From：http://www.angelfire.com/ms/KtblleStorage/supernova.html
Disclaimer：Not mine; don't sue.
The Marionette Rebellion
-6-
注：この作品はシーズン9「The Truth」のスポイラーficです。ネタバレをお避けの方はお読みにならないでくださいませ。
*この作品は、モルダーとスカリーが希望を信じて、力を尽くしてウィリアムを取り戻す物語です。
*長めの作品ですので、できればお時間のあるときにゆっくりお読みいただけたらと思います。
作：supernova
訳：tomo
-X-
Chapter Six
-X-
「ママを見た・・・と言うの？Mulder。どういう意味なの？」
Scullyの声は信じたくない思いで震えていた。
「運転をしているときに目の前に現れて、そして・・・」
僕は目の前に現れてささやき、消えていったMargaret Scullyの姿を思い起こした。
「そんなこと嘘よ。電話を貸して、Mulder。そんなこと嘘だわ。そんなこと絶対にないわ。」
Scullyは僕の携帯を奪って番号を強く押して耳に当てた。
そして手を額に当てて目を閉じ、床に携帯を落とした。
「“この番号は現在使われていない”ですって・・・。」
「Scully・・・」
「でも嘘だわ、こんなこと信じないわ！」
Scullyはドアを開けて車から駈け降りた。
Scullyはガードレールで道がふさがれて進めなくなるまで早足で歩き、腰に手を当てて追ってきた僕から顔を背けた。
彼女の体は震えて、不安と恐怖が体中を駆けめぐるのに懸命に耐えてた。
夕焼けの最後の光が彼女にあたり、影を長く伸ばした。
僕は後ろから彼女をくるむように抱きしめようと腕を巻いた。
彼女は腕の中でもがいたが構わずに強く抱きしめ、とうとう彼女ももがくのをやめた。
僕たちは無言で立ちつくしていた。
彼女は僕の上腕を震えながらつかみ、僕は後ろから彼女の首筋に顔をうずめた。
「お願いよ、Mulder。嘘だと言って。」
「僕もそうだと思いたいよ、Scully。」
僕は彼女の耳に唇をほとんどつけるほどのそばでつぶやいた。
「どうして電話がつながらないの？私からの連絡を待つために番号を変えるわけがないのに。違うわ、ママは私のことを怒っているのよ。私たちがWilliamを置いて逃亡することを怒っているのよ。そうよ、怒っているだけだわ。それにあなたは疲れて幻を見ただけなのよ。ママなわけがないわ。」
「僕もそう思いたいさ、Scully。」
僕たちは抱き合ったまま、硬いアスファルトの道の上に崩れ落ちた。
「間違ってるわ、Mulder、今度だけは間違ってる。」
Scullyは腕の中に顔をうずめながら震えていた。
「お母さんは“心配しないで”、と言っていたよ。そして・・・」
「“心配しないで”？」
Scullyは顔を上げた。
「Skinnerに連絡して！そして母が無事かどうか確認してもらうのよ！もしかしたら病気で動けないのかもしれないわ。私たちがこんな所にいる間も、母は助けを求めているかもしれないのよ！Skinnerに電話して！そして誰か人を行かせるのよ！」
Scullyは死に物狂いの表情で一息に言い放った。
「分かった、今電話するから。」
僕は彼女から腕をほどいて彼女を解放した。
車へ戻りながら、振り向いてScullyを見つめた−−−彼女は夕焼けの光を浴びながら自分の小さな体に腕を巻いて頭を下げ、足下を見つめていた。
かつて僕たちはヴァージニアのこの同じ道を、捜査や通勤、日常生活の足として使っていた。
そしてここにある全てを捨てて、僕たちは追跡者達から逃れるためにここから出ていったが、僕たちはまたここに帰って来た。
山ほどの疑問を抱え、探している答えとはまだ何千マイルも離れたままで。
電話のボタンを押すのが怖かった。
もう僕には、何がScullyの母親に起きたか分かっていた。見えてしまったのだ。
心臓が鉛のように重くなり、指を震わせながらSkinnerの番号を押した。
「Skinnerだ。」
「僕だ、Mulderだ。」
「もうD.C.に着いたのか？」
「まだだ。ひとつ聞きたいことがある。」
「どうした？何かあったのか？」
