Love for all Seasons 
-3-
 Winter Solstice

作：Kate Rickman
訳：tomo

December 21, 1998 
Annapolis, MD 


--When somebody loves you, 
It's no good unless he loves you 
All the way-- 


スモーキーなアルトの歌声が薄闇のフロアを包み込み、テーブルに一人で座っている私の耳元にも届いた。
キャンドルの金色の光のかけらがテーブルの上で踊り、反対側の空っぽの椅子を浮かび上がらせている。
私は柔らかなジャズの音色に耳を澄ませながら入り口のドアを見つめ、約束通りなら24分前には一緒にこのテーブルの席に着いているはずの彼のことを考えた。


--Taller than the tallest tree is, 
That's how it's got to feel-- 


一口含んだワインがゆっくりのどを通り、血の流れに乗って火のように体中を熱くしていく。
モルダーと私はこの場所を、あの私たちの関係が変わった9月すぎに発見した。
小さい店だが、とてもくつろげる。
壁に掛けられたランプ、店内のあちこちや客席のテーブルの上で温かく灯るキャンドルの光。
各テーブルの間はかなり距離があり、他の客の顔は影になってわからないようになっていて、
しっかりとプライベートが保たれるようになっている。
まるで快適な洞窟の中にいるかのようだ。

私達はDCから週に一度はここへ訪れるようになっていた。
誰にも見つからないように。
この小さな店「Nicoletta」は私達の天国だった。


--Deeper than deep blue seas, 
That's how deep it goes, if it's real-- 


私もモルダーも現実的をよく分かっている。
私たちの今の関係が人々に見られてしまうことが、どんな事態に繋がってしまうか。

普通に通り過ぎる街の人々も・・・彼らは見ていないようで、全て見ている。
どこから情報が行ってしまうか分からない。
私はそれが嫌なのだ。
でも、どうしようもない。
他人に全く見られること無しでいられることは不可能なのだから。
それくらいは受け入れる気持ちのゆとりを持つことも必要だと言うことは分かっている。
だから危険が薄いと思われる場所をいつも二人で探し続け、慎重に行動していた。


--Who knows where the road will lead us 
Only a fool would say-- 


ワイングラスを揺らして、濃い紅い波がキャンドルの光を反射させて、虚しく壁に深紅の影を
映し出すのを見つめた。
--彼がいなければこんな美しい色もただの影でしかない。

いつも私はモルダーの部屋で眠り、またそうでない時は彼が私の部屋に来て夜を過ごした。
でも私達は警戒して、決して局の近くのレストランでロマンチックなディナーを
するようなことはしなかった。
その代わり、私達はアナポリスやボルチモア、そしてレスバーグの小さなホテルへ
遠出しているのだ。
そう思い出すと同時に、ホテルで過ごした彼との時間が甦って口元が自然にほころび、
残りのワインを急いで飲み干した。


-- But if you let me love you 
It's for sure I'm going to love you 
All the way. 


ふいに大きな手が肩に置かれた。

「遅れてごめん。」
彼はシャイに微笑みながら椅子にすべり込み、すぐに私の側にぴったり寄るように椅子を
ずらしてあいさつのキスをした。
「やっぱりこの店は落ち着くな。」

私も彼の存在で急に心が満たされて落ち着き、同時に心が弾んでくるのを感じた。

私達がキスしあっているといつの間にかテーブルの上に前菜とパンの皿が並べられ、
それを見た私のお腹の虫が鳴り出して、笑いだし、食べながらガーリック風味の料理が
出てくるまで、常にキスして味を伝え合った。

数え切れないほどの食事をこれまで共にし、Xファイルの事件を共にくぐり抜け、
その度に議論しあい、話し合い、お互いに挑戦しあってきた。
そう。私達はあらゆることを話し合ってきた。
今では彼と口論したことさえ、気持ちが優しく、甘い感傷に浸る材料の一つに思える。

***

デザートと共に予想していなかった危機が運ばれてきた。
おいしいティラミスを口に入れてうっとりしていると、モルダーが私の前にビロードの
小さな箱を置いた。
私はまるで爆弾でも目の前に置かれたように硬直し、パニックを落ち着かせようとして
大きく息を吸い込んだ。

