DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
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and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : Dance Without Sleeping

作：Lydia Bower
訳：tomo

注：この作品は「メメント・モリ」でガンの宣告を受け、その後のエピで全快するまでの間、
スカリーがどうやって強く生きていくことを決心したのか、そして、どうやってモルダーが
彼女を支えたのかを描いた物語です。

*この作品はシーズン4「メメント・モリ」のスポイラーficです。
*作品には出血シーンが含まれています。
*この作品は18歳以下の方はお読みになれません。
*どうか以上のことをご了承の上お進み下さいませ。また、長めの作品ですので、できれば
お時間のあるときにゆっくりお読みいただけたらと思います。

Dance Without Sleeping �X　Comes the Darkness


私は光の中に浮かんでいた。
光以外は何もない・・・無の中に漂っていた。

彼らが何をしたのか分かっている。
体の一つ一つの細胞全てが、その時の衝撃を記憶していた。
でも、私は忘れようとしていた。
ただ真っ白な光の中を漂って、その時の記憶が流れてしまうように願っていた。
まるで繊細なクモの糸のように、神経が時間と記憶を交互に織っていくのを止め、急に記憶が
呼び戻されるまで、ずっとそれらを遠くに放棄していた。

考えることができなかったから。
考えようと思い出そうとした瞬間に、想像を超えた恐怖と、本能的に逃げようとする忘却の心地
よさが同時に湧き起こって、思い出すことはおろか考えることなど到底できなかった。

私は忘却の心地よさを選んで、今、まぶしい光の中に身を投げていた。

だがこの光がもたらしてくれる心地よさは、偽りの心地よさだった。
この光は、私の中の全ての恐怖の源、悪夢の要因、全てのいやな、苦しさの原因なのだった。
私の記憶と時間を盗み、偽りの優しさとあたたかさで私を包んでだましている。
ここにいれば安全だから、もう痛みはないから、と嘘をついてだましている。

心の暗闇を受け入れよう。

ペニー。
ペニーが近づいてきた。
私は囲んでいた彼らを憎んだが、この時は少し感謝もした。
ペニーがそばに来ることを許してくれたから。
「スカリー？」
スカリー？なぜペニーが私をそう呼ぶの？
彼女は私の手を取って優しく手の甲にキスし、もう片方の手にも優しくキスした。
おかしなことに、その優しい声と手の感触は、私の良く知ってる人と同じものだった。
「目を開けてごらん、スカリー。」

モルダー。

目を開けると、モルダーが優しく微笑みながら私を見つめていた。
「Hi。」
ああ、モルダーの声は何て心に響くのだろう。

私は手を上げて、モルダーの頬をそっとなでた。
「モルダー、来てくれると思ったわ。彼らを止めてくれたのね。」
でもモルダーは苦しそうに眉を寄せて目をつぶった。
まさか、彼らはモルダーまで傷つけたの？

モルダーは顔をずらして、手のひらにも優しくキスした。
彼にキスされたところから、血があたたかくなっていくようだった。
「スカリー、ここがどこだかわかるかい？」
もちろんわかってるわ、何言ってるの？ここは・・・。

急に背中に氷水をかけられたように、驚いて目を覚ました。
ここはあの場所でなく、病院だった。
ベッドの周りにカーテンが掛けられていて、腕にコードでつながれた機械から規則的な電子音が
鳴っていた。
カーテンの外で何人かの話し声が聞こえ、通り過ぎる人たちの影がうっすらとうつった。
目を伏せて自分の体を見ると、黒いドレスを着ていた。

〈そうだったわ。〉

「救命室？」
「そうだ。フェアファックス病院だ。何があったか覚えてるかい？」
私はモルダーの腕につかまりながら体を起こした。
「ええ、踊ってたのよ。」
モルダーは私の背中に枕を挟みながらうなずいて、ベッドの端に座った。
「スカリー、気分が悪くなったらすぐに言ってくれ。いきなり倒れるのはなしだよ、いいね？」
モルダーの表情から微笑みが消え、頬の内側を噛みながら顔をそらした。
「怖くて体中が震えたよ、スカリー。」
「ごめんなさい。」

