―阪神タイガース優勝記念―

Title: Moments Aleatoires A temps(Random Moments in Time)

Rating: The whole story - NC-17, Part I - R

Authors: Shanda Weeks and Cassie (Samantha)

翻訳　由美

Baltimore, Maryland
メリーランド州、ボルチモア
May 30, 1982
8:34am


Scullyは頭にガンガンと響く無遠慮なノックの音で目覚めた。

「Hi，キットカット！早く起きて！」

のろのろと起き上がり、重い身体を引きずってドアへ向かった。
ドアを開くと、そこには元気すぎる彼女のルームメイトが立っていた。

「おはよ、キットカット！」

「Sky，もしあと一回でも私のことをキットカットって呼んだら、あなたの髪の毛をむしり
取るわよ。」

「おーこわ。誰かさんたら機嫌が悪いわね・・・昨日の疲れがまだ取れないのかしら？」

「コーヒー・・・」
Scullyは呻きながらキッチンへ行ってマグカップにコーヒーをつぎ、アスピリンを２錠飲み下した。

「Dana Katherineともあろう人が二日酔い？」

「私と同じくらいお酒を飲んだのに、どうしてあなたは二日酔いじゃないわけ？」
Scullyは苦々しく呟いた。

「お酒に強いのはTaylor家の血筋よ。言わば私はサラブレッドなの。それにね、同じ量を飲んだとしても体重の軽い人の方がダメージは大きいのよ、おチビちゃん。」

「お願いだから今日も飲みに行こうなんて言わないでね。」

「あー・・実は・・・今夜パーティーがあるのよ、アルファのメンバーが主催の。」
Skyは懇願の眼差しをScullyに向けた。
「一緒に来てくれない？」

「私はアルファの連中が大嫌いよ。高飛車で威圧的で。彼らは自分達が神様から選ばれた特別な人間だと勘違いしているのよ。フットボールをやっているという理由だけで。」

「ねえ、お願いよ。これから一ヶ月間は私が掃除するから。」

「あなた掃除機がどこにあるか知ってるの？」

Skyは少しの間考えてから答えた。
「えーっと・・・知らないわ。で、でも置いてある場所と使い方を教えてくれれば大丈夫よ。Dana，一生のお願い。あなたがいないとつまらないんだもの。」

「分かった、分かった。」
Scullyは諦めてため息をついた。
「でも約束して。絶対に私を置き去りにしないこと。あなたったらいつも男の人とどこかに
消えちゃうんだから。」


〜〜
〜〜


9:37am

「ああ、分かってるよ・・・うん・・・うん・・・そんなことないって。ただのパーティーだよPhoebe」

Mulderはリビングで受話器を片手に歩き回りながら時計に目をやり、いつ終わるともしれない国際電話の料金を気にしていた。

「分かった・・・愛してるよ。」

彼が愛していると言っても、Phoebeはいつもそれを当然のことのように受け止めていた。
Mulderは最近それが鼻につき始めていた。
しばらくして彼はようやく受話器を置き、ソファに座ってこめかみを押さえながらため息をついた。

「女王様の機嫌を取るのも大変だな？」

「うるさいぞChris」
Mulderは友人を睨んだ。
今はPhoebeについて語りたい気分ではなかった。

「今夜出かけるのに彼女の許可はいただいたか？」

「何かをするのにいちいち彼女の許可をもらうは必要ない。約束通りパーティーには行くよ。」

「今夜は可愛い女の子がたくさんくるぞ。」
Chrisがからかうように言った。

「大して期待しちゃいないよ。僕はとにかく家から出たいんだ。こっちに帰ってきて２週間になるっていうのに、彼女からの電話に縛られて一歩も家から出ていないんだから。」

「だから今夜はパーッと楽しもうぜ？」

「ああ。」



〜〜
〜〜


Alpha Kappa Gamma Fraternity House
アルファカッパガンマ同好会会館
Just off the University of Maryland Campus
メリーランド大学キャンパスの近く
10:13pm


Mulderはうんざりしながら壁に寄りかかった。
透明人間になりたい気分だ。
飛び交う下品なジョークや、一気飲みのゲーム。
どこにでもある典型的なパーティーだった。
いつもなら彼も酒を飲んで彼らと一緒にはしゃいでいただろう。
しかし、今夜はなぜか素面でいたい気分だった。

