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彼女が僕に及ぼす影響に彼女は気が付いているのだろうか。
それは一目瞭然のようだが、それについて僕はどうも間違っているらしい。
何故なら彼女は気付いているという素振りは少しも見せたことはないからだ。
僕の想像以上に僕たちは二人とも上手な俳優なのか、それとも彼女が単に僕の執着心に気付いていないのか―――。
事実それは執着心なのだ。
起きている時間の約80%を一緒に過ごしているという事実がなければ、多分この時点で僕は彼女をストーキングしているだろう。

実際少しおかしなことになってきている。
確かに、口説いたり駆け引きしたりするのも最初の5年かそこらは楽しかったが、例の当てこすり自体もう随分前から古臭くなってきてしまっている。
僕たちの間にあるものを無視したりその周りを回るのはもううんざりだ。
距離を保つのに僕は疲れてしまった。
それはどうせ、今ではほんの見せかけだし。
僕たちは裸でフーバービルのロビーで取っ組み合いを始めるとこもできるんだが、誰もそれには驚かないだろうな。

僕は別だ。僕は驚く。
間違いなく、僕はショックで麻痺して心臓発作を起こしてしまうだろう。
僕はもう子供じゃない。当然だ。

だが、はあ、まだ道のりは長い。

突然浮かんできた、僕たちが金属探知機近くのFBIマークの上で情熱的な抱擁をして絡まっているものすごく鮮明すぎるイメージを消してしまおうと、僕は頭を振った。
ツアーガイドはどう説明するんだろうか―――見学に来た学校の生徒たちは多分気に入ってくれるだろうが。
僕は腕時計を見た。もう行かなくては。
スカリーはこの週の大半を郊外での会議に出席しているが、今日の正午には終わり、僕はランチを食べにWill's Deliで彼女に会うことになっている。

XOXOXOXOXOX

モルダーがここを気に入っているのは知っている。だけどここには本当にイライラさせられることもある。
私はエリザベス朝演劇風の気取った名前がついているからといって、サンドイッチに余計に3ドルもお金を払う意味が全く見いだせない。
それに、お素晴らしくお作りなされた『旧き良き午餐のお店』という装飾も私には何の効果もないわ。
だけどモルダーがここに私を呼ぶということは彼の機嫌がいいということだし、機嫌のいいモルダーはとても珍しい。
私はできる限りそんな彼は楽しみたい。
だから彼が今日ここで会おうといってきた時、了解した。
ハッピーモルダーと食事をするチャンスはWill'sでランチを取るだけの価値があると判断したのよ。
彼がまたどろどろのミュータントを私に解剖させようとしているのか、一週間オフィスで一人で書類仕事を仕上げてきた後で私を取り戻せて嬉しいのか、私には分からない。
私は後者だと思いたい。
だとすれば、私が彼にまた会うのをとても楽しみにしているという気恥ずかしさを少しは軽くしてくれるもの。
だって、最後に彼と話してからまだたった4日間しかたっていないし、私は町から離れているというわけでもないんだし。
私は自分の愚かさに頭にきて頭を振り、メニューを読み始めた。

『エッグズベネディクト』はまったく普通のエッグズベネディクトみたいだわ。
その一方、『エッグズビアトリス』はピリ辛バージョン。
両方合わせるといい『皮肉の見本』になります。
勘弁してよ。
モルダーだってこれよりましなジョークを思いつくわよ。
多分これが彼がここを好きな理由かも―――これと比べれば彼のほうが面白く見えるもの。

彼には一度も言ったことはないけれど、私は本当にモルダーはすごく面白い人だと思っている。
ただし、様々な腐敗段階にある死体を検死したり、切断したり、なんて言うか、いわゆる病理学者が言う『ベトベト』をしている最中に大爆笑したりはできないものよ。
それは全然プロフェッショナルじゃない。
だから私はため息や眉を上げたりして笑いを押し殺す術を身に付けてきた。
私の反応がないから彼はますます私の冷静さを打ち砕こうと一生懸命になっただけだったけど。
時々私が一人でいる時、夕食を作っている最中とか、泡風呂に入っている時、それとか普段意味のない時、突然彼の賢ぶったコメントを思い出してお腹が痛くなるまで笑っているとは彼は思ってもいない。