あの時どうしたのか思い出した。
でも覚えているのはモルダーの腕だけだった。

〈それからどうしたの？ダナ。〉

私は彼らを思い出しそうになって心が縮み上がり、急いで頭からはねのけた。

〈思い出したくない。〉

「謝る必要はないよ、気がついて良かった。ずっと気を失ってたから・・・」
「どれくらい気を失ってたの？モルダー。私は覚えて・・・」

〈『覚えていない。』〉

デュエン・バリーに部屋に押し込まれ、私の時間を何ヶ月も奪われてから、何回この言葉を口に
しただろう。
もう数え切れないほどだった。

〈いえ、数えたくないのよ。〉

「君が気を失ってからすぐに救急車を呼んだんだ。でもあまりに遅いんで、僕の車に君を運んで
直接病院まで飛ばしたんだよ。」
私はモルダーに優しく微笑んだ。
「モルダー、そんなに気が短いと、いつかそれが命取りになるわよ。」
「君が死ぬよりずっといい。」
モルダーはそう言うと目を伏せた。
彼の腕にそっと手を置くと、顔を上げて、無理に私に微笑んで見せた。
「でも何があろうと、僕は決して君から離れないよ。」
私たちは見つめ合ったまま黙りこくった。
モルダーは親指の爪をかじりだし、私は手をゆっくり握りしめた。

「ああ・・・、ドレスを切られるのをなんとか防いだよ。ハサミで切ろうとした看護婦に、君が
とても怒りやすい危険なFBI捜査官で、もし切られたことを知ったら銃を持ち出すだろうって
言ったんだ。」
私はもう一度ドレスを見直した。
「よく切られるって分かったわね。」
「救命室でのマニュアルを覚えていたからね。もし君も気がついていたら、その時の看護婦の顔を
見てきっと大笑いできたよ。」
私たちは見つめ合って微笑んだ。
「家に帰りたいわ、モルダー。」
「ドクターの診断を聞いてからだよ。」

〈ドクターなんて嫌いだわ。〉

「ただ気を失っただけよ。もう本当に平気。」
モルダーは一瞬顔をしかめ、でもすぐに無理矢理微笑みを作った。
「スカリー、君はただ気を失ったんじゃないんだ。普通の場合、君のように気を失いながら
暴れたりしないだろう？とにかくドクターを待つんだ。」
私は抑えきれないほど苛ついた。
「モルダー、いつから私の行動にあなたの許可がいるようになったの？」
モルダーは顔をそむけた。

「やめてくれ、スカリー。」
「それなら保護者みたいなこと言わないで。」
モルダーが眉をひそめて振り向いた。
「僕は別に・・・」
「私以外に私の体のことをわかる人なんていないはずよ、病気の進行も、症状も、治療も全部私の
体が受け止めてるのよ。今夜自分の体に何があったのかは、ドクターじゃなくて自分が一番良く
知ってるわ。」
「じゃあ、一体何があったんだ？」
「幻覚を見てストレスが生じたのよ。それが引き金になって気を失っただけだわ。」
こんな理由じゃ説明になってない。
モルダーにもきっと分かってる。
モルダーはただ黙って微笑んで、私にもっと説明して見ろとでも言っているみたいに動かなかった。

とうとうモルダーが沈黙を破ってベッドに近づいてきた。
「幻覚か。」
「そうよ。」
「失ってた記憶が甦ったんじゃないのか？」
「あやふやな記憶が幻覚とどう違うというの？モルダー。」
モルダーは眉を寄せて首を振った。
「記憶が戻ったんだろう？」
「さあね。」
「思い出したことをよく覚えておくんだ、スカリー・・・、そして何が起こったか完全に思い出す
んだよ、全て。」
あまりに熱を帯びた声でモルダーがせまってきて、私は怖くなってきた。
「どうして？なぜ私の記憶を取り戻すことがそんなに大事なの？」
モルダーはベッドから離れて背を向け、腰に手を当ててため息をついた。
「わかったよ、スカリー。知らないふりをしたいんだね。」
突然、ペニーが死んだ病院の廊下でモルダーが言った言葉を思い出し、氷のような短剣が胸を
突き刺した。
「何か知ってるのね？モルダー、そうでしょう？何か隠してるのね？」
モルダーはどちらともつかない表情で、ゆっくり振り向いた。

突然カーテンが引かれてドクターが入ってきた。
私はホッとしたようなモルダーの表情から目をそらさなかった。
〈この話はまだ終わってないわ、モルダー。ただ次に持ち越しただけよ。〉

ドクターに、月曜日に自分の担当医の診察を受けるようにと言われ、私たちは病院を出た。
家に向かう車の中で、ずっとモルダーは黙り込み、私は疲れすぎて、またあの話をすぐに持ち出す
気になれなかった。
それとも、ただ聞くのが怖かったせいなのか・・・わからない。

あいまいな気持ちのまま私の部屋に着くと、モルダーはすぐにベッドに入るようにと言った。
モルダーがキッチンでハーブティーを入れている間に、私はベッドルームでパジャマに着替えたが、
眠るどころか熱病に浮かされるような気持ちが湧いてきた。
この気持ちは、これから悲劇と破滅を誘おうとしているのだろうか？
私に分かっているのは、『今自分の欲しいものを、必要なものをしっかりつかめ』とこの心が警告
していることだけだった。

