DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : Fumbling Towards Ecstasy

作：Jenna Tooms　　訳:tomo

6　-　Elsewhere

“ここは僕だけの天国
　どんなものからも守り抜いてみせる”

1.

スカリーと僕は雪のない森の中を歩いていた。
彼女の表情もいつもと違って見えていた。
髪を後ろで結い上げ、フランネルのシャツ、ジーンズ、ハイキング用のブーツを履いて、
澄んだ瞳は無垢に輝き、柔らかな表情を浮かべて若々しく見えていた。
スカリーは僕と手をつないで、先に立って道を歩いていた。

「どこに行くんだい？スカリー。」
なぜか僕はアルマーニのスーツを着ていた。
「心配しないで。道は知ってるから。」

僕たちは洞窟の入り口に着いた。
だが僕は言いようのない恐怖におそわれて動けなくなった。
スカリーはどうしたのかと問うように僕を見上げた。
「行きたくないよ、スカリー。」
「怖がらないで、モルダー。この洞窟のことは知ってるから。」
スカリーはぐいっと僕の手を引いて中に入っていった。

洞窟の中は我慢できないほど暗く、ほんの数歩中に入っただけで外の光が全く届かなくなった。
「スカリー、行かないでくれ。」
僕はスカリーの手が僕から離れるのを感じて頼むように言った。

「スカリー、置いていかないでくれ。」
「ここにいるわよ、モルダー。大丈夫、道は知ってるから。」
しかしスカリーの手も、姿も僕から離れ、彼女の足音さえ聞こえなくなり、真っ暗な洞窟の中に
ひとりぼっちになった。
「スカリー！」
叫び声を上げると洞窟の中を僕の声だけがこだました。
「スカリー！どこにいるんだ？スカリー！スカリー！！」

2.

びくっと体が痙攣して目が覚めた。
心臓が激しく鼓動し、汗をかいていた。
〈夢か・・・〉
ここに来てからずっと悪夢など見なかったのに。

僕はスカリーの方に手を伸ばした。
きっとそこにはスカリーの体の温かさと、彼女の呼吸するリズムに触れて、気持ちを安心させて
くれるはずだった。
しかしスカリーはいなかった。彼女の枕元に一片の紙切れが残してあった。
〈スカリー！〉
僕は紙を握りつぶして、すぐに彼女を追うためD.C.への帰り支度を始めたい衝動に駆られたが、
とにかくナイトスタンドをつけ、彼女の残した小さな、美しい筆跡を目で追った。

　『モルダー　心配しないで。すぐ戻ってくるわ。
　　少しだけ家の外の空気を吸いたいだけだから。　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　スカリー　』　　　

今は午前1時だ。
彼女が心配するなと書いても心配せずにいられなかった。
一体どれくらい前に彼女はいなくなったのだろう？いや、出ていったのだろう。

眠気も安心したい気持ちも全て消えて起きあがり、ベッドののそばにあったＴシャツと
スウェットパンツをはき、セーターに着替えた。
足に床の冷たさを感じて、ベッドにはいる前に暖房をつけなかった事を思い出した。
僕は一階に下りて暖炉に火をつけ、毛布を体に巻いてカウチに座り、彼女を待つ準備をした。

どれくらい、僕はスカリーにこれまで同じ事をさせてきただろう。
これまでスカリーは、僕が失踪するたびに、遺体の確認の電話がかかってくるのではないかと
心配して僕を待ち続けたのだろうか。
もっと悪ければ、僕が離れたところで死んでしまい、誰もスカリーに僕のことを知らせてもらえない
ことがあったら。

僕はローンガンメンの奴らには手配していた。もし僕が失踪したとき、何か情報があったら必ず
スカリーに伝えるようにと。
スキナーや他の誰でもなく、スカリーに見つけてほしかった。僕が死んだとき、彼女に伝えてくれる
友達がほしい。
〈以前には僕が死んだと早まった情報が流れたことがあったな。〉