部屋の向こうではChrisが脚の長いブロンドと談笑していた。
目が合うと、ChrisはMulderに向かって手招きをした。

「Mulder，紹介するよ、こちはらSkyｌa Taylor、そしてこちらが彼女のルームメイトのDana Scully」
Chrisは幸せそうに鼻の下を伸ばしながら二人の女性を紹介した。

Mulderは二人にぞんざいな挨拶をしたが、後から紹介された方の女性の顔を見て息を呑んだ。
彼女は印象的だった――
背は小さいけど魅惑的な身体をしている。
たぶん５フィート２インチくらいだろう。
そして、炎のような赤毛。
ふんわりとカールして彼女の愛らしい顔を縁取っている。
極め付けが、きらきらと輝くクリスタルブルーの瞳だった。
あの瞳にはどんな男だって釘付けになること間違いなしだ。

Mulderは横でChrisが話しているのをぼんやりと聞いていた。
「これは僕のルームメイトでFox Mulderだ。でも頼むからFoxとは呼ばないでやってくれ。」

「Foxっていう名前が嫌いなの？」
Skyが訊ねた。
「素敵な名前なのに。」

Mulderは驚いて目を丸くした。
自分の名前が素敵だなどと言われたことがかつてあっただろうか？
「Mulderの方が落ち着くんだ。」

「そうね、私もSkyって呼ばれる方がいいもの。会えて嬉しいわ、よろしくね。」
彼女はそう言うと隣にいる友人の方を向いた。
「Dana，Chrisと私はここを出ようと思っているの。家まで送るわよ？」


〜


SkyやChrisのお喋りはScullyにとっては雑音にしか聞こえなかった。
彼女はずっとChrisの友人から目を離せずにいた。
ブラウンの髪の彼。
背が高くて、セクシーな筋肉質の身体。
頬にある可愛いほくろ。
そして、ゴールドにもグリーンにも見えるヘーゼルの瞳。

Scullyはようやく目の前の男性――Fox・・・ではなくてMulderから目を離した。
Skyが自分に話しかけていることに気付いたのはその時だった。
「――家まで送るわよ？」

「僕が送るよ。」
すかさずMulderが申し出た。

「どうするDana？」
Skyが心配そうな目を彼女に向けた。

「ええと・・そうね・・・彼に送ってもらおうかしら。」
その言葉に、Sky以上に言った当人が驚いていた。
彼女は会ったばかりの人間にすぐに心を開くタイプではなかった。

「本当に大丈夫なの？・・・じゃあ後でね。おやすみなさいキットカット。」
Scullyが睨む前にSkyはChrisと去って行った。

「キットカットって？あのチョコレートの？」
Mulderが眉を上げて面白そうに訊ねた。

「ええまあ・・・私の大好物なの。私のミドルネームもKatherineだから・・・それで・・・」
Scullyは恥ずかしそうに微笑んだ。

「それじゃあDana，改めましてよろしく。」

Scullyは困惑しながら彼を見上げた。
「私・・・」

「分かるよ。しっくりこないんだろう？」

Scullyは頷いて少しの間考えた。
「私があなたをMulderと呼ぶんだったら、あなたは私のことをScullyって呼んだらどうかしら？」

「いいアイディアだ。」
Mulderは彼女に近寄り、惹き付けられて止まない美しい瞳を見つめた。
淡いブルーからサファイアのような深い青に変化した瞳を見ているうちに、Mulderは激しい衝動に駆られた。
彼女にキスしたい――
彼は無意識のうちに彼女の頬を手のひらで包んでいた。

Scullyは少しうろたえながらも、頬に添えられたMulderの手に自分の手を重ねた。
彼が許しを請うように自分の瞳を覗き込んでいる。
Scullyは返事の代りに重ねた手にそっと力を込めた。

唇が重なり合った瞬間、二人の身体に電気が走り、驚いた彼らは同時に唇を離した。

「Scully・・・」
Mulderは息を荒くしながら彼女の髪に指を絡ませた。

「何も言わないで・・・」
Scullyが彼の唇を親指でなぞりながら囁いた。

Mulderは彼女に触れられた部分から全身に震えが走るのを感じ、彼女のウエストに腕を回してきつく抱き寄せた。
「ここを出ようか？」

その言葉にScullyが身を固くし、不安げに彼を見上げた。
「Mulder・・・」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。君と散歩をしながらいろんな話をしてみたいだけだから。」