〈私がほしいのはモルダーだけ。〉

着替えてベッドルームを出ると、リビングのカウチにモルダーが座って顔を手で覆っていた。
彼は泣いていた。
そっと静かに近づいて、震える肩に手を置いた。
「モルダー？」
モルダーは顔を上げると急いで涙と鼻を拭いて、カウチの背もたれから体を起こした。
「Hey、スカリー、お茶が入ったよ。」
モルダーの声は涙でかすれて、震えるように低かった。
私は隣に座って、彼の膝に手を置いた。
「モルダー教えて、どうしたの？」
モルダーは作り笑いをして答えた。
「何でもないんだ、スカリー、心配しないでくれ。大丈夫だから。」
「モルダー、私にも教えて。私にも分けて。」
モルダーは悲しそうに微笑んだ。

モルダーを力いっぱい抱きしめたい。
彼に触れて、ずっと背負ってきた心の痛みを少しでも取り除いてあげたい。
傷ついて空いてしまった穴をふさいで、彼の心を満たしてあげたい。

〈私にとってあなたは一番大切な人なのよ。私を救い続けてくれているのは、あなただけなのよ。〉

モルダーにこの気持ちを知ってほしい。
まだ間に合う内に。
「私にも分けて、モルダー。」
モルダーの顔を手で包み込み唇を近づけると、彼はまぶたを閉じた。

私はそっとモルダーの濡れた頬に、まぶたにキスを降らせて彼の涙を味わった。
彼の額に、まっすぐな鼻に、ひげの生えかけた頬、あご、唇の角。
モルダーはじっとしていたが、肌に彼の熱い息を感じた。
「私にも分けて、モルダー。私にもあなたを幸せにさせて。」
彼のあごのラインに、顔の輪郭に、彼のシルクのような髪を撫でながら。
もう一度まぶたの上に、唇の角に。

突然モルダーが乱暴に私を抱き寄せ、深く、狂ったように激しくキスした。
私たちはお互いに持ってる怖れの気持ちを舌に乗せて、からめあいながら味わい、息がこぼれる
ほどきつく抱きしめ合った。
モルダーは私の背中にまわしていた手をお尻に下ろしてしっかりつかみ、腰を押しつけ、私も手を
彼の腰にまわして抱きしめた。
モルダーののどの奥から深いうめき声が聞こえ、彼は腰を少し浮かせて私の手を彼の張りつめた
部分へ導いて押しつけた。
私は布地越しに、指の下で固く張りつめている彼を感じた。
モルダーは私のうなじに唇をはわせて肩のつけねに甘く歯を立てた。

欲しい。
モルダーが欲しい。
死にもの狂いのような彼の情熱が欲しい。
体中に、そして体の内にもモルダーを感じて包まれたい。
灼けるように熱く、固くて強い彼を、そして彼の命のほとばしりを子宮で受けとめたい。

死ぬ前の思い出に。
そしてモルダーに思い出を与えてあげたい。
私がいなくなった後の慰めとして。

突然モルダーが唇を離して腕を放し、彼の腰にまわしていた私の腕もそっと元に戻した。
私は驚いてモルダーを見つめた。

彼の瞳にはまだにぶい炎が燃えていた。
「どうしたの？」
「スカリー、今はだめだ。」
モルダーは息を切らしながら、濡れた唇でつぶやいた。
私がキスしようと起きあがると、モルダーはそっと私の頬に触れて止めた。
「私が欲しくないの？」
モルダーは私を見つめながら笑った。
でも笑顔はすぐに消えて、哀しそうな表情に変わった。
「君が欲しいよ。何より欲しい。」
「それならどうして？」
モルダーは体を起こして顔をしばらくなでながら、低くうめくような声を出してから話し出した。
これはいつも“まずいことが起こった”時にする癖だった。
「スカリー、本当は僕を憐れんでいるんじゃないのかい？僕は同情されたり、同情しながら君と
愛し合いたくないんだよ。」