僕は一人微笑んで、何年も前のその時のことを思い出した。
〈あの時僕を見たスカリーの顔〉
僕が無事に戻ってきたのを見た彼女は、後で叫び声を上げて喜んでいた。
僕も言葉にならないほど嬉しくて、その時は彼女をからかうので精一杯だった。
『君が僕を心配してるとは思わなかったよ、スカリー。』
『もちろん心配したわよ、バカね。あなたが死んだと思ったのよ。』

もちろん彼女はいつも僕を心配していた。

ちょうど僕が、スカリーだと思われた遺体の確認のために、モルグの外の窓に立ち、ブラインドが
あがるのを棒のように固まって待ったときのように。
彼女と違う遺体だと分かって、体中の力が抜け、また元気付けられたときのように。
あの件では、その後僕はスカリーを見つけられた。
僕は彼女がどこにいなくなろうと、必ず見つけだすことを心に誓っていた。


でも今回は違う。僕は何度も彼女の前から姿を消したが、それは彼女に危害が及ぶのを避けようと
したからで、今回のようなことはない。車もなく、何の手がかりもなく、いつ帰ってくるか分から
ずに、ひとりぼっちで待ち続けるのは。しかも突然に。
僕はここに捨てられ、車もなくてはどんなに探したくても探しようがなく、ただ待つことしか
できなかった。

外はまだ雪が降っていた。
スカリーは雪道の運転にあまり慣れていないはずだ。それにこんな夜中で、きっと体も疲れているに
違いない。それに何か考え事をしながら運転していたら・・・もし電話が鳴ったら・・・。

首に何かが軽く触れたのを感じて、飛び上がって周りを-何かが見えないかと期待して何度も
見回した。
何かの影のような、薄緑色の霧に見える、しみのような影が動いているように見えた。
〈この家には今僕しかいないはずだ。僕はきっとスカリーのことで緊張して興奮しているんだ。
何もおかしいところはない。落ち着け、モルダー。落ち着け。〉

突然自分が小さかった3、4歳の頃のことを思い出した。こんな夜に、
TVのブギーマンが、廊下からドスン、ドスンと僕の方に近づいてきた音を聞いたのだ。
後になってその音は自分のドキドキしている心臓の音だったことが分かったが、その時感じた恐怖は
まだ忘れられなかった。
僕はブギーマンが僕を見つけて、丸飲みにしようとねらいを付けられているように、その影から目が
離せなくなって固まっていた。
僕はオズの魔法使いに出てくる弱虫なライオンのようにぶつぶつつぶやいた。
「僕は幽霊を信じる、僕は幽霊を信じる、僕は幽霊を信じる・・・」

スカリーが知ったらきっと笑うだろう。

しかし僕は唱え続けていた。なぜならここには幽霊がきっといるからだ。今僕は一人でないのだろう。
今でなく、ずっとだったのかもしれないが。幽霊の名を知っていても、今感じている恐怖を抑えるの
に何の役にも立たなかった。
とうとう僕は尋ねてみることに決めた。今見ているものを信じるためにも。
「レイチェル」

僕ののどはカラカラに乾いていて、ささやき声しか出なかった。
「今僕は取り残されて、心配しているんだ。レイチェル、もし君に何か力があるなら・・・彼女を
無事に、僕のところへ、この家に戻してくれ。」

ドアが開く音がして振り返ると、心臓がドキドキした。
〈今僕は何を言ったんだ？僕は何に向かって頼んだんだ？何を・・・〉

「何してるの？モルダー。」

スカリーだ。

僕は口もきけずにカウチに沈み込んだ。
スカリーは勝手口のドアからキッチンを通って僕に近づき、冷たい手を僕の額に当てた。
「大丈夫？」
「どこに行ってたんだい？」
「少しドライブに行ってたのよ。」
「こんな夜中に？」
「少し考えたかったのよ、モルダー。」

