作：Kate Rickman
訳：tomo

*この作品はFTF直後二人は休暇を取り、スカリーがメリーランドのチェサピークにある両親の別荘で過ごしているところから始まります。
*18歳未満の方はご遠慮くださいませね(^^)

September 21,1998
4:43PM


もう秋になりかけているなんて信じられない。

白い雲が浮かんだ青空を見上げると、渡り鳥の群が南に向かって旅を始めていた。

海岸沿いに茂る林も先端が金色に色づきだし、その姿を静かな水面に映しだしている。
背中に当たる太陽の光はまだ灼けるほど熱く照りつけていたが、風はひんやりと冷たく、南極で凍傷になりかけた頬の傷や肌を優しく冷やしてくれた。

私はあの事件で起きた傷を治すために、そしてゆっくりと一人で考えたくて、この海辺の別荘で局から与えられた一ヶ月の休暇を過ごすことにした。

この別荘は母と亡き父のもので、私の思春期時代の夏はほとんどをここで過ごしていた。
目をつぶると部屋のあちこちに当時の楽しい思い出の残像が、ゴーストのように浮かんでくる。
まだ若かった父と母、兄弟、姉、そして私。
この家には幸せな思い出ばかり詰まっている。
ここにいるだけで気持ちが安らぎ、ワシントンでの生活や事件が別世界のように思えてくる。

夕方になると海側のサン・デッキへ行って過ごした。
デッキチェアに深く座って目をつぶり、足下でささやく小さなさざ波の音に耳を澄ました。
気を付けないとさざ波の音は、大海の波の音に消されていってしまう。

まるで昔の私のように。

数週間前、局の権力は私をソルトレークシティーの将来性のない仕事に降ろそうとして権力を振るった。
それを告げたときのモルダーの苦しみに満ちた表情――そして私を必要だと――そう心を開いて告白した彼に驚いた。
そしてほとんどキスをしかけた時――世界は変わったように思えた。

モルダーの熱のこもったまなざしと、自分の頬をすべり落ちていった涙の味。
彼の息が頬をくすぐり、柔らかく温かい唇の先が一瞬だけ触れた。

そのままキスを自分のものにしてしまいたかった。
しかし一瞬遅く、私はウィルスを持った蜂に刺されて床に崩れ落ち、そして連れ去られた。けれどもモルダーが私を取り戻すために恐ろしい危険を冒して地球の果てまで迎えに来た。

ピシャッと水が跳ねる音がして目を開けた。
近くの水面に波紋ができている。
そのまま見ていると続けて魚が跳ね飛び、金色の夕日を浴びてキラリと輝き、また大きな波紋を作って海の中に消えていった。
2匹目の魚が作った水の輪は一つ目の輪を追いかけているように大きく広がっていく。

決して重なり合わず、それでいて離れたりせず。
そして二つの輪はゆっくりと消えていった。

まるで昔の私のように。

そもそもの彼との出会いは私自身で望んでのものではなかったが、私は6年近くの間モルダーに惹かれ続け、そして同時に意識的に遠ざけようとしてきた。
彼は気分屋でいつも自分の信じた道を暴走し、いつも過去の記憶に苦しまされていた。
そして、いつも最も困難な道を歩み続けているのだ。

しかし私達は一緒に危険をかいくぐり、事件を解決し、一緒に成長し、もはや彼のリズムは私のリズムになり、彼の目的も私の目的になった。
私達二人を分ける方法などないほど。

それは例えば今のように私がメリーランド、モルダーがマサチューセッツにいて、間に500マイルもの距離があっても、確かな絆でお互いが結ばれているのを感じることができる。
モルダーはこの休暇を父親の遺したヴィンヤードの家で過ごしていた。

休暇が始まって2、3日たった頃、彼はぎこちないメールを送ってきた。
まるでシャイな男の子のように。

メッセージの内容はこれまでのモルダーから考えると、驚くほど親密なものだった。
Xファイルな事件の事はおろか、陰謀の事も、ミュータントのことも、エイリアンの事も話題にされていない。
ただ彼がポーチを塗り直した話や屋根裏の整理で見つけた物のことが書かれていた。