本当のことを言い当てられて、私の心は傷ついた。
いつもの私だったら今のモルダーの言葉をそのまま言っていただろうに。

〈その通りよ。〉

でもモルダーに強い視線でまっすぐに見つめられて、何も言えなくなってしまった。
私は力が抜けたように座り込んだ。
呆然として、火がつくほど恥ずかしかった。


私は下を向いて手を見つめた。

「Hey。」
モルダーは指先で私のあごを上げて目を合わそうとした。
「スカリー、僕たちはずっとお互い求め合って、必ず愛し合えることを分かってただろう？でも、
こうじゃない。僕たちが愛し合うときは、喜び合って求め合いたいんだよ、スカリー。決して別れの
挨拶なんかじゃない。それに、僕は君が与えてくれることをただ受け止めるだけの男にはなりたく
ないんだよ。これから死ぬことでなく、君が生きると・・・そう心に決めて僕を愛してほしいんだ。」
私は涙が浮かんできて、彼の目を見つめられなくなって横を向いた。
「その通りだわ、モルダー。ごめんなさい。」
モルダーは頭を下げて、私の唇に優しく、ゆっくり、名残惜しげに深くキスした。
「謝らないでくれ、スカリー。コンプレックスになりそうだ。」
「そんなつもりは・・・」
モルダーはキスで私の口を封じた。
「わかってる。」
モルダーは私を腕の中に包み込んで、重く深いため息をついた。
「人生は時々つらいな。」
「モルダー・・・」
モルダーはそっと、でもしっかりと手で私の口を覆った。

「もう言わないでくれ、スカリー。でないと力ずくでも黙ってもらうよ。」
「脅かしてるつもりなの？モルダー。」
「いや、そんなこと夢にも思わないよ。さあ、もうベッドで寝る時間だよ。今夜はもう僕は
眠れやしないよ。」
モルダーは立ち上がると手を差し出した。
「さあ、スカリー、おいで。ベッドルームに閉じこめてあげるよ。」
まだ寝る必要はないと反論したかったが、モルダーの手に自分の手を重ねると彼の愛が波のように
伝わってきて体中に力強く流れ、とても言えなくなった。
モルダーがそばにいれば、そこはどんな所より安全だった。
たとえ世界中から見放されて孤立しても、二人でいればどんなものにも立ち向かう勇気が出てくる。
私たちはお互いに力を与え合い、一人でいるときよりもずっと強くなることができるのだ。

時々私は不思議に思うことがあった。
人生には必ず終わりがある。
でも人は皆生きてる間、終わりがいつかを知らないまま目標に向かって、もっと生きながらえようと
してもがいている。
たとえその人が死んでも、地球は毎日変わらずに回り続けているのに、と。
でも、今やっと私はわかり始めた気がした。
人が出会って愛し合う、そんなシンプルなことが一番大切で、その愛のためになら死を前にしても
あきらめずに、いくらでももがくことができるだろう。
愛に包まれ、私も愛情を注いで二人で育む。
そんなことができる人生は、本当に幸せだろう。
そして今、私にもそれができるようになったと思った。

「モルダー、部屋は十分あるけど、今夜は泊まってとは言えないみたいね。」
モルダーは私をベッドルームの中に入れて、私のあごをそっと指で持ち上げた。
「誘惑しないでくれ、スカリー。もしもう一度誘われたら、さっきの決心もあっという間に
なくなってしまうよ。」
モルダーは冗談めかして言ったが、瞳は笑っていなかった。
私は自分の言ったことを一瞬後悔したが、彼にきつく抱きしめられてそれ以上考えられなくなった。
全身を包み込まれるように抱きしめられて、本当にモルダーに愛されていることを感じて嬉しく
なった。
今夜は彼は体でなく、私の心を残すところなく全て抱いたのだ。

モルダーはかがみ込んで額にキスした。
「また明日。」
モルダーはドアへ向かった。
「モルダー・・・。」
彼は振り向いて私を見つめた。
私は何とか言葉を話そうとしたが、彼のまなざしを見たら何も言えなくなってしまった。
私はモルダーを見つめて、言葉をまなざしに乗せて見つめ返した。

〈モルダー、あなたが欲しい。〉

今夜も、明日も、永遠に。

私のまなざしの言葉を受け取って、モルダーは静かに微笑んだ。
「分かってるスカリー、僕もだ。」
私は目をつぶって、今夜私たちが甘い夢を見られますように、と祈った。

もう暗闇に包まれても、怖くない。



XOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXO

Dance Without Sleeping �Y　Verities


私が悪夢にうなされるようになり、モルダーはカウチで眠れなくなった。
私がうなされるとモルダーはすぐベッドに移動してきて、安心させてくれた。
彼に抱きしめられないと眠れず、一人で夜をすごすことができなかった。
しかもそれでも眠れない夜もあった。
モルダーはきっとほとんど眠れていないだろう。

恐怖にあえぎながら目を開き、心臓をドキドキいわせながら激しく息を切って目覚めた。
いつもわたしがこんなふうに目を覚ますと、モルダーが私をしっかり抱きしめてそっと揺らし、
優しく背中を撫でながら安心させるように話しかけてくれた。
私はモルダーの声を聞いてようやく息を整え、気持ちを落ち着けることができた。
モルダーは私をそっと横に寝かせて、背中に彼の胸をぴったりとつけて守るように抱きしめ、
私がまた眠るまでずっとそうしてくれた。
モルダーは私の盾、そして悪夢から守ってくれる竜の騎士だった。