Scullyは安心して微笑んだ。
「それなら、いい場所を知っているわ。」


〜〜
〜〜


２０分後、二人はチェサピーク湾を一望できる入り江のベンチに腰掛け、遠くに光る漁船の灯りを見つめながら話していた。

「じゃあ、君はこの秋に入学するんだ？」

「ええ。でも２年生から始めるの。」

「えっ？本当に？君は今いくつなんだい？」

「１８歳よ。高校の時に取った単位を大学が認めてくれて、一年飛び級することができたの。」

「才色兼備か。」
Mulderは相手に聞こえないようにボソリと小声で呟いた。
「ちなみに専攻は？」

その質問にScullyの笑顔が一瞬こわばったことにMulderは気付いた。
「何か・・・悪いことを聞いたかな？」

「私ね・・・高校の時に科学の単位をたくさん取ったの。そしてあれが――」
Scullyはそう言ってインナーハーバーの手前にあるボルチモア水族館を指差した。
「私の一番のお気に入りの場所なの。父親が海に関係した仕事をしているせいかもしれないけど、昔から海が大好きで、だから海洋学者になりたいと思っていたの。でも両親は私に医者になって欲しいみたいで・・・。それで去年適性試験を受けたんだけど、そうしたら私は弁護士に向いてるって。」
Scullyはそう言って自嘲気味に笑った。
「長くなっちゃったわね。つまり、私の専攻はまだ決まっていないの。あなたは？」

「心理学だ。」

「心理学？あなた今何年生なの？」

Mulderは少しだけ言いよどんでから答えた。
「実は・・僕は・・・メリーランド大学の学生じゃないんだ。僕はオックスフォードの学生で・・・この秋に４年生になる・・・」

「オックスフォード・・・イギリスね。」

Scullyの顔に失望の色が広がったのをMulderは見逃さなかった。

「Chrisと僕は幼馴染で――マーサズヴィンヤードで育ったんだ。同じ高校を出て、Chrisはメリーランド大学へ進み、僕はオックスフォードへ進んだ。今回はたまたま僕が夏休みを利用してChrisのところに遊びにきていたんだ。」

「私とSkyみたいだわ。私達は８歳の時に出会ったの。私は何度も転校を繰り返したんだけど、Skyとだけはどこへ行ってもずっと仲良しだったの。」

「今までどこに住んでいたんだい？」

「数え切れないほどよ・・・サンフランシスコ、日本、バンクーバー、コープス、クリスティ、ノーフォーク、サンディエゴ、それからここ。」
Scullyは寂しそうに笑った。
「友人とは長続きしないの。」

「気持ちを察するよ。」
MulderはScullyの頬にキスをして、鼻先を押し付けながら耳元に囁いた。
「それでScully・・・今付き合ってる人はいる？」

「い、いないわ。彼とは卒業式の日に別れたの。数週間前のことよ。あなたは？あなたはガールフレンドがいるんでしょう？」

Mulderは身体を離してScullyの瞳を覗き込んだ。
一瞬Phoebeのことが頭をよぎったが、それはすぐ目の前の愛らしい天使に取って代わった。
「僕もいないよ。」


〜〜
〜〜



５週間後

「・・・Mulder・・・」
Scullyはため息混じりにMulderの名を呼んだ。
彼らは彼女のカウチの上で手足を絡めながら抱き合っていた。
ここのところ一ヶ月以上、彼らはどこへ行くにも、何をするにも常に一緒だった。
彼女が大好きなボルチモア水族館へは毎週末のように通い、夏のイベントは全て制覇した。

二人は愛し合っていた。
そのことをまだどちらも口にはしていなかったが、お互いの気持ちは分かっていた。

Mulderに左耳の後ろを吸われてScullyは甘い喘ぎ声を上げた。
それを合図のように、Mulderは今まで彼女の身体をまさぐっていた手を、ライラック色のセーターの一番上のボタンに移動させた。

いつものようにScullyはMulderの手を押し留め、彼は仕方なく身体を離して起き上がった。
Scullyはここから先は決して許そうとしなかった。
彼もそのことを知っていたので、これまでもあえて無理強いはしてこなかった。
しかし、今夜はScullyの瞳にいつもとは違う光が宿っていることにMulderは気付いていた。

