Manipulations by Fiona 

一週間後


Mulderは寝袋の上にあぐらをかき、隣に座るScullyを眺めていた。
焚き火の炎が彼女を照らし、髪の毛がいつもより一層赤く輝いていた。

いい眺めだ――

彼がぼんやりとそう思っていると、Scullyが腕を絡ませて身体を摺り寄せてきた。

「予約を入れたの。」

「本当に？」

「ええ。Missyに少しだけ事のいきさつを話したの。そうしたら、Dr.Werberという人を紹介してくれて・・・催眠療法では権威らしいわ。」

「Scully，僕は君がそういう類の治療法をあまり信じていないのは知っているよ。
気が進まなかったら無理することはないんだ。」

「ありがとう。でも、自分の身に何が起きているのか知りたいの。そのためには何でもするつもりよ。」
Scullyはそう言うと、突然彼の膝の上に跨った。
「でも今は私達だけの時間よ。今夜は自分のしたいことをするの。」

Mulderは彼女が突然膝の上に乗ってきたことに驚いたが、すぐに腕を伸ばして細いウエストを抱き寄せた。
「君のしたい事って？」

Scullyは両手で彼の頬を包みながら、ゆっくりと顔を近づけていった。
「Mulder，私を抱いて欲しいの。」
彼女は静かに囁くと、Mulderの返事を待たずに唇を塞いだ。
Mulderも素早く彼女にキスを返し、髪の毛に指を差し入れて自分の方に引き寄せた。

しばらく互いの唇を貪ったあと、Mulderが苦しげに喘ぎながら問いかけた。
「Scully，本気で言ってる？」

Scullyはニッコリ笑ってMulderの下唇に吸い付き、再び彼の目を見据えた。
「もちろん本気よ。私はあなたに抱いて欲しいの。今夜。ここで。」

Mulderは自分の股間が熱く反応するのを感じた。
彼はScullyを強く引き寄せて再びキスをすると、首筋に鼻を埋めた。
「もし途中でやめたくなったら・・・いつでも・・・」

Scullyは微笑んで頷いた。
もし自分が嫌だと言ったら、彼はいつでもやめてくれるだろう。
それは十分承知していた。
しかし、そうするつもりは全くなかった。

二人は口付けを交わしながら、唇を離す間ももどかしく、性急に服を脱がせあった。

彼女の乳房が現れると、Mulderはうやうやしい手つきでそこに触れ、人差し指と親指で乳首をはさんで、唇に含んだ。
彼はまるで飢えた獣がもらすような呻き声を上げて乳首を口に含み、髭をこすりつけ、舌先でころがしていった。

Mulderの愛撫は、Scullyの不安と自信のなさを吹き飛ばしてしまうような、丹念な、時間をかけたものだった。
彼の素肌を滑る手の動きはあくまでも優しく、歌うように甘美な言葉をささやき続けながら彼女の緊張をほぐしていった。

ついにScullyは我慢ができなくなり、立ち上がってジーンズとショーツを脱ぐと、Mulderのジーンズのボタンもはずして脱がせていった。

「Scully，愛してるよ・・・」

「私も・・・愛してるわ・・・」
彼女は静かに答えると、彼のボクサーの膨らみに手を這わせ、上下にさすりながらその熱い感触を確かめた。

「Scully・・・ちょっと待って。」
Mulderは彼女の肩を押して座るように促し、ゆっくりと寝袋の上に横たえると、彼女の上に覆いかぶさった。

ScullyはMulderの欲望の塊がその存在を主張するように太股に押し付けられるのを感じた。
手を伸ばし、彼らを隔てる唯一の衣類であるボクサーショーツを下ろしていくと、そのせっかちな手つきにMulderが低い声で笑うのが聞こえた。
ようやく彼のボクサーを脱がせると、Scullyは待ちきれないように彼の腰に足を絡め、自分の方に引き寄せた。

「そういえばまだ話し合ってなかったけど、僕はコンドームを持っ――」

「いいえ、いいの。」
Scullyは即座に答えた。
「一ヶ月前からピルを飲んでいるの。だから必要ないわ。」

「じゃあこのままで・・・」

「そう。肌と肌で。」
彼女はそう言うと手を伸ばして彼のペニスに触れ、自分の方へと誘導していった。

Mulderは先端を彼女の入り口にあてがったところで動きを止めた。
「Scully，本当にいいんだね？」

「ええ。Mulderお願い、早く頂戴。痛くても構わないから。」

その言葉にMulderは考えたくない事実を思い出した。
そうだ。きっとすごく痛いのだろう。どの程度かは想像もできないが――
Mulderは彼女に口付けながらほんの少しだけ身を沈めると、そこでしばらく留まっていた。