おかしなことだけが私が悪夢を見だすと、モルダーはいつもの悪夢を見なくなった。
でも私の悪夢のせいで、彼をよけいに悩ましてしまっているのがつらかった。
誘拐されていた間の漠然とした記憶が大きくふくれて悪夢になり、毎晩私を脅かした。
しかも悪夢はそれだけでなく、他の忌まわしい記憶も織りまぜられていた。
デュエン・バリー、ドニー・ファスター、ロバート・モデール、ユジーン・トゥームズ、
ルーサー・ボグズ、そして肺ガン男。
かつてこれらの記憶は思い出すことはあっても、決して悩ますような事はなかったのに。
夢の中で皆怪物に変わって私を襲ってきた。

〈せめてモルダーの見ていた悪夢だったら。〉

モルダーはたった一つの悪夢を、繰り返し繰り返し見ている。
最低でも筋が一貫していて、何が起こるか分かっている。
私の夢は一つ一つ全て違っていた。
そして時にはそれらが組合わさり、私の息の根を止めようと押しつぶしてきた。

もう暗闇は恐ろしいものに変わってしまった。
でも、私にはモルダーがいる。

XOXOXOXOXOXOXOXOXOXO

私たちはもうずっと、記録的なほど外に調査に行かなかった。
モルダーは私の反論に一切耳を貸さず、地下室での雑務の仕事を選んだ。

週の初めにスキナーが私を呼び出し、最近の非活動的な調査状況は、私の体調が原因なのかと
尋ねてきた。
彼もまた心配してくれていた。
私はスキナーを安心させるように、最近の体調を話した。
私は大丈夫。
時々起こる頭痛と出血を除けば・・・私は・・・大丈夫。
何か他の言葉を見つけるようにしなければ。
“大丈夫”ばかりでは、病気だと言っているのと大して変わらなくなってくる。
昼も、夜もモルダーと一緒に過ごした。
モルダーは地下室でどっさりたまった書類と格闘して、常に私の分も気にかけていた。

私はもう一度、ペニーが死んだときに誓った言葉の通りにしようとしはじめた。
モルダーには隠していたが、私は仕事が終わると、ほとんどの時間を新たな治療法がないかと
調べ続けた。
医療誌を片っ端から読み、記事を調べ、まだ出ていない分析結果も自分で調べようとした。
教授や医者、研究員達と話し、私の調べた調査結果を見てもらった。
モルダーも自分一人で調査しているようだった。

先週モルダーがDr.スカンロンについて調べたことを持ってきた。
彼は一人で調べ、一人で悩み、一人で抱え、打ちのめされていたようだった。
私はそのことをケンカの口実にして、モルダーが告白する前に自分のアパートに追い返した。
多分その夜はモルダーにとって、ほとんど一ヶ月以上帰っていなかった自分の部屋に戻って過ごした
一晩だったと思う。
その夜私は眠れなかった。
きっとモルダーも眠れなかっただろう。
次の日の昼にモルダーは戻ってきて、私たちは一緒にベッドに倒れ込み、腕も脚も絡ませながら
翌朝まで眠った。
もう私にはモルダーと出会う前の自分が思い出せなかった。
それに、もうそんな記憶はいらない。

XOXOXOXOXOXOXOXOXO

私は無力で、虚ろで、無意味な存在なのかもしれない。

モルダーが全て話してくれた。
Dr.スカンロンがどれだけ深く陰謀に関わり、MUFONの女性達の死にも関わっていたのか。
カート・クロフォードはタンクの中で培養されたハイブリッドだったこと。
冷たいステンレスの貯蔵庫の中に、私のものを含めた人間の卵子が保管されていたこと。
私にこんな事全てをすぐに信じることはできなかった。
なぜなら現在の医療技術では、卵子を凍結させて無傷で保管するなんてできないことだったから。
それに私の月経周期は決められた日に毎月狂わずに来て、何のホルモン不足も変化も見られなかった。

でも、モルダーが言うことが現実の、本当のことだということも、よくわかっていた。
モルダーが話したことを頭から否定してしまうことは簡単だったが、よく自分の体に起こった
こと・・・埋め込まれていたチップのことを考えると、そうはできなかった。
私はモルダーだけを信じている。
彼が私にとっての真実だから。