「Mulder・・・これから次の段階に進む前に、あなたに話しておかなければいけないことがあるの。」

彼女の緊張をはらんだ声に、これから深刻な話が始まるであろうことを察したMulderは、Scullyの
手を包んで小さく頷き、無言で先を促した。

「１６歳の時、姉のMelissaがパーティーに連れて行ってくれたの。そこで私は声をかけてきた男の人としばらくお喋りをしていたんだけど――私はその場に誰も知っている人がいなかったのに、姉は私を置いて気の合った男の人といつの間にかどこかへ行ってしまっていたの。私が困っていたら、彼が家まで送ってくれるって――」
Scullyはそう言って、知らずに流れていた涙を拭った。

Mulderはこの先を聞くのが怖かった。
男の下心に気付かずに車に乗った彼女――

「その男は・・・君をレイプしたのか？」

「未遂で終わったわ。押し倒されたたんだけど、相手の顔に爪を立てて、向こうがひるんだ隙に股を蹴り上げたの。」
Scullyは頬を赤らめて言った。

Mulderは心底ホッとしながら、目の前の小さな戦士に賞賛の眼差しを向けた。
「僕は君が望まないことは絶対にしないよ。」

「もちろんそれは分かってるわ。あなたはあんな男とは全然違うもの。ただ、このことは話しておいた方がいいと思ったの。だからって誤解しないでね・・・あなたと・・・その・・・したくないっていうわけじゃないから。」
Scullyは彼の手を握り締めて顔を上げた。
「あと、もう一つ話すことが・・・」

「何だい？何でも話してくれよ、Scully」

「・・・私ね・・・・・ヴァージンなの・・・」
Scullyは意を決して言ったものの、声は気恥ずかしさで小さくなって途切れ、顔が赤らむのをどうすることもできなかった。

真っ赤になってうつむいたScullyを見ながら、Mulderはしばらく何も言うことができなかった。
彼は震える手で絹糸のような髪に触れて耳の後ろにかけ、その手で彼女の細い顎を持ち上げた。

「多分そうじゃないかと思ってた。」

その言葉にScullyは耳まで赤くなった。

「でもそれは素晴らしいことだよ。」

「本当にそう思う？」

Mulderは返事の代りに彼女を引き寄せて激しく口付けをした。
息が苦しくなってようやく彼は唇を離し、二人で空気を求めて喘いだ。
「これで答えになったかな？」

「完璧だわ。」
Scullyは掠れた声で言うと、着ていたセーターのボタンに手を伸ばし、上からゆっくりとはずしていった。
しかし、彼女が二つ目のボタンに手をかけた時、Mulderがそれを制した。

「君に知っておいて欲しいことがある。」
MulderはScullyの手を引き寄せ、指先にキスをして言った。
「僕は君の心の準備が出来るまでいつまででも待つよ。だから、ここで無理をする必要はないんだ。今夜僕達の間に何があっても、いや、なかったとしても僕の気持ちに変わりはない。君を愛している。」

Scullyは今自分が聞いたことが信じられなかった。
Mulderが自分を愛していると言った！
彼の唇を親指でなぞるうちに、視界が涙で滲んだ。
「私もあなたを愛しているわ。産まれた時からあなたを愛していたような気さえするの。」

Mulderは彼女を引き寄せ、きつく抱き締めた。
二人はしばらくそのまま抱き合いながら互いの温もりを確かめていたが、やがてScullyが彼の髪の毛の中に指を差し入れ、耳の後ろに濡れた唇を押し当て始めた。

耳たぶを唇ではさまれた時、Mulderは思わず呻き声を上げてしまった。
Scullyは彼の反応に微笑みながら膝の上にまたがり、お互いの荒くなった息を呑み込んでしまうような情熱的な口付けをした。

Mulderが再び彼女のセーターのボタンに手をかけても、今度はScullyは拒まなかった。
ボタンを一つずつ外し、ゆっくりと裾を持ち上げて彼女の首からセーターを抜き去ると、Mulderは一歩下がって彼女の濡れて大きく見開かれた瞳をのぞき込み、上気した頬を親指の腹でなぞった。
彼はScullyから目を逸らさずにしばらく手のひらで彼女の腹部を撫でた後、その手を白いコットンのブラに移動させ、フロントホックに指をかけて許しを請うように上目使いで彼女を見た。