彼がいない私の人生は、きっと無味乾燥で面白くない。
彼がいなかったら私はきっと隔離施設のように寒々しくて消毒されたような人間になっていたと思う。だが、彼が私の心に暖かさや、明るさ、活気をもたらしてくれた。
私は科学者の研究所のように組織化され分類された厳格な規則に従って人生を送ろうとする。
彼の人生は混乱と狂気の嵐。
だけどそれがどういうわけか私を私自身から救ってくれた。
時々彼が私にとってどんなに大切なのか、彼に分からせることができたらと思う。
あの時彼の廊下で、彼は間違っていたと、彼が私に負っているのと同じくらい私こそ彼に負っているのだと彼に教えたくて仕方がない。
だけど、私はこのパートナー関係でもう長年も沈黙を続けていた側だったので、毎日思い続けているのにその真実を口に出すことがどうしてもできない。
それにどういうわけか、非凡なプロファイラーであるにもかかわらず、モルダーはヒントなしでは私を理解できないみたいだ。
私たちが二人とも知っているこの問題の存在―――を私たちが認めるには、ほんの小さなきっかけが必要なのだと私は確信するようになった。
ただし、どちらも鎮静剤を打たれていない状態でだけど。
ただ問題は、私たちがその局面に生き残れるのか、私にはよく分からない。

ため息をついて私はメニューをじっくり見た。
アイテムNo.2Bは『グリルチーズとハムレット』サンドイッチ。
こんな店大嫌い。

XOXOXOXOXOX

僕はこの店が気に入っている。
オックスフォード由来の教養と記憶力のコンビネーションが僕のシェークスピアの駄洒落に対する理解力を与えてくれる。
だからフーバービルから楽に行ける距離にシェークスピア風のデリを見つけて、僕は凄く嬉しかった。
僕をひねくれた孤独な変わり者だと人が考えているのは知っているが、僕は全然そんなやつとは違う。
まあ、いつもというわけではない。まあ、そうだな、今日は違う。
いずれにせよ、僕だって幸せになる能力はあるし、Will'sでランチを食べに僕のパートナーを連れて行って、"ジュリアス"シーザーサラダは3月15日まではありませんとメニューに書いてあるのを見つけて一人笑う時くらいは、僕も楽しい気分になれるんだ。
だから、今僕は機嫌がいい。
ほっといてくれ。
僕だっていつも不機嫌でいるわけにはいかないさ。

入っていくと、スカリーはもう座っていた。
僕は遅刻していない。会議を早めに切り上げてきたんだろう。
彼女はメニューを見て陳腐なしゃれに頭を振っている。
彼女は絶対に認めないが、彼女も僕と同じくらいこの手のものが好きだ。
僕たちが非常に上手く一緒に働ける理由は沢山あるが、これはそのうちのほんの一つだ。

彼女はドアに背を向けている。
彼女が僕ほど長い間職業的な被害妄想になっていないのがこれで明らかだ。
僕がドアに背を向けて立っていられるのは彼女が僕と向き合っている時だけだ。
ガンメンたちと食べたことがあったが、いつもより僕たちは少し神経質になっていた時期だったので、僕たちはテーブルの片側に一列に並んで座っていた。
ウェイトレスは当惑した声で、もっと人が加わる予定なのかとずっと聞いてきていた。
ともかく、そんなことはスカリーといる時はする必要はない。
彼女は僕のためにドアを見張ってくれていると信頼している。

僕は全面的に彼女を信頼している。人生においては言うまでもない。
健康面では、たとえ彼女の患者の殆どが僕の冷蔵庫の中のオレンジジュースより全然新鮮じゃなくても僕には他の医者は要らない。
僕の幸せの面でも、野球をしたりこんな安いレストランで食べたり、最近はそういった幸せを彼女ともっと過ごそうとしている。
僕の希望、僕の恐れ、僕のフラストレーション。
僕は彼女の小さくて頑丈な肩にそういったものを全て背負わせているが、彼女は一言も言わず受け止めてくれている。

時々僕は彼女に頼り過ぎているのではないかと不安に思う。
だが、僕の周囲で全てが滅茶苦茶になっている時に、一種の寄生生物のように彼女にしがみついて僕が生き続けるために彼女の強さを搾り取ってしまうのは、いとも簡単なことなのだ。
吸虫人間のことは忘れてくれ―――僕はヒル男なんだ。
君の肝臓は無事だが、君の安全がターゲット、と言うわけだ。