なぜモルダーがこれまで私にこのことを隠し続けて悩んだのか、その気持ちはよく分かった。
このことを打ち明けるには、大変な勇気と、痛みが強いられるから。
彼の告白は本当に尊敬に値すべき事だと思う。
でもわからないことがある。
なぜモルダーは今、私に打ち明けたのだろう？
秘密を背負い続ける重圧感に耐えられなくなったのだろうか？
それとも罪悪感？
モルダーは理由を言わなかった。

私は彼の告白にどう反応していいか分からなかった。
心はすっかり麻痺してしまって、
空っぽになっていた。
知った瞬間に心に鉄の扉が閉められて、石のような心に変わってしまったようだった。

私はこれまで子供を作ることについて考えたことがなかった。
いつも仕事のことを考えて、特にXファイルで仕事を始めてからは、よけいにそんなことを考える
余裕はなかった。
だから私に子供ができないことを突然知っても、急に嘆き悲しむことはできなかった。
ただ、私の体の機能を勝手に奪われたのだ。
これまであったはずの子供を持つ選択権を、私は失ってしまったのだ。
私の人生を勝手にコントロールされたのだ。

私は混乱してしまい、日増しに攻撃的になっていった。
私にはこのことで、自分の心が傷つき尽くして麻痺してしまい、もう何も感じなくなってしまうん
じゃないかと怖くなりはじめてもいた。
戦地からの帰還兵が、なかなか心の傷を癒せずに後遺症になるのと同じように、パニックと、恐怖と、
麻痺が私の中を占領しようとし始めていた。

〈知ったとき本当にショックだった？毎日痛みや出血の恐怖に耐えて、目の前に死がぶら下がってる
今、それを知ってちゃんとショックを受けられた？〉

私はすっかり混乱して、どうしていいか分からなかった。
もうどう感じたらいいかも分からない。
私は自分を見失ってしまった。

〈誰が私をこんな体にしたの？なぜ彼らは裁かれないの？なぜ彼らはこんなことを続けているの？〉

ペニーに、ベッツィーに、私に、そして多くの人に。

〈なぜ？〉

答えは毎日変わり、すぐ指の間からすべり落ちていった。
こうしている間も、私を傷つけた奴らが今でもぬくぬくと活動している場所に、まだ人々の卵子は
保管装置に入って利用される時を待っている。

私は答えがほしい。

真実がほしい。

でも私がそれらを見つけることはできないだろう。
私は希望を失ってしまったから。

私は自分に絶望した。

XOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXO

モルダーが私を挑発している。
一日中彼は私にくっついて離れなかった。
いつものようにそばにいるのではなく、邪魔になるほど近づきすぎるのだ。
何かするたびにモルダーの体がぶつかってきた。
モルダーは私が動くたびに後ろに、横にぴったりつき、ぶつかるたびに「ごめん」とつぶやいて
一歩下がり、でもまたすぐにくっついてきた。
彼が何のためにそんなことをしているのか全く分からなかったが、何か理由があってわざとやって
いることは分かっていた。

オフィスでの仕事を終え、夜に私の部屋へ一緒に帰っても続いた。
部屋でもずっとモルダーは一人で座ることなく、私の後をついてまわって挑発し続けた。
食事の準備をしている間中私たちはバンパー・カーのようにぶつかりあい、あまりに苛ついて
野菜を切るために包丁をにぎると、別の考えまで思い浮かぶほどだった。
テーブルについても、モルダーは今度は脚をのばして私の脚を小突きだした。
コショーに手を伸ばそうとすると、すかさずモルダーも手を出して激しくぶつかった。
私は彼をにらみつけた。

〈なぜこんなことをするの？〉

食事が終わってもまだ続いた。
シャワーを浴びようと立ち上がるとモルダーも立ち上がって、手に持っていた本に視線を置いた
ままついてきた。
私は廊下の壁に寄って、モルダーが通りすぎられるように道をあけた。
しかし彼はまた機械仕掛けのように私の方に向き直ってぶつかってきた。

「やめて！」
私は考えるより早くモルダーの体を強く押しのけた。
彼はバランスを崩してよろめき、壁にあたって持っていた本が床に落ちた。
それなのに彼の瞳はどこか満足げに笑っているような表情だった。

モルダーは一歩前に進むと私の顔の横の壁に手をつき、私が反対側に逃げようとするともう一方の
手をついて、腕で作った檻の中に私を閉じこめた。
「どうかしたのかい？スカリー。」
低くささやくモルダーの声に、ふざけてる様子はなかった。
「どいて！」
「いやだ。」
モルダーは顔を近づけて目を合わせようとしたが、私は顔を背けて彼の目から逃げ、胸元をじっと
見つめた。
そして急に頭を下げて腕の下からくぐり抜けようとしたが、彼は私の動きに合わせて腕を下げ、
私を逃さなかった。
私の中で極度の苛つきが怒りに変わって火がついた。