スカリーの瞳は澄んでいて明るく、まるで聖母のように純粋な表情だった。
僕は彼女の手を取って、手のひらにキスした。彼女の手に触れると、自分の震えも、怯えも、
心臓の鼓動も落ち着いていった。
「モルダー」
スカリーはささやいてソファに膝をついてあがり、僕の頭を胸に当てて抱きしめた。
そして髪にキスして、何も言わずに優しく僕の頬をなで続けた。
多分僕の状態に困惑しているのだろう。僕も混乱していた。

「心配してたんだ。」
何とか言葉をつないだ。
「心配しないでって書いたのに・・・。」
「雪が降ってる。」
「運転には自身があるわ。」

スカリーは僕の顔を手で上げると優しくキスして、また僕の頭を抱きしめた。
僕はまるで親友が死んでしまったかのようにむせび泣いていた。でも彼女はここにいる。
ここにいて、僕の頭を抱いてささやいて、何があったか分かろうとしてくれている。
何があったかって？自分でも分かるもんか。
ただ彼女を永遠に抱きしめたい。
スカリーが僕を抱きしめて愛し、守るのと同じように。

「僕から離れて考えたかったんだろう？」
僕は彼女の瞳をじっと見つめた。
「その通りよ、ある意味ではね。自分で決めたいことがあったのよ。」
「でもなぜ今夜に？」

スカリーの顔に悲しそうな表情が浮かんだ。
彼女は頬をしばらくの間僕の頭の上にのせて話し出した。
「決心したかったのよ・・・論理的に。わかるかしら？あなたと一緒にいて、たくさん新しい気持ち
を感じていたの。これまで真剣に考えたことがなかったような気持ちだったのよ。
それで町の方までドライブして、明日の夜のために飾り付けしたクリスマスツリーを眺めていたの。
とってもきれいだったわ、モルダー。広場全体にライトがついていて、まるで“くるみ割人形”の
セットみたいだったわ。」
「僕はバレエは嫌いなんだ。」
スカリーは小さなため息をついて、また僕にキスした。
「とてもきれいだったの。」

心の中では、意地悪で汚い心が出てきていた。
「考える時間を持てて良かったね。ちゃんと考えられたかい？」
僕は彼女の腕から体を離した。
「ええ、ちゃんと考えられたわ。」
「それはすばらしいね。良かったじゃないか。僕はここで一人で待って、君に次に会えるのは
モルグになるんじゃないかって心配していたのに。」
「モルダー、そうだったの？」
「そうだよスカリー、心配したんだ。ものすごくね。いつも君と離れたとき、これが最後なん
じゃないかって思うんだよ。さよならを言ったら、もう二度と会えなくなるんじゃないかって
思っていたんだよ。」
「モルダー、あなたがどこかわからず失踪したとき、私も同じように心配していたわ。
あなたにも分かるでしょう？電話が鳴るたびに、あなたの死体が発見された電話じゃないかって
怯えていたわ。そんな生活はいやよ、モルダー。」
「僕が失踪するのは、いつも君を守るためだったんだよ。」
「わかってるわ。でも失踪することでは、永遠には私を守れないのよ。」
スカリーは微笑んで、僕の手に小さな手を重ねた。

僕は手を返して彼女の手を固く握りしめ、静かにスカリーにささやいた。
「二度と僕を置いていかないでくれ。頼むから。君がいなければ、僕はただの変人なんだから。」
「そうよ、だから私が突っつきまわすのよ。」
僕たちは同時に微笑み、スカリーは僕にそっとキスした。
「ベッドに戻りましょう、モルダー。もう遅いわ。」
僕はうなずいて、カウチで体を伸ばして緊張していた筋肉をほぐした。
スカリーは、僕が暖炉の火を消している間に二階へ行き、僕が上がったときにはもうベッドの中に
いて、彼女の側の枕に頭をもたれさせていた。僕が隣に滑り込むと眠そうに微笑んで、優しく僕の
頬を手のひらでなで続けて眠りに落ちていった。
僕は彼女におやすみのキスをして、ナイトスタンドの明かりを消した。

3.