シンプルなのに、心が満たされる。

毎朝起きるとすぐに深夜に送られて来た彼からのメールを読み、返事を打って送り返すのが習慣になっていた。
この顔を合わさない、言葉だけのコミュニケーションは安全で、無個性なラップトップ画面に向かってするのは私たちの関係を客観的に見つめ返す効果があったのだと思う。
私はこれまでモルダーに向かって打ち明けようとは思いもしなかったことを話し、感じていることや自分の夢を素直に言葉に出した。
もちろん、伝えるための言葉を慎重に選んで。

メールではあのキスの出来事に直接触れることはなかったが、でも、私達がラインを超したことを喜んで迎え入れていることは感じられた。

ある意味で、私達は初めて人生のことを正直に話し合ったのかもしれない。


たくさんの渡り鳥が湿地に降りて来て騒々しく鳴いている。
背の高い草が湿地全体を覆い隠し、その間を水鳥の動く頭だけがのぞき、アキノキリンソウの房の間から夕暮れの光が黄金色に輝いている。
鳥たちはのんびりと水面を移動しながら頭を左右に向けて、つつきあったり羽を休めたりしていた。

秋の美しい瞬間だ。

草木も、水も、空もゆっくり息を吐き出し、安らぎの時間に変わっていく。

変わる時だ。

私にも変わるべき時が訪れた。

チェアーに横になっていた向きを変えて、デッキのへりを見下ろした。
あいまいな表情をした女の顔が水面に映っている。
肩に掛かった赤い髪のポニーテール。薄紫のスウェットシャツ。その間におさまっている私の顔。
波はゆっくりと顔をぼかしては、また澄んだ鏡のように映し出した。

目に映っている女の顔は私の顔であるが、ひょっとしたらこれは自分がそう見たいと願っているものが映っているのかもしれない。

指を水面につけ、跡が次々ときれいな輪になっていくのを見つめた。

長い波紋のリボンが波に負けないように大きく広がっていく。

これが今の私。

デッキが振動して小さな波紋が立て続けに起こり始めた。
誰かが歩いて近づいてきている。

振り返ると、重そうな黒のブーツを履いた男が立っていた。

何て事・・・。

ブーツにそって見上げると、長い足をおおう履き古されたジーンズに、チャコールグレーのケーブル編みのセーター。
手をジーンズのポケットに突っ込み、あごはうっすらと生えた無精ひげでざらつき、髪も少し伸びて前髪が目にかかっている。

モルダーがそこに立っていた。

「Hey、スカリー。」

久しぶりに聞く彼の声に震えが走った。

私は夕日の光に目を細め、彼のよく日に灼けた顔を黙ったまま見つめた。
実際の所、身体が固まってしまって口がきけなくなっていたのだが。舌も乾ききった口の中で石のようになってしまっていた。

「Hey。」

私はモルダーが伸ばした手を取り起きあがると、彼はそのまま引き寄せた。

「モルダー。」
私は舌に力を入れて彼の名前をつぶやいた。
ふいうちをくらったせいで、動揺した気持ちがそのまま震えた声で出てしまった。
「どうして・・・なぜここに来たの？」

「君さ。」
モルダーは口ごもりもせずに率直に答えた。

頭の中で“逃げなさい、ダナ、逃げなさい”と命令したが、それらの言葉はバラバラの方向を指示してパニックになって消えていった。
ごまかせない彼の率直な言葉で凍りつきながら、考えずに出てくる挨拶代わりの言葉を機械的に話した。

「どうやってここまで来たの？」
〈落ちついて、ダナ。〉

モルダーは答えの代わりに手を伸ばして私の頬に触れた。
いつもの彼の無邪気な触り方ではなく、違っていた。
指先が頬を伝う動きで身体が熱くなり、炎のような熱が頭からつま先まで覆い尽くした。

まるであの時のような情熱が再燃したように。
会わなかった間にさらにその気持ちが強くなったかのように、禁を破ったときのような興奮と感情が渦巻いている。
まなざしをからみあわせたまま、そっとモルダーが唇を近づけて来た・・・。

