―阪神タイガース優勝記念―

Title: Moments Aleatoires A temps(Random Moments in Time)

Rating: The whole story - NC-17, Part I - R

Authors: Shanda Weeks and Cassie (Samantha)

翻訳　由美

April 15, 2000

7:27pm

ワシントン郊外

Mulderはケプラーベストと通信用のヘッドセットを装備し終えると、同じ装いの相棒にちらっと目をやり、目の前の倉庫に視線を移した。
この辺りは同じような建物が連立している倉庫群の一角だったが、ＶＣＳはようやく殺人犯が潜伏している倉庫を特定し、彼らは今まさにそこに突入しようとしていた。

Mulderは再び相棒の方を見た。
ふと嫌な予感が彼を襲ったが、´ここに残っていて欲しい´などとScullyに言えるはずはなかった。

彼がじっとScullyの方を見ていると、彼女はそれに気付いて´私は大丈夫´というように小さく微笑んでみせた。
彼が何を考えているのか、Scullyにはお見通しなのだろう。
そしてその答えは彼女の意思の強い瞳の中にはっきりと見て取ることができた。
Scullyは何があろうとここに一人で残る気はないのだ。
Mulderは小さく頷くと、再び銃を点検した。
間もなくして、ヘッドセットに突入の指令が伝わり、彼らは用心深く倉庫に近づいていった。

ドアの手前で、Mulderはためらいがちに先を進んでいたScullyの肩に手をかけた。
しかし、振り向いた彼女の透き通った瞳には、揺るぎない自信がみなぎっていた。

Mulderは仕方なくため息をついて突入体勢に入り、最終指令を待った。
彼は突入後の一連の行動を頭の中でイメージした。
すぐに終わるはずだ。
若い男性を狙って次々と殺人を繰り返した頭のイカレた男が一人潜伏しているだけだ。
突入して奴をここから引きずり出す・・・生死は関係なく。
武者震いをすると同時にヘッドホンに突入の指令が下りた。

――ここから彼の悪夢は始まった。

Mulderがドアを蹴破り、二人は銃を構えながら声を揃えて叫んだ。
「ＦＢＩ！」

ダンボールや家具などが乱雑に積み上げられている倉庫の中には人の気配はなかった。
Scullyが先頭にたち、Mulderが彼女の背後をカバーして銃口を前後左右に向けながら、慎重に先を進んでいった。

Mulderは気付くことができなかった。
物陰にScullyを狙う銃口が潜んでいたことに――

乾いた発砲音がMulderの耳に届くと同時に、呻き声が上がった。
その瞬間、彼の視界は全てスローモーションになった。

顔にはね返った生温い液体。
崩れ落ちるScully。
床に倒れた彼女の頭の周辺に広がる血だまり。

「Scully・・・・！！」

その悲痛な叫び声が自分のものだとは信じたくなかった。
発砲音のした方へ銃を向けると、一人の男と目が合った。
相手の顔を確認した瞬間、それは自分達が追っている男ではないとMulderは気付いた。
が、彼はそのことに気付くより先に引き金を引いていた。

彼が放った銃弾は相手の眉間に命中し、男はどさりと崩れ落ちた。しかし、Mulderはその死体には目もくれず、銃を捨ててScullyを振り返った。

MulderがScullyの方に駆け寄ろうとしたとき、二人目の男が物陰から現れた。
それは想定外だった。
Skinnerは単独犯だと言っていたのに――
今しがた床に捨てた銃を再び拾い上げて構える時間は彼にはなかった。

Mulderが最後に見たものは相手の銃口から噴き出した火花だった。

銃弾は彼の頭蓋骨を粉砕し、MulderはScullyの横に倒れた。
コンクリートの床には彼とScullyのものが混ざり合ったどす黒い血だまりが広がっていった。


＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


8:57pm
Georgetown Memorial Hospital
ジョージタウン記念病院



彼女は救急外来のカウンターに猛スピードで駆け寄り、苛立たしげに咳払いをした。

「何か御用ですか？」
受付の女性が素っ気無くたずねた。

「ええ！」
Margaret Scullyは殆ど叫んでいた。
「Dana Scullyを探しているの。」

受付の女性は興味がないといった様子で患者のリストをぺらぺらとめくっていったが、やがて目を大きく見開いてMargaret Scullyを見上げた。
「・・・彼女はＦＢＩの特別捜査官だったのね？さっき２名で運ばれてきたのよ。」

Margaretは苛々と頷いた。

「彼女は今手術中です。３階の待合室へ行って下さい。術後にドクターから説明がありますから。」

「どうもありがとう。」
言うが早いか、Margaretは駆け出していた。
しかし、エレベーターに乗る直前に彼女は踵を返し、再び受付のカウンターに戻った。
「あなた２名って言ったわね？もう一人の名前は？」

「ええと・・・Fox Mulderさんです。」

その名を聞いて、Maggieは膝の力が抜け落ちるのを感じた。
彼女はここに向かう間、ずっとMulderに腹を立てていた。
娘が病院に担ぎ込まれたことを報せてくれたのがMulderではなかったからだ。
しかし、これでその理由が分かった。
電話をしたくても出来ない状況にあったのだ。
彼は娘をかばおうとして負傷したのだろうか？
涙が溢れてこぼれそうになったが、それをぐっと堪えた。
二人の無事を確かめるまでは絶対に泣くわけにはいかない。