コーヒーの香りで目が覚めた。
ゆっくり目を開けて、瞼をこすりながら起きあがるともう日が出ていて、フェルメールの絵のように、
光がベッドの影を斜めに描いていた。ベッドに座って窓の外を見ると、昨夜降った雪が見事に
積もっていた。
真っ白な雪の平原には動物の足跡さえ付いていなかった。
太陽の光が反射してきらめき、美しい雪の朝景色だった。

「おはよう、sleepyhead。やっと起きたのね。」
スカリーが陽気にドアから入りながら声をかけてきて、ベッドの端に腰掛けて足を組んだ。
彼女が動くと、首の付け根でクロスペンダントが内気そうにキラキラと朝日に輝いた。
彼女はもうVネックのシャツにセーター、ジーンズと厚い靴下をはいて着替えてしまっていた。

「今何時だい？」
「10時過ぎよ。」
「そんなに寝てた？起こしてくれて良かったのに、スカリー。」
「私が起きたとき、あなたまだぐっすり眠ってたのよ、起こすのがかわいそうなくらい。
昨日寝たのが遅かったものね。さあ、朝食の用意はできてるわよ。お腹空いた？モルダー。」
「ああ。すぐ下に行くよ。」
でもベッドの中は温かくて、
シーツは柔らかくて、もっと朝寝を楽しみたくなってきた。
「スカリー、おいで。」
「どうして？」
「どうしてって聞くのかい？抱きしめたいんだよ。」
僕はそう言って腕を伸ばした。

スカリーは僕の腕に包まれると、僕の胸に頬ずりして、あごの先にキスした。
「私の甥のブライアンはね、自分がだっこされたいときにこう言うのよ、『だっこしてあげる』って。
まるでさっきあなたがしたみたいにね。」
「だっこしてあげる。」
僕は彼女にささやいて、耳にキスした。

「僕はまだあんまり腹へってないから、もう少しこうしていないかい？」
「こうして？あなたの場合ただのだっこじゃないでしょう？」
「たぶんね。そっちのほうがいい？」
「ええ・・・これくらいならね。」
スカリーは軽く羽のようなキスを僕の瞼と頬に落とした。
「これくらいよ、モルダー。」

「触っちゃだめかい？」
「少しだけならね。」
スカリーはそう言うと、やわらかくて冷たい唇で、僕の唇の輪郭をなぞってささやいた。
「あなたはハンサムだわ、モルダー。」

僕はびっくりして笑い出した。

「よしてくれよ、スカリー。」
「あら、そうよ。あなたはハンサムよ、モルダー。」
さっと彼女の舌が僕の唇にあいさつした。
「あなたの目、あなたの瞳の色。明るいクローバーの色だわ。とてもきれいよ。」
僕はなんと答えていいか分からなかった。僕の目をこんなに詳しく見られたことは誰からもなかった。

「私はあなたの瞳が好きよ。あなたが得意のプロファイルを話している時の熱っぽい瞳も、
落ち込んだときに私を見つめているときの瞳も好きだわ。きっとあなたのお母様も、あなたが
興味を持った女の子も、残らずこの瞳に溶けてしまってたと思うわ。」
「僕が女の子をうまく扱えた事なんて一度もないし、誘惑するように見つめたりなんか
しなかったよ。」
やっと言い返せることができた。
「そうでしょうね。わざとなんてできないわよね、あなたは自分のことを知らないから。
でも効き目がなかったとは言わせないわよ。最低でも好きな女の子と仲良くなるには効果が
あったはずよ。」
「・・・でも母親には効果ゼロだったよ。」
スカリーは笑い出すと素早くキスして、
指先で僕の唇をなぞりながら続けた。

「それにあなたの唇。キスするのに最高な形よ。私が何度あなたにキスする幻を見たか知ってる？」
「26秒ごとだろう？」
スカリーはまた笑いだした。僕は彼女の頭を僕の方に引き寄せた。
彼女の、キスするのに最高な形の唇を求めて。
「もっとよ、もっと。もっと近づけて。」
彼女が僕の唇に触れながらささやいた。
「んん。」

