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TITLE : Sleeping Scully

作：Lindsay Carpenter　　訳:tomo

*この物語は「眠りの森の美女」をベースにした作品です。

Prologue

1999年　秋
FBI本部地下オフィス

9：15am

フォックス・モルダー特別捜査官は、もうほとんど24時間眠っていなかった。
スカリー捜査官は昨日の夜帰宅し、モルダーは彼女が出勤するのを今か今かと待っていた。
彼は火曜の朝にオフィスに入って以来家に帰らず、夜通しで、スカリーが何の興味も示さなかった
分厚いファイルに目を通し続けていた。
このファイルは他の事件と全く違っていて、まるでずっと昔のおとぎ話のような世界だった。
モルダーは何時間もかけてファイルの概要をつかむために集中して読み、3度目にファイルの中程
まで読んだときには疲れで頭がうつろになっていた。

9：15にダナ・スカリー捜査官がコーヒーの入った紙コップを二つ持ってオフィスに現れ、
モルダーを見てため息をついた。
「モルダー、一晩中ここにいたの？」
「ああ、君はいなかったんだっけ？」
モルダーはフゥと息を吐くように笑ってファイルを閉じた。

「今からでも帰って寝たら？スキナーに何か言われても、『熱を出したので送ってきました』
って言ってあげるから。」
「いや、いいよ。カフェインを体に入れれば大丈夫だ。コーヒーをありがとう、スカリー。」
モルダーはそう言うとコーヒーをすすり、ファイルに目を戻した。

スカリーは自分の席について別のファイルを開きながら話しかけた。
「モルダー、まるで昨日と同じだと思わない？あなたは丸一日ファイルを読んでて、二言三言
くらいしか会話ができないなんて。」
「そうかもな、スカリー。でもこのファイルはすごくおもしろいんだよ。」
モルダーはファイルを読みながら答えた。

「そう、わかったわよ。私は11：30にママとランチの約束をしてるの。悪いけど今日のランチは
一人でとってくれる？それとも何か買ってきてあげる？」
スカリーもキーボードを叩きながら話した。
「ああ、ランチの時間になったら考えるよ・・・」
モルダーはまだファイルから目を離さずに答えた。
スカリーはしばらく彼を見つめ、何度かゆっくりうなずくと自分の仕事に戻っていった。

11：21am

「モルダー、もう行くわ。何買ってくればいい？」
スカリーはコートをはおりながら尋ねた。
「サンドイッチかパスタがいいな。でも君が買ってきてくれるものなら何でもいいよ。
ありがとう、スカリー。」
スカリーは彼の方に微笑むと、ドアを開けて出ていった。

彼女がいなくなるとモルダーは靴を脱ぎ、脚をデスクの上にドサッと置いた。
「“眠れる森の姫と妖精達”か・・・。こんなケースを信じるのは僕ぐらいだろうな。」
モルダーはあくびをすると、またファイルの世界に入っていった。

遠い遠い、王と王妃、良い妖精達と悪い妖精のいる世界へ・・・。


***************
Part1

数百年前
スカリー王国

昔々、小さな王国に王様と美しい王妃様がおられました。
ウィリアム王とマーガレット王妃は長い間子宝に恵まれませんでしたが、ついに夕焼けのように
赤い髪と、海のように蒼い瞳の王女が生まれ、キャサリンと名付けました。
ウィリアム王はこれを祝って国中を祝日とし、身分を問わず、あらゆる人々を城の大広間に招待し、
周囲の同盟国の人々も招待しました。

モルダー王国のウィリアム王は、式典に彼の王位継承者であるフォックス王子を連れてきました。
この日の式典は、フォックス王子とキャサリン姫の婚約を祝うためでもあったのです。

でも、まだフォックス王子は幼すぎて、何が起こっているのかわかりませんでした。

式典は大変壮麗で、賑やかに行われました。
スカリー王と王妃はモルダー王と楽しく話し、人々は皆喜びで笑いさざめいていました。

黄金のトランペットが鳴り響き、ジョン、メルヴィン、リンゴという名の3人の良い妖精達の到着を
知らせました。
3人は王と王妃の前に進み、腰をかがめてお辞儀しました。
「王様、王妃様、本日はお招きありがとうございます。私たちは王女様に贈りものをお授けしようと
参りました。」
ひげをはやしたジョン卿が深々とお辞儀して言いました。
王と王妃は微笑んでこの申し出を受け入れました。