「今詳しく説明はできない、だから率直に聞くぞ。Scullyの母親は亡くなったのか？」
のどがギュッと締め付けられ、僕の問いかけはほとんどささやき声になっていた。
長い沈黙が流れ、Skinnerは大きなため息を付いて咳払いした。
「Mulder、どこで知ったんだ？」
「どうなんだ。」
「ああ・・・、彼女は亡くなった。君たちに隠していたのは私の本意ではなかったんだ。それは分かってくれ。」
「じゃあ何だ？誰かに指示されたとでも言うのか？」
「私もMargaret Scullyの代理人からの書類を受け取るまで何も知らなかったんだ。書類の中に遺書もあった。その遺書の中に、Scullyが安全に家に帰れるようになるまでは自分の死を知らせないでほしい、と書かれてあったんだ。彼女宛の手紙と共にな。だから私は手紙を直接渡せるようになるまで、このことを伏せていようと思ったんだ。」
「なぜ亡くなったんだ？」
「彼女はガンを患っていたんだ、Mulder。君たちが逃亡を始めた直後にそれがわかった。ガンを発見したときには、もう医者も手の施しようがなかったんだ。彼女は息子達に看取られながら、静かに亡くなったそうだ。」
Skinnerは静かにつぶやいた。
「Skinner、計画は変更だ。僕たちはD.C.へは戻らない。また連絡する。」
僕はそれだけ言うと、携帯を切った。
空のビールビンが道の端に転がっていて、アスファルトの隙間から、けなげに咲いているタンポポの花が風に揺れていた。
Scullyは動かずに、僕の表情から今の会話を聞いていたように真実を知り、呆然と僕の方を見つめていた。
僕がそばに戻って呼びかけると、彼女は顔を上げて僕を見つめた。
僕たちはこのまなざしだけの会話を何年もしてきた。
まなざしの中に、言葉にあらわせない言葉を含ませて彼女に伝えた。
彼女はうなずいて車に向かっていき、ドアを開けて助手席に座ると、力が抜けたように頭を座席にもたれさせた。
僕も走って運転席に座った。
「Scully・・・」
「わかってるわ、Mulder。ただ信じたくなかったのよ。」
彼女の声は弱々しく震え、あきらめたように座席にうなだれていた。
「Scully、何と言っていいか・・・。」
僕は頭を振りながら彼女を見つめた。
「私もよ。」
Scullyは顔にかかった髪を指で払った。
「私が15歳の時、Brady Watkinsっていう男の子が家に来たとき、突然私のシャツの中に手を入れて首筋にキスしてきたところを母に見られたことがあったわ。確か部屋で代数のテスト勉強をしていたはずだったのに途中からおかしくなって・・・。母は私に部屋にいるようにと言って、Bradyをひきずりだしたわ。そして家から追い出すと玄関を閉めて、階段を踏みつけながら、ゆっくり上がってくる音が聞こえた。これから叱られるんだと思ったわ。母は部屋に入ってくるとベッドに座って、私に自分を大切にすることがどういうことなのか、って話し始めたの。いくら軽はずみでも15歳の男の子がシャツの中に手を入れてきたら、私にとって後で後悔することになっていただろう、って。私は恥ずかしさと怒りで顔がまっ赤になったわ。だってそんなことをしたのは初めてだったのよ。他の男の子達ともそんなことをしてたんじゃないかって母に思われたのが嫌だった。母は言ったことをしっかり考えるのよ、と言ってドアまで行くと、力を込めてドアノブを握りしめたわ。ドアノブが壊れるんじゃないかって思ったほどよ。
そして涙を浮かべて振り向いて、たとえ好奇心のためであっても、かならず注意深く行動すること、そして絶対に浅はかなことはしないで、と言って微笑んで行ってしまった。」
Scullyは休んで、バックシートから水の入ったボトルを取ってゆっくり飲み、息を付いた。
僕は静かに座ったまま、彼女が話し続けるのを待った。
「重要なのは、母は私のしたことを受け入れなかったけど、理解はしたのよ。そして2秒間だけ母親の立場から離れて、自分が好奇心旺盛だった15の頃を思い出して注意してくれたんだわ。
