作：Girlie_girl17
訳：tomo

D.C.のダウンタウンにある日よけのかかった小さなバーバーショップに、赤い髪をした小柄な女性と、彼女にぴったりとくっつくように背の高い男が入ってきた。
彼女はやわらかな色合いのミントグリーンのセーターにジーンズをはき、彼の方はダークブラウンの髪でグレーのセーターにジーンズ姿で、腕にはニューヨーク・ニックスのシャツにジーンズ、そして小さなブルーのスニーカーを履いた、ブラウンのカーリーヘアの小さな男の子を抱いていた。

店のスツールに腰掛けて新聞を読んでいた女性店員が顔を上げて、大きな口を開けて嬉しそうに声をかけた。

「モルダー、ダナ！久しぶりだね！ウィルも一緒なんだね！」
彼女はそう言うとビニール製のスツールから立ち上がり、3人に早足で近寄った。

「タミー、本当に久しぶりね！会いたかったわ。」
スカリーも嬉しそうに微笑んだ。

「私もだよ、ダナ。ええと、最後に会ったのは・・・」
タミーは上を向いて思い出そうとした。
「結婚式以来じゃないか。」

タミーが笑ってウィルの髪をなでようとして手を伸ばすと、ウィルが両手で彼女の指をつかんで口に入れようとした。

「タミー、危ないよ。もうウィルには歯が生えてきてるから、口に入れられたら噛まれるぞ。」

「へぇ。どーれ、見せてごらん？」

タミーがかがみこんでウィルの前で口を大きく開けると、ウィルもまねして大きく口を開けた。
すると口の中に、何本かの小さな白い歯が見え隠れするように生えかかってきていた。

「今日は髪をカットしてもらおうと思ってきたんだ。」
モルダーがウィルを抱き直すと、ウィルは父親の顔を見上げた。

「ああ、いいよモルダー。あんたの髪は目をつぶってたって切れるからね・・・全部指が覚えてくれているから。」
タミーはスカリーが固い表情なのを見て顔を上げた。
「おや？ダナ。別に変な意味はないよ。なんといっても長年やってるから覚えてるんだよ。別に気にしてないよね？」

「ええ、もちろんよ。今日は実はね・・・」
スカリーは固い表情を少し崩して微笑んだ。
「今日はモルダーのために来たんじゃないのよ、ウィルの方なの。彼がもう切った方がいいって言うから・・・。」

「スカリー、だって今のままだと隣の家のおばあちゃんにまで女の子に間違われてるんだぞ？だから髪を切った方がいいって君も賛成したじゃないか。」

「ええ、わかってるわよ。」
彼女はため息を付きながら首を振った。

「Baby、確かに今のあんたにドレスを着せたら、フランス人形みたいにかわいいお嬢ちゃんになっちゃうだろうね。でももう安心だよ、このタミーがうんとかっこよくしてあげるからね。」
タミーはウィルの頬をそっとなで、スツールに向かうとペダルを踏んで高さを上げながら声を掛けた。

「さあ、ウィルをここに座らせて。」

モルダーはスカリーに顔を向けた。
彼女は微笑んでうなずき、モルダーがウィルをスツールに座らせると、かがみこんでウィルのスニーカーの紐を結び直した。

タミーはウィルにケープを巻きながら話し始めた。
「それで、ハネムーンはどうだった？」

「タミー、ハネムーンなんて誰のでも変わらないよ。平凡で、退屈で・・・。」
モルダーはすまして答えた。

タミーはウィルの首の後ろでケープを止めて顔を上げた。
「モルダー、全くあんたは・・・。」

モルダーは笑いながらスカリーの肩に腕を回した。
「冗談だよ、すごく楽しかった。毎日僕たちは−」

「ノロケ話なんていらないよ。さあ、準備はOKだね。」

モルダーとタミーは笑顔でウィルを見つめていたが、スカリーだけは真剣な表情だった。
彼女は一言も話さずに、ウィルがケープの下でモゾモゾしているのを見つめながら、長く伸びた柔らかなカーリーヘアを見つめていた。