ジョン卿は眠っているキャサリン姫に近づいて、魔法をかけました。
「大切な王女様、私はあなたに科学の力を贈ります。あなたの人生はいつも驚きと、問題を解決し、
答えを見つける喜びに満ちるでしょう。」

次に金色の髪をしたリンゴ卿が進み出ました。
「かわいい姫よ、私はあなたに懐疑心を贈りましょう。たとえ見せかけの事実が現れても、
あなたはこの贈りものを通して真実を見定め、解けないような問題でも、必ず答えを見つける
ことができるでしょう。」

最後に一番背が低く、ずんぐりとしたメルヴィン卿が進み出て王女に話しかけようとしたとき、
突然ドアが開いて煙が一面に漂いました。
「悪の妖精だ」
「灰ケムリ卿だぞ」
人々は口々につぶやいておののき、道をあけました。

「これはこれは陛下、王女様の誕生おめでとうございます。しかしこの良き日に、なぜ私だけ
お呼びいただけなかったのでしょうな？」
「お前なぞ誰も呼ばない。」
メルヴィン卿が前に立ちはだかりました。
悪の妖精は長いパイプから煙をゆっくり立ち上らせて言いました。
「おや、そうかね。では私からも王女にすばらしい贈りものをしようではないか。」
マーガレット王妃は本能的に恐怖を感じ、眠っているキャサリン姫を急いで抱き上げました。

「数十年後、キャサリン姫は糸車の針で指を刺して死ぬだろう。」

人々は恐怖にざわめき、マーガレット王妃は怖れと悲しみで泣き出してしまいました。
「ご安心下さい陛下、まだメルヴィン卿の贈りものが残っております。
」
ジョン卿が落ち着いた声で言いました。
「では、今の呪いをくつがえせるのだな？」
ウィリアム王がホッとしたようにメルヴィン卿を見ました。

「私の力では完全にくつがえすことはできません。ですが軽くすることはできるでしょう。」
メルヴィン卿はそう言って王女の前へ進み、微笑みながら魔法をかけました。
「小さな王女様、あなたを悪からいつもお守りすることができないのが残念です。時が来て、
あなたは糸車の針に指を刺します。ですがあなたは死にません。ただ眠り続け・・・」
メルヴィン卿は言葉を切って考えました。

「・・・あなたが最も信頼する、真の恋人のキスによってその眠りから覚めるでしょう。」

3人の良い妖精達は王と王妃にもう一度お辞儀をすると、大広間を後にしました。
城の出口に向かいながら、リンゴ卿があきれたようにつぶやきました。
「メルヴィン、“真の恋人のキス”だって？何考えてんだ？またグリム童話を読んでロマンティスト
にでもなったのか？いかれてるぞ？」
「しょうがないだろ、あれしか考えつかなかったんだよ。」

3人は言い合いながら、森の中の小さな家へ帰っていきました。

+-+-+-+-+-+
2週間後

「ウォルター卿、あれで呪いの件が片づいたとは余には思えない。国中の糸車を燃やし、
城の周りを50人の護衛兵で守らせても、まだ心配だ。」
ウィリアム王は謁見室で王妃と忠実な家臣、ウォルター・スキナー卿に相談していました。

「陛下、私もまだキャサリン王女の危険がなくなったとは思えません。王女は城にいるべきでは
ないでしょう。」
「でも、あの灰ケムリ男は数十年後と言ったんですよ、今が危険なのではないはずですわ。」
マーガレット王妃は興奮して答えました。

ウォルター卿は、信頼できる家臣に城の外で、しばらくの間姫を守らせ育てることを提案しました。
たとえメルヴィン卿が呪いを軽くしても、また灰ケムリ卿が現れる可能性を怖れていました。
突然彼の頭の中に一筋の光が走り、いい考えを思いつきました。
「陛下、良い案がありますぞ。」
「良い案とは？忠実な友よ。」
ウィリアム王は慎重に返しました。
「あの3人の妖精達に守らせましょう。彼らなら魔法の力を持っています。3人に城の外で王女を
守らせ、灰ケムリ卿が死んだ後連れ戻させるのです。」
「でもそれだけでは、あの男がかけた呪いをとくことはできないでしょう。」
マーガレット王妃は鋭くその点を突きました。
「はい、しかしあの3人がいたからこそ呪いを軽くすることができました。」
ウォルター卿は思い出させました。