しかし直感が告げていた。
自分はこの愛する娘と息子を失うことになるだろうと。

３階までのエレベーターが永遠のように長く感じられた。
廊下を歩く足取りは重く、Melissaが撃たれた夜のことが嫌でも思い出された。

待合室ではＷaｌｔｅｒ Skinnerが青白い顔で落ち着きなく部屋の中をうろついていた。
Maggieの胃が恐怖でぎゅっと締め付けられた。
彼のスーツには多量の血がべったりと付着していた。

彼女は目を瞑って深呼吸をし、天国の夫に救いを求めた。

William，今あなたがここにいてくれたらどんなに――

「Mr.Skinner？」

名前を呼ばれて振り向いたSkinnerは、Maggieの姿を認めると目に涙を溜め、声を詰まらせた。

「Mrs.Scully・・・」

「何があったの？」

「私からは・・・」
SkinnerはMaggieと目を合わせようとはせず、終始床のタイルを見つめていた。
「ドクターの説明を待った方がいいかと・・・」

二人の容態はかなり悪いのだ――
Maggieは心臓を鷲掴みにされたような気がした。
「Mr.Skinner，Danaはあなたのことを友人だと思っていました。おそらくそれはFoxも同じでしょう。私はDanaの母親です。Foxのことも息子同然に思っています。彼らの友人として・・・そして上司として・・・あなたには真実を話す義務が・・・」

Skinnerはため息をついた。
Margaret Scullyの言うことはもっともだ。
自分には真実を話す責任がある。
彼らをあの任務に送り出したのは自分なのだから。
Skinnerはふらふらと椅子に腰掛け、手で顔を覆った。

「彼らには申し訳ないことを――」
彼はそう呟くとMaggieを見上げた。
「突入の合図を出したのは私なんです。」

MaggieはしばらくSkinnerの顔をじっと見つめた。
その苦渋に満ちた表情を見るにつけ、とても彼を責める気持ちにはなれなかった。

MaggieがSkinnerの腕に触れると、彼は頷いて再び話し始めた。

「倉庫に潜伏している男を捕らえるのが彼らの任務でした。潜んでいるのは一人だけだった・・・はずだった・・・」
Skinnerは一旦言いよどんだが、咳払いをして先を続けた。
「彼らは犯人に撃たれて・・・現在二人とも極めて重篤な状態にあります。」

「どうしてそんなことに？防弾チョッキは着ていなかったの？」
Maggieは困惑し、単純な疑問をぶつけた。

Skinnerは居心地が悪そうに座りなおした。
「ええ、Mrs.Scully・・・もちろん彼らは防弾チョッキを身に着けていました。」

Maggieは即座にその意味するところを理解した。
「ではあの二人は・・・！」

Skinnerは悲しげに頷いた。
「二人とも頭を撃たれたんです。MulderがDanaを狙撃した男を撃ち殺したのですが・・・」

「ではMulderは誰に撃たれたの？」

「・・・二人目の男がいたんです。」

Maggieは押し寄せる感情の波に呑み込まれないように、大きく息を吸って気持ちを鎮めた。
動揺は禁物だ。
今は誰よりも気をしっかり持たなければ――

彼女は二人の無事を神に祈った。
祈りに没頭していたあまり、ドクターが近づいてきたことに気付かなかった。

「Mrs.Scully？」

Maggieが顔を上げると、目の前にドクターが立っていた。
その厳しい表情に、彼女は最悪の結果を覚悟した。

「Mrs.Scully，大変残念な事をお知らせしなければなりません。Danaは現在大変危険な状態にあります。今のところ持ち堪えていますが、深い昏睡状態に陥っています。正直なところを申せば、Danaの意識が戻る見込みはまずないでしょう。」

ぐらりと揺れたMaggieの身体をSkinnerが支えた。
彼女は小さな声でSkinnerに礼を言ってから再び医者の顔を見た。

「銃弾はDanaの左のこめかみから入り、前頭葉部分を真っ直ぐ突き抜け、右側の頭蓋に衝突して脳内で破裂したようです。先ほども申しました通り、Danaは今はまだ持ち堪えています。しかし、回復は望めないでしょう。」

「そうですか。」
自分の声がひどく遠くに聞こえた。
医者は同情の微笑を浮かべ、その場を立ち去ろうと背を向けた。
「ドクター？」

「何ですか？」

「もう一人の・・・Fox Mulderは？彼の容態はどうなんですか？」

「彼は今銃弾を摘出する手術を受けています。左目のすぐ上を撃たれたのですが、銃弾が貫通せずに頭蓋内に留まっていました。もしこの手術を乗り越えられれば、生存の可能性は少しは出てくるかもしれませんが、もちろんそれも保証はできません。相当に厳しい状態にあることは確かです。」

Maggieは力なく頷き、医者の背中を見送った。
SkinnerはMaggieの傍らに立っていたが、二人とも偶然にも全く同じ事を考えていた。

´もし彼らがＦＢＩ捜査官になる前に出会っていたらどうなっていただろう？きっと幸せな恋人同士になっていただろうに。
神様、彼らにもう一度だけチャンスを――