「今日は記念日だね。」

「記念日？」

「あの日から三ヶ月のさ。」
そう言って彼は微笑みながら肘で箱を私の方に寄せた。

モルダー、あなたがこんなことをするなんて・・・。
私は小さな箱を見つめたまま動けなくなってしまっていた。

「ほら、スカリー、開けてみて。」

彼は私が緊張しているのを良い方にとったようで、嬉しそうに微笑みながら私を見つめている。

モルダー。
私はこれまでどんな人とも安全な距離を保って、傷つかないように生きてきたのに、
あなただけはその境界線を飛び越えてくる。
私は一度に一つずつしかステップを上がれないのよ。

指先でそっと白いベルベットの箱を開けた。

イヤリング。

小さなダイヤモンドで囲まれた美しいサファイアが白い台座の上で輝いている。
何て綺麗なイヤリングなの。

「素敵だわ。」

私は安心してつぶやき、だが同時に崩れ落ちそうになった。

イヤリング。

モルダーは微笑みながら箱を取るとそばにひざまずき、私の耳にイヤリングをそっとつけ、
耳たぶにキスして口の中に含み、額を私の頬につけながらそっとささやいた。


「愛してるよ、スカリー。」

音楽が終わり、客席からの拍手の音がぼぉっとした頭の中で聞こえる。
ダンサーがステージから引いていくと共に、影もゆっくりその後を追っていった。

「私も。」
長い間黙った後、ようやく私はつぶやいた。

「君も、何？」
彼はあの言葉が私から出てくるのを期待するように、少しおどけた表情で微笑んだ。


「分かってるでしょ？」
心の中をそのまま叫び出せたらどんなに良いだろう。

「無理しなくてもいいんだ、スカリー。」
モルダーは傷ついた様に緊張した瞳で私を見つめ、立ち上がって闇の中に消えていこうとした。

彼を傷つけたに違いない。何てバカな私。
自分に悪態をつき、立ち上がって彼を止めようとして腕をつかんだ。

「放っておいてくれ。」
モルダーは肘を動かして振り払った。


--I'm gonna love you, like nobody's loved you 
Come rain or come shine-- 


私は彼の握りしめられた拳から指を引き出してしっかりと握った。

「踊りましょう、モルダー。」

彼は身体を固くして、引っ張られるままにダンスフロアについて来た。
そこでは二組のカップルが音楽に合わせてゆっくりと揺れていて、それぞれの甘い夢の中に
浸っていた。

--High as a mountain, deep as a river 
Come rain or come shine-- 


モルダーの腕の中にすべり込み、彼の心臓の位置に頬を当てて首に腕を回し、もう一方の手を
腰に巻いた。
私達はリズムをつかまえ、メロディーに乗って踊り始めた。


-- You're gonna love me, like nobody's loved me 
Come rain or come shine-- 


モルダーの腕の中に身体を預け、ダンスフロアをすべるように踊り続けた。
彼はこんな時でも素晴らしいダンサーだった。
力強く、そして優しくリードしてくれる。
そして一緒に踊るにつれ、こわばっていた彼の身体の緊張が和らいでいくのを感じた。
私の方に少しかがみこみ、頬を私の髪の上にそっと押しつけた。
そして彼の腰に巻いていた私の腕をほどき、私達の心を結ぶように、心臓の位置でぎゅっと
握りしめた。

休戦。

私はゆっくり息を吐き、胸に抱えている心配を一緒に少しだけ吐き出し、彼の柔らかい
ワイシャツに顔をうずめた。
力強い胸の鼓動が温かい体温と共に感じられ、私はのどを鳴らすような声をあげてそれを味わった。
彼は私の背中をゆっくりなで始め、握っている私の手にキスを落とした。
唇の熱が指先を通ると同時に身体から力が抜け、すべてを預けるように腕の中に倒れ込むと、
彼は優しく受けとめた。
今の私達には、空気さえ入り込めない。
天国があるのなら、きっとこんな感じなんじゃないかしら。


--We'll be happy together, unhappy together 
Now won't that be just fine?-- 


ああダナ。一体何をしているの？

私は音楽に合わせて揺れながら、自分を叱りとばした。
私はこれまで強く、しっかりと自立して、誰にも頼らずに生きてきた。
でもそんな自分が今の恋する自分を邪魔している。
自分のことは全てコントロールできていたはずなのに。

モルダーが髪を撫でている。
緊張していた私の首筋の筋肉が、温かい彼の指の感触でほぐれていく。

私はため息をつき、ワイシャツにほおずりした。
魅惑的なモルダーの香り・・・。
一吹きの彼の愛用のコロンと、そしてたぶん・・・さっきの料理の中に入っていた
ガーリックの香りも少しだけ。