ウィリアム王はうなずいて王妃を見つめました。
王妃もうなずきましたが、そうするたびに涙が頬からこぼれ落ちました。
王は家来を呼び、すぐに3人の妖精を連れてくるように命じました。


その夜遅く

「私たちは危険がなくなるまで王女を守り抜き、無事にまたここへお連れ致します。」
メルヴィン卿は王と王妃に向かって約束しました。
そして王妃の手から姫を受け取ると、ジョン卿とリンゴ卿と共に夜の闇に消えていきました。

3人は深い森の中の、修理したばかりの小さな家に向かいました。
これから大人になるまで、キャサリン姫はダナと呼ばれ、3人のおじさん達に囲まれて平和に
暮らしました。


***************
Part2

21年後

「もう21年もたっただなんて信じられないよ、今日はもうキャサリン姫を王と王妃のもとに返す日
じゃないか。メルヴィン、もう危険は去ったんじゃないかな？」
ジョン卿はひげを触りながら、試験管で何か実験しながら尋ねました。
メルヴィン卿は部屋の隅で本を読んでいましたが、顔を上げて答えました。
「どうだろうな、ジョン。あの灰ケムリ男はまだ生きててのさばってる。まだ王女を戻すのは危険
だと思うよ。」
リンゴ卿が隣の部屋から大きなフラスコをもって現れました。
「俺はジョンに賛成だね。俺達はここでもう20年以上も王女を守ってきて、その間何も起こら
なかった。王と王妃に会わせるべきだよ。」
「でも俺達は王女に、両親は亡くなってて、名前も“ダナ”だって教えてしまっているだろう、
本当のことを知ったらきっとショックを受けちまう！」
メルヴィン卿は二人の意見を打ち砕くように主張しました。

美しく成長したキャサリン王女、3人がダナと呼んでいる姫が、乗馬用の服を着て階段を下りて
きました。
「何をそんなに興奮して話してるの？」
彼女はフックから乗馬用の帽子を取りながら尋ねました。
「興奮して？何でもないよ、ただ最新の実験について議論してたんだ。」
ジョン卿がつまりながら何とか言い訳しました。

「あらそう、ならいいわ。これから乗馬してくるわね、夕ご飯までには帰ってくるから。
でも遅くなったら先に食べててね。」
彼女がドアに向かうと、メルヴィン卿が後について行きました。
「男みたいな乗り方しちゃダメだよ、ダナ。昨日見たけど、あれはレディの乗り方じゃないよ。
ちゃんと横乗りするんだよ、わかったね！それに知らない人と口をきいてもだめだよ！」
メルヴィン卿はダナが馬に乗るのを助けながら言い聞かせました。
「もちろん、わかってるわ。」
ダナはにっこり微笑むと、森の奥深くへ馬を走らせて行ってしまいました。

「また男みたいに馬に乗って行ったよ。ダメだって言ったのに、聞いちゃいないんだから。」
メルヴィン卿は家に戻ってぶつぶつ言いました。
「まあいいじゃないか。こっちはダナがいない間でないと、このプロジェクト・・・数種の材料を
混ぜて、バースデーケーキを見事に飾るアイシングを作れないんだからな。」
ジョン卿はそう言うとさっそく試験管の中に何種類かの材料を入れ、かき混ぜ始めました。
「メルヴィン、この試験管に砂糖をスプーン3杯加えてくれるかい？」
ジョン卿はテーブルの端の砂糖つぼを指差しました。

「アイシング？？お前ら二人、さっきからそれを作ってたのか？まったく・・・王女の心配を
しないのか？」
メルヴィン卿は怒ったように言いました。
「で、次は何するんだ？縫い物か？料理か？」

「縫い物は君の仕事だメルヴィン・・・ジョンと俺でケーキを焼くのを担当するよ。ダナが宮廷に
着ていくドレスがいるんだ。」
リンゴ卿がクックッと笑いながら一巻きの織り糸と針を投げました。
「料理に縫い物。俺達は妖精だったんじゃないのか？」
メルヴィン卿がぶつぶつ言うと、ジョン卿とリンゴ卿は笑い出しました。

+-+-+-+-+-+
野バラの森

ダナは家から離れると、脚をぴったり馬の背につけてスピードを上げ、森の中深く入っていきました。
「さあ！今日は何が見つかるかしら！」
彼女は木の間をギャロップで抜け、ひらけた野原に着くとスピードを緩め、辺りを見渡しました。
そこはとても静かで、鳥たちのさえずりと小川のせせらぎが聞こえてきました。