方向を変えてリビングに逃げようとするとモルダーの顔が更に近づき、熱い息が首にかかった。
私は彼の腕の中でもがくのをやめて、もう一度強く押しのけようとした。
「やめてって言ってるでしょう！」
「いやだ。」
私は思いきりモルダーを突き飛ばしてリビングのカウチに座ると、すぐモルダーも追いかけて隣に
ドサッと座った。
「モルダー、何のゲームか知らないけど、今そんな気分じゃないのよ。」
「気分も何も、僕なんか目にも入ってないだろう？それに何をする気もないくせに。違うかい？」
私は怒りを込めてモルダーをにらみつけた。
もう彼を撃ってしまいたかった。
「一体どういう意味？」
「アイスクィーンの心が本当に氷でできてるか確かめてるだけだよ。」

〈一体どうしてそんなひどい言葉が言えるの？〉

私は彼の前に立ち上がった。
「何ですって？」
モルダーもゆっくりと立ち上がった。
彼の瞳は冷たい光を帯びていて、石のように無表情だった。
一番危険なモルダーの表情だった。
「何か気にさわったのかい？」
「モルダー、いい加減にして！」
「どうしたんだ、スカリー。君は僕の言ったことをまるで無視して、心を隠してるじゃないか。
それでご満足なんじゃないのかい？自分一人で抱えて、僕のこともずっと無視し続ければいい
だろう？」
こんな言葉をモルダーの口から聞くなんて思いも寄らなかった。

更にモルダーは怒りに燃える私をもてあそぶように、腕を伸ばして肘を小突いた。
私は腕を振り払いながら彼をにらみ続けた。
何かモルダーに怒鳴りつけたいのに、さっき言われたことのショックで何も言葉が浮かんで
こなかった。
モルダーは雄牛のように強いまなざしで私を見下ろし、熱のこもった声でささやいた。
「少しは感じるかい？スカリー、傷ついた？心に血が通ったかい？」
素早くキッチンに逃げ込んでも容赦なくモルダーは追ってきた。
「ちゃんと聞こえるようにもう一度言おうか？」
私を捕まえようとするモルダーの手から何とか逃れようともがいた。
「奴らが君の体をテストしていた間目を開けたか？奴らがチップを埋め込んだとき、
何か感じたか？傷ついたかい？苦しかったかい？」
「やめて・・・。」
私は続けざまに傷つけるモルダーの言葉に動けなくなり、ただ彼をにらみつけるしかなかった。
「スカリー、奴らが何をしたか君は気がついていたか？奴らは針や器具を使ったのか？
天井につるされたドリルが頭めがけて下りてきて、君はどうした？奴らが君の卵子を集めている間、
何をされてるか気がついていたかい？首の後ろにチップを埋め込められてどう感じた？どう痛かった？
言うんだ！」
「やめて！」
私はキッチンの奥に逃げ込みながら手当たり次第に物を彼に投げつけた。

〈思い切り殴ってその口を黙らせたい！考えたくない！思い出したくないのよ！〉

モルダーは平手打ちしようとした私の両腕を捕まえ、手首をつかんで動けなくした。
私は顔がまっ赤になり、もう怒りが止まらなくなった。
手首を捕まれたまま暴れ、もがいて彼に体当たりした。
まるで大きな怪物相手に、子供が死にもの狂いで暴れて攻撃しているような無様な姿に見えても
かまわなかった。
突然モルダーは私の手首を離して、無防備に打たれるままになった。
彼の胸を、肩を、首を、腕を打つたびに私の中の怒りが爆発し、心の中の全ての感情が一気に
燃え上がった。

〈私をこんな目に遭わせた奴を殺してやりたい！誰が私をこんな目に遭わせたの？なぜ私をこんな目
に遭わせるの！なぜ私の夢や希望まで打ち砕くのよ！そしてモルダーの夢や希望も！〉

私の未来を奪った。
私の全てを奪い去ろうとしている。
許せない。間違っている。
なぜ私にこんな事を？
どう納得しろと言うの？

〈奴らに罪を償わせたい！どこまでも奴らを追いつめて仕返しをしてやる。私は絶対負けたり
しないわ。おとなしく死を待つなんて自分が許さない！これは私の人生よ、指一本触れさせ
ないわ！これ以上奴らに操らせないわ！〉

私はいつのまにか声に出して泣き叫び、悲鳴のように問い続けていた。
勢いづいてよろめくと、モルダーが支えて私の体を全て包み込むように抱きしめ、腕も、背中も、
髪も、顔も優しくなでた。
私はモルダーの胸の中で大声で泣いた。