Scullyの心臓はドクドクと早鐘を打っていた。
今まで誰とも越えたことのなかった一線を越えることになる。
Mulderは今まで付き合ってきた男性とは違う。
彼ほど情熱的に自分を見つめた人はいないし、ここから先を許す気になれたのも彼だけだった。
Mulderの無言の懇願に、Scullyは下唇を噛んで小さく頷いた。

ホックがはずされて胸が露になっても、Mulderはしばらくの間彼女の顔から視線を移そうとはしなかった。
やがて胸が彼の温かい手のひらで包まれ、優しくもみしだかれると、Scullyは小さなため息をついた。

「気持ちいい？」

Mulderに訊ねられ、彼女は閉じていた目を開いて微笑み、返事の代わりに唇を重ねて軽く吸い上げた。
二人は口付けを深めながらながらもつれ合ってカウチの上に倒れ、手を伸ばして互いの素肌をまさぐり合った。
ScullyはしばらくMulderの引き締まった腹部の感触を楽しんでいたが、その手を逞しい肩へと移動させた時、突然閃光のようにあるイメージが彼女の頭をよぎった。

Mulderが肩から血を流して倒れている――
そして自分は持っていた銃を投げ出して彼のそばに跪き、傷の様子をうかがっていた。

Scullyはそのイメージに驚いて跳ね起き、Mulderの顔を覗き込んだ。

「どうしたんだい？」
Mulderは彼女の怯えた様子に戸惑った。
瞳の中には明らかに恐怖の色が浮かんでいた。

「わ、分からないわ。」
Scullyは頭を振って今のイメージを振り払おうとした。
あれが現実のはずはない。
自分は銃さえ持っていないのだから。
彼女は気を取り直してMulderに微笑もうとしたが上手くいかなかった。
「大丈夫よ。・・・きっと気のせいだわ。」

Mulderはしばらくの間じっと彼女を見つめた。
彼女の動揺はまだ治まっていないようだったが、その原因がどこにあるのか、彼には見当もつかなかった。
彼は手を伸ばして彼女の頬に触れ、そっと撫でた。
「今日のところはもう帰った方がいいみたいだ。」

Scullyはため息をついた。
Mulderには帰って欲しくなかったが、彼の言う通り今夜はここでやめておいた方が賢明かもしれない。
一旦始まってしまったら、彼女には自分を抑える自信などなかった。
もちろん初めての人はMulderであってほしいと思う。
しかし、それが今夜となると、心の準備が出来ているのかどうか自分でもよく分からなかった。
Scullyは彼に向かって微笑みながら頷いた。

Mulderは彼女に優しくキスをしてシャツを拾い上げ、玄関へと向かったが、ノブを回す前にScullyが彼を呼び止めた。

「Mulder？」

「何だい？」

「あのね・・・今週末に両親の家に家族全員集まることになっていて、私・・・両親には会って欲しい人がいるって言ってあるの。」

「それは君の実家への招待と受け取っていいのかな？だとしたら、喜んで伺うよ。」

顔を上げると嬉しそうに微笑んだMulderと目が会い、Scullyは安堵のため息を漏らした。
両親に会って欲しい人がいると話してあるというのは、実は咄嗟に口をついて出た言葉だった。
これから両親にどうやって話そうか考えている間に、Mulderが再び背を向けてドアノブに手をかけた。

「Mulder待って！」
Scullyは勇気が逃げて行く前に早口で一気に言った。
「やっぱり今夜は一人になりたくないの。泊まっていってくれる？」

Mulderは驚いて振り返った。
Scullyの瞳には明らかに何かに対する怯えのようなものが見てとれる。
何かが彼女の身に起こったのだ。
あれは確か彼女の服を脱がせた直後だった――
彼はその原因が自分にはないことをひたすら祈った。