ダナがしばらく耳を澄ませていると、はっきりと森を駆ける馬の蹄の音が近づいてきました。
「誰が来たのか見てみましょう！さあ、行くわよ！」
彼女は馬にまたがると、音のした方向に馬を走らせていきました。

ダナが森の中に消えた後、別の方から若者が馬に乗って野原にやってきました。
「よしよし、お前も蹄の音が聞こえたかい？」
フォックス・モルダー王子は帽子を脱いで馬からひらりと飛び降り、野原の中を歩き回りました。

「足跡が残ってる。ここに誰かいたはずなんだ。」
王子は地面に青い乗馬用の帽子が落ちているのを見つけました。
「ああ、きっとレディがここにいたんだな。馬の蹄が東の太陽の方へ向かっている。返しに行って
あげよう。」
彼は馬にまたがり、森の中へ入っていきました。

ダナが馬を走らせていると、突然森の中から若者が馬に乗って現れ、あやうくぶつかりそうに
なりました。
フォックス王子はダナの馬を止まらせ、彼女の方に振り向きました。

ダナは息が止まりそうになりました。

「それは私の帽子ですわ、sir。返していただけます？」
フォックス王子は笑いました。
「これ君のかい？さっき君が馬に乗ってる姿を見たけど、レディみたいに乗るのは嫌いみたいだね。
ほら、僕から帽子を取り返せるかい？」
王子は帽子を持ってからかい、馬が二つ蹄を蹴った後、森の奥へ向かって走り去っていきました。

「もちろん取り返すわよ！」
ダナは大声で叫ぶと素早く彼の後を追い、王子が気付く前にすぐ後ろまで追いつきました。
二人は丘や谷を越えて、なかなかのレースを続けました。
ついにフォックス王子の馬が疲れを見せ、ダナは簡単に追いつきました。
「どこでそんな乗り方を習ったんだ !？」
王子は振り向いて大声で尋ねました。
「自分でよ！誰もこんな乗り方を教えてくれなかったわ！」
ダナが前を見ると、彼の行く手に大きな枝があるのを見つけました。
「危ない！」
ダナはスピードを落とし、すぐ王子もそうできることを祈りましたが間に合いませんでした。

フォックス王子は太い枝に頭を打ち付け、地面に落ちて背中と首を強く打ちました。
最後にダナの悲鳴と美しい顔が彼の目に映った後、王子は目をつぶって気を失ってしまいました。

+-+-+-+-+-+

「お願い、目を開けて。」
ダナは心配になって声をかけました。
フォックス王子が頭を打って馬から落ちてから、長い時間がたっていました。
ダナはドレスを破いて小川の水にひたし、額の横の切り傷をきれいに洗いました。

フォックス王子が何度かまばたきし、目を開けると、赤い髪をした美しい天使が心配そうに
彼の顔をのぞき込んでいました。
「うっ・・・額を切ったみたいだ。」
王子は起きあがりながらつぶやきました。
ダナは彼が木にもたれかかり、傷を手で触るのを見つめました。
「傷は洗ったわ。ひどく木にぶつかったのよ。危ないって言ったけど、間に合わなくて。」
彼女は状況を説明しました。
王子が顔を上げると、近くの枝に自分のマントと帽子、そして川に落ちてびしょぬれになった
彼女の帽子がかけてありました。

「帽子をごめん。初めはすぐに返そうと思ったんだ。」
「もういいわ、楽しかったもの。私の馬があんなに早く走れるとは思わなかったわ。」
ダナはそう言うと若者ににっこり微笑みかけました。

ダナは初めて会ったこの若者に、不思議な未知の気持ちと、言いようのない親しみを感じて
胸が高鳴っていました。
彼も同じ事を感じていました。
「僕はウィリアム。君の名前は？my lady。」
フォックス王子は彼女の手を取って優しくくちづけました。
ダナは自分の頬がぱっと赤くなったのを感じました。
「私はダナ。あなたはどこから来たの？私は毎日この森に来るけど、一度もあなたのことを
見かけなかったわ。」
フォックス王子は自分の身分を明かしたくありませんでした。
そこで彼は自分のミドルネームを彼女に伝えたのでした。
「僕はモルダー王国に住んでるんだ。ここにはあまり来たことなかったけど、もしまた君に
会えるなら、美しいダナ、僕は毎朝でも、昼も、夜もここに来続けるよ！」

