作：supernova   訳：tomo

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Chapter Ten

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まるで深い水の中でもがいているようだった。
ただ懸命に足を前に動かし続け、周囲のざわめきも、何も耳に入らなかった。

自分の心臓の音と呼吸する音だけが耳に大きくこだまして、病院へ一刻も早く駆け込もうとパニックを起こし、真っ暗な視界の中をもがきながら走り続けていた。

病院へ到着するまでの間Scullyの目は閉じたままで、もう何の言葉もつぶやいてくれなかった。
僕は彼女に目を開けるように叫びながら、手を当てて心音を確かめた。
ありがたいことにかすかに彼女の心臓の鼓動が指先に感じられた。

だが目を開けてくれるように何度も叫んでも、頼んでもScullyは目を開けてくれなかった。
僕の頭は真っ白になって、ただ一つの言葉だけが狂ったように回っていた。

　　　Scullyは決してここで死なない。

彼女は決してここで死んだりしない、と。
彼女は僕の恋人で、Williamの母親で、かけがえのない僕の家族なのだから。

これまでどんな危険にあっても、死に直面したときでも必ず彼女は戻ってきた。

だから決して僕から離れていかない、と。



病院の自動ドアが開き、看護婦達が駆け寄ってScullyを僕の腕から降ろさせてストレッチャーに乗せ、引き離されると同時に頭の中のもやが消え去って、はっきりと目も耳も見えるようになった。
ストレッチャーに敷かれた白いシーツに彼女の血のしみが広がっていった。

Greer捜査官が大声で泣き叫んでいるウィリアムを抱いて歩いてきたので腕を伸ばして抱き取ろうとしたが、彼は静かに首を振り、目で静かに合図した。
自分の体を見下ろすと、僕の手や腕は血まみれだった。
僕はGreer捜査官にうなずいてストレッチャーを追いかけ、Scullyに付き添わせてくれ、と言ったが看護婦の一人が僕を止めて、診察中は誰も付き添えないと言い、もし何かあったらすぐに知らせるからと言った。

僕は我を忘れて看護婦に怒鳴りつけた。
　　
　　　一体何を言ってるんだ？そばにいさせてくれ！彼女のそばにいてやらないと！

看護婦はこれ以上騒いだらガードマンを呼んで追い出す、と僕を脅し、容態が落ち着いたらできるように手配しましょう、と言ってERの扉の中に入った。

僕はコントロールできない怒りで肩が震え、一人になれる場所を探して廊下のトイレのドアを開けようとした。
だがトイレは一人用になっていて、先客のために鍵がかかり、僕は廊下で辛抱強く待った。
長く待ったあと、検査用の尿を検査コップに入れた老人が出てきた。
入れ替わりに中に入って鍵を閉め、ののしりながら扉に頭を打ち付けた。

Scullyの微笑み。

Scullyと僕の夜。

ScullyとWilliam。

大きなお腹を抱えたScully。

おなかに僕の手を乗せて、赤ん坊がおなかを蹴る音を聞かせるScully。

〈Scully、Scully、Scully！〉

イメージ、記憶、そして言葉が渦巻いて僕の頭を攻撃し続けた。


「僕を残していったら許さないぞ、Scully・・・。」
僕はドアに向かってすすり泣いた。

「聞こえるか！？Scully！僕を残していったら許さない！」
僕は叫び、涙が頬を滝のように流れ落ちた。

看護婦か誰かがドアを叩き何事かと尋ねたが僕は怒鳴って追い返した。

疲れ切って洗面台の方を向き、着ていたセーターを脱いでゴミ箱に捨てた。
下に着ていたシャツまではScullyの血は付いていなかった。

水を出して手に付いた血を洗い流そうとしたが、血は冷たく固まり何度も強くこすらないと落ちなかった。

血に染まった水が排水溝の穴に流れ込み、僕は足が震えて力が抜け、洗面台に両手をついて体を支えた。

「これで満足か？」
当たり前だが、自分で問いかけても誰も答えなかった。

もし僕たちが逃亡していなかったら、Scullyもおなかの赤ん坊も今のようなことにならなかったかもしれない。

もし僕がScullyとWilliamの元を離れていなかったら、きっと僕は殺人容疑で裁判されることもなく、逃亡などしていなかったかもしれない。

もし僕がオレゴンに再び行っていなかったら、僕はアブダクトもされずにScullyと一緒にWilliamを育てるために郊外へ引っ越して、今頃は平和な暮らしをし、昔のことを懐かしく思い出していたかもしれない。