熱い涙が心に降りそそぎ、炎を一気に燃え上がらせ、そして鎮めていった。

モルダーがきつく私を抱きしめながらささやいた。
「そうだ全部出すんだ、スカリー。全部吐き出せ。そうさ、わかってるよbaby、それでこそ君だ。
僕はここにいる。どこにも行かない。君を絶対離さない。だから全て吐き出すんだ。」
私たちは抱き合ったままゆっくりと床に沈み込んだ。
モルダーはまるで鷲が大きな翼を広げたように脚を大きく広げて、私の背中から足まで包み込み、
片手で私の頭を包み、もう片方の手で腰をしっかりつかんで引き寄せた。
私は力を出し切って疲れ切っていた。
あふれていた涙は流し尽くして枯れ、まぶたが重く腫れだしていた。
モルダーはクスッと笑ってキャビネットからペーパータオルを何枚かちぎり、私の鼻にそっと
あててふいた。
私は彼の手からペーパータオルを受け取って鼻を拭き、大きく鼻をかんだ。
モルダーはペーパータオルを丸めてゴミ箱にトスして、私の髪をゆっくり撫でた。

「モルダー、奴らに私の人生は奪えないわ。」
私の声は涙でまだかすれていた。

「私は戦い抜くから。」

モルダーは私をきつく抱きしめて、耳元でつぶやいた。
「やっと戻ってくれたね、スカリー・・・。」

私は大きく深呼吸した。
今になってようやくモルダーが何をしたかったのかが分かった。
モルダーは私のことを打ち明けてから、今日までずっと私の絶望した様子を心配して、そして
こうやって胸にたまった怒りを全て吐き出させて解放させようとしてくれたのだ。

モルダーは私なんかよりも良く私の心を知っている。

私は自分の中に怒りを封じ込めて、無視することで心に平穏をもたらそうとしたが、本当は
そのことが自分の心を打ちのめし、偽れば偽るほど苦しめ、麻痺させていることが分かっていた。
でも私はあまりにも頑固で、自分の傷を素直に受け止められなかった。勇気もなかった。

〈でもモルダーには、心の奥に隠している怒りと恐怖を解放することで、私がまた強さを得られる
ことが分かっていたのね。〉

心の奥をあばこうとするモルダーを、さっきまでの私が本能的にわかって、怖れたのだ。

〈でも、今は違う。〉

今私は心の底から安心して呼吸し、もうなんの恐怖も感じなかった。
誰にもモルダーのようなマネはできない。
モルダーだけが私の心に触れられる。

「ごめんなさい、モルダー、殴ってしまったわ。」
「平気さ、何てことないよ。撃たれたら別だけどね。」
私たちは声を合わせて笑った。
私は久しぶりにダナ・キャサリン・スカリーに戻って笑った。

〈ああ、何て気持ちいいんだろう。〉

これまでガチガチに固まってた自分を、涙と笑顔で吹き飛ばして、新しく生まれ変わったような
気分だった。

私は生きる。

私はなんて長い間死に怯えて無駄な時間を過ごしてしまったんだろう。
自分で自分の心を殺してしまっていた。
でももう平気よ。

〈私は生きるわ。〉

モルダーがゆっくり立ち上がって、手を差し出した。
私はモルダーの手を握って立ち上がりながら、驚くほどの彼の強さに感謝していた。
もしこのことを本人に言ったら笑うかもしれないが、彼は本当に勇気がある。
そして優しくジョークを言って流してくれる。
モルダーは自分以外の人の希望を絶望の中からすばやく見つけることができ、救うために惜しみ
なく力を貸すことができる人なのだ。

モルダーは私の頭にキスするとリビングに向かった。
「映画が始まるまであと15分あるよ、スカリー、シャワーを浴びておいで。」
「何の映画？」
「“War of the worlds”、名作だよ。15分後にこのカウチで待ち合わせだ。デートだろ？」
「ポップコーンも買ってくれる？」
「ああ、チョコバーもあるよ。」
「それはパスするわ。」
私たちは微笑みあった。
「ありがとう、モルダー。」
私はつま先立ちしてモルダーの唇にそっとキスした。
彼は小さくうなずいてバスルームの方へ顔を向けた。
「さあ、早くしないと始まるぞ。」
私はバスルームへ歩きかけて立ち止まり、キッチンでポップコーンを作り出したモルダーに声を
かけた。
「モルダー。」
「ん？」

「私は生きるわ。」

この一言の宣言には、たくさんの意味がこもっていた。
モルダーは振り向いてその意味を全部受け止めたように私を見つめ、安心したように微笑んだ。

「それでこそ君だ。」


最後の心の壁が、塵になって崩れ落ちた。

To be continued...........