Scullyは彼が自分の表情を見ながら反応を窺っているのを知っていた。
彼女が痛くないようにゆっくり身体を沈めるあまり、その体重を支えている手足が震えていることも。
それでも、痛いものは痛い。
雑誌や周りの友人達の体験談から、多少の痛さは予想していた。
でも、こんなに痛いなんて――！
彼がより深く入ってきた時、Scullyは痛さのあまり、ひるんで腰がひけてしまった。
でもこの痛みを長引かせるよりは――
Scullyは素早く決断し、肘で身体を支えて起き上がり、Mulderの耳元で訴えた。

「Mulder，速攻にしてくれる？」

Mulderは一瞬驚いたが、すぐにその意図を理解した。
確かに、無駄に痛みを長引かせるよりはいいのかもしれない――
彼はScullyと指を絡め、深く息を吸い込むと、彼女の身体の一番奥まで一気に腰を進めた。
その瞬間Scullyはぎゅっと目を瞑り、爪が食い込むほどきつく彼の手を握り締めたが、一言も声は発しなかった。
Scullyの苦しそうな顔を見ているのが辛くてMulderも目を瞑り、唇を寄せてキスをしながら囁いた。

「ごめんScully，ごめんよ。」

しばらく経って、Mulderはようやく遠慮がちにかけていた体重を全てScullyに預け、彼女の中に身を沈めたまま一息ついた。
二人は見つめ合い、互いの温もりを愛しく思いながら満足気に微笑み合った。
しかし、その瞬間に目の前が大きく歪み、突如見たこともないイメージが彼らの前をよぎった。




´Scullyです。あなたの補佐として配属されました。´




´君は地球外生命体の存在を信じるかい？´




´出世よりあなたの方が大切だわ。´




´もしそこに紅茶が入ってたら恋の始まりだ。´




´今信じられるのは君だけだ。´




´君のそばにいるよ。´




´あなたの言葉が力に・・・´




´僕達が前世でも友人同士で・・・お互いを見る目が違っていたと・・・´




´たとえ前世がどうであろうと、何も変わらないわ。´




´５０億人の中で君だけだ。´




´私の人生はあなたを中心に回ってるわけではないわ。´




´私はガンよ。´




´Scully，結婚しよう。´




´これ以上何を捜し求めるというの？´




´妹だ。´




´いつも君だけが真実を語ってくれた。´




´闇の中で君の照らす光だけが頼りだった。´




´私も―――´










〜〜
〜〜








Mulderが我に返ると、Scullyが目を大きく見開いて彼を見上げていた。
「Mulder，今のは・・・？」

「ああ。」
彼はそれだけ答えると、彼女をじっと見つめた。

´闇の中で君の照らす光だけが頼りだった――´

Mulderはその言葉を思い出し、両手で彼女の頬を包んだ。
「愛してるよScully」

「私もよ。愛してるわ。」

Scullyの瞳に浮かんだ涙を見ているうちに、Mulderも感極まって涙が溢れ、視界が滲んだ。

Scullyが彼の頬に流れた涙を親指で拭い、そこに優しくキスをして囁いた。
「Mulder，私を愛して。」

「大丈夫かい？」

「ええ、大丈夫。」

もちろんまだ痛みはあった。
しかし、少し待ったところで、すぐにこの痛みが引くとも思えなかった。
彼女が頷くと、Mulderが動き出した。

Mulderのペースはじれったいほどゆっくりだったが、Scullyにはその方がありがたかった。
しかし、それは彼女のために彼が自分の衝動を抑えてくれているからであって、実際はもう限界が近づいてきていることをScullyはよく分かっていた。
しなやかに波打つ背中に腕を回し腰をくねらせると、Mulderが辛そうに呻き声を上げ、少しだけペースを速めた。

やがて、Mulderが快感とも苦悶ともつかない表情で顔を歪め、数回強く彼女を突き上げると全身を震わせた。
Scullyは彼の欲望を受け止めながら、彼が何度も自分の名前を呼ぶのを聞いた。