もし。

もしスカリーと赤ん坊が生きていれば、きっと運命は変わるだろう。
だがもし二人が死ねば・・・。

僕たちは全てを手に入れるほんのすぐそばまで来ていたのに。

終わりの始まりはオレゴンへ再び行ったことから始まり、コントロールできない状況は次のコントロールできない状況に次々と続いていった。
まるでドミノ倒しのように。
そして僕たちは何も得られず、全てを失っているのに、強情な義務感からまだ続けようとしていた。

そして今僕たちはここにいる。
彼女がこんな事になったのは、はたしてこれまでろくに検診を受けてこなかったせいなのか、それともあの注射による影響なのか、それともこの10年僕たちを支えてきてくれた幸運が尽きてしまったせいなのか。

〈もう一度、すべてやり直すチャンスがほしい〉
鏡に映る自分を見つめながら願った。

10年前、いや5年前でもいい、昔に戻って、真実の探求だけしか頭にない単細胞男の所に行き、たった今のことを言ってやりたい。
これは陰謀ではなく、妹を失ったこととは関係ない。
すべて未来に産まれる、その男に似た小さな息子のためなのだ、と。
息子はきっと彼の腕の中で微笑み、その男の胸を痛くさせるだろう。

そして息子の母親で、その男の親友で、かけがえのない支持者で、そして恋人である女性のことを伝えよう。
その男にとって太陽のような、そして夜を照らす月の光のような大切な存在。

　　考え直してくれ、その女性との愛は今探している真実より比べものにならないほど大切だろう、と。

だが彼は笑って答えるだろう。
真実の追究は当時の彼の人生では最も重大なことだったからだ。
だがもしかしたら僕の目を見て何かを感じ、そしてもしかしたら、もしかしたらもっと注意深く行動して、彼女を残して暴走するのを思いとどまってくれるかもしれない。
そしてもしかしたら、もしかしたら今僕はここにいずに済んでいるかもしれない。

トイレから出るとすぐにGreer捜査官が大声で泣き叫ぶWilliamを抱いて現れた。
Wiliamの赤くなった鼻から ハナが流れ、まぶたは腫れて赤から紫がかり初めていた。
額も頭皮も汗ばんで巻き毛が張り付いて、更に強いカールになっていた。

僕は何も考えずに両手を差し出してWilliamを抱き取り、背中を撫でてなだめようとしたが、Williamは泣きやまずにのどから声を張り上げて泣き続けていた。

ママとおなかの赤ん坊を探して泣いているのか。死人さえ驚いて目を覚ますほどの大声で泣きわめいている。
無理もない。
この子は自分のママが血を流して倒れるところを見たのだ。
この子も誰かに自分の思いを聞いてほしいのだ。

　　　聞いてるよ、William。パパが聞いている。


看護婦が僕の肩を叩き、Scullyのことについて2、3の質問があると言った。
僕が質問に答えられれば先に書類を作成できるから、と。
看護婦は少しWilliamの泣き声を抑えようとして構おうとしたが無駄だと分かった。

頭がしびれて無感覚なまま、廊下にいる医者や看護婦をよけて歩きながら、看護婦に連れられて空いていた診察室へ行った。

だが看護婦が質問を始めるとすぐに、僕とScullyは逃亡中の身で、3種類の偽名を使いこなさなければならないことを思い出した。
それぞれの偽名には銀行口座や戸籍や履歴さえ完璧に作り上げられ、クレジットもあったのだが。

だが、今は頭がしびれきっていて思い出せなかった。
1年以上の間政府の陰謀から逃亡し、Kamp家の惨劇の後に息子と再会して、何ヶ月もの間彼女と赤ん坊を守っている間に、他の細かいことはすべて忘れてしまって思い出すことができなかった。

