったモルダーとスカリーを ニヤけた顔で男が見ていた。
モルダーとスカリーが両手を縛られ 人々の歓声の列の中を歩いて行く。
「みんな喜んでるよ、今年は自分の身内から生贄を出さなくてすむってな。」
さっき納屋に現れた男がモルダーとスカリーに説明する。
この男は数年前にこの村に居付き、さっきの親父の娘と結婚した米国人だと言った。
ジョージ・マルチネスと名乗るこの男を モルダーは横目で睨みつけた。
モルダーはあの親父からこの男に『いつか殺してやるリスト』の筆頭を換えた。
こいつの方がよっぽど性質が悪い…！
スカリーは自分を取り囲む人間達に 何かに取りつかれたような狂気を見て怖気が立った。
ここにいる人達はこの凶事を楽しんでいる…、人の血を見るのが嬉しいのだ！
自分の行く手にある大きな炎に スカリーは吐き気がした。
狂気乱舞して踊り狂う人々、炎は勢いを増し火の粉が舞う。
太鼓が響き、ひときわ歓声が上がると水を打ったように静まり返った。
モルダーとスカリーは その静けさの方が恐ろしかった。
顔に模様を書いた男が一人進み出て 例の仮面を両手でかざす。
スカリーは周りを男達に囲まれ、輪の中央に引きずられて行く。
「やめろっ！！離せっ！！」
飛び出そうとするモルダーを男達が押さえつける、地面に倒されたモルダーは振りかえってモルダーを心配そうに見るスカリーと目が合った。
「スカリー！！」
「モルダー！！」
さっきの仮面を持った男がスカリーの前に進み出て仮面を被せようとする、スカリーは頭を振って拒絶するが周りの男達がスカリーの髪を掴んだ。
「いや――っ！！」
「スカリーッ！！」
無理矢理スカリーの顔に仮面がかけられる、皮紐で固定され いくらスカリーが頭を振ってもとれない。
仮面を被せられたスカリーは炎の近くに引きずられ、立てられた棒に括り付けられた。
歓声が上がる、太鼓が響き何かが炎に投げ込まれ、火の勢いが音を立てて増した。
モルダーは人々の輪の外に放り出され地面に転がされた。
「スカリーッ！！」
スカリーは 仮面の下で自分に何が起こるのか恐怖と戦っていた。
発見された死体は全て自傷行為による出血死なのだ。
検出され難い薬物かもしれない、スカリーは何も自分が口にしていない事に安堵する。
大丈夫、まだ助かるかもしれない、可能性は捨てない。
自分が何かに固定された事はわかった、身動きがとれない。
炎の近くだ、背中が熱い…汗が顔から浮いて滴ってくる。
モルダーが自分の名前を叫んでいる、まだ彼は無事だ。
それがスカリーの力になる。
モルダーが生きているのなら、自分だってまだ戦えるのだ。
…何かが口に入ってくる…、汗だ、頬を伝って口に入り込む…でも…味が…汗だけでは無い何か別の味がする…。
スカリーは気づいた、これだ、これだったのだ。
被害者達は皆 自分の汗で仮面の内側に塗られた薬物を飲み幻覚を見るのだ！
その幻覚は自分を傷つけるもの、死に到るものなのだ。
ああ…！モルダー！！
どうしたら…、このままでは…･、意識が…もう…。
スカリーの縄が解かれた、ふらつきながらも一人でスカリーは立っていた。
歓声が静まる、男が進み出てナイフをスカリーに手渡した。
スカリーはそれを受け取ると鋭く尖った刃を自分に向け 天に向かって差し上げた。
スカリーはゆっくりと話し出す。
「…わ、た、しは…神に…選ばれし…者… 私は…天に向かう…楽園に…行くのだ…重い汚れたこの身は…厭わしいもの…今…それを…消し去るのだ…」
人々が歓声を上げる、太鼓が響く。
その歓声が静まり、太鼓がやんだ。
人々の視線がスカリーに集まっている。
皆 今か今かと血飛沫が飛ぶのを目を凝らして待っている。
スカリーは悲鳴をあげ、自分に向かってナイフを振り下ろした。
「スカリーッ！！」
モルダーが叫ぶ。
スカリーは身体を抱き締められた。
「！！」
モルダーの背中から 赤い血が流れてきた。
モルダーはスカリーのナイフから 自分の体を盾にして彼女を守ったのだ。
スカリーはモルダーの背中に刺したナイフから手を離し、そのまま崩れるように地面に倒れて動かなくなった。
「…くぅ…っ！！」
モルダーは背中にナイフが刺さったまま、倒れたスカリーに向かって這って行く。
「ス…カリ…」
呆気にとられた人々がモルダーとスカリーを捕らえようと動き出した。
ゴォォォ…！！
突然、炎が火柱を上げる。
