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DISCLAIMER: The characters and situations of the television program
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox
Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.
TITLE
: Dance Without Sleeping
作：Lydia
Bower
訳：tomo
注：この作品は「メメント・モリ」でガンの宣告を受け、その後のエピで全快するまでの間、
スカリーがどうやって強く生きていくことを決心したのか、そして、どうやってモルダーが
彼女を支えたのかを描いた物語です。
*この作品はシーズン4「メメント・モリ」のスポイラーficです。
*作品には出血シーンが含まれています。
*この作品は18歳以下の方はお読みになれません。
*どうか以上のことをご了承の上お進み下さいませ。また、長めの作品ですので、できれば
お時間のあるときにゆっくりお読みいただけたらと思います。
霊感や超能力なんかなくても、電話のベルがモルダーからのものだとすぐわかった。
「帰ってきたばかりなのよ、モルダー。」
『もしもし』という間もなく受話器に話しかけた。
「スプーキー・スカリー。」
「それはあなたでしょう？スープーキー・モルダー。」
モルダーが電話の向こうでクスッと笑う声が聞こえた。
彼も受話器を耳に当てて楽しそうにしている姿が、くっきりと目に浮かぶようだった。
〈私とモルダーにはTV電話なんていらないわね。〉
「Hey,ピザを買ったんだけど、ちょうど二人分あるんだ。持っていくから一緒に食べないかい？」
「モルダー、ここに着くまでにピザは冷めちゃうわよ。」
「いや、今部屋からかけてるんじゃないんだ。」
私は驚いて眉を上げた。
「近くにいるの？」
「窓から見て。」
窓に近づいてブラインドを指で開いて窓の外を見ると、道の反対側にモルダーの車が停まっていた。
車の屋根の上に白いピザの箱を乗せて、モルダーは耳に携帯電話をあてながら車の窓から身を乗り
出し、こっちを見ていた。
私が微笑むとモルダーも微笑んで、同時に電話を切った。
最近こんな事が増えている。
二ヶ月前にペニー・ノーサンが私に看取られながら亡くなり、私が仕事に戻ることを決心してから、
モルダーと私の間に暗黙の約束ができていた。
それは、彼が仕事中これまでと変わらない態度で私に接すること。
その代わり私のオフの時間に彼が来て一緒に過ごそうとしても、文句を言わないこと。
それは私にとってとても難しい約束だった。いえ、きっとどちらにとっても。
モルダーにわかってもらえるか分からないけれど・・・彼と一緒に仕事以外の時間を過ごすという
ことは・・・私にとっては嬉しくもあり、つらい時間でもあったのだ。
時に一人で丸くなって近づいてくる死を考え、声を殺して涙を流しているような夜に迎え入れるのは
つらかった。
こんな思いを抱えて会うのはとてもつらかった。
フォックス・モルダーに会うのは。
ドアにノックの音が響いた。
私ははっと気がついて目を伏せた。
〈今夜きちんと言おう。それとなくほのめかしただけでは、彼には伝わらない。〉
ドアの鍵を開けて彼を招き入れた。
「モルダー、ノックじゃなくて、合い鍵で開けていいのよ。」
カウチの端に膝を抱えるように座りながら、モルダーを見上げた。
モルダーは私と目を合わせたままテーブルにピザを置き、肩からコートをすべらせた。
「いいのかい？」
「ええ、いいわよ。そのために合い鍵を渡したんだから。あなたに隠すようなものはないもの。」
モルダーはさっと私から視線を外した。
「でも例えば・・・つまり、君がバスタイムだったり着替えをしている最中だったら・・・。」
「これからドアを閉めて着替えるから、大丈夫よ。」
「怖がらせたくないんだよ。」
「あなたを怖がったりなんかしないわよ、モルダー。」
「いや、そう言う意味じゃなくて・・・」
モルダーは私の心を何とか読もうとしているように、私をじっと見つめて言葉をとぎらせた。
いえ、心を読むのではなく、私が言った答えの裏に隠された言葉を読みとろうとしているようだった。
でも私の言った言葉に裏はなく、真実の答えだった。
何も今私を怖れさせるものなんてない。
私の命は、まるで終わりに向かってまっすぐに進むトンネルの中をくぐるように、日々細く少なく
なっている。
トンネルの中にはモルダー、私、仕事、そして病だけしかなかった。
私の心、信念は最初の三つにすべて捧げられ、残る病には・・・怒りを。
最初は恐ろしかった。
ガンはゆっくりと静かに、でも確実に症状を現してきていた。
でも今は怖くない。ただ怒りを感じるだけ。