今ここで明かしてしまっていいのだろうか？
これまでずっと偽名で自分たちを守ってきたのに、最も僕たちが弱っているときに正体をばらさなければならなくなるとは。

この道は地獄に通じているのか？それとも救済へ通じているのか？

「彼女の名前は？」
看護婦は黙っている僕をいぶかしみながら繰り返した。

僕はしばらく答えをためらい、そしてため息を付いて、頭を振ってついに答えた。

「Dana Scully。Dana Katherine Scully。」

「お歳は？」

「39歳だ。」

「妊娠は何週目ですか？」

「34週目。」

「出産は何度目ですか？」

「2回目だ。僕たちの二人目の子供だ。」

「前の出産の際に難産の様子はありましたか？」

「確か一度胎盤が子宮から離れたと言って・・・。」

「“胎盤剥離”？」

「ああ。でもこのWilliamを産んだんだ。」

「分かりました。ではそのことを担当の医師に伝えてまた戻ってきます。」

「彼女のそばにいさせてくれ。」

「まだいけません、sir。ここで待っていてください。」

再び真っ暗な闇に吸い込まれたようになり、まるで悪い夢にうなされているようだ。
もしこれがベッドから落ちて夢から覚められる、ただの悪夢ならどれほどいいだろうに。

だが、これは夢じゃない。

Williamを抱いているから倒れ込むこともできない。

廊下に置かれてある椅子へ行き、座ってWilliamを抱き直した。
Williamはやっと泣きやんだが体は汗で濡れて熱く、これまで強く泣き叫んでいた跡が涙とハナで表されていた。

ふとWilliamから廊下へ目を上げると、ERの扉の前にたくさんの人の群がいるのに気が付いた。
この深夜の時間に僕達以外でERへ患者が運び込まれていただろうか？

いや、おかしい。

彼らは僕より10フィートほど離れた壁沿いに並んで立っていて、不思議なことに彼らの姿は月の光を浴びたような、不気味な青白い光を帯びていた。

驚いて彼らの顔をよく見ると、僕の人生の中で過ぎ去っていった懐かしい人々の顔が並んでいた。


The Lone Gunmen.

Krycek.

Deep Throat.

X.

Jeffrey Spender.

Margaret, William, そしてMelissa Scully.

Emily.

僕の父、母、そしてSamantha.


彼らは静かに立ち、ScullyのいるERの扉に顔を向けていた。
Emilyがこっちを向いて微笑み、Williamに手を振った。

Williamも手を振り返し、僕はショックで目を見開いた。

「ママー！」
Williamが叫んだ。

いつの間にかScullyの姿が彼らの前に立っていた。

彼女はまるで天使のように足首まで白い布をふわりとかけ、なだらかな肩から青白い光を放っていた。
体は妊娠していない頃のように細く、肌はまるで太陽の光と朝の霧を浴びたように美しく輝いていた。

どんな言葉でも表せないほど光輝いていた。

そしてScullyは微笑みながらMagaretとWilliamの方へ歩き、そっと抱きしめた。
Melissaが近づいて頬にキスし、彼女もキスを返した。
彼女は僕の父と母に近寄ってゆっくりうなずき、そして微笑みかけ、廊下の椅子に腰掛けていたSamanthaにひざまずいて優しく抱きしめた。

僕はこれまでScullyとSamanthaが会ったときのことを何度も想像したが、こんな会い方は一度も考えたことがなかった。

Samanthaは目を閉じてScullyの胸に頭をもたれさせ、彼女は頬にそっとキスした。
Samanthaは指でScullyの頬の涙を拭いてあげていた。

彼女がゆっくり立ち上がると、Samanthaは悲しげな微笑みを見せながら腕を放した。

ScullyはJeffrey SpenderやX、Deep Throat、そしてKrycekに近づいた。
彼らは手を彼女の肩に置いて、お互いを見つめ合った。
お互いの背負ってきた闘いと、苦労と勇敢さをあたたかくねぎらうまなざしだった。

Scullyは勇敢な戦士でもあった。
だがもう、彼らに闘いはない。
立場の違いもない。

そこにあるのはお互いを認めあい、ねぎらう安らぎのまなざしだった。

三人のLone Gunmen。
彼らは一人ずつScullyをあたたかく抱きしめ、微笑みあった。

最後にScullyはずっと我慢強く待っていたEmilyに歩み寄った。
Emilyは着ていたドレスのすそを上げて背伸びして、Scullyも同じ目の高さになるまで腰をかがめた。
そして抱きあげて、生きている内にずっとそうしたかったようにぎゅっとEmilyの小さな体を抱きしめた。

彼女はずっとEmilyの小さな体をを抱きしめて、頭を抑えながら指で髪に触れ、何度もキスを贈り続けた。
そしてそっとおろすと、Emilyは微笑みながらMelissaの方に走っていった。

Scullyはゆっくり僕たちの方に振り向いて亡くなった人々の前に立ち、僕とWilliamを見つめた。
彼女は手を胸に置いて瞳を潤ませ、深い悲しい瞳で僕たちを見つめていた。