ただ彼女の人生の傍にいたというだけで彼女を傷つけてしまった現実を思い出していくにしたがって、僕の機嫌は萎んでいった。

彼女が振り返って何かを探して出入り口をちらっと見た。僕を探して―――。
険しい目つきだったのが僕を見つけると、大きな微笑みに変わって僕に来るように合図した。
ピンク色に染まった彼女の微笑みを見て、僕が愚痴など言わず、彼女に僕の元を離れて安全に生きる道を見つけてあげられない理由をまた思い出した。
スカリーを愛することは今では僕にとって息をするのと同じだ。
愛することを止めることは可能だし、一度は成功もした事はあった。
だが結局、僕はまた愛し始めるか、死んでしまう。

僕は自分の考えにぞっとしたが、彼女の暖かさと明るさがその考えを追い払って消してくれ、ホッと安堵のため息をつきながら彼女の向かいの席についた。
僕の心はまるでよくある映画の、狼たちが焚き火の周りをうろつきまわるが炎が寄せつけないという『荒野で遭難』状態だ。
夜はいつも危険に満ちているが、火のそばにいる限りヒーローは安全に休息することができる。

スカリーは僕の焚き火だ。

XOXOXOXOXOX

私は腕時計をチラッと見た。
モルダーはもう着くはず。
時間厳守は彼の長所ではないけど、私との待ち合わせでは大抵時間を守っている。大抵は。

振り返って彼を探した。
チラッと見て、レストランに駐車された車から反射する煩わしいまぶしい太陽の光を透かして見ようとした。
モルダーが被害妄想でドアに背を向けて座りたがらないのはいい事だわ。だって私はぎらぎらまぶしい光に顔を向けるのが大嫌いなんですもの。
頭痛がするの。
ガン以来、頭痛がするとお腹の辺りがむかむかしてものすごく神経が苛ついてしまう。
それは不愉快な連想を引き起こすような恐れではないが、いまだに私はそういう状態は全体的に避けようと努力している。

私は避けることに関しては上手だわ。

私は簡単に彼を見つけ出した。影だけでも彼は際立っているわ。
彼の肩の角度を見ただけで私は何かおかしいと見破った―――多分今朝またスキナーにこっぴどく絞られたのね。
彼は隠そうとするけど、モルダーは私たちの上司を本当は尊敬している。
それが当然の報いだろうとなかろうと、説教されるといつも彼はあんな様子になってしまう。
そんな様子を見ると私は、靴を食べてしまって新聞紙でお仕置きをされるのは当然だと分かっているけど、終わったら撫でてもらってそれでも大好きだよと言って欲しいと思っている子犬――を思い浮かべてしまう。

モルダーの子供時代は私が知る限り、両親から認められることを求めて延々と無駄な努力を続けていた日々だったと言える。
そういった訓練が今の彼の長年の探求に大いに役立ってきた。
彼の子供時代の努力は無駄に終わったが、今の探求も結局は同じだったということにならないことを私は願う。
彼は、あなたを本当に大事に思っている人は、あなたが必死に努力しなくたって大事に思ってくれているのだということを理解していないのだと思う。
私が彼に腹を立てているときでも彼は私のパートナーで親友なのだということに彼は気付いていない。
だから彼は時々あんな馬鹿なことをしでかしてしまうのだと思う。
彼はパニックに陥って独占欲が強くなって過保護になって私の神経を逆なでしてしまうのだ。
だがそんな時私を見つめる彼の目には彼の愛と恐れが溢れ出て、私に理解して欲しいと乞い、許して欲しいと願っているのだ。
そして私は許してしまう。
何故なら結局私はモルダーと同じ気持ちを彼に対して感じているからだ。

私はフーバービルの深遠への運命的な旅をする以前の私なら驚くようなことを彼のためにしてきた。
モルダーに会う前、私はしゃくし定規に規則を当てはめ、正しい手続きに則って物事を行うことを頑なに信じる人間だった。
もしその頃誰かが、私は軍の警備を破ったり、上司に銃を突きつけたり、議会侮辱罪で拘束されたり、同僚の命を脅かしたり、いくつあるか分からないが他にも大小の不正行為を行うことになると私に言おうものなら、私は自発的ではない行為として、法的措置を取ろうとしただろう。
だが、私のパートナーを救うか規則に従うかの選択を迫られたアイダホでのあの"灰色の"日、すべては変わった。
今では私たちの違いといえば、私たちがお互いに持っている過保護的な妄想以外では、モルダーは私に色々かまわれるのが好きということくらいだ。
私が疑いのサインだととらえるものを彼は気遣いのサインだと、私自身を危険にさらしてしまうほど彼をものすごく大事に思っている証拠だと思ってしまう。