ダナは微笑んで立ち上がりました。
まだ会ったばかりのはずのこの若者を信じる気持ちになっていました。
「ごめんなさい、私はもう行かなきゃ。おじさん達が心配し始めるわ。」
「まだ行かないでくれ、まだ会ったばかりじゃないか。ダナ、それなら次はいつ会えるかい？」
フォックス王子は彼女の手を離さずに立ち上がりました。
「わからないわ。」

ダナは考えるのをやめて答えました。
「私は西の野原にある小さな家に住んでるの。そこで今晩会いましょう。」
ダナは馬の方に歩きかけたが、振り向いてさっと彼にキスすると、馬に乗って西へ消えていきました。

フォックス王子は彼女の姿が見えなくなるまで立ちつくし、自分も馬にまたがりました。
「さあ、また今夜この森に戻ってこよう。その前に城に戻って、父上にこのニュースを知らせな
きゃな。」
そう言って馬の背を叩くと、彼も森の中へ消えていきました。



Part3

妖精の家

ダナは家に大急ぎで戻りました。
家に近づくと彼女はあわてて横乗りに乗り換えましたが、誰も迎えに出ませんでした。
ダナは馬から降り、静まりかえった家の中に入りました。
「おじさんたち、いないの？」
ダナは大声で3人を呼びましたが、部屋は薄暗いままでした。

「ハッピー・バースデー、ダナ！」
3人の妖精が部屋の隅から一斉に飛び出し、灯りをつけました。
テーブルの上にはまるで夕日のような色のアイシングがかかった大きなケーキと、
そして海のように青い、美しいドレスがありました。
「まあ、まあ、おじさんたち！なんてすばらしいの！ありがとう！なんてきれいなドレスなの！」
ダナはテーブルに近づき、そっとシルクとレースでできたドレスに触れました。
「でも、いつこんなステキなドレスを着たらいいのかしら。」
「今夜に。君を本当の家に連れて行ってあげるときに着てごらん。」
ジョン卿は訳がありそうに微笑みました。

「本当の家？でも、おじさん・・・私の家はここでしょう？」
ダナは困惑しました。
「ダナ、君に話さなければならないことがあるんだ。
君は今日で21歳になったね、それで君を本当の両親、スカリー王国の王と王妃のもとに
返すことに決めたんだよ。」
メルヴィン卿は両親のことを話したとき、ダナの顔が急に青ざめたのがわかりました。
「だって・・・私の両親は死んだんでしょう？そう言ったわよね、メルヴィン！
王と王妃って何？それが両親だったら私は・・・」
「王女様だ。」
3人は声をそろえて言い、ジョン卿が続けました。
「それに君は産まれてすぐに、モルダー王国の王子のいいなずけになったんだよ。
大人になったからご両親のもとに戻って、彼と結婚するんだ。」

「結婚なんてできないわ！私には好きな人がいるのよ！今日ウィリアムという人と
森の中で会ったの。今夜ここで会う約束をしたのよ！」
ダナはそう言うと泣き出し、妖精達から背を向けました。
「ごめんよ、ダナ。でも彼のことは忘れないと。君はスカリー王国のキャサリン姫なんだよ、
君を守るためにここで暮らしていたんだ。でも、もう君の本当の人生に戻るんだ。
ご両親に会うために、今夜はどうしても発たなきゃならないんだよ。」
リンゴ卿が一生懸命に説明しました。
「いや・・・！」
ダナはすすり泣きながら部屋へ走り、ベッドにうつぶせになって激しく泣き出しました。

+-+-+-+-+-+

モルダー王国の城

「父上！父上どこですか？！すばらしいお知らせがあります！」
フォックス王子は父王の城の中庭まで馬を走らせました。

「何事だ？息子よ。どこに行ってたのだ？今夜スカリー王国のキャサリン姫が
城に戻られるんだぞ、そこでお前達の結婚を発表せねばならんのに。」
ウィリアム王はフォックス王子の手を取り、城の中を歩きました。
「いえ、父上、今日僕は森で結婚する相手に出会いました。ダナというすばらしい女性です。
まだ会ったばかりですが、すぐにわかりました。彼女こそ僕の妻になる女性です！
では父上、彼女の所に戻ります。」
フォックス王子はそう言うと馬の方に早足で戻りました。