しかしついに彼女は振り返り、ERの扉に向かって歩き、まるでドアの中に吸い込まれるように消えていった。
そしてその瞬間、Scullyを囲んでいた霊達も消え去った。


僕は空っぽになった廊下を見つめて立ちつくした。

母親を求めて叫ぶWilliamに気が付いて、包むように抱きしめて腕に力を込めた。


心臓が凍って体中に砕け散ったように、一歩も動けずにWilliamを抱いていた。

そして僕は目を閉じて、Scullyのために祈りを捧げた。



一秒だったのか、それとも1時間たったのか、誰かの手が僕の肩を叩いた。
振り返るとSkinnerが僕を悲しそうに見つめていた。

「容態はどうだ？」

僕ののどは絞めつけられて、声がひっかかってなかなか言葉が出なかった。
「分からない。僕も中に入れないんだ。そばにいてやれない・・・。ここで待つしかなかった。だがまだ何の連絡もない。・・・病院の書類にサインしたが、僕は本名をサインした。」

僕は自分が見たものがまだ信じられずに呆然とし、淡々と説明した。

Skinnerはうなずき、僕たちは立ったまま待ち続けた。

「Fox Mulderさん？」
ERのドアが開き、一人の看護婦が近づいてきた。

「そうだ。Scullyは？Dana Scullyの具合は？僕たちの赤ん坊はどうなった？」

看護婦は答える前に首を振った。
「あなたに嘘はつきません。しばらくの間はとても危険な状態でした。正直に言って、私たちももう無理かとあきらめかけていたんです。ですが彼女はとても強い女性でしたよ、Mulderさん。決して彼女は死と戦うことをあきらめませんでした。彼女は胎盤剥離を起こしていて、それはこの年齢ではかなりリスクのあることで、出産の際に血圧が急激に下がったのですが・・・。」

看護婦は一度言葉を切り、僕の腕に手を置いた。

「私たちはすぐに輸血を施し、それが成功して血圧も、脈拍も安定させることができました。そしてそのまま持ち直して、今はとても容態が安定しました。これから順調な快復が望めますよ。」

「赤ん坊はどうなったんだ？」

「30分前に帝王切開を行って、赤ちゃんは無事に産まれました。たった4ポンドしかない小さな赤ちゃんでしたが、NICUのチームがしっかりと赤ちゃんの命を守って無事ですよ。ですがその後母体の容態が急変してヒヤリとさせられましたが、先ほども言ったように持ち直して、今はママも赤ちゃんも良い容態です。」

「本当に？」

「ええ、本当です。まるで奇跡のようですが、二人とも無事ですよ。しばらくの間麻酔で眠っていますが、体の方は順調に快復していくと思いますわ。」
看護婦は誇らしげに笑った。
「さて、ではMulderさん、生まれた娘さんに会いに行かれますか？」

僕は嬉しさと安堵で大きく息を吐き、満面の笑みになって答えた。

「もちろん、今すぐに。」



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「Hey、Scully、聞こえるかい？」

「Mulder・・・。」
僕がそっとささやきかけると、Scullyはかすれ声で答えた。

「Hey sweetheart、君はもう12時間も眠り続けていたんだよ。」
僕はかがみ込んで、彼女の鼻先にキスした。

彼女の手が反射的におなかへ行って、僕は自分の手を重ねて微笑んだ。

「大丈夫だよ、Scully。赤ちゃんは小さかったけど、でも、大丈夫だ。一晩NICUで呼吸の状態をを見なければならなかったけど、もうOKが出て、ほら、もうここにいるよ。」

「・・・女の子ね。」
Scullyは赤ちゃんを見て美しく微笑んだ。

「ああ、ダーク・ブラウンの髪のかわいい女の子だよ。」
僕も微笑み返して誇らしげに言った。

「何があったの？Mulder。」
Scullyは目をつぶり、ゆっくり深呼吸を繰り返した。

「今は何も関係ないよ。大切なのは君も、赤ちゃんも無事だったんだ。」
そっと唇にキスして僕は首を静かに振った。

「Williamはどこ？」

「WillaimはSkinnerとお気に入りのレゴで遊んでるよ。」
僕は含み笑いをして答えた。

「Skinnerは本当にいい友人ね。」

「ああ、そうだな。」

僕は彼女の頬にキスし、「愛してる」、とささやいた。

「赤ちゃんを抱いてもいい？」
Scullyは頬を染めながら、輝くような微笑みを見せた。

僕は誇らしげにうなずいて、ゆりかご型のベッドからピンク色の布に包まれた赤ちゃんを、そっと慎重に抱き上げた。

そして静かに、優しく僕たちの娘を彼女の腕に抱かせた。

僕たちの新しい道、運命。

新しい希望が僕たちの胸に広がっていった。



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〈Continued in Epilogue〉