火焔が巻き上がり 火の粉が舞い 人々に振りかかる、服や髪に火がつき転げまわる人間や逃げ惑う人々で辺りは騒然となった。
家やホテルに火の手が上がる。
悲鳴が響き、炎が燃え盛る。
あちこちで爆炎があがる、まるで村は戦場のような有様だ。
「スカリー…、大丈夫か？スカリー」
スカリーは仮面を被ったまま動かない。
モルダーは背中に刺さっていたナイフを引き抜くと、血がついたそれでスカリーの皮紐を切った。
スカリーの顔は蒼白で、まだ意識は戻らない。
モルダーはスカリーを抱き上げようとしたが、肩に激痛が走って動けなくなった。
自分の血がアチコチに落ちている、モルダーは歯を食いしばった。
「痛っ…！！」
「無茶するな〜…、大丈夫か？」
ジョージは呆れたようにモルダーを見ると傷を確かめた。
「酷いな…まぁ死にはしないだろ。きつく巻くからな、血を止めないと…。車はあの森の中に隠してある、行けるか？」
ジョージがモルダーの肩に自分のシャツを破いて止血した。
「遅いぞ…、はめられたかと思ったよ。」
モルダーは苦痛に顔を歪め ジョージを睨んだ。
「ちょっとガソリン撒くのに手間取ってな…、彼女は大丈夫か？」
「多分…、今のうちに逃げよう。」
「ああ…、長居は無用だ。」
ジョージはスカリーを肩に担ぎ上げると、モルダーと共に暗い森に入っていった。
スカリーは眩しい日差しに目が覚めた。
気がつくとジープの荷台に毛布に包まれていた。
運転席には誰もいない…、一体どうして…？
「うっ…」
酷く頭痛がする、まるで二日酔いのようだ。
スカリーは断片的に記憶を辿る…、昨日ホテルとは名ばかりの部屋に…モルダーと一緒に納屋に閉じ込められて…
「モルダ―――ッ！！」
「うわぁっ！どうしたスカリー？」
「きゃっ！」
スカリーが驚いて見ると、モルダーは荷台の横に立っていた。
「そこに居たなら居たと言ってよ！」
「大声で呼んでおいて居たら怒るのか？」
モルダーは 顔を紅くしたスカリーを笑いながら眺めていた。
「もう…、一体何があったの？」
スカリーは肩に布を巻いたモルダーを心配そうに見た。
「…君は どこまで覚えている？」
探るようなモルダーの視線をスカリーは困惑しながら見詰め返した。
「え？ええ…貴方と納屋に閉じ込められて… その、あの、…ジョージとか言う人に会って それから群集に囲まれ仮面を被せられたわ…。後は…わからないの…」
口篭もったスカリーにモルダーは微笑んだ。
「良かった、あの事を忘れてたら どうしようかと心配してたんだ。」
笑って自分をからかうモルダーをスカリーは睨んだ。
「モルダー、彼は？それに貴方の怪我…」
「奴はもう行ったよ、街はすぐそこだ。ジョージは役人に関わると密入国がバレるからって…君にヨロシクってさ。この怪我は大した事無いよ、逃げる時にあいつらにやられたんだ。」
「…傷を見せて」
モルダーはジープの荷台に登り、背中を向けた。
スカリーは布を取り息を飲んだ。
もう少しで大動脈だ、後数センチずれてたら即死だ。
そっと指先で真新しい傷に触るとモルダーの肩が跳ねた。
「ごめんなさい、痛かった？」
「いや…、大丈夫だよ。」
言葉とは裏腹に傷はまだ血が滲んでいる、早く病院に行って縫わなければ…。
スカリーは傷から離れた場所にそっと自分の唇を当てた。
モルダーはその感触に微笑む、これでこの傷の代償には十分だった。
スカリーは さっきの布をよりきつく肩に撒きつけながらモルダーにたずねた。
「ジョージは どうして私達を助けてくれたのかしら？」
スカリーの指や手を身体に感じながら 痛さを声に出さないようモルダーは気をつけた。
「奴の奥さんは…去年の生贄だったそうだ…。」
「そんな…！」
「村に悪い事があった年に…女性だけらしいが、生贄が捧げられる…。バルコニーに刺さっていたあの白い羽の矢だ。あれが生贄を出す家の印だ。断ったり逃げた者は皆 家族まで殺されたそうだ。これがあの村の禍禍しい秘密だった。奴はあいつらに復讐を誓ったんだ、いつかはと機会を待っていた。俺達はそのきっかけだったって訳だ。」
「今は二十世紀よ、生贄なんて…そんな非科学的な事…」
「君は信じない？」
「ええ…、あの仮面の謎は解けたわ、実証されない事なんて無いのよ。」
自信を持って答えるスカリーをモルダーは振りかえった。
「それでこそ、スカリー捜査官だ。」
二人はその後、あの村に戻り 地元警察と共に捜索したが すでに村はほとんどが焼失、住民はもぬけの殻だった。