何もできずに症状に身を任せるだけの、無力な自分への怒りがわいてくるだけだった。
モルダーが私の瞳から真実を受け取ってもらうまでの二、三秒の間、彼の瞳をじっと見つめ返した。
私は仕事の時も含めて、いつも彼には本当のことを話し続けてきた。
それに今の私にはもう、彼にごまかしを言うような気持ちも、時間も許されていない。
モルダーの瞳の色がヘーゼルからグリーンに微妙に変わった。
彼は静かに唇の端を上げて微笑み、ゆっくりうなずいた。
「わかったよ、スカリー。うれしいよ。」
モルダーはそう言うとキッチンへ向かい、またつぶやいた。
「わかった。」
キッチンからグラスが重なる音とモルダーの声がした。
「アイスティー？ジュース？水？」
「ワイン。冷蔵庫の下の棚に入ってるわ。栓抜きは・・・」
「わかってる。」
モルダーがキッチンを歩きながら答えた。
「あったよ、グラスに入れて持っていくから。」
私はピザの方に向き直って箱を開けた。
まだ熱くてスパイシーなチーズのいい香りが広がり、目をつぶって香りを楽しんだ。
一枚の半分がいつも私がオーダーするトッピングになっていて、マッシュルームやオニオン、
それにピーマンがのっていた。モルダーの分はそれにソーセージもトッピングされていた。
以前アパートの入り口のメールボックスで、部屋の向かい側に住むミセス・ボテンフィールドさんは、
てっきりモルダーが私の部屋に住んでると思って、「一緒に住んでる方って素敵ねぇ。」と話しかけ
てきた。
そう思ってしまうのもよく分かる。
モルダーは自分の部屋にいるより、この部屋で過ごすことがずっと多かったから。
モルダーは私のクローゼットの中にスーツを1、2着置いていて、引き出しにはTシャツ、ジーンズ、
靴下や下着、古くてボロボロのスニーカー、それにケバケバしい柄のネクタイがいつの間にか揃って
いた。
バスルームには彼のハブラシやひげ剃りもあって、彼が好きなCDやビデオがリビングの棚に並んで
いた。
モルダーは部屋に来るたびにいつも自分の持ち物を持って来て、おどおどしながらためらいがちに、
置いてもいいかと尋ねた。
最近の彼はとても思いやりがあって礼儀正しすぎるので、時々以前のように自信過剰で横暴な彼を
懐かしく思うようになった。
〈いつか彼に言わなければ。〉
モルダーは片手に二つのワイングラスを持ち、もう片方の手でナプキンを何枚かつかみながらカウチ
に近づいて、私にワインを渡しながら尋ねた。
「他に必要なものはあるかい？スカリー。」
「いいえ。」
「本当に？ああ、あと皿がいるな。ちょっと待って・・・」
「もう座ったらどうなの？」
私の声は予想外に大きくて、まるでどなったように聞こえてしまった。
モルダーは振り向いたまま私をじっと見て、ほとんどささやき声のように「ok」とつぶやいて静かに
カウチに座った。
「悪かったわ、モルダー。大声を出すつもりじゃなかったのよ。」
言葉が自動的に口から出てきたが、早すぎて気持ちがこもらなかった。
「違うの、謝りたいんじゃないのよ、モルダー。ただあなたがいるとなんだかおかしくなってしまう
のよ。」
長い沈黙が私たちの間を流れた。
「ああ・・・スカリー、もう僕は帰るよ。もう遅い時間だからね。」
モルダーはそう言って唇をさすりながら立ち上がり、コートを探すようにあたりを見回した。
私は彼の顔や動きに怒りの表情が浮かばないかと期待していた。
いつも彼の体の動きは、言葉より正直に彼の心を語ってくれたから。
でも表情も体の動きも、何も私に語りかけてくれず、無視されたようで私はとてもつらくなった。
「帰らないで、モルダー。そんなつもりで言ったんじゃないのよ。」
私の声には苛立ちが手に取るように表れていた。
「じゃあどうすればいいんだい？スカリー。」
モルダーの声は低くて、無表情のようにコントロールされていた。
〈ああ、やっと現れたわ。これがモルダーが怒っているときの声よ。〉
「モルダー、私を幽霊みたいに扱わないでほしいのよ。まだ死んでないわ。」
「何だって？」
モルダーは振り返って、ショックを受けたように唖然として私を見つめた。
「聞こえたでしょう？」
私はグラスをテーブルに置いてピザを大きくほおばった・・・もうこの口が何も言えないように・・。
モルダーはしばらく立っていたが、カウチにドサッと座り、私がピザを食べるのをじっと見ていた。
「食べて、モルダー。早くしないとさめちゃうわ。」
モルダーは混乱した時にいつもするように、のどから低いうめき声を出した。
そして眉間を指でつまんでさすった後、ピザに手を伸ばして食べ出した。
私たちは時々目を見交わしながら、無言のままピザを食べ続けた。
今彼の瞳には、何かを強く我慢しているような表情が浮かんでいた。
私はゆっくりと、伝えたいことと言葉が違わないように確かめながら話し始めた。
「モルダー、私の体に何が起こっているかはお互いよく分かっているでしょう？ガンでいつか私が