スカリーの口は温かくて甘くて、彼女の舌も僕の口の中で動き、僕の舌の上をすべっていた。
彼女の指が、僕の髪や、顔を優しく撫でる感触が大好きだ。彼女の体の重み、胸に当たる彼女の
ふくらみのやわらかさ・・・少しなら触っていいって言ってたよな。
片手を上げてふくらみをこねるようにやさしくもみ、ゆっくりと手のひらで弾力を楽しみ始めた。
スカリーは唇を離すとさっと僕のあごにキスし、首筋と、耳にキスしてささやいた。
「下まで競争よ。」
そう言うとベッドから飛び降りた。

僕は毛布を投げて、彼女を追いかけて走りだした。僕たちは笑いながら廊下を駆けて、
とうとう彼女を階段の下で捕まえた。

「勝ったわ！勝ったわよ！」
スカリーは手すりの柱をつかんで笑い転げた。
「だめだよ、僕が捕まえた方が先だった！」
僕は彼女の首筋にかみついて腕を絡みつけた。

「じゃあ、今度はかくれんぼでもする？」
「僕はくすぐりっこの方がいい。」
「今してるじゃない。」
スカリーは僕の顔を包んでキスした。
「クリスマスプレゼントの中身を知りたい？」
「プレゼントはクリスマスの朝に開けなくちゃいけないんじゃないかい？」
「もちろんクリスマスの朝よ。でも時々、新しいパジャマの入ったプレゼントをイヴの夜に開けて、
それを着てクリスマスの朝を迎えたのよ。あなたにもそんなプレゼントをあげるわ。」
「箱の中に君が入ってるといいな。」
スカリーはくすくす笑ってまたキスした。
「まだ待っててね。」
「朝食は何にするんだい？」
「パンケーキを作ろうと思って。材料は混ぜて、もう焼くだけになってるわ。」
「僕が焼くよ。コックの腕を見せてやるよ。」
「そうね。まだ何の召使いの役してなかったものね、houseboy。ペディキュアも待ってるわよ。」
「かしこまりました。」
「あなたにも塗ってあげようと思って、きれいな色を持ってきたわ。」
「僕を倒したら塗っていいよ、G-Woman。」
「簡単だわ、あなたの弱いところなんて知り尽くしてるんだから。」
スカリーは笑いながら僕をキッチンに引っ張った。

「さあ、モルダー。お腹減ってるのよ。今朝は忙しかったんだから。」
「今朝？何してたんだい？」
「買い物に行ったのよ。」
「何買ったんだい？」
僕はフライパンを持って、火で熱し始めた。スカリーは冷蔵庫からパンケーキの生地の入った
ボウルを取り出して、カップボードからシロップも取り出した。
「ちょっと秘密よ。」
「僕がびっくりするようなものかい？」
「んー、多分ね。」
「それなら僕も買い物に行った方がいいな。」
「朝食が先よ、モルダー。力が付かないわ。」
スカリーは秘密めいたように微笑んだ。
「わかったよ、baby。」
僕は彼女をしばらく見つめてため息をつくと、フライパンの方に向き直った。
〈そうだな、まず僕のパンケーキを見せてあげなくちゃな。〉
すぐにフライパンが熱くなり、僕は生地を流し込んで焼き始めた。
三つの丸い形を繋げてミッキーマウスの顔、二つの楕円を繋げてハートの形、ぐにゃぐにゃの形の
ミュータントパンケーキを、僕は次々に焼き上げた。