ジョージがモルダーに証言した通り 村外れには人骨が埋まっていたが殺人の証拠にはならず、ＸＦのファイルに もう一つ新しい物が増えただけだった。
自殺と断定されていた被害者達は モルダーが持っていた仮面を分析した結果 幻覚作用を起こす植物性の薬物が仮面内部から検出され、事故の疑いもあるとの一文が追記された。
入手経路もわからず、自分で仮面を被って幻覚を起こしたのならば それは事故でしかないからだ。
モルダーとスカリーは いつもながらの結末にうんざりした。
が、それでもお互いの無事を感謝し 南米を後にした。
「随分と楽しい休暇だったらしいな。」
地元警察からの連絡を受け、スキナーはモルダーの帰りを待ちうけていた。
モルダーとスカリーはスキナーの嫌味を散々聞かされ、一時間後 やっと地下のオフィスに戻って来た。
モルダーの肩は まだ固定されたままだが、器用に左手でひまわりの種を投げては口に放り込んでいた。
「ああ…、貴方につきあうとホ・ン・ト・ウに！色んな事に関わって嬉しい限りだわ。」
スカリーはそんなモルダーを恨みがましい目で見ながら ファイルを机に放った。
モルダーはひまわりの種を机に投げて 急に真剣な顔でスカリーを見た。
「…俺は 君と居られて幸せだったよ。」
さらっと、とんでもなく気障な事を言うモルダーにスカリーは驚いた。
モルダーは立ち上がり、瞳を大きく開いているスカリーの側に来ると顔を覗き込んだ。
スカリーは 前はモルダーに、向かいはＰＣに、背中は壁に挟まれ逃げ場を失った。
「…忘れられないよ…」
その言葉とモルダーの表情に 納屋での事を思い出したスカリーの頬が一気に紅くなった。
そんなスカリーの様子を見てモルダーは目を細める。
モルダーはゆっくりとスカリーの顔に自分の顔を近づける。
スカリーは瞳を泳がせ目をそらせていたが、モルダーはそっと左手で細いスカリーの顎を捕らえた。
瞳が合うとスカリーは諦めたようにまぶたを閉じて行く…モルダーも瞳を閉じた。
オフィスが静まり返る。
ガチャ！
「モルダー、地元警察がお前の署名が欲しいと書類をファックスしてきたぞ。」
ガタッ、ガタタタ…！
急に入ってきたスキナーに驚いて スカリーはモルダーを突き飛ばした。
「痛っ…！痛って〜〜…」
持ってきた書類から目を上げ、床に転がったモルダーをスキナーは不思議そうに見ていた。
「モルダー お前、怪我したのは肩じゃなかったのか？足もか？」
「Ｓｉｒ，何て時に…」
文句を言おうとしたモルダーの足をスカリーは蹴った。
「はうっ！！」
涙目になるモルダー。
「私はアカデミーに行って来るわ！それと…この件はコレまでね！これからは、いつも通りいきましょうね！！」
「スカリー！！そんな…」
モルダーの子犬顔をまったく無視して、スカリーは慌てて出て行った。
不信顔のスキナーは書類をモルダーのデスクに置いて さっさと行ってしまった。
一人残されたモルダーは 床に大の字になって転がった。
「くっそ〜〜〜っ！！あの禿げ！！あいつがリストの筆頭だ〜〜っ！！」
それからしばらく ふて腐れていたモルダーは やっと床から起きあがった。
そしてインターネットで旅行案内のＨＰを読み漁り始めた。
モルダーの分析が始まる。
スカリーは非日常な状況に弱い、それに…ベットよりは藁とか普段使わない物が好みかもしれないな…。
地下のオフィスで夜を徹して 家族向け牧場や牧場の見学を まったく違う視点で物色し続けるモルダーだった。
Ｅｎｄ
ｈｉｒｏ
ＨＩＳＡＹＯさん
ＨＰ開設おめでとうございます〜〜♪
前からの約束で、お祝いのＦｉｃ書かせていただきました。
久しぶりのモルスカで、緊張しました。気に入っていだたけると嬉しいです。
いつも私を元気にしてくれる メールやＨＰを見せてくださるＨＩＳＡＹＯ兄様に、
感謝を込めて…。
そうそう、兄様のお好みはわかっていたのに･…、「濃い」の書けない私を許して。
…だから自分でいっぱい書いてね「濃いの」、うふっ♪
d(⌒o⌒)b♪
追伸
ＭＮシリーズで何故番外編か、それはコレがコメディだからです。
え？コメディになってない？
…･。（￣‐￣；）
ナイーブな義弟 ｈｉｒｏ
ご意見ご感想お聞かせいただけたら嬉しいです。
ｈｉｒｏｍｕｌｄｅｒ＠ｍｏｏｎ．ｃｏ．ｊｐ
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