死ぬことも。」
モルダーは食べようとしていた三切れ目のピザを箱に戻し、ナプキンで指を拭きながらどこともなく
視線を漂わせた。
「でも、この間のMRI（磁気共鳴による映像）では、腫瘍は大きくなっていなかったことも分かって
るわ。この2週間鼻血もなかったし、よく眠って、よく食べてるわ。」
私は微笑んでピザを振って見せた。
「大体はいい具合なのよ。私は大丈夫よ、モルダー。」
「頭痛はどうなんだ？」
この病は、2週間前から倦怠感と腫瘍のある前頭部の中心からズキズキ脈打つほどの頭痛、という
症状で私の体をもてあそんでいた。
でもまだこの症状のことは、担当のドクターにも話していなかった。
モルダーには聞かれたくなかった。
彼に聞かれたら、本当のことを話してしまうから。
モルダーには病気のことだけでなく、どんなことでも嘘をつきたくなかったから。
それに彼は私以上にこの病気のことを調べている。
もう安心させるためだけの話は通じないだろう。
私は指を拭きながら、部屋のダイニングテーブルの上にモルダーがノートPCを運んで、インターネッ
トで治療の助けになる情報を集めようとかがみ込んでいた夜を数えてみた。
モルダーは、バイヤースに全米や海外の医療データベースにハッキングさせて情報を集めてもいた。
ダイニングテーブルの上は、プリントアウトされた紙や医療誌が所狭しに並べられ、その一番上には
私の最新のMRIの結果と血液検査の資料が乗せられていた。
そしてモルダーはそれらをきちんと編集して、私のために特別な医療ファイルを作り上げてくれて
いた。
モルダーは自分にとって大切なことは、いつもそうやってわき目もふらずに追求するということを、
いやというほど良く知っている。
そして彼は絶対にあきらめないのだ。
彼にあきらめさせようなどとする人が現れても、吠えかかって反撃し、絶対にあきらめないことを
私は知っている・・・。
「頭痛はそんなにないわ。薬が苦いだけよ。」
私はモルダーの探るようなまなざしを避けて、心臓の鼓動を落ち着かせるために深呼吸した。
彼に気を楽にしてほしかったから。
〈そうよ、モルダーにもっと安心してほしい。私がそう思うのはおかしい？私はいずれ死ぬけど、
自分の死のことより、モルダーが私のことを心配して心を痛めている方が耐えられない。〉
私はカウチの上で膝を抱え込んだ。
「モルダー、ずっと私に気を使って、優しくしてくれたことにお礼を言いたいわ。いいえ、最後まで
言わせて。あなたがいなかったら、こうしてしっかりしていられたのか分からないのよ。いつもそば
にいてほしいときにこうしていてくれて。それに仕事でも、こうしている時でも、あなたが感じてい
る恐怖を私の前から隠して私を守ろうとしてくれて・・・でも、疲れたのよ、モルダー。もう自分の
病気を中心にして生きていくのがいやなのよ。私たちがずっとオフの時に話し合って、探しているの
は・・・仕事の時もそうだけど、
全部私の病気のことでしょう？新薬を試したり探したり・・・それに私は疲れたのよ。分かってくれ
る？」
彼が分かるとは思えなかった。
これまでモルダーはたった一つの理由、サマンサの真実の追究のために生きてきて、そのために
喜んで全てを捧げてきた。
これまで彼の肩にはサマンサのことがずっしりと重く乗っていたのに、とうとうもう片方の肩
にも・・・私が・・・私の病がモルダーが追い求めるものになってしまった。
彼の負担になんてなりたくない。
でも彼の答えを聞いて驚いた。
「ああ、スカリー。言ってることは分かるよ。毎日をただ普通に過ごしたいんだろう？僕はもう
23年間うんざりしながらそう考えているよ。交換してみるかい？」
モルダーは驚いたことに、苦しみを隠そうともせずに表情に表した。
彼には、私が自分のことだけで言っているのではないことが分かってしまっていたのだろう。
「ええ、モルダー、少し交換しましょうか。」
「そう言うと思ったよ、スカリー。」
モルダーはそう言うと悲しそうに眉根を寄せ、私を両手で引き寄せ、膝も、体も、私の全身を
大きく包み込むようにしっかりと抱きしめ、私の頭の上にあごをそっと置いた。
前にもこんなふうにモルダーに抱きしめられたことがある。
あの病院で。
誰にも私をこんなふうに抱きしめられない。
モルダー以外に私をこんなふうに抱きしめられない。
病気を母に打ち明けて抱きしめられたときは、表情から母の怯えが伝わってきた。
でもモルダーの腕は優しくて、強くて、私の全てを包み込むようだった。
そして優しく撫でられると、その部分から静かな波のように落ち着きが広がっていった。
モルダーは私に力を与えてくれる。そしてまた強くなれるように手を貸してくれる。
これまでも彼をこんなふうに感じることができていたら。
あれは確かアレンタウンの病院から、モルダーに家まで送ってもらった夜のことだった。