その後私が医大に進むと母は喜んでくれて、私を誇りに思ってくれたわ。でも結局医者にならないでFBIで働くことを決心すると、母は悲しそうな顔をした。どうして医大にまで行ってその道を選んだのか、母はなかなか分かってくれなくて何度も話し合ったわ。私はFBIで働くことは私たちが住んでいる世界を少しでも悪から守って、できるだけ安全な世界にするために自分を役立てられる仕事で、私はその誇りを持って仕事をしたいの、と母に言ったわ。母は微笑んで私の手を握って、『分かったわ。』と言ってくれたのよ。そしてあなたに会えたのよ、Mulder。」
Scullyは弱々しく微笑みかけて、また話を続けた。
「私がどうしてずっとあなたと一緒にいるのか、長い間母には分からなかったみたい。ひょっとしたら私たちの関係はただのパートナーなだけでなくて、プライベートでもそうなんじゃないかって思ってたのかもしれないわね。昔あなたが失踪したときに、私は待ち続ける、と母に言ったわ。なぜならあなたはね、モルダー。私の人生そのものになっていたからよ。あなたと出会ったことで私に生きる目標ができたのよ。あなたはいつも私に挑戦して、私の好奇心をあおって、いつだって私を助けてくれて、愛してくれたから・・・。」
Scullyは言葉をとぎらせ、様々な僕たちの姿を記憶の中で巡らせているようだった。
「私が妊娠したことを母が知ったとき、私があなたを愛していることは知っていたからとても喜んでくれたわ。でもあなたが死体として発見されたとき、私は自分が生きていることが、存在が信じられなかった。私はあなたは生きているんだ、と思わなければ何もできなかった・・・あなたがいないのに、生きて、呼吸している自分が信じられなかったのよ。もう、何のために生きていればいいのかがわからなかった。あなたが永久に私から去ったんだと思うと同時に、本当の意味で生き始めた私の心も死んでしまったのよ。母は、あなたは全ての意味で私のパートナーだったことを分かったようだったわ・・・。でも、私がウィリアムを手放すことを決心すると母は底知れないほど暗い瞳で私を見つめたわ。モルダー、このことだけは、絶対に分かってもらえなかった。母は海軍の父が航海に出ている間もたった一人で4人の子供を育てたのよ。だからどんな理由があっても、私がウィリアムを手放すことは本当に理解できなかったのよ。私がこれまであったことを正直に打ち明けても、それでも分かってはもらえなかった。母はまるで私を知らない人間みたいに見つめていたわ。
・・・今はね、モルダー、父が死んだときに考えた事と同じ事を考えているのよ。母は、私を誇りに思ってくれていたかしら？それとも私に失望したまま・・・？もう永遠に知ることはできなくなってしまったわ。母は私を許してくれるのかしら・・・？、母にもうあやまることもできないのよ・・・。どれほど母を愛しているか伝えることも、永遠にできなくなってしまったのよ。」
Scullyはまたボトルを口に付け、窓に顔を向けて風に揺れるタンポポの花を眺めた。
「君がお母さんを愛してることは、きっとよく分かっているよ。」
僕は彼女の肩をさすり、ゆっくり腕をつたって、僕の手が苦しみから少しでも彼女を守れるように、握りしめられている彼女の手を握った。
「もしかしたらね・・・。」
弱々しいかすれたつぶやき声と共に、涙が頬の上を伝い落ちた。
深い青と紫色の空の中を、最後の夕焼けの光が沈んでいった。
僕たちは静かに手をつないだまま、ノース・カロライナへ向けて発進した。
Scullyの親指が僕の手のひらの上で、静かに円を描いていた。
「それで、Brady Watkinsとはどうなったんだい？Scully。」
「彼は15歳らしいことをして、結局、失恋したわ。」
-X-
-Raleigh, North Carolina-
「Mulder。」
「・・・ん？」
「起きてる？」
「ああ。」
僕は重いまぶたを開けながら、眠気の濃い霧を頭から払いのけた。
「今話してもいい？」
「もちろんだよ、Scully。当たり前だろ？」
僕は彼女に向かって体を起こし、ひじを突いた。
「母はなんて言ってたの？」
「“私のことは心配しないで、でもD.C.へ行ってはいけない。罠が待ってるから”と言っていた。」
モーテルの看板の点滅する光が、Scullyの顔を照らして虹色に反射している。
彼女は寝返りを打って天井を眺めた。
部屋の壁に僕たちの動きの影が、暗闇の中をゆっくり踊っていた。
「奴らはこの子を取り上げようとするのかしら。」
Scullyはおなかを手で撫でながらつぶやいた。