ウィリアム王は頭からつま先まで怒りでまっ赤になり、王子の後ろ姿に向かって怒鳴りました。
「フォックス・ウィリアム！お前は王子として自分の王国とスカリー王国への義務が
あるんだぞ！お前は王子として、キャサリン姫と結婚するんだ！」
フォックス王子は父王の声も耳に入らず、夕焼けに向かって馬を走らせました。

+-+-+-+-+-+

3人の妖精達は誰にも気づかれずに、キャサリンを城の中に連れ、そっと忍び足で
誰も人が来ないような、古びた部屋に入りました。
「さあキャサリン、ここに座って。最後の贈りものを捧げるからね、王女様。」
メルヴィン卿はそう言うとジョン卿とリンゴ卿のいるところに戻り、きれいに
包まれた箱を手に取り、差し出しました。
キャサリンは箱を見て、3人に戻しました。
「私はダナよ、王女の事なんて知らないわ。」
彼女は涙を流して訴えました。

「姫、もう大人なんだからわかってください。王女は君なんだよ。」
リンゴ卿が優しく言いました。
「全てあるべき所に戻ってきたんだよ。私たちを信じて、かわいい姫よ。」

ジョン卿が二人の妖精の肩に手を置きました。
3人は、彼女に心を落ち着かせて贈りものを受け取ってもらうために、
しばらく一人にしてあげることにしました。

妖精達が部屋から出ていくと、キャサリンは目を開けました。
箱の中にはシンプルだが美しい金の冠が入っていました。
彼女は涙を流しながらそっと手に取りました。
〈モルダー王国の王子と結婚などしたくない。〉
キャサリンはウィリアムを愛していました。

キャサリンは鏡に近づき、そっと冠を頭に乗せて顔を上げると、彼女のドレスに
頬から落ちた涙が染み込んでいきました。
「いや！」
キャサリンは王女としての自分に作られたドレスを呪いました。
きっとこれから王と王妃に会い、本当の自分を認めなければならないでしょう。

部屋の片隅に古い糸車が置いてありました。
キャサリンは糸車に近づいて座ると、ドレスの一部を切り裂いて、糸を巻き取ろうと
してぎこちなく手を伸ばしました。
その時指先に糸車のつむがあたり、針に刺してしまいました。
「痛っ！」
キャサリンは指先を口に運びました。
しかし急に体の感覚が麻痺して、目の前が真っ暗になりました。

部屋の中からドサッと倒れる音がして、外で待っていた3人の妖精は部屋に駆け込みました。
キャサリン姫が床にばったりと倒れ、そばに忌まわしい糸車が転がっていました。

ジョン卿が彼女の手を取り、調べると、指に針で刺した跡がありました。
「灰ケムリ男の言った通りになってしまったな。」

「なんてこった！王と王妃になんと言ったらいい？21年間も大丈夫だったのに、
何でまた今日なんだ！」
リンゴ卿がわめきました。
「わめくより、何か姫のために考えよう。」
メルヴィン卿はジョン卿と一緒にキャサリン姫をベッドに運び、そっとベッドの上に寝かせました。
そして3人は部屋から出て、鍵を閉めました。

「誰もこのことは知らない。これから王国中がみな姫と一緒に眠るんだ。」
3人は国中に散らばって人々の肩を優しく触り、国中全ての人々を深い眠りにつかせました。

リンゴ卿がモルダー王国のウィリアム王に事の次第を話すと、王は彼の耳にささやきました。
「王子にも話さねばならんだろう。王子はキャサリン姫と結婚しなければならん・・・
森で会ったダナという女ではなく。」
その言葉で、リンゴ卿の頭の中で散らばっていたパズルが一つになりました。
〈姫が言ってた森で会った男とは、フォックス王子のことだ！〉
王子のミドルネームは父王と同じ‘ウィリアム’に他なりませんでした。

リンゴ卿はこのことをジョン卿とメルヴィン卿に話しました。
「家に戻らなければ！王子ならこの呪いをきっととける！」
メルヴィン卿は叫ぶと、乗ってきた馬に飛び乗って、夜の道をひた走りました。


***************
Part4

妖精の家
その夜

フォックス王子が明かりのついてない家に近づくと、6人の黒ずくめの男達に取り囲まれました。
灰ケムリ卿がオニキスでできた長いパイプから煙を立ち上らせ、ドアからゆっくり出てきました。
「ダナはどこだ？」
「姫なら城へ帰ったよ、しかしそれは君にとって問題じゃないだろう。
今は、君が生きて今夜を過ごせるか心配した方がいいだろうな。」
6人の男達が王子につかみかかりました。
灰ケムリ男は王子が引きずられていくのを眺めながら煙を吐き、ゆっくりドアから離れて行きました。