モルダーは人の心の中にある壁について話していた。なぜ人は壁を作ってしまうのか、そしてその
壁がどんなふうに人の心を守っているかを。
『でも、例えどんなに高い心の壁でも、その人がいらないと思った瞬間に、壁は自らの重みで全て
崩れ去っていくんだ』
と。
今でも毎日のようにその時のモルダーを思い出す。
ベッドに横になり、暗さと静けさに身を任せながら、その時のモルダーのまなざしを思い出して目を
閉じると、心の壁が崩れていく音が聞こえるようだった。
「何がしたい？スカリー。」
モルダーがハチミツのように甘くて優しい声でささやいた。
顔をモルダーの胸に寄せてネクタイの結び目の所に顔をうずめると、彼らしいとてもいい香りで胸が
いっぱいになり、彼の鼓動が私の頬に力強く響いた。
私が話すために少し彼から身をひくと、モルダーは抱きしめていた腕をそっとゆるくほどいた。
彼はいつも私に自由にできるスペースを空けてくれていた。
時々私はそんな距離に腹を立てたり、感謝したりしていた。
「私の人生を生きたいわ、モルダー。それだけよ。また健康になって、他の人たちが普通にしてる
ことをみんなしたい。ほんの少しの間だけでも・・・いつも心の中にあることをしたいわ。幸せに
なりたい。」
私が顔を上げると、モルダーはまるで自分に罪があるとでも思ったように悲しそうな顔をして、
心の中で泣いているような、ひどく苦しそうな表情をして私を見つめていた。
私はモルダーの頬に手をあてた。
彼の表情の中の痛みや苦しみをぬぐい去ってあげたかった。
モルダーは目を閉じて、深くため息をついた。
私は手を下ろして目を伏せた。
彼の腕の力強さや激しさは、私をまだ待ってくれていた。
けれど私が「いいわ」と言ったら、きっとモルダーはすぐ私のすべてを呑みこむように愛して
くれるだろう。
なぜ私はまだ迷ってるの？
壁はもう崩れているのに。
モルダーがじっと見つめているのを感じたが、顔を上げて彼の瞳を見返すことができなかった。
「君を幸せにするにはどうすればいい？」
モルダーがそっとささやいた。
「何バカなこと言ってるのよ。」
私は苦笑した。
「少しもバカな事じゃないよ。真剣に聞いてるんだ。スカリー、どんなことをしたい？」
私はクスッと笑って抱えていた膝を伸ばし、モルダーの腕から少し離れて頬杖をついて考え始めた。
モルダーはそっと私の背中に腕をまわして、考えている間、優しく背中をなでていてくれた。
「そうね・・・わたあめを食べて、大きな観覧車に乗りたいわ。手を土だらけにしながら庭に花の
苗を植えて、育っていくのを見ていたい。腕に赤ちゃんを抱いて、昔聞いたおとぎ話を話してあげ
たい。シルクのような素敵なドレスを着て、ナイトクラブで一晩中踊ってみたいわ。フォーマルな
ディナーを行儀悪く指で食べて、おなかいっぱいチョコレートを食べてみたい。一度でいいからFBI
の本部のロビーで局の連中を大声でどなりちらしてみたい。そして私を誘拐して何ヶ月も私から奪
った奴を問いつめてやるわ。なぜ私にこんな事をしたの？私の命を返してって。奪ったもの全部を
返してと言うのよ！」
知らない内に涙があふれてこぼれ落ち、熱い炎のように頬を焼きながら流れていった。
横にいたモルダーが後ろに体をずらして、私の体を包み込むように抱きしめた。
でも彼の静かな抱擁は、今の私を落ち着けるには何の効果もなかった。
〈泣きたくない。〉
モルダーの前では決して泣いてる姿を見られたくなかったのに。
彼の前で泣いてしまったら、自分を責める苦しみと私の涙が酸のように彼の心を焼けただれさせ、
私の体が病によって果てるように、
それが彼の心を焼き尽くしてしまうだろう。
そっと私の背中をなでていたモルダーが手を離し、背中から彼のぬくもりが消えた。
でもすぐに彼の手は私の髪にふれ、そっと、本当にそっと頬に触れて、涙の跡を拭いてくれた。
「ごめんよ、スカリー。」
モルダーの声はかすれてあまりに弱々しく響いて、私の中の強さが目を覚まそうとした。
「モルダー、いいのよ。」
私は立ち上がって、飲み干したワイングラスを持ってキッチンへ行った。
グラスにペール・ピンク色のワインを注いでいると、頭の中にピンク色の頬をしたメリッサの顔が
浮かんだ。
カウンターを両手でつかんで前にかがみ込みながら、目をぎゅっとつぶってメリッサのことを思い
出させるままにした。
〈メリッサは死を迎えるとき何を思ったの？私よりもましな死に方かしら？〉
どちらがいい？ダナ・キャサリン。
撃たれて考える間もなく死ぬのと、ゆっくり死に蝕まれるのは。
〈メリッサは自分に何が起こったかちゃんと分かって、死と戦った末に死んだのかしら？
私が誘拐から戻って昏睡状態の時、パパが会いに来てくれたように、メリッサも会うことが
できたのかしら？それとも最後まで何も気付かずに？撃たれた瞬間に全ての感覚が消えて、
そして消えてしまったの？〉
「違う。」
すぐに私は考えをうち消した。驚いたことに心の中でつぶやいた否定の言葉は、口から声になって