スカリーがテーブルに皿を並べながらフライパンの中身を見て、目をぱちくりさせた。
「何これ・・・モルダー？」
「僕がいつからパンケーキを焼きだしたか知ってる？スカリー。7歳だよ。サマンサは僕の作る
ミッキーマウスが大好きだった。こう、目と鼻にチョコチップをのせてね。もっとできるよ、
シナモンパンケーキ、ブルーベリーパンケーキ、チョコチップパンケーキ・・・」
「つまりこれはあなたの朝食リストのほんの一例って訳ね。で、これはミッキーの失敗作？」
スカリーはぐにゃぐにゃの形のパンケーキを指差した。
「いや、ミッキーほどには有名じゃないものだよ。」
僕はパンケーキの生地のついた指を出してなめてもらおうとしたが、スカリーは首を振ったので
自分でなめた。
〈パンケーキはやっぱり焼かないとおいしくないな。〉

「こっちは？」
スカリーは僕の作ったハート型パンケーキを指した。確かにミュータント型のパンケーキとも
あまり変わってないように見える。
「ああ、それは・・・ミッキーの失敗作だよ。」
僕は臆病者だ。

スカリーは小さめのパンケーキを一口かじってニッコリすると、残りも全部口に入れた。
「おいしいわ、モルダー。」
「気に入ってくれて嬉しいよ。」
「あなたはやれば何でもできるのね。」
「いつかもっと僕に料理を教えてくれるかい。」
「そうね、いいわよ。」
僕がちょっとスカリーの方に気を取られている隙に、フライパンがジュージュー言い出し、
焦げる前に急いでポンッとパンケーキをひっくり返した。
スカリーはパンケーキ味のキスをすると、冷蔵庫からパンケーキに添える果物と、ミルクと
ジュースも一緒に取りだして、もちろん熱いコーヒーもテーブルに置いた。

スカリーは僕の好きなコーヒーを知っていて、深煎の豆で入れたコーヒーに、少しだけ砂糖を
加えてくれていた。
僕はコーヒー味のキスをお返しした。

今朝スカリーが買い物に行ったときに、一緒に花も買ったのだろう。テーブルの上の小さな花瓶に、
真っ白なマーガレットと黄色いデージーが生けられていた。
木製のキャンドルスタンドに新しいキャンドルが立てられ、銀色に光るナイフやフォークの下には
きれいな色のナプキンが敷かれ、いつもはマーガリンが入っているケースにはバターが入っていた。
僕はテーブルに焼きたてのパンケーキを乗せた皿を並べながら言った。
「すごいな、スカリー。イヴの朝でこんなにすごいなら、明日のクリスマスが楽しみだよ。」
「生まれ変わったら、マーサ・スチュワートみたいな生活クリエーターになってTVに出るわ。」
スカリーはポーカーフェースで言うと、温めたシロップをテーブルに置いた。

僕たちは座って食べ始めた。僕はスカリーが指についたシロップをなめようとするより早く彼女の
手を取り、セクシーに流し目を送りながら、シロップをなめ取った。
「朝食中よ。遊ぶ時間はこれからたくさんあるでしょう。」
スカリーは少し息を乱しながら言った。
「外でスノーマンでも作るかい？」
「雪像よ。ん、モルダー、とてもおいしいわ。」
「もう僕の腕を疑ったりしないだろ？」
「ええ。だけど、なぜいつもスープ缶とピザばかり食べてるの？」
「自分のために作るのはつまらないからね。」
「それはそうね。誰かのためにがんばれば、全て上達していくものね。」
僕たちは笑いながら食べ続けた。


4.

昨夜スカリーが何を決心したのかは分からないが、それは彼女にとって良かったようだった。

僕たちが作った雪像は、なんと表現して良いか分からない形になった。僕たちは天使のはずの雪像を
作ってから、雪合戦を始めた。スカリーは見たことないほどはしゃいで、楽しそうに雪を投げてきた。
僕たちは日が高く昇って、玄関のポーチのところの雪が溶け出すまで遊んで雪を投げ、とうとう彼女
が僕に勝った。