「今はそんな心配はするな、Scully。今日は君のお母さんの死を知ったばかりなんだよ。心配事は後にしよう、気を休ませるんだ。少なくとも今日は君も、おなかの子も危険がなくて安全なんだから。」
「Williamもよ。」
「ああ、Williamもだ。」
「Mulder、疲れたわ。あとどれだけこうしていられるか、もうわからないわ。」
「ああ。」
「今夜はもう何も感じたくない。何も考えたくないわ、今夜だけは・・・Mulder、痛みを止めて・・・。」
Scullyはささやきながら、僕の方に寝返りを打った。
僕たちの体は誘われるままお互いの体に触れ、指と手で秘密の詩を書きつづり、舌を絡ませて静かなダンスを踊り始めた。
僕は体を起こしてScullyの顔をそっと手で包み、指先で頬を伝わる涙をぬぐい去ると、彼女は目を閉じて顔を起こし、僕の手首にキスした。
僕はこれまで1000回以上もしてきたように、愛を込めて、優しく彼女の額にキスした。
彼女の手は僕の脇から背中へ移り、上下に撫でさすって腰へ手を下げると同時に、僕は腰を浮かせて脱がせやすいように動きながら、ボクサー・ショーツを床に脱ぎ捨てた。
ScullyのTシャツとパンティーも脱がせて何も隔てるものが無くなると、肌と肌を密着させてお互いに体の熱を与え合った。
僕は目を閉じ、彼女の香りを深く吸い込んだ。
そして彼女の胸に、おなかに、膝の内側にキスを降ろし、最後に彼女の内側の蜜を味わっている。
僕はできることなら永久にここに頭をうずめ、甘くとろける彼女を味わい続け、二度とここから離れたくないと思うほどこの味が好きだった。
Scullyはあえぎ声を上げながら僕の髪に指を入れてもだえ、僕をさらに刺激しながら、片手でシーツをぎゅっと握っていた。
突然彼女は僕の頭を引いて、舌で彼女を愛するのをやめさせ、彼女の中に入ってほしいという視線を送った。
僕は愛の行為が彼女に少しでも安らぎを与えられるようにと願いながら、僕が彼女のそばに、中にいることをつぶやきながら、ゆっくりと彼女の中に入った。
僕の背中に爪を立てながらScullyはあえぎ、僕はゆっくりとしたペースで彼女を突き、腰を何度もすりあわせながら彼女の胸の先端をを吸った。
彼女は僕の名前を叫びながら涙を流し、僕たちは一緒に絶頂に達した。
交わした愛だけが、今、少しの間だけ僕たちの世界の全てになった。
-X-
一日が、一週間が、淡々と水のように流れていく間、僕たちは手放した小さな命を取り返す手段を見つけようと、必死に努力していた。
だがその主な手段は、待つことだった。
連絡を待って、待って、さらに待つ。
Skinnerは慎重に事務局と連絡を取りながら、僕たちを安全にD.C.へ戻れるように策を練っているようだったが、うまく計画が運んでいないようだった。
あまりに日がたちすぎて、僕は彼のやり方に疑問を持ちさえした。
そしてScullyのことも気がかりだった。
彼女の心はWilliamと養母のことでいっぱいで、彼女の体はここにあっても、心はワイオミングへ飛んでしまっていた。
時々彼女を呼び戻してもすぐに心が飛んでいってしまい、僕には手の届かないところへ気持ちを漂わせてしまっていた。
あまりに強く、そして長い間の苦しみで彼女は悲嘆にくれ、悲しみの中に閉じこもってしまう。
だが僕は彼女をそこから解放させようと躍起になっていた。
僕たちは崩れ落ちそうなほど山積みになった問題の中を走り抜けなければならない。
今のところ、僕たちにできることにはベストを尽くしている。
Scullyはおなかの子のこともいつも心配していた。
しかしながら時々は心配事を忘れて、僕たちの間に生まれた新しい命の幸せに微笑み合った。
僕は少しふくらみはじめたおなかに耳をつけ、おなかの皮膚越しに新しい命に向かって何度もキスを贈った。
この子は胎教に童謡やモーツァルトの音楽を聞く代わりに、親と一緒に数々のアドベンチャーをくぐり抜けている。
きっと僕のおどけた仕草を見て、笑っているに違いない。
僕たちのささやかな、幸せなときだった。
今日はおなかの子の初検診日だ。
Scullyはインターネットを使って病院をチェックし、最終的に良さそうだと判断した病院に予約を入れた。