ああ・・・香りに負けそうになる前にコントロールを取り戻さなければ。
違うわ。私たちの関係は・・・全ての関係は・・・コントロールをとるとか、
コントロールできなくなるとか・・・そんなことを越えていて・・・。

壁のそばに置かれた大きなフェニックスの葉の脇をたくみにリードされ、すり抜けながら
考え続けていた。


--The days may be cloudy or sunny 
We're in or we're out of the money-- 


彼には戦わなければならない敵がいて、それは私にも共通している。
でも同時に、私は人生の全てを戦いや、UFOを追いかけるためだけにも使いたくはない・・・。

彼の唇の熱がまた指先に触れ、思考がそこで飛び散った。
そしてまた徐々に落ち着きを取り戻すにつれて、また考え始めた。


--I'm with you baby, 
I'm with you rain or shine--


彼を心から信じている。
彼に全てをかけられるわ。
過去の自分の生き方のこだわりなんて、それに比べたら些細な事よ。
彼は命をかけて何度も私を救ってきたわ。
誰よりも信頼している彼への気持ちを表すのに、まだ私は自分の気持ちのコントロールを
取りたいだなんて言っているの？
・・・でも、コントロールのきかなくなった自分を認めるのが怖い。
それに、彼に私の人生をいつも“助けて”もらってばかりでいいのかしら？
彼に守ってもらわなければ生きていけない女になってしまわないかしら？
いつか彼の重荷になって疎んじられるようなことになるんじゃないかしら？

思わずため息を付くと、モルダーは大きな手のひらで優しく背中を撫でた。
ええ、違うわね。
私も彼を守りたい。
私も彼と対等でいたい。
私達は初めて会ったときから一緒に成長して、一緒にたくさんの事を乗り越えてきたんだわ。

さあ、ダナ。フェアに行きましょう。
モルダーは堂々と気持ちを示してくれたわ。

対等に、彼に今の気持ちを伝えればいい。
シンプルに。
たったそれだけの事よ。
さあ、言うのよ。

私は心の底から生まれた言葉をのどに上げ、舌の上でバランスを取りながら唇を開いて
伝えようとした・・・。
その時音楽が止んだ。

私たちはそのままターンを続け、フロアから壁によって止まった。
予想外の静けさ。
でも部屋のあちこちから拍手の音と、皿がふれ合う音が私達の間に入り込んでくる。

私は話そうとして懸命だった。
まるでそこから勇気が得られるかのように、緊張して耳元のイヤリングを指で触りながら。
時間はあっという間に過ぎていく。

何がまだ怖いというの？
時間は決して待ってくれないのに・・・。

モルダーと私はクロークでコートを受け取り、ドアを開けて夜の道へ出ていった。
レストランの温かい空気の変わりに、冷たい空気が一呼吸ごとに体中に入っていき、
一歩一歩歩くに連れて吐く息が白い雲のように昇っていった。

DCからここに来るまで感じていた、あのワクワクした気持ちはどこに行ってしまったのだろう。
白い雪が外灯の円錐形に伸びた光の中で照らし出され、駐車場に停まっている車の屋根は
みな雪の帽子をかぶっていた。
ぐるっと見まわして自分の車を探すと、その横に見慣れたブルーの車が停まっている。
もちろん彼のだ。

雪を踏みしめながら車に近づいていくと、すぐ後ろに彼の足音が続くのが聞こえた。

無言のまま、彼は私の車の屋根の雪下ろしをはじめ、私も彼の方を向いて手伝い始めた。
二人のチームワーク。
それが今の私達を作った。

私はこれ以上罪悪感と愛情とフラストレーションに耐えられなくなり、向き直って彼の腕に
手を置いた。

「モルダー、ごめんなさい。私、今夜はどうかしてるわ。」

「いいんだ。」

彼は落ち着いていて、私を安心させるように言った。
ブラウン・ヘアにうっすらと雪がかかって白くなっている。
雑音が消えて、雪のベールで私達二人が包まれているようだった。

「“いい”？」

どうして？彼は私達の三ヶ月目の記念日をちゃんと覚えていて、しかも素敵なプレゼントまで
用意して、私に『愛してる』と心を開いてくれたのに。
それなのに私はあの場ですぐに『愛してる』というほんの短い言葉を返せなかったというのに。

「君は僕と同じで、怖かったんだろう？」

怖かった？

「あなたは怖かったの？」

モルダーはうなずき、私の髪にかかった雪を払い落としながらうなずいた。
私はブーツの足の冷たさを忘れるように、熱い彼の瞳の中をのぞきこんだ。

「もちろんさ。心はまるでパンドラの箱みたいなんだよ。強く頑丈な箱の中に閉じこめられていて。でも開けられるのは自分自身しかいない。でも本当は自分でさえコントロールなんてできやしない
んだ。さっきはそのタイミングじゃなかった。ただそれだけだよ。」