一方、3人の妖精達は魔法以外使えるものはなく、武器も持たずに家に向かっていました。
彼らは黒ずくめの男達が、キャサリン姫を救う唯一の望みを連れ去るところを目撃しました。

「後をつけよう、それしかない。」
ジョン卿があせりを押し殺して言いました。
そして3人の妖精達は悪の妖精の通ったあとを追って、また夜の道を走り続けました。

+-+-+-+-+-+

フォックス王子は灰ケムリ卿の屋敷の冷たい地下牢に囚われていました。
灰ケムリ男が話した恐ろしい計画を思い出しながら、王子はひとりぼっちで牢の中で座り続けて
いました。
こうして座って死を待つ間も、彼の恋人、ダナはベッドに横たわり、永遠の眠りについているのです。

夜の闇を裂くような大きな音がして、王子ははっと顔を上げました。
「声を出さないでください、フォックス王子。私たちは助けに参りました。」
ジョン卿が牢の中にささやきました。
突然ドアが開いて、不格好な三人組の姿が現れました。
その中の一人、金色の髪でやせっぽちの妖精が、倒した衛兵から奪った剣を差し出しました。
そして、背が低く、ずんぐりとした妖精は、同じく倒した衛兵から奪った盾を差し出しました。
最後にヒゲをはやし、一番普通に見える妖精が乗馬用の鞭を差し出しました。

フォックス王子が驚いていると、金色の髪をした妖精が口を開きました。
「フォックス王子、この牢から出してあげましょう。しかしダナを取り戻す道はこの武器を持って、
一人で行ってください。この武器は悪い妖精の魔力からあなたを守り、姫を取り戻す力になるで
しょう。・・・王子、姫はあなたを愛しています。彼女を助け、王国を元通りにするのはあなたに
しかできません！」
メルヴィン卿は魔法で王子を牢からだし、白馬の上にまたがらせました。
白馬はフォックス王子を乗せて風のように早く走り、彼を美しい姫のもとへ一刻も早く着かせる
ように、夜の闇を力強く駆け抜けました。

スカリー城の門の前に灰ケムリ卿が煙と共に現れました。
「君はもっとかしこい男だと思っていたのだがな、こんなバカなまねをするとは思わなかったよ。」
「地獄に堕ちろ、灰ケムリ男！」
フォックス王子は剣を抜き、灰ケムリ卿が武器を出してもひるまずに前進しました。
どちらかの死を決めるように、二人の間に火花が飛び散りました。

「貴様を殺してやる！神に誓って殺してやる！」
フォックス王子は剣を振り上げましたが、灰ケムリ卿は素早く動いて王子に剣を突き立てました。
勝利を感じて灰ケムリ卿が盾を下ろした瞬間、王子は灰ケムリ卿の足下へころがり、腕を何度も
深く切り裂きました。
王子は妖精達からの盾で守られたのです。
灰ケムリ卿が悲鳴を上げて腕を押さえたとき、王子は剣を彼の心臓深く突き立てました。
すると悪い妖精は大量の灰の固まりに変わり、頭から崩れて消えてなくなりました。
とうとう灰ケムリ卿は、フォックス王子の手によって死にました。

物音に気が付いて王子が顔を上げると、3人の良い妖精達が立って、彼を見つめていました。
王子は思いだし、彼らについて走ってダナの眠る部屋のドアを開けました。
小さな部屋の中に、美しく、安らかに眠るダナがベッドに横たわっていました。
フォックス王子は彼女のそばにひざまずいて手を取りました。
そしてそっとかがみ込み、バラの花びらのような唇に・・・

+-+-+-+-+-+

「モルダー！」
モルダーは驚いて目を開き、「わっ」と声を上げバランスを崩してイスから転げ落ち、
分厚いファイルが床一面に散らばった。
机の下から見上げるとスキナーがドアのそばに立っていた。

「モルダー、もう7：30だぞ。いくら起こしても起きないと言って、スカリー捜査官が
心配して私の所へ来たんだ。それでわざわざお前が死んでないか見に来てみれば・・・。」
スキナーはめちゃくちゃに散らかった床を見下ろした。
「いえ、sir、大丈夫です。ただ変な夢を見てて、そ、それだけです。」
モルダーは急いでファイルをかき集めた。
「もう家に帰ってちゃんと寝ろ、スカリー捜査官は帰ったぞ。もうこんな事で私を呼ぶなよ、
わかったな！？」
スキナーはそう言ってドアから出ていった。
「わかりました、sir。」
スキナーが出ていくとモルダーはぶつぶつ言いながら椅子に座り、首の後ろをさすった。