外に出ていた。
私は“死”になんて降伏しない。
まだ私の中に命は残っている。
何度も心の中に問いかけては迷い、絶望と希望が心の中で終わりのない戦いを繰り広げては、
同じ結論を考えていた。
私は父親譲りの頑固さと決断力に感謝した。
〈私は決して負けない。まだ私にはしたいことがたくさんあるのよ。〉
お花もわたあめも太陽もほしい。
全ての難問に答えと解明を出してみたい。
部屋にキャンドルの明かりをともして音楽を聞きながら、ワインをゆっくり飲みたい。
愛する人に抱きしめられ、彼の素肌を体中に感じて、燃えるように熱い私の体を触って欲しい。
モルダーに。
心の底から震えるように、熱くモルダーと愛し合いたい。
モルダーの腕の中で眠って目覚めたい。
笑って、泣いて、叫んで、歌って。
生きてる喜びと痛みを感じていたい。
心臓の鼓動と息をしてるリズムを感じていたい。
私は生きたい。
XOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXOXO
Dance Without SleepingU Flesh and Bone
しばらく前にまた出血があった。
ひどい出血だった。
しかも新しい事件の目撃者の家に、聞き込み調査を行ってる最中に起こった。
私はこのアイオワ州で起こった事件は、身代金目的の平凡な誘拐事件で、エイリアンの誘拐では
ないことがすぐにわかった。
この誘拐事件は、ベビーシッターのキャリー・ラッセルとそのボーイフレンドが仕組んだ単純な
誘拐で、モルダーでさえもこの事件がFBIが取り組む事件でないことが分かった。
キャリー・ラッセルの親友だという子の向かい側に座って話を聞いていたときに、急にめまいが
襲って、その2秒後に出血した。
いつもの鼻血なら大したことはなかったが、今回はまるで止まることを知らないような、誰かが
蛇口を開けてしまったような激しい出血だった。
着ていたジャケットや白いシルクのブラウスがあっという間に血で染まり、向かい側に座っていた
容疑者の親友は、恐怖で怯えて声にならない悲鳴を上げた。
モルダーは悲鳴を聞くまで手帳に何かを書き込むことに集中していたが、容疑者の親友の子の悲鳴と
怯えた目を見て私に振り返り、目を見開いて一瞬凍りついた。
モルダーはすぐに立ち上がって私の足下にひざまずいた。
容疑者の親友の子は私を凍ったように見つめたまま、逃げるように後ずさった。
彼女を責められない。きっとあまりの出血に恐ろしくなってしまったのね。
私は石のようにじっと座ったまま、手で鼻を押さえて、なんとか血が、命が流れていかないように
止めようとした。
モルダーは容疑者の親友の子に、急いで部屋から出て誰か助けを呼ぶようにと指示し、鼻を押さえて
いた私の手をそっと離させて、代わりに彼のハンカチを鼻に当てておさえてくれた。
おかしいことに、今日に限って私はハンカチもティッシュも持ってきていなかった。
普段の彼も自分のためにハンカチを持ち歩いたりしないのに。
〈モルダー。〉
「何て事だ、スカリー！」
モルダーはもう片方の腕で私の首を支え、頭を後ろにのけぞらせようとしながらつぶやいた。
「さあ、頭を少し後ろにして。」
私は言われたとおりに頭を後ろにもたれさせたが、すぐにのどに血が入ってきて咳き込み、
その勢いで前のテーブルに血が飛んだ。
「くそ！スカリー！」
私はそっと手をモルダーの方に伸ばして、彼が何度も言うのを止めようとした。
咳がやっと止まり、出血も突然始まったのと同じように、突然止まった。
「大丈夫よ、モルダー。止まったわ。もう大丈夫。」
鼻を押さえていたハンカチを離して、そっと周りを拭きながらモルダーに言った。
「何言ってるんだ！今すぐ病院に行かないと。」
「行かないわ。」
肺に息が足りなくなって深呼吸した。
「もう大丈夫よ。病院に行く必要は・・・」
ドアが突然開いて地元の巡査が部屋に入ってきた。
「何事ですか？」
巡査がモルダーを見ながら尋ねた。
「捜査官、あなたたちが調べていたこの子が突然来まして・・・。」
巡査が私を見て言葉をとぎらせ、棒立ちになった。
〈なぜそんな目で見るの。〉
「一番近い病院は？」
モルダーが巡査に尋ねた。
「あ・・・」
巡査は私とモルダーの間で視線をさまよわせながら口ごもった。
私はもう一度必要ないことをモルダーに言った。
「病院はどこだ！」
モルダーは私を無視してほとんど怒鳴り声のように巡査に尋ねた。
「病院はどこだと聞いてるんだ！」
巡査ははっとしたように目をしばたたかせながら答えた。
「州立総合病院がここから10分の距離にあります。救急車を呼びましょうか？」
「いらないわ！」
二人が振り向いた。私はモルダーに向かってはっきり言った。
「病院には行かないわ。もう本当に大丈夫なのよ。」
モルダーと私は黙ったまま視線で戦った。