どのくらいそうしていたのだろう。
Scullyは自分の上に崩れ落ちたMulderの重みを感じながら、彼の背中をさすっていた。
しばらくしてMulderは身体をずらし、寝袋のジッパーを一番上まで上げると、背後からぴったりと彼女に寄り添った。

「ごめんよ。」
暗闇の中でMulderが静かに囁いた。

Scullyは振り向き、困惑の眼差しを彼に向けた。
「どうして謝るの？」

「痛い思いをさせたから。」

「Mulder」
Scullyはため息をつきながら、叱るような口調で彼の名前を呼んだ。
最近になって、彼女はMulderに自虐の傾向があることに気付き始めていた。
「痛いのは別にあなたが悪いわけじゃないわ。仕方のないことなのよ、分かる？」

それでも納得できないように自嘲気味に笑うMulderに、Scullyはさらにたたみかけた。
「じゃあ百歩譲って少しはあなたに関係あるとしても、これだけは知っていて。私は痛いのなんて構わないほどあなたが欲しかったの。あなたが好きだから。あなたを愛しているから。」

MulderはScullyをきつく抱き締めながら、内心苦笑していた。
これでは立場がまるっきり逆だ。
普通ならこういう場合は、泣いている彼女を優しくあやすのが男の役目だ。
それなのに、反対に彼女に諭されているなんて。
彼女の年頃の女の子はもっと子供っぽいところがあるはずなのに、なぜかScullyにはどこか物事を
達観したような落ち着きがある。
そして、自分にはない強さや冷静さも。
自分はこれから何度この女性に救われるのだろう――

「ありがとうScully。」
彼は心から感謝の言葉を口にした。

彼らはしばらく黙ったまま抱き合い、余韻に浸りながらも、二人の関係が新しい段階に入ったと
いう事実を噛み締めていた。

「Scully，君もさっきのを見たんだろう？」

Mulderがためらいがちに切り出した。
あまり長い間黙っていたので、Scullyは彼が眠ったものと思っていた。

「´身に覚えのない´私達の姿のこと？」

「そう。そのこと。」
彼はホッとしたように呟いた。
「よかった。君も見たっていうことは、僕の頭がおかしくなったわけじゃないんだ。」

Scullyはクスクス笑いながら言った。
「ひょっとしたら二人とも頭がおかしくなってしまったのかもしれないわよ？」

「これからどうする？」

「そうね、私はDr.Werberに会うアポを入れたけど、あなたも彼に会ってみたらどうかしら？それに、Missyがこの手の話に詳しいから、彼女にも相談してみようと思っているの。」

「確かにMelissaだったら何かいいアドバイスをしてくれるかもしれない。そうだな、僕もDr.Werberに会ってみるよ。」

Scullyが頷いたあと、二人の間に長い沈黙が流れた。
やがてMulderがウトウトし始めた頃、Scullyが口を開いた。
「Mulder，私達が見ている夢にどんな意味があるのか分からないし、この先何が起きるのかも分からない。でも、どんな結果になってもこれだけは覚えていて。私は私の全てをかけてあなたを愛しているということを。」

Mulderの瞳に熱い涙が溢れたが、それに気付かれないようにScullyの髪に顔を埋めた。
「僕もだよScully，僕も全身全霊をかけて君を愛してる。いつでも、どんなことがあっても。」

Scullyは微笑んでMulderの頬にキスをした。
「おやすみなさい、Mulder」

MulderはScullyの呼吸が規則正しい寝息にかわるまでずっとその小さな身体をしっかり抱いていた。
二人は結ばれた――
そのことを思うたびにMulderの頬が緩んだ。
その一方で、釈然としない思いが彼の頭から離れなかった。
見たことのないオフィス、スーツに身を包んでいる二人、自分はガンだと告げるScully・・・

それらにどんな意味があるにせよ、今の彼には一つだけ確かなことがあった。
自分の命が尽き果てるその日までScullyを愛し続けること、それだけが彼にとって確かな未来だった。



Dana Scullyのアパートメント
翌日・・・



Mulderはあれから一晩考えて、一つの結論にたどり着いていた。
「Scully，あれは僕達の未来なんだよ。」

「どういう意味？あなたの言うことが本当なら、私達は未来で一緒に過ごしていたはずなのに、どうして今はここでこうして過去の時間を生きているの？」

「僕達は死んだんだよScully，撃たれた夢を覚えているだろう？もっともあれは夢ではなくて、実際にあったことだったんだ。昨日僕らが見た映像も全て本当にあったことで――あの後に君と僕は何かの事件に巻き込まれて死んだんだ。」
彼はScullyを抱き寄せてキスをした。
「でも、二人にはやり残したことがあまりにもたくさんあった。心残りも。特に・・・」