〈まったく変な夢だったな。おしまいはどうだったっけ・・・〉
モルダーは受話器を上げ、スカリーの家の番号を押した。
〈応答無しか、チェッ。〉
モルダーは鞄とコートをつかんでドアに向かった。
「本当に変な夢だった。フロヒキーがドレスを縫ってたぞ・・・。」
彼は首を振り、ドアを開けてフーバー・ビルの出口へ急いだ。


***************
Epilogue

スカリーのアパート

8：25pm

モルダーは合い鍵を使ってドアを開けた。
中に入ると、リビングには明かりがついておらず、ベッドルームからわずかな光が届いていた。
「姫、モルダー王子が参りましたよ・・・。」
モルダーは独り言のようにつぶやいた。
そして部屋をさっそうと横切り、ベッドルームのドアを開けた。
スカリーはベッドに横たわり、お腹の上に読みかけの本を乗せて眠っていた。
真っ白な枕の上に、まるで太陽の光のように美しい髪が広がっていた。
まぶたは閉じて、胸がゆっくりと上下していて、彼女は深く眠っているようだった。

「眠れるスカリー姫。」
モルダーは眠っているスカリーを見つめてささやいた。
そしてベッドに近づいてひざまずき、起こさないようにそっと本を取った。
スカリーは「ん・・・」と声を出したが、またそのまま眠った。
モルダーは音を立てずに本をナイトテーブルの上に置き、スカリーの手を取って親指で優しくなで、
夢を思い出しながらささやいた。

「あなたが最も信頼する、真の恋人のキスによって呪いはとかれ、眠れるスカリー姫は目覚めるで
しょう。」

モルダーは微笑んでスカリーの上にかがみ込んだ。
バラの花びらのような唇に、やさしく、甘くくちづけし、またひざまずいて彼女を見つめた。
しばらくするとスカリーのまぶたが何度かまばたきし、海のように美しい瞳でモルダーを見つめた。

「モルダー。キスで起こしてくれたの？」
彼女は微笑んでささやいた。
「おとぎ話が本当かどうか確かめたんだよ。」
スカリーはまだベッドに横になったまま当惑したように彼を見つめ、いつも彼女が眠る側に体を
移した。
モルダーは今日見たおかしな夢を話し出した。

「眠れる森の赤い髪の美女の話なんだ。彼女は呪いにかけられて、それをとくには『彼女が最も
信頼する、真の恋人のキスを受けることだ』とフロヒキーに似た妖精が告げたんだよ。
それで僕が・・モルダー王子が眠れるスカリー姫にキスしようとした時にスキナーがオフィスに
入ってきて、『家に帰って寝ろ』と起こしたんだ。」
「家で寝なくていいの？」
スカリーは少し上目遣いに微笑みながら、ベッドの上に座った。
「僕は夢のおしまいを見られなかったんだ。それで君に電話したけど、でないからここまで
来たんだよ。そして君が眠ってるのを見て、おとぎ話は本当だったとわかったんだ。」
モルダーは彼女の手を握ったまま笑った。彼女がよく知っている、いたずらっぽいあの表情で。
「そしてそれが2日間もかけて読んでたXファイルでもあるのね？」
モルダーは彼女の手を優しくなでながらベッドの端に座った。

「私のこと愛してる？モルダー。」
スカリーは、もう答えのわかっている質問を再び聞いた。
「わかってるだろう、ダナ。愛してるよ、ずっと愛してる。お姫様がどう感じてるかはわからない
けどね。」
モルダーはそう言って彼女の上にかがみ込んだ。
「私も愛してるわ、モルダー・・・わかってるでしょう。」
スカリーは笑って優しくキスし、彼の体を引き寄せた。

「ねえ、モルダー、フロヒキーがキャサリン姫のドレスを縫って、ラングリーとバイヤースが
ケーキを焼いていたの？どんな味だった？」
「覚えてないな。でもハッピーエンドの夢で楽しかったよ。」
彼も笑ってスカリーの体を抱きしめた。


そしてこの二人もいつまでも幸せに暮らしました
・・・もちろん次のXファイルな事件に期待を込めながら。




The End