彼が私を愛していることは分かっている。
率直に言うと、彼が気付くよりもずっと前に私は多分知っていたと思う。
私が彼を愛していると気が付いたのはアラスカのデッドホースで、私が微妙な差の決断と心臓細動除去器という櫂で彼の天国への門を閉鎖した時だ。
私たちの絆は今ではとても強くなっていて、私たちが離れたくても出来ないんじゃないかと思う。
モルダーの元を去ることは私の右腕を切断されることに等しいし、感情による錯覚的な苦痛に苛まれて私の身体は動けなくなってしまうだろう。

心の中では、私たちが愛し合うのは容易なことであると私たちははっきりと分かっている。
しかし、それを認めるのはまた別問題だ。
特に私たちのような人間ならなおさらだ。
置き去りキングと否定のクイーンがパラノーマルの宮殿に住んで感情抑制の王国を支配している。
それでも恋愛関係を試みていたとすればどうなっていたのだろうか。
きっと歪んだ昼メロみたいな感じになってると思う。

モルダーは、私がするべきと彼が思うところの『普通の』生活から私を遠ざけていることに罪悪感を持っている。
彼が気が付いていないのは、私がもうそんな生活は過ごせないということだ。
一つには、そんな生活私は死ぬほど退屈してしまうだろうし、その上私の当初の懸念にもかかわらず、正当であるだけではなく不可欠だと感じるようになってきた仕事を放棄することにきっと罪悪感を感じてしまう。

時々安らかな生活が欲しいと確かに思う。
だけど私が願っているのは私一人の安らぎではない―――それは彼の安らぎ、私たちの安らぎ。
彼がたまにリラックスして幸せを感じているのを見ると、私はもしかしたらあったかもしれない、もしかしたら全ての戦いが済んだ後の不確かな将来、まだあるかもしれない姿を垣間見ることが出来る。
最近彼はもっと充実した時間をとっているみたいで、私は一緒に過ごすそういった時間を大切にしている。
だから私は野球の打ち方を知らない振りをしたのだ。
だから私は彼と割高なサンドイッチを食べるためにこの陳腐な店に来て、メニューをあきれて見ているのだ。

彼が僅かに向きを変えて私を見た。彼の気分を持ち上げようと私は、『ようやくあなたが昏睡状態を回復して凄く嬉しいわモルダー』スマイルをした。
上手く効いたようだわ。
レストランのテーブルに近づく彼の頭は少しあがり、下がっていた肩も伸びた。

XOXOXOXOXOX

輸出法を作成する人間がスカリーの微笑を見たら、彼女はパスポートを無効にされて、ネットスケープの最新バージョンをダウンロードすることを非アメリカ市民に禁止する軍需品法により出国を差し止められるだろう。
彼女はいつだって美しい女性だが、殆どの場合、それはちょっと控えめな表現と言える。
彼女の存在感はとても強烈で、それは一種の覆い隠す装置のような役目を果たす。
特別捜査官スカリー! モードの彼女は、冷静さやダナキャランのスーツをかき乱すことなく、容疑者やミュータント、群れを離れた家畜、彼女の邪魔をする非協力的な地元の捜査当局をぶっ飛ばすことが出来る。
だが滅多にないが、こんな風に彼女が微笑むと、目からうろこが剥がれ落ちて、犯罪現場の写真について話し合ったりテイクアウトの食事を食べている相手が実は天使だったことに気が付くことになる。
それか女神かもしれない。とにかく神聖で神話的な何かだ。
ああ、僕はなんて間抜けだ。

彼女はその微笑の威力を知っている。だからこそ彼女は強力な説得材料が必要な時のために取って置いているんだ。
大抵は死ぬような経験が関わっている場合だ。
何故彼女が今日そのとっておきを出してきたのかさっぱり分からない。椅子に座ると僕は少し警戒して彼女を見た。

「どうしたんだい ? 」
彼女が渡してくれたメニューを受け取りながら僕は何気ないそぶりで聞いた。
「まるで懸賞付きハガキに当たって風船や撮影スタッフや高額の小切手を引き連れたエド・マクマホンが君んちのドアを叩いたみたいに見えたぞ。」

彼女は僕ににっこり笑って―――これも滅多にない事件だ―――肩をすくめた。
「ただ私の機嫌がいいだけじゃないの。やっと会議が終わったから。」
彼女は答えた。
「全くの時間の無駄だったわ。私たちの仕事と関連がある講座はたった一つしかなかったし、それは二日目だったのよ。」