その時、彼のおなかが大きな音で鳴った。

私達は爆笑して体を離した。
お陰でさっきまでの緊張が笑いの中に消え去り、いつもの自分に戻れた。

「スカリー、何か食べさせてくれないか？朝から何も食べてないんだ。」
モルダーはそう言っておなかをさすった。

「ずっと食べてないの？」
私はサンデッキから家に向かって先に立って歩きながら、振り返って微笑んだ。

「ああ、朝の6時にフェリーに乗って、その後はずっとここまで運転してきたんだよ。」

彼が追いかけてきて横に並び、二人で草の間を通りながら家に向かった。
心臓の鼓動がやっと落ち着きを取り戻し始め、歩きながらたわいもない話やジョークを交わすうちに、規則正しいリズムを刻んでいった。

別荘は今でも十分きれいだった。特に白い外壁は夕焼けの光を浴びてまるで金色に染まっているように見えた。
夜になれば今度は月の光を反射して、白く浮かび上がるように輝くだろう。
玄関ポーチの両側に、いつも私が世話をしていたペチュニアの鉢が掛けてあり、ブルーや赤やピンクの大きな花が流れるように咲き乱れ、風に揺れている。
開いている窓から白いレースのカーテンも、心地よさげに風にそよいでいた。

玄関ドアの横のぶらんこに彼のダッフルバッグが置いてあるのに気付き、眉をひそめた。
この突然の訪問はヴァージニアへの帰り道にふらっと挨拶に立ち寄ったのでなく、残りの休暇をここで滞在するつもりで来たことが分かった。
バッグを家に入れると共に、これから自分が下す決断にまた少し緊張して胃が重くなった。

私はリビングを抜けて、バッグをゲストルームへ置くそぶりも見せずに、まっすぐ自分の部屋のドアを押し開けてそこへ置いた。
モルダーのまなざしがずっと背中に注がれているのを知りながら。

また彼の目を見ることができる？
しばらくその場に立ったまま息を吸い込み、そして振り向いた――しかし彼はそこにいなかった。

リビングへ戻り、奥のキッチンに入ってみると、モルダーのお尻が冷蔵庫の扉から出ているのが見えた。
私は口を開けて彼のジーンズから目を離し、食べ物を探している彼のそばに寄って手を伸ばし、サラダの材料を取り出した。

「それで、ドライブは楽しかった？」
自分でもかなり馬鹿馬鹿しくてわざとらしい言葉のような響きだった。

レタスとトマトとマッシュルームとクルトンをモルダーに渡すときに彼の筋肉質な肩に触れた。
サラダを作るならモルダーの料理の才能でも問題ない。
それに以前彼が作るのを見たことがある。

「まあまあだよ。道がすいてたからね。」
モルダーはそう言って長く私を見つめ、冷たい水にレタスをつけて洗いながら話を続けた。
「君はどうしてたんだい？」
彼は一枚一枚を軽く叩いて水を払い、長い指で葉をキッチンタオルでなでるように水分を拭き取った。

私はライスに水を注ぎながら目を閉じ、彼の指を見ないようにと自分に言い聞かせた。
それでもたったそれだけのことで、低くくすぶっていた彼への気持ちが我慢できないほどになっていた。
いつまで完璧なチャンスを待つつもり？

私は決心した。

予告なくモルダーをカウンターに押しつけてつま先立ち、彼の首に腕を回して、私達が同じ高さになれるところまで顔を引き寄せた。
顔を両手で挟み、心がぐらつかないように瞳ではなく唇だけを見つめた。
彼の唇はうっすらと開いて濡れていて、間から白い歯がのぞいている。

臆病者の私が目を覚まして身体のコントロールがきかなくなる前に、自分の唇を近づけ、あの時は味わえなかった温かさと柔らかさを味わった。
モルダーの唇が私を受け入れてさらに開いていき、背中に腕を巻き付けて強く彼に引き寄せられた。
力強い腕に抱きしめられながら、指で彼のうなじの短い髪の間に指を這わせて彼につかまった。
舌が激しくからみ合うと、彼ののどから小さなうめき声が漏れた。

唇を一旦離して、彼のあごのラインにそってキスを落とし、うなじから香る彼の香りを味わうともう限界だった。
またキスすると、まっ赤になって耐えきれなくなった顔を彼の肩に埋めると、彼もまた心臓の鼓動が強く早くなっているのが分かった。
じっと立ったまま抱き合っていると、彼の胸の温かさに引き込まれ、キスだけでは足りない想いに負けそうになる。