「Scully？」
Mulderは彼女の心の内を探るように問いかけた。

「今夜はただ抱いていて欲しいの。あなたの温もりが必要なの。泊まっていってくれる？」

「いいよ。僕でよければ。」

Mulderが隣に腰掛けると、Scullyは即座に彼の腕にしがみつき、身体をぴったりと密着させて丸くなった。

「愛しているよ。」
Mulderが彼女の髪に囁きかけた。

「私も愛しているわ、Mulder」
ScullyはMulderの手をしっかりと握り締めながら眠りに落ちた。



＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


2:28AM


MulderがScullyの肩に触れると、彼女は振り返って'私は大丈夫'という微笑を見せた。
二人の目の前には倉庫らしき建物のドアが見えた。
Mulderはどうして自分がここにいるのか分からなかったが、本能が先へ進めと告げていた。
全く経験がないのにも関わらず、慣れた仕草でドアを蹴破り、Scullyの後に続いて建物の中に入っていった。

右を向き、Scullyが側にいるのを確かめると同時に、建物の中に銃声が響き渡った。
彼の目の前の光景はすべてスローモーションに切り替わった。
Scullyが小さな呻き声を上げて崩れ落ち、彼の顔には生温かい血が・・・

「Scully！！」

Mulderは部屋中に響いた自分の声で目が覚めた。
息は浅く乱れ、心臓が早鐘を打っていた。
一瞬自分がどこにいるか分からなかったが、すぐにScullyの部屋だと気付いた。
手を伸ばすと、すぐそこに温かいScullyの身体があった。

夢か――

彼は深呼吸をして、手の中に顔を埋めた。
今の夢は一体何だったんだろう？
やけにリアルだった。
悪夢といえばいつもSamanthaのものだったが、彼はそのことを誰にも話したことはなかった。
話したって誰も理解してはくれないだろう。
でも今の夢は・・・自分の理解をも超えていた。

Mulderは軽く頭を振り、そっとベッドから抜け出てキッチンへ向かった。
彼はキッチンで水を汲み、電気もつけずにそこに佇んだまま今見た夢を反芻していた。
あの夢はどこから現れたのだろう？
自分たちは今危険な状態にはない。
Scullyとの関係だって何ら問題はない。
二人はパーフェクトだ。
それに、あんな倉庫は今まで見たことがない・・・はずだ。
彼がScullyの切迫した悲鳴を聞いたのはその時だった。
Mulderは乱暴にグラスを置き、急いで寝室へ引き返した。

「Scully！？」
彼が寝室に駆け込むと、Scullyが泣きながらベッドの上に座っていた。
「何があったんだ？」
Mulderは彼女を抱き寄せると、子供をあやすように優しく前後に身体を揺らした。

Scullyの頭はまだぼんやりとしていて、ともすれば再び悪夢に引き戻されそうだった。
現実と夢の区別がつかず、気付けば支離滅裂なことを口走っていた。

「私――自分の死体を見たの。あなたが死ぬところも・・・彼が・・・彼があなたを撃ったのよ。」
Scullyは腕をMulderの背中に回し、きつくＴシャツを握り締めながらヒステリックに泣きじゃくった。

「大丈夫だよ。僕はどこへも行かないから、大丈夫・・・」
Mulderは静かに囁きながら彼女の髪を撫で続けた。

しばらくしてようやくScullyは泣き止むと、心配そうな目で彼を見上げた。
「目が覚めたらあなたがいなくて・・・どこかに行ってしまったのかと・・・。すごく怖かったの。」

「キッチンに水を飲みに行ってたんだ。Scully，僕は決して君を置いてどこかに行ったりしないよ。
だからもう泣かないで。」

Scullyは弱々しく頷くと再びMulderの腕にしがみつき、隙間がなくなるまでぴったりと身体を寄せた。
Mulderはさらにきつく彼女を抱きしめ、髪の毛に顔を埋めてシャンプーの香りを吸い込んだ。

´自分の死体を見たの――´

彼女が言っていた言葉がなぜか心に引っ掛かっていた。
夢の内容を詳しく聞きたかったが、今夜はやめておくことにした。
Scullyはまだ彼の腕の中で震えていた。

Mulderは彼女をベッドに横たえると、身体を寄せて後ろから抱きしめた。
やがてScullyは眠りに落ちていき、その後は朝までうなされることはなかった。
Mulderは彼女を抱きしめながら一晩中起きて考えていた。
何かがおかしい――
妙な胸騒ぎがした。
自分達はこれから予想もつかないようなトラブルに巻き込まれる。
しかもこれは始まったばかりで、まだ全体像は見えていない。
彼はまだ姿を見せない悪魔から守るように、無意識にScullyを抱く腕に力を込めた。