「特に・・・何？」

「昨日見た映像をどれくらい覚えている？」

「ほとんど全てを覚えてるわ。」

「じゃあ分かるだろ？あの中で僕達は恋人同士ではなかった。でも僕は君を愛していたのをはっきり覚えているんだよ。たった一度だけ僕が想いを伝えたとき、僕は薬で頭が少しぼうっとしていたんだけど――君は全然信じてくれなかった。」

「モルヒネを投与されていたのよね。でも、あなたの言う通りだわ。私達は長い間お互いの気持ちを隠していて・・・やっと気付いた時には全てが手遅れだったのよ。」
Scullyは少し考えてから言った。
「これは警告なんだわ。つまり、あの映像の中にあったことを全て回避していけば私達は――」

「Scully，違うよ。」
Mulderは彼女の言葉を遮った。
「これから先に起こることを知っていながら生きていくことは出来ない。未来を知ることを許されるのは、君が信じている神だけだ。」

「でもMulder・・・」

「全ての結果には原因があるんだよ。だから、僕達が今ここにいるのは未来の自分達を救うためだと
信じたい。」

Scullyは声を荒げた。
「だからってどうするって言うの！これから先、この夢や未来に支配されて生きていかなくちゃいけないの！？」

「二人でDr.Werberのところに行って催眠治療を受けるんだ。・・・お互いを忘れるために。」

「何を言って・・・」

「思い出す必要があるその時まで。」

「撃たれる直前までということ・・・？」
Scullyの声は動揺で震えていた。
「Mulder，冷静に考えて。もしここでお互いを忘れたら、次に気持ちを通じ合わせる時は２０年近くも先のことになるのよ？第一ここで忘れて別々の人生を歩むとして、次に私達が出会える保証は？思い出せる保障はどこにあるのよ！？」

「気持ちは分かるよScully・・・僕だって同じだ。でも僕はいつまででも待つよ。」

Scullyは冷たく言い放った。
「あなたは随分のん気ね。いつまでも待つだなんて・・・もし一つでも違う選択をしたら、私達は出会えないのよ。仮に出会えたとしても、今度は気持ちさえ通じ合えずに終わるかもしれないのに。」

「その方が・・・目の前で君が殺されるのを見るよりずっとましだ。君は僕の目の前で死んだんだよ
Scully！あんな思いをするのはもう２度とごめんだ！！」

Scullyは溢れてきた涙を止められないまま床にへたり込み、激しく嗚咽した。
「だって私・・・あなたを忘れたくない・・・」

悔しい――

この憤りをどこにぶつければいいのだろう。
Mulderに？
いいえ、それは違う。

私達はもう一度出会える？
そして、もう一度恋ができる――？

Scullyは顔を上げ、泣き腫らした目でMulderを見つめると、ふっと微笑んだ。
「思い出したわ。あなたって思い込んだら周りが見えなくなって、すぐにどこへでも突っ走っていっちゃうのよね。」

Mulderは決まり悪そうに笑った。
「でも、今度ばかりは僕が冷静になって君を説得する番だ。そうだろう？」
彼はScullyと額を合わせると、真剣な口調で言った。
「愛しているよ。」

Scullyはゆっくりと顔を上げた。
「じゃあ見せて。」
口で何度愛していると言われようとも、今の彼女には納得できるものではなかった。
たとえ理不尽でもこの衝動はこれ以上抑え付けておくことができない――
Scullyは自らＴシャツの裾をたくし上げて脱ぎ捨て、Mulderのシャツに手を伸ばした。
「証明してみせてよ。」

Mulderは強引に彼のシャツを脱がそうとするScullyの手首を握り締めると、ベッドの上に押し倒した。
「Scully，僕だって君を忘れたくはないよ。こんなに愛してるのに・・・」
彼は声を詰まらせたが、すぐに手を伸ばしてScullyのうなじをつかみ、強引にキスをした。

Mulderは獲物が獣をむさぼるような音を立て、唇でScullyの口を開かせた。
舌が入ってきて乱暴に口の中を探られてもScullyは抵抗しなかった。むしろ、大胆で性急な方が今の自分達には相応しいとさえ思っていた。