私はまわしていた腕を放して、代わりにバーベキュー用の道具を手に取った。
「火をおこすわね。」

そう言ってポーチに向かう隙にモルダーの顔を盗み見ると、彼の表情に全身が揺さぶられた。
彼の充血した瞳は、身体を離してしまった私を責めるような、そしてどれほど必要としているかをまなざしで訴えていた。
モルダーの愛がそこにあった。

私は時間をかけてグリルに火を点け、石炭をぎこちない手つきで動かして、金属製の網を乗せてそれらしくセットした。
ひんやりとした夜風が赤くなった頬を冷やしていく。
たぶん私の頬はこの燃える炭のようにまっ赤になっているに違いない。

モルダー。

彼は私が落ち着く時間を必要としていることを分かってくれているようだった。
キッチンから食器をセットしている音が聞こえる。

夕日の最後の光が沈み、インディゴブルーの夜空が空を占め、星が白く光り始めた。

モルダーがマリネされた魚の切り身を皿に乗せて持ってきた。

「ほら、冷蔵庫でいいものを見つけたよ。」
彼は私の耳に囁き、前に皿を出した。

ただの死んだ魚の肉なのに、なぜかとてもエロティックに見える。
フォークに刺して網の上に乗せると、下で炭がパチッと鳴って小さな破片が跳ね飛んだ。

モルダーの指がうなじをゆっくりと這っていき、シャツの襟の形に添って撫でている。
そしてそっと唇を押しあててキスで指の跡を辿っていき、私はその柔らかな熱い感触に身体の芯まで震えが走り、カッと頬が再び燃えだした。
ふるえる指で焼いている魚の身にフォークを刺し、裏返しにしてグリルの方に気持ちを集中させようとした。

夕食の間どうしよう？

私が焼いている間に、モルダーはキッチンシンクの下にキャンドルがしまってあるのを見つけると、家中のあちこちにそれらを立てた。
ダイニングテーブルの上やサイドボードの上、リビングルームの壁際。
そして後になって気付いたが、彼はベッドルームにも柔らかなキャンドルの灯りを灯していた。

私達は金色に輝くキャンドルライトに照らされ、壁に漆黒のシルエットを揺らしながら夕食を食べた。

そしてとうとう、それは起こった。

テーブルの上を片づけてシンクから振り向くと、モルダーの視線とぶつかった。
私がそのまま見つめていると彼は突然セーターの中に手を入れて引き上げた。
腰からなめらかな肌にそってたくましい胸が現れ、首から顎が見えた次には両手で脱ぎ捨てられ、また彼の強い視線とぶつかった。
モルダーのまなざしは熱く、暗くにぶい光を放ってまっすぐに私を捕らえて離さなかった。

もう逃げられない。

モルダーがゆっくりと近づき、あの時のようにそっと頬に手を当てて首を傾け、軽く唇が触れるほどのキスをし、そしてすぐに火が点いたような激しいキスに変わっていった。

脚が間に入り込み、私はモルダーの背中をきつくつかんでさらに引き寄せ、息をする間もなくキスに応えた。
彼は頬に当てていた手を背中から腰、そしてお尻へ降ろしてそのまま上に抱き上げ、私も脚を彼の腰に巻き付けるようにして抱きしめた。
その時、私の頭のどこかで何かが割れるような音が響いた。

モルダーの柔らかな唇を感じ、舌をからめ取られて中に入られると、熱い吐息さえどちらのものかわからなくなった。
彼は片手を私のシャツの下に入れて素肌に触れ、上へ這わせて、長い間他人に触れられることのなかった部分をその手につかんだ。

モルダーは私を抱いたままキッチンからリビングを通り、何度もつまずき壁に背中をぶつけながらベッドルームへ行って、その上に二人で重なり落ちた。
少しの時間も待てずにもどかしい彼のジーンズのボタンをはね開けて、下着ごと一気に引き下ろして部屋のすみに放り投げ、その部分にキスすると彼はため息をもらした。
そして腰を引いて私の唇に飛び込むようにキスするとそのまま押し倒し、激しく舌をからませながら私のシャツを引き脱がし、床に落とした。
素肌が彼の視線にさらされた興奮と、冷たい夜の空気に直に触れたことで胸の先端が固くなった。