巡査は私たちの間に立って体を落ち着かなげに動かしながら、答えが出るのを待った。
モルダーが私から視線をそらして目を閉じ、巡査に出ていくようにと手をふった。
今回は私が勝ったらしい。
巡査はもう一度私たちを一瞥した後、部屋から出てそっとドアを閉めた。
XOXOXOXOXOXOX
モルダーは腰に手をあてて、黙って私の前に立っていた。
ちらっとモルダーを見ると、彼は上を向いていて、雨漏りでしみの付いた天井をじっと見上げていた。
そして急に頭を下げると、テーブルの向こう側にあった椅子を私の横に持ってきて、いつものように
足を広げて座って腕を組み、咳払いした。
私は彼の顔を見られなかった。
「最後に出血したのはいつなんだ？」
「覚えてないわ、たぶん2、3週間前よ。」
「たぶん？」
モルダーの声は怒りとショックと苛立ちがまざっていた。
「いつなんだ？」
〈なぜ私が、まるで子供が叱られるときのような気持ちにならなければいけないの？私が何か法律
違反でもしたとでも言うの？〉
「覚えてないって言ってるでしょう？モルダー。出血があるたびに記録なんてしてないんだから。」
「するんだ。記録するのは基本だろう？スカリー捜査官。」
私は顔を上げて、自分でも分かるくらい冷たいまなざしを彼に送った。
「そんなことしても何にもならないわ。私が今ほしいのは濡れたタオルだけよ、モルダー。
この家を出る前に早くきれいにしてしまいたいだけ。」
私は目を伏せてジャケットやブラウスを指ではじいた。
胸元には、これまでどんな負傷者からも見たことがないほどの鮮血のシミが、大きくついて
しまっていた。
モルダーは乱暴に立ち上がって椅子をならした。
壁を拳で叩きつけるのを我慢するように、彼は窓ガラスがガタガタいうほど怒りにまかせて乱暴に
歩き、バスルームへ行った。
私はハンカチでテーブルの上のファイルについた血を拭き取り、ブラウスについたシミを拭きながら
モルダーが戻ってくるのを待った。
もっと自分の流した血の量を考えた方がいいことは分かっていたけれど、おかしいことだがこの時は、
モルダーがやっと表に現した怒りのことしか考えていなかった。
ずっとモルダーが怒りを自分の中にため込んでいたのを知っていた。
今表に現せたことで、その怒りを解放できたような気がしていたのだった。
私は彼の怒りを解放すれば、腫れ物を扱うようだった私への態度が昔に戻って、また私の心の一番
そばに戻ってきてくれると信じていたのだ。
隠していた怒りを解放すれば、本来の彼自身に戻れると信じていた。
私の前で我慢なんてしている彼を見たくなかったのだ。
モルダーはお湯でぬらしたタオルを持って部屋に戻り、黙って私に手渡して後ろを向き、私が口や
鼻の周り、そして指を拭いているのをじっと動かずに待っていた。
もうジャケットとブラウスに付いたシミはあきらめることにした。
しかしジャケットは暗めの色なので目立たないが、ブラウスはごまかせない。
でもボタンを2、3個開けて広げれば、ある程度は見えなくなるだろう。
いつも鏡を入れてあるポーチを手に取ろうとして、車のトランクに置いてきたことを思い出した。
私は用心しながら立ち上がった。
足はしっかりしていて、めまいもなくなっていた。
「モルダー見て、鏡がないから自分で見れないのよ。きれいになった？」
モルダーは腕を組んだまま私の方に振り向いて、私の顔をじっと見つめた。
「まだここに・・・。」
モルダーは頭を振り、組んでいた腕をほどいて私に近づいた。
私は持っていたタオルをモルダーに渡して、彼が私の唇の上を拭くのを見つめていた。
モルダーの瞳の色が、底知れないほど影が潜んだグレーに変わっていた。
彼はあごに力を入れて私の唇を見つめ、二本の指で私の顔を支えて拭き取っていた。
こうして立って唇の周りを拭かれていると、子供の頃、アイスクリームを食べて汚した口の周りを
父に拭いてもらったことを思い出した。
モルダーは手を下ろして少し後に下がり、もう一度私の顔を見つめた。
「よし、新品みたいにきれいだよ。」
モルダーはそう言ってタオルをポンとテーブルに投げた。
私は思わず微笑んだが、モルダーは悲しそうな顔をして私を見つめていた。
「突然だったわね。もう少し軽くすめば良かったのに。」
「ああ。」
モルダーはテーブルの上のファイルをブリーフケースに詰め、他の荷物もまとめて私のコートに手
を伸ばした。
「さあスカリー、モーテルに戻ろう。」
モルダーは私のコートを広げて着るのを手伝い、すばやく自分もコートを着てドアを開けてくれた。
車に乗るまで、彼はずっと私の背中に手を置いていた。
モーテルに着くとモルダーはすぐに私を寝かしつけようとした。
私は疲れてないと言って抗議したけれど、彼は全く聞き入れなかった。
とうとう私は負けて服を着替え、ベッドに入ってモルダーに背中を向けて目をつぶった。
この部屋はモルダーの部屋と続き部屋になっていて、しばらくじっとしてると、彼の部屋からTVの