受付のカウンターで予約表にサインすると、ハキハキした受付係が分厚い問診票を渡し、記入して待っていてください、と言って椅子に案内した。
問診書類に記入して受付係に渡しながら、自分たちには保険番号がないことを伝えると受付係は疑り深い表情をしたが、Scullyが診察代は現金で払うと説明した。
書類が一通り片づくと僕たちは待合室に戻って、リラックスして椅子に座った。
だが僕たちは1時間近くも待たされて、Scullyはだんだん落ち着かなくなり、僕は頭が痛くなってきた。
とうとうScullyの使った偽名“Sarah Saidel”が呼ばれ、体温や血圧を測る小部屋に案内された。
小部屋では看護婦達が型どおりに採血する準備をしていたが、僕たちは万が一のことを考えて『宗教上の理由』を使って採血を拒否した。
看護婦はまるでクレイジーだとでも言いたそうな目で僕たちを見て、すぐ診察に移れるできるかどうか診察室の様子を確認するために部屋を出ていった。
「誰にも私や赤ちゃんの情報を持ってほしくなのよ。念には念を入れないと。」
Scullyは採血用の注射器やグラス・チューブを指差した。
「そうだね。」
僕は彼女の手を握り、片手で彼女の背中を撫でながらうなずいた。
ほどなくして看護婦が戻り、僕たちは診察室へ案内された。
途中の廊下には様々な段階の胎児のポスターがびっしりと貼られていた。
診察室の椅子に座って医者が来るのを待っていると、Scullyは男の子と女の子とどっちがほしいか聞いてきた。
僕がどちらでもいい、と答えると、彼女は秘密を自分だけ楽しんでいるように、いたずらっぽく微笑んだ。
キィ、とドアの開く音がし、Dr. Maryann Harrisが堂々と入ってきた。
彼女はまるで180歳も歳を取っているように見えたが、まだ豊かな髪と、瞳には医師特有の鋭い光が宿っていた。
Dr. HarrisはざっとScullyの問診票を眺め、妊娠する前の体重を聞いて彼女が答えると、「胎児が16週も育っているのに5ポンドしか体重が増えていない」と言って、もっとたくさん食べるようにと注意した。
そしてScullyに診療台に仰向けになって寝るようにと指示すると、小さな機械をそのそばから引き出した。
何が起こるのか僕が分かっていない内に、横になった彼女のおなかの部分に小さな機械をあてると、機械のスピーカーから心臓の音がはっきり聞こえた。
「元気で力強いわ。」
Dr. Harrisが音を聞きながら言った。
Scullyと僕は規則正しく響く赤ん坊の心音に痛みを和らげられ、これまでの陰謀や苦しみを忘れて微笑み合った。
さらに超音波で胎児の状態をチェックして、最後の月経日から今日までの経過を話し合い、結果として出産予定日を2004年1月12日と計算した。
Scullyはこれまで以上に食べることを心懸けることや、胎児期に必要なビタミンについてレクチャーされ、超音波撮影した赤ん坊の写真をもらって病院を後にした。
写真には僕たちの子が子宮の中でしっかりとした体と5本の指を持ち、かわいらしく親指を吸っている姿が映っていた。
矛盾する感情が僕の心の中を渦巻いていた。
僕たちの間に生まれた、新しい命を目の当たりにして興奮しないわけがない。Scullyが僕の子を産んでくれる喜びも隠せない。
だが同時に、僕たちのもう一人の子供を思い出さずにいられなかった。
それぞれ妊娠中の事件、Scullyの身体の変化。
そのひとつひとつで僕たちはWilliamを思い出さずにいられなかった。
Scullyの瞳を受け継ぎ、僕の鼻を持ったカーリーヘアの小さな男の子の微笑みや手のひら、一つ一つの呼吸を思い出すたびに、心臓が握りつぶされるようだった。
Williamを手放したことがどれほどの過ちか。
だが、僕たちはまた必ず一緒になる。
必ず具体的な手段を見つけ、そのためにくじけることなく努力していこう。
僕たちは写真を見つめながら、Williamを取り戻すことをさらに固く誓った。
-X-
耳元でアラームが鳴っている。
まだ半分眠ったままシーツから腕を出し、スタンドをつけて目覚まし時計を探したが、音は目覚まし時計でなく僕の携帯が鳴っている音だった。
〈電話に出れば、音が止まる。〉
まだ眠っている頭を起こしながらベッドサイドにある携帯をとり、ボタンを押した。
「もしもし？」