私は自分で履いていたジーンズも下着も脱ぎ捨てて彼に全てを見せた。
モルダーに見つめられるだけで身体の奥が熱く濡れていく。

羽でくすぐるようなモルダーの指の感触がひざから次第に上がってきて、脚の間の濡れた部分にカールを指に絡ませながらすべり込ませると、唇でその後を追い、ついにその部分にキスされると、私はこれまで押し殺していた声を上げた。
モルダーが確認するように顔を上げて私を見た。

「やめないで。」
私は彼の頭を引き寄せて深く息を吐き、続けてくる快感にまたあえぎ声を上げた。

私も、彼もずっと欲しがっていたことを今夜は絶対に逃がさない。
これまでの何年もの想いが長い前戯のようなものだった。
今すぐあなたがほしい。

モルダーに合図を送るように触れると、彼は起きあがって私の脚を腰に巻き付けるように上げると、熱い鉄のような彼自身を、一気に根元まで私の中に沈めた。
彼が動き始めると共に悦びが渦巻き、のどから叫び声が沸き上がったが唇を噛んで声を押し殺そうとした。
しかしモルダーが突き上げると同時に深くキスして舌をからませて来たので、たまらずに彼の口の中でくぐもったあえぎ声を上げ続けた。
彼は私のあえぎ声を聞いて微笑み、より深く貫くように私の腰を上げ、激しく腰を打ち付け出した。

「Hey、スカリー。」

モルダーは乱れた息の中からかすれ声で私を呼び、クスッと笑うように目尻が動いた。
こんな新しい状況の中の、よく知っている懐かしい言葉。

激しく揺らされながら目を開くと、モルダーは輝くように微笑んでいた。
これまで常に彼にまとわりついていた陰りもない。
私達の新しい結びつきは、これまで抱えていた心配や不安の全てを圧倒した。
この顔こそ、私が見たかった彼の表情。
夜も、朝も、そして残りの人生全てで見ていたい表情だった。

私は幸せに心が満たされるのを感じて微笑み返し、背中に腕をしがみつかせて腰を動かして、彼となら永遠に浮かんでいられるような絶頂へ昇りつめていった。




ふと何かで目が覚めた。
窓から差し込む月の光がまぶしかったからかもしれない。
キャンドルはとうに消え、月の光が折り重なるように眠っているモルダーと私の身体を白く照らし出していた。
いえ、きっと彼の唇からもれる寝息が頬をくすぐったからかもしれない。
いえ、もしかしたら長い間使われずに眠っていた体の部分が急に激しく使われ、その部分にまだ感じるぎこちないしびれで目を覚ましたのかも知れない。
それとも、それらの全てが私を起こし、彼の寝顔を見たくなって目を覚ましたのかも知れない。

シンプルだけど、全てが満たされた。

モルダーは寝返りを打ち、しばらくするとゆっくりとまばたきして目を覚ました。
また寝返りを打って私と目が合うと、眠たげに微笑んでキスした。

「朝になったら、これまでとは少し変わっているかな。」

「たぶんね。」
彼の腕の中のぬくもりを知ったら、もう昔に戻りたいなんて思わない。

「きっと君はまっ赤になって、シーツに隠れてしまうんじゃないのか？」
モルダーは私を抱き寄せて耳元にささやいた。
「少し怖いよ。みんな夢で、朝になったら君がいなくなってるんじゃないかって・・・。それに君がこんなに愛してくれてることを分かってなかった自分を殴りたい気分さ。」

バカね、モルダー。

私は彼の肩に舌をはわせた。
体温と、汗のしおからい味と、他の誰でもないモルダーの味がした。
おいしい。

私はため息をついて彼に答えた。
「私だって怖いわ。もしあなたが後悔してたら――」

「スカリー。」
モルダーが私を止め、耳元にささやいた。
「君は？」

「何が？」

「後悔してるのか？」
彼ののどに力が入り、緊張した声になった。

「しないわ。」

私は彼の胸にささやいて答え、そのまま腕に包まれながら眠りの中に戻っていった。




***


END