満足な前戯もなくMulderが入ってきたとき、Scullyは快感と苦痛に喘いだ。
二人はしばらくの間動かず、何かにすがりつくようにしっかりと抱き合っていた。
まるで、一つになることが生き延びるための必要条件であるかのように。

やがて二人はどちらからともなく動き始めた。
Mulderがさらに深く彼女を探ろうと腰を押し付けると、Scullyも彼の固いヒップをつかみ、もっと深くに引き寄せた。

今は恨むしかないこの運命を、いつか感謝できる日が来るのだろうか――？
Scullyはぼんやりと考えたが、その思考も身体の奥から押し寄せてくる波と、激情をむき出しにしたMulderの声にかき消されていった。



〜〜
〜〜


汗がMulderの顔からしたたりおちている。
彼は全身汗に濡れたままScullyの上にくずおれた。
抗えないほどの母性本能が俄然頭をもたげ、ScullyはMulderを抱きしめた。

彼が泣いていることに気付いたのはその時だった。
小さな子供のように嗚咽するMulderを見ているうちに、Scullyの目にも涙が溢れ、次々と頬を伝って流れた。
「あなたを失いたくない・・・」
そこまで言うと涙が堰を切ったように溢れ、ついに堪えきれずに声を上げて激しく号泣した。


Mulderは胸が張り裂けるような思いでその言葉を聞いていた。
「僕だって・・・」
喉が詰まってそれ以上続けられなくなり、言葉の代わりにScullyをきつく抱き寄せた。

二人はしばらく無言だったが、その沈黙は交わされる言葉よりも多くを物語っていた。

これはは正しい選択なんだ――
Mulderはそう信じていた。
しかし、Scullyを手放さなくてはいけない状況に自らを追い込んだ自分に、激しい無力感を感じていた。

腕の中でScullyの呼吸が規則正しい寝息にかわると、彼はブランケットを引き上げて二人の身体にかけた。
Mulderは一晩中Scullyをそうやって抱き、決して放さなかった。
まるでこれからの二人の運命に逆らおうとでもするかのように――




〜〜
〜〜



数日後・・・
Dr. Werberのオフィス


「心の準備は出来た？」

「出来てないって答えたらこのまま家に帰れるの？」

「Scully・・・」

「ウソよ。分かってるわ。」
Scullyが一歩前に進み出ると、Mulderは腕を伸ばして彼女の身体をしっかりと抱きとめた。
「それで？どういう段取りになっているの？」

「時間差で予約を取っている。君はDr.Werberの治療を受け、僕は彼のパートナーの治療を受ける。
君は僕より２０分早く治療が終わってここを出る。もちろん、その時には僕の記憶は消されている。
Melissaにはこのことは話してあるね？」

「ええ。Melissaもあなたの言うことに賛成していたわ。お互いを忘れるのがベストだろうって。
Melissaから家族にも話してもらったわ。」

「何て言って説明したんだろう？」

「詳しくは知らないけど、とにかく私の家族の中であなたの名前が上ることは２度とないわ。あなたという存在は私の家族の間では抹殺されるの・・・。今から１０年後に私達が再会出来たとしても、過去の私達の関係は家族の口からは決して明かされることはないわ・・・私達が自分で思い出すまではね。どうしてこんなことになったのか、ママやBillは理由を知りたがっていたみたいだけど、あまり詳しくは説明しなかったみたい。全ての事情を知っているのはMelissaだけよ。」

Mulderは深いため息をついた。
「将来Melissaの身に何が起きるのか話したのかい？」

Scullyは首を振った。
「何度も話そうと思ったけど・・・出来なかった。あなたの言う通り、未来なんて知ってはいけないのよ。」
彼女は柔らかく微笑み、Mulderの唇を指でなぞった。
「全ての結果には原因があるの。」

Mulderは大きく頷き、Scullyの潜在意識に刻まれるように強く祈りながら、深い愛情のこもった口付けをした。
「愛しているよ。」
決して泣くまいと心に誓っていたのに、気付けば頬を涙が伝っていた。

「愛しているわ。」

「もう時間だよ。行かないと・・・」
Mulderは渋々彼女から手を離した。

Scullyは頷き、ゆっくりとドアへ向かった。
最後に名残惜しそうに振り向き、´愛している´と唇だけ動かすと、ドアの向こうへ消えた。

「・・・いつまでも。」
Mulderは誰もいない廊下に向かってポツリと呟いた。