Scullyを起こさないよう、僕は小声で電話に出た。
「久しぶりね、Fox Mulder。」
聞き覚えのある声がした。
「Marita Covarrubias。何の用だ？」
僕は時計を見て、ついでに時間も付け加えた。
「朝の4：49だぞ？」
「あなたに借りを返すわ。」
「借りを？何をしてくれるんだ？」
「大切な情報があるのよ。」
「どんな情報だ。」
「今すぐワイオミングへ行くのよ、Mulder。」
僕は目を開き、ガバッとベッドから起きあがってバスルームへ向かった。
「何があったんだ？Williamに何かあったのか？」
「あなたはD.C.へ行かずに、彼らが用意していた罠に引っかからなかったわね。彼らの計画では、あなたは罠にかかって彼らのために動いてもらうはずだったのよ。」
「行けば危険があることは分かっていたんだ。畜生、Williamに何があったんだ！？」
「あなたがネバダで情報を見てしまうことはあらかじめ分かっていたのよ、Mulder。それで彼らはあなたに罠を掛けて待っていたのに来なかった。だから彼らはルールを変更して、もっとあなたたちを呼びやすい存在を使おうとしてるのよ。」
「Marita、君の善意には感謝しよう、だがまわりくどい言い方を並べていないで、何があったかだけ言うんだ。」
僕の声は怒りで震えていた。
「今周りに人がいてこの会話を聞いているかもしれなかったのよ。とにかく、今すぐワイオミングへ行って息子を守りなさい。少なくとも彼らが動き出す前に。」
「奴らは何がほしくてそんなことをするんだ？」
目の奥からズキズキと強い頭痛が襲ってきた。
「彼らが誰をほしがっているか、よく分かっているでしょう？」
「・・・Scullyか・・・。」
僕は深く息を吐いた。
「ええ。そして今おなかにいる子供も。そのために息子を使うつもりよ。選びなさい、モルダー。何があなたにとって一番大切なのか決めて、他は犠牲に出すしかないわ。」
「僕の家族は取引の材料なんかじゃない。いまいましいプロジェクトのために一人でも犠牲になんか出しはしない。奴らなど地獄に堕ちろ。だがなぜそんなに子供達をほしがるんだ？」
「あなたは数年前、エイリアンの残した石のかけらに反応したわよね。あなたの持つユニークな能力よ。でも残念なことに、その能力はC.G.B Spenderとの脳手術の際に失われてしまったわ。でも何らかの理由でDNAが変化したScullyから生まれた息子はその能力を受け継いでいて、しかも100倍は強い能力なのよ。しかもWilliamの場合、能力に支配されるんじゃなくて、彼自身が自分の能力を支配できるだけのずば抜けた力を持っていたわ。そして自分の能力を磨いて使いこなせていたと予想していたわ。でもJefferey Spenderにマグネタイトの合成薬を注射されて、その能力は消え去ってしまった。だからもう、あなたもWilliamもプロジェクトに使えなくなってしまったのよ。でもまだScullyの子宮から生まれてくる子供は同じ能力を持っている可能性が大きいわ。だからあなたたちをおびき出すために、これから生まれてくる子供を取るためにWilliamを餌として使うつもりなのよ。テレパシーの能力を持った子供、エイリアン達とコミュニケーションの取れる能力があるからこそシンジケートはほしいのよ。あなたの子供はその計画の資源だと考えられてるわ。彼らは計画のためだったらなんだってやるでしょうね。さあ、早く出る準備をするのよ、Mulder。行って、Williamを取り戻しなさい。」
電話はそこで切れ、ツーッ、ツーッと発信音だけが耳の中に響いた。
僕は携帯を手に持ったまま座り込み、自分がこれからすることの結果を予想してみようとした。
数ヶ月前にScullyが言った言葉が蘇り、頭の中をこだましていた。
“他の選択などない”
今の僕もその通りだ。
バスルームを出て、僕たちがほぼ3ヶ月の間“家”として住んだ部屋に戻ると、Scullyはまだ眠っていた。
僕は彼女の髪を撫で、これから彼女を取るか、子供達を取るかの選択を迫られないように、と祈りながら彼女を見つめた。
「Scully、起きてくれ。」
僕はそっと彼女の肩を揺らした。
「服を着て。Williamを取り戻しに行こう。」
-X-
〈Continued in Chapter 7〉