音が少し聞こえてきた。
さっき疲れてないと言ったけれど、すぐにまぶたが重くなってきた。
後ろでモルダーが部屋の間を行ったり来たりしているわずかな音が聞こえた後、モルダーが一人で
何か話す声が聞こえてきた。
彼は旅行代理店に電話して、飛行機の予約の変更をしているようだった。
〈モルダーは私をすぐにでもD.C.に帰そうとしているのね。でも今回は途中で帰っても、事件の
解決に何も影響しなくて良かった。〉
私はぼんやりとしながら考えた。
〈もしこれが本当のXファイルな事件だったら、モルダーは私だけ帰して、自分は残って調査を
続けようとするかしら？それとも一緒に帰るかしら？私がいなくなっても、彼はXファイルを一人
で続けるのかしら。どうなの？〉
まぶたを開けているのが耐えられなくなってきた。
もう何も考えられなくなり、私は深い眠りに落ちた。
XOXOXOXOXOXOXOXOXOX
フライドチキンのおいしそうな匂いで目が覚めた。
もう夜になっているようで部屋は暗く、テーブルの上のランプがやわらかな光を出してともっていた。
ベッドの中で気持ちよく体を伸ばして、反対側に寝返りをうって目を開けると、壁側の小さな
テーブルにモルダーがいた。
テーブルの上には赤と白のストライプのKFCの紙袋と、ひまわりの種の入った袋が置いてあった。
モルダーはTシャツとジーンズに着替えていて、靴も履かずに白いソックスのまま、メガネを掛けて
髪を額にたらしながら何か熱心にノートPCに打ち込んでいた。
モルダーは私がまだぼんやりしている内に気がついて、打っていた手を止めて顔を上げた。
「Hey、スカリー。」
モルダーはメガネを取ってにっこり笑った。
私はあまりに大好きな彼の笑顔をいきなり見て、胸の鼓動が一気に早くなった。
どうやらずっとモルダーはこの部屋で、私が目覚めるのを待っていてくれたらしい。
胸があたたかくなるのを感じたが、同時に今日の事件を思い出した。
「気分はどう？」
私は起きあがって、ベッドのヘッドボードに背中をもたれさせた。
「いいわ、良く眠っていい気分よ。どれくらい眠ってたの？」
モルダーは腕時計を見た。
「4時間くらいかな、ぐっすり眠ってたよ。たぶん僕がちょっと買い物に行ってる間も一度も目を
覚ましてないと思うよ。」
ベッドから降りてモルダーの方に近づくと、彼はまるで12歳の子供のように目を輝かせて微笑んだ。
「何してるの？」
「今日の調査結果をまとめていたんだ。明日の朝7時15分の便でD.C.へ帰ろう。ほら、グリルチキン・
サンドイッチとコールスロー・サラダを買ってきたよ。ラッキーだったらまだあったかいはずだ、
二重にホイルで包んでもらったから。君がいつ目を覚ますか分からなかったからね。さあ座って
食べて。」
モルダーはPCを脇にどけて、紙袋を開けだした。
私は自分でも気がつかないうちに彼の髪を撫でて微笑んでいた。
モルダーも微笑みながら紙袋を開け、中からサンドイッチとコールスローを取りだして、
プラスティックの先割れスプーンも付けて、スチロール製の持ち帰り用コンテナの上に置いた。
豪華な食事ではないけれど、とてもお腹が減っていたのですぐかぶりついた。
モルダーは私が食べるのを見ながらダイエット・コークのタブを開けて、ナプキンまでそろえて
私の前に置いてくれた。
私は頭を下げてクスッと笑った。
「何だい？」
「ありがとう、モルダー。」
ちらっと上目遣いで彼を見た。
「何が？」
私はテーブルの上のサンドイッチを指差した。
「ありがとう、私のために買ってきてくれて。いつも担当のドクターは私を最悪の患者だって
言うのよ。でもそんなに気を使わないで、私は・・・」
突然モルダーの手のぬくもりが私の手を包んだ。
「僕がしたいんだよ。」
モルダーの声は驚くほど優しくて、誠実だった。
「スカリー、僕がそうしたかったからしたんだ。パートナーとしての義務じゃない。僕がしたい
からしているんだよ。」
私たちはしばらくの間黙ったまま見つめ合い、そっと微笑んだ。
モルダーはPCに少し打ち加えて電源を切ると頬杖を付いて、カンザスに住む一家に宇宙人がやって
来てディナーを共にしたという、バカバカしい事件の話をして笑わせてくれた。
私は話に引き込まれながら、何度も作り話だと反論を入れ、その度に彼が瞳を輝かせて推論を話す
姿を見つめていた。
モルダーを愛している。
食事を済ませると、長めのお風呂にはいることにした。
軽くシャワーを浴びてバスタブにお湯を張り、そっと体を沈めて手足を伸ばした。
私の脚は長くはないが、きれいなラインをしている。
『おちびちゃんの脚でペダルに届くのかい？』
流れるようなふくらはぎから足首へのライン。細く締まった足首。
太腿も程良い太さで、そんなことを言われる筋合いはない。
毎日モルダーについて歩くだけで、いいトレーニングになっていた。
ウェストも細いままで、余分な肉など付かないようにキープできていた。