「モルダー・・・。」

私はずっと自分の中で、無理矢理コントロールしようとしていた自分に気付き、力が抜けた。

「モルダー、私は・・・。」

ずっと舌の上で止まっていた言葉が動き出した。
私は周りに振り落ちる雪に触れるように手を振りながら、心のままに唇を動かそうとした。

「わかってるさ、スカリー。」
彼は唇の動きを読んだように答えた。
「・・・僕も愛してるよ。」

私達は静かに降り積もる雪に囲まれ、世界中に二人だけになったように立ちつくして見つめ合った。

「僕の部屋に来る？それとも君の部屋？」

「うちに来て。」

私は雪のベールに包まれながら彼の腰に腕を回した。

「あなたは優しいのね、モルダー。」

「もちろん。」

彼がおどけるように言ったので、私達は笑い出した。
車のドアを開けてシートに座り、スリップに用心しながら帰り道をゆっくり辿り始めた。
角を曲がる時にハンドルを回すと後輪が厚い雪の層を踏みつける。
他の車がつけていったタイヤの跡で道は固くなっていたから、運転は思っていたほど大変では
なかった。
それにモルダーの車のヘッドライトが後部窓に光っていて、安心だった。

州の境までもうたった1マイルだ。
私は道沿いに茂る木々に沿って車を走らせながら、さっきのことを考え始めていた。


これでいいの？ダナ。

そして、それは起こった。
急なカーブを曲がろうとした時タイヤが横滑りし、道から大きく外れ、フロントガラスに
ライトがまぶしく光り、一瞬何も見えなくなった。
ひょっとしたらその光は、ただの道沿いに立っている建物の光だったのかも知れない。
ハンドルを回して横滑りするタイヤをコントロールさせようとしたが、ヘッドライトが
白いガードレールを映し出してスリップし、ハンドルは全く効かなくなった。
車の回転の圧力で座席のシートに押しつけられ、ガラスにモルダーの車のヘッドライト、
岩、木、ガードレール、ヘッドライトが次々と映り、道の端の雪だまりに衝突した。
車はようやく止まり、ヘッドライトが雪が静かに降るのを照らし出した。

全く！なんて事よ。

私は雪にめり込んだドアを蹴って外に出ようとした。
が、足が地面に着く前に力が抜け、めまいを感じてそのままひざまずいてしまった。


「スカリー！」

モルダーの声がどこか遠くでする。
どこかから彼が叫んでいる。

「モルダー・・・！」
私は自分でも分かるくらい弱々しい声で呼び返した。
何かの滴がまぶたにかかり、手で拭ってみると自分の血だった。
衝突した弾みでどこか切ってしまったらしい。

「スカリー！」
彼の声が近くなった。

立ち上がろうとすると雪の固まりに腕が当たり、フレークのような雪の結晶をちらばせながら、
雪の壁に指を食い込ませて立ち上がろうとした。

「スカリー！」
震える足を動かして声のする方向に身体を向けた。
そして力を入れて立ち上がろうとすると、モルダーの力強い手に引かれ、助けられて立ち上がった。
私は抱き寄せられるままに体重を預けて寄りかかった。

「大丈夫か？スカリー。」

彼はネクタイの端で左目のまぶたの上の小さな傷と、そこから流れた血を拭き取った。
そして髪を優しくなで、指で顔にかかった髪を耳の後ろにかけて、彼のくれたイヤリングに
そっと触れた。

さあ、今よ。
明日では遅すぎる。
二分後でもきっと手遅れかもしれない。
今がその時よ。

「モルダー・・・」

彼は心配そうに私を見つめている。
雪が私達の周りを取り囲むように、さっきより激しく降り続いている。
体中の血が逆流しそうなほど心臓が大きく鼓動した。

「・・・愛してるわ。」

彼の表情が太陽のようにまぶしい大きな微笑みになり、私が抱えていた様々な怖れや不安を
一瞬に吹き飛ばした。

私はやっと心の最後のドアを開け、彼の腕の中に、身も心も包み込まれた。



*** 

END 

Musical Credits 

*All the Way* -- Sammy Cahn and Jimmy Van Heusen 
*Come Rain or Come Shine* -- Harold Arlen and Johnny Mercer

クリックしていただくと文中にでてきた曲を聴くことができます♪