「どうして他もサボってこなかったんだい ? 」
彼女の応えは分かっていたが尋ねてみた。

「モルダー、局は会議に出席するために私にお給料を払っているのよ。私たちはX-Filesを取り戻したばかりなんだから、そんな風に予算を無駄使いすることだけは避けたいの。」

「そういう大義の元、君は自らを犠牲にしたのかい ? 非常に崇高だね、スカリー。」

「まあ、実際は溜まっていた書類仕事に追われてたから、私たちの経費報告書を仕上げておいたわ。」
彼女は取り澄まして言った。
「だから全くの時間の無駄というわけではなかったの。でも今日はあなたもいたらと思ったわ。トム・コルトンが『凶悪犯罪の共同捜査における部署間の連携』について報告したのよ。」

「コルトン ? 冗談だろ。」

「とっても面白かったわよ、モルダー。コルトンは私たちと捜査した時よりも凶悪犯逮捕作戦課と上手くやれていないし、それは皆分かっているのよ。
周りの忍び笑いで彼の報告なんて殆ど聞き取れなかったわ。さっきも言ったけど、あなたもいたらよかったのに。」

XOXOXOXOXOX

彼がいなくて寂しかったとモルダーに言った時、彼の中にいる子犬を撫でてあげているような気分だった。
こんな言い方はものすごく古臭く聞こえるのは分かっているけど、彼の目は本当にパッと光り輝いた。尻尾を振っているのが見えそうなくらいだったわ。
少しの間、私は思い切って心の中でモルダーをご近所のビーグルの子犬の形に変えた。
それはとてもぴったり合った。ただし、モルダーは私を見るたびに興奮して床を濡らしたりはしないけど。
突然こんなイメージが浮かんでしまって私は笑い出してしまうのをこらえなくてはならなかった。
モルダーが普段、事件現場で未確認の粘質物が発見されて私に大丈夫かと尋ねる時に取って置いてある顔つきで私を見た。

「大丈夫よ―――ただ何か食べたいだけ。注文するからウェイトレスを呼んで。」

XOXOXOXOXOX

ウェイトレスは僕と目が合うと頷いてトレイを持って来て、飲み物と前菜盛り合わせのお皿―――確か『底魚の食事』だったっけ―――をテーブルに用意した。

「あなたが来る前にこれを注文しておいたの。」
彼女が説明した。
僕は彼女ににっこり笑いかけた。いつだって有能な、僕のスカリー。
僕は飲み物に満足げに一口つけた。
アイスティーだ。ミントの葉と絞ったライムが入っていて冷たくておいしい。
完璧だ。
僕は感謝のまなざしを彼女に送って恋人風の低く甘い声で言った。

「うーん、スカリー。君は僕の好みを知ってるね。」

XOXOXOXOXOX

彼は私が彼に何か素晴らしいものでもあげたような目で私を見ている。
そうね、多分その通りだわ。
テーブル向こうの彼の身体からジョージア州のアスファルトの熱気みたいに放射されている満足感を感じることができるもの。
その満足感が私のガードを通り過ぎて、その穏やかさを実感すると私の心はふんわりとした温かさに満ち溢れた。

モルダーは私に彼を幸せにする力を持たせてくれた。
そして気が付いた。彼も私と同じ力を持っているのに教えないなんてすごく不公平だ。
急に私は彼に教えたくなった。彼に知って欲しい。

突然強烈な啓示のようにある記憶が蘇った。
モルダー。張り込み。ルートビア。

今こそちっぽけな殻を抜け出す時だわ。
もし彼が受け入れてくれなかったら・・・まあ、心臓が止まった時の救命方法は知ってるわ。

「なんて言えばいいのかしらね、モルダー。」
怖くて胃が飛び出しそうになって、手が震えたが、なんとか声を落ち着けようと深く息を吸った。

「きっと恋の始まりよ。」

END

Eggs Benedict・・・ポーチドエッグ、ホーランディズソース、イングリッシュマフィン、ハッシュブラウンの欧米式ブランチメニュー。
Benedictはイタリア修道僧の聖ベネディクト、Benedickはシェークスピアの作品「空騒ぎ」の登場人物で、独身時代の長かった新婚男性の意味もある。
Beatriceは多分ダンテ作の「神曲」のベアトリーチェ=理想の女性の事だと思います。

『グリルチーズとハムレット』サンドイッチ・・・Hamletはシェークスピア作「ハムレット」のハムレット。単純にハムの駄洒落かと・・・(^_^;)。

ジュリアス・シーザーJulius Caesarの命日は3月15日です。