「さあ、どんな髪型にしようか？思い切って坊主もいいね。」
タミーはバリカンを持ち上げてスイッチを入れた。

「ダメよ！」

スカリーが思わず叫んで走り寄ろうとすると、タミーとモルダーは同時に笑い出した。

「ごめんね、ダナ、ちょっとからかったんだよ。」

スカリーは大きく息をつきながら、まだ笑っているモルダーのもとに戻った。

「うーん、そうだねぇ。」
タミーは鏡に映るウィルを見つめながらつぶやいた。
「少し短くカットして、パパみたいな髪型にしてみようか。」

モルダーが微笑みながらスカリーを見ると、まだ彼女は緊張して今にもウィルをスツールから降ろして家に帰ろうとしているように、じっとウィルを見つめていた。

彼は後ろからそっと彼女を抱きしめ、腰の所で腕を組みながらささやきかけた。
「大丈夫だよ、ダナ。彼女に任せよう。」

タミーの表情がプロの目に変わり、ウィルに優しく話しかけながらゆっくりコームで髪をとかし、ハサミを近づけた。

「ダナ！」

突然スカリーが夫の腕から抜け出してウィルに近づき、そっと絹のように柔らかなをもう一度撫でた。
タミーは愛おしそうに息子の髪を撫でるスカリーの指を見つめながら、彼女を安心させるように話しかけた。

「心配しないで、ダナ。かわいい坊やの髪は、ちゃんと大事に切るから。」

スカリーは彼女に微笑みを返し、またモルダーの所に戻った。
彼がそっと彼女の肩に手を置くと、前よりずっと柔らかく、リラックスして落ち着いたようだった。

タミーはもう一度ウィルの髪を一房コームで取り、ハサミを近づけてそっとカットすると、髪を落とさないように慎重に指で押さえてカウンターの上に置き、また一房髪をカットするためにコームで取った。

ウィルは始めての体験でも落ち着いたままで、モルダーはその様子に安心してため息をついた。
もしウィルが泣き出しでもしたら、スカリーは例えカットの途中でも息子を抱いて家に帰ってしまうだろう。

タミーが口をひらいた。
「心配しないで、ダナ。あたしはずっとここで働いてるけど、まだカットに失敗したことはないからね。」

軽い音を立ててもう一房髪がカットされた。

「その内もうざっと2、3千人の赤ん坊の髪をカットしたけど、失敗は一度もなかったんだ。」

もう一房。

「この子の髪はカットしやすい方だよ。一番難しいのはもっとクセのある縮れ毛さ。その時はあやうく耳を切り落としそうになってねぇ。」

タミーはからかうように眉を上げてスカリーをチラッと見た。
スカリーは反射的に微笑み返したが、表情は急にこわばって、緊張したように肩を上げた。

タミーはコームとハサミを一旦置き、スツールを回してかがみこみ、ウィルの顔をのぞきこんだ。
そしてニッコリ笑いながらまたコームを取り、ウィルの前髪を一房ずつ取って、ゆっくりカットしていった。
そしてブラシで顔や襟もとについた髪を払いのけ、ケープを外した。

これまで緊張していたモルダーとスカリーは安心して大きなため息をついた。

タミーは出来栄えに満足したように笑顔になると、二人に向かってスツールを回した。

モルダーはスカリーの肩を握った。
「ほら、すっかり男の子になったぞ！」
彼は素早くウィルを抱き上げて高い高いをした。

ウィルの長めだったカーリーヘアは短めにカットされ、分け目をいれて父親に似た髪型になっていた。

「スカリー、どうだい？」

彼女も近づいて見つめながら、ウィルのスニーカーをそっとなでながら微笑んだ。

「ええ、とっても・・・気に入ったわ。」

「ほらダナ、これは記念品だよ。持って帰って坊やのベビー・ブックに加えなよ。」
タミーはカウンターから振り返り、青い布で包んだ小さなものを手渡した。
中にはたった今カットされたウィルの髪が、クリップで束ねられて入っていた。

スカリーの頬が赤くなり、大きく見開いた瞳が涙で一瞬で潤んだ。

「ありがとう。」

彼女はモルダーとタミーとウィルの顔を見まわして、優しくつぶやいて、そっとウィルに手を伸ばした。
ウィルも母親に向かって手を伸ばして体をかがめ、彼女は腕に優しく抱き取った。
そしてタミーに別れの挨拶をして、ウィルに何か話しかけながらドアに向かっていった。

モルダーが財布を取り出して札を出そうとすると、タミーが首を振って止めた。
「いいんだよ、これはサービスなんだからさ。」

だが彼は札を取り出してタミーの手に握らせた。
「これはカットの代金じゃないんだ、これは彼女を安心させてくれた代金だよ。」

タミーは握らされた札と彼の顔を見比べると、札を顔の前に上げてニヤっと笑い、エプロンのポケットにしまった。



店を出ると、スカリーが彼が出てくるのを待っていた。
彼女は入ってきたときとは比べものにならないくらいにこやかで、楽しそうに笑っていた。

「ねえ、モルダー。タミーにフロヒキーを紹介したらどうかしら。」

モルダーも笑って彼女の手を握った。

「勘弁してくれよ。」





The End