胸は大きいとは言えないけれど形は良くて、男性の目を惹きつけるだけの魅力は保っていると思う。
腕もしなやかで、手は小さいが力強い。
すべて揃ってる。
みんな大丈夫・・・。
急に涙がこみ上げてきて止まらなくなった。
こんなに外側が普通に見えていても、内部では病が毎日休むことなく蝕み続けているのだ。
まだ表面に現れていなくても、確実に病は進行しているのだ。
いつかこの体から力が抜け、よどんだ目をして痛みと恐怖をかわるがわる味わいながら、怯え
きった表情で死を待つ日がやってくる。
そうしたらきっと心まで蝕まれて、廃人のようにただ恐怖を受け入れるのみになってしまうだろう。
死にたくない。
でも死は怖くはない。
怖いのは死に脅かされながら、誰かの世話と、薬によって生かされる未来だ。
私は自分の理性と心を失いたくない。
バスタブの栓を抜き、お湯が流れ、代わりに冷えた空気が肌に触れ、私はほてった肌を冷やすように
バスタブの中でじっとしていた。
冷たい空気で鳥肌が立ち、胸の先端が固くなった。
私が生きている証、全ての感覚をもっと味わっていたい。
服に着替えて部屋に戻ると、モルダーがベッドの上に横になってTVを見ていた。
どうやらジョン・カーペンターがリメイクした「The
Thing（遊星からの物体X）」のようだった。
「オリジナル版の方がおもしろいわよ。」
「知ってる。でも全体的にはこっちのほうがリアルに作ってあるんだ。」
私は色素が無くなった死体の前で、モルダーと交わした会話を思い出した。
モルダーはこれまで数え切れないほどの死体を見ていて、どんな死体の血や肉を見ても顔色を
変えることはなかった。
彼は自分の純粋無垢な部分を、知らないうちに麻痺させてしまっているのではないだろうか。
少し悲しい。
モルダーは私の方に寝返りをうつと、ひじを突いて頭を支え、親指の爪を噛みながら上目遣いで
私を見つめた。
彼の瞳はまるで誘惑するような魅力的な瞳で、私は微笑んで返すことしかできなかった。
「食後に何かほしくないかい？」
「アイスクリームでもあるの？」
「いや、もっといいものだよ。」
モルダーはニヤッと笑ってベッドから勢いよく立ち上がり自分の部屋に消え、すぐに背中に何か
隠しながら戻ってきた。
「モルダー・・・？」
「えーと、これは・・・」
モルダーは何か話そうとしたが、肩をすくめて背中に隠していたものをサッと前に出した。
一体このアイオワの小さな町の、それにこんな雪の降る日に、どうやって見つけたのだろう。
水色のわたあめが目の前にあった。
私の好きな色のわたあめ。
「モルダー！一体どうやって・・・。」
モルダーの手から大きなわたあめを受け取って、周りに巻かれていたラッピングを取っていると、
彼が話し出してくれた。
「最近のウォルマートはサービスがいいからね。ごめんよ、観覧車も見つけたかったんだけど、3月のアイオワでは移動遊園地もないみたいだった。」
急に目が熱くなって、涙があふれ出してしまった。
がまんできなかった。
モルダーは驚いて私の腕にそっと手をあてた。
「Hey？どうしたんだ、スカリー？ごめんよ、泣かせるつもりはなかったんだよ。きっと笑って
僕をバカにしてくれると思って・・・僕は・・・」
私は指をモルダーの唇にあてて、彼が謝るのを止めた。
「違うわ、モルダー、嬉しいのよ。ありがとう。」
指の下で彼の唇がゆっくりカーブを描いて微笑んだ。
私は彼の微笑みをもっと感じていたくて、しばらくじっと見つめたまま指をあて、そっと離して
わたあめのラッピングを取った。
「少し食べる？」
「いや、いいよ。君に買って来たんだから。」
「少し食べて。」
私は水色の雲のようなわたあめを少しちぎって、モルダーに渡そうとした。
モルダーは手で受け取る代わりに、私の手首をつかんで顔に引き寄せ、目をつぶって私の指ごと
口に含んだ。
柔らかくてあたたかい舌の感触が指をつたい、わたあめがあっという間に彼の口の中に溶けて
いっても、まだ私の指を味わって、熱のこもったまなざしで私を見つめていた。
モルダーがもう一度目を閉じて指から唇を離すまで、私たちの間の時間は止まり、炎のように
熱い気持ちが体の中心からわき上がってきて、急に唇が乾いた。
私が舌でなめて唇をぬらす仕草を、モルダーはじっと見つめていた。
そっとモルダーは唇を離して立ち上がった。
「ああ、じゃあ、わたあめを食べて。僕はもう寝るよ。」
私はただうなずいて、彼が自分の部屋への内ドアに近づいていく姿を見つめた。
「おやすみ、スカリー。」
「おやすみなさい、モルダー。」
モルダーはもう一度優しく微笑んでドアを閉めた。
私は椅子に座り込んで、ドキドキする胸の鼓動を数えながら、残りのわたあめを食べた。
to
be continued.....
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