午後になると、僕たちは暖炉の薪を燃やしてソファに横たわり、モカを飲みながらお互いの足に
ペディキュアをした。スカリーは僕の足を抱えて、信じられないようなメタリックグリーンの色を
僕の爪に塗っていた。
僕はスカリーの爪に何の色を塗ろうかと、色の選択に長い時間をかけていた。
スカリーが言うには・・・僕が最初に手に取った紅色は派手すぎで、ローズはいつも彼女が
つけている色で、僕が今塗られているメタリックグリーンだけは、絶対につけないでほしいそうだ。
僕はついに銀色がかった薄いパープルを塗ることに決めた。

僕は注意深く小さな爪に塗りながら話しかけた。
「知ってると思うけど、僕はペディキュアなんてするのは初めてだからね。」
「教えてあげるわ・・・まず爪の真ん中を塗るのよ。それから両脇を塗るの。そしてちゃんと
乾いてから次の爪を塗るのよ・・・くすぐっちゃダメよ、足が動いちゃうから。分かってる？」
「こうしちゃいけないってこと？」
スカリーの足の裏のカーブになっているところに指をツーッと走らせると、彼女は悲鳴を上げて
笑い転げた。
「そうよ！やっちゃだめよ、意地悪ね。」
「まだ始まったばかりだよ。」
僕はニヤッと笑って見せた。

スカリーは僕の爪を塗るのに夢中になっていた。
「スカリー、ビートルズの『Yellow Submarine』は観た？アニメの。」
「『A Hard Days Night』は観たわ。」
「『Yellow Submarine』を観なくちゃ、スカリー。いい映画だよ。特に曲も聞いていれば。」
「何か葉っぱ吸ってハイになるとか？」
「その映画は別にハイにはならないよ。」
「モルダー、あなたが吸ったことがないなんて、信じられないわよ。」
「君は？」
「吸ったこと？ないわ。」
「君は、学生がドラッグの経験なしで、人生の変革ができるとは思わないのかい？」
「私はビール2杯で酔うのよ、モルダー。ドラッグなんかやる必要ないわ。」
「ビール2杯？それだけで？」
「背も体重も、代謝機能も、アイルランド系の宿命ね。」
「スカリー、じゃあ今度酔っぱらわせてあげるよ。」
「面白くないわよ、モルダー。」
「ごめん。」

僕たちはしばらくの間、お互いの足の爪を塗る作業に没頭した。
僕の足はスカリーの手で隠れていてどんな風になったか見えなかったが、もしスキナーや母が
これを見たらなんて言うだろうかと想像した。

そのせいだろうか。僕は後になってすぐ失言だと気付くようなことを、うっかり口に出してしまった。

「それで、スカリー。エド・ジャースとの間に何があったんだい？」
スカリーの眉が上がったのを、僕は見なくても分かった。
「なぜそんなことを聞くの？」
「え？ヤツともペディキュアしたのかなと思ってさ。」
「塗り終わったわよ、モルダー。」
「僕は知りたいんだよ。」
「あなたはわいせつな答えを想像して聞きたいんでしょう？」
「君が話せるところだけ話してくれるだけでいい。僕はもちろん報告書は読んでいるよ。
つまり・・・君が書いていない部分を知りたいんだ。」
「彼が私を殺そうとした前？それとも後？」
「前だよ、前のことだ。報告書では、君は彼のアパートに戻りベッドで寝て、彼はカウチで寝たと
あったけれども、つまり・・・君がベッドで寝る前に何があったかを知りたいんだ。なぜなら僕は
いつも、どうしてもこのことを考えて・・・その・・・。」
「考えるって？」
「つまり、それは・・・君が・・・ヤツと寝たのかって事だよ。」

スカリーは髪が激しく揺れるほど首を振った。
「違うわ。あなたが考えているようなことはないわ、モルダー。お互いに見つめ合うことはあったわ。
でも彼は突然泣き出したのよ。そして乱暴に私を突き飛ばしたわ。でもそれは私を脅そうとしたん
じゃなくて・・・『僕から逃げろ』って言う意味でだったのよ。」
「君を怖がらせなかったのか？」
「その時はね。怖がるより、彼に、自分に負けてほしくないと思って手助けしようとしたわ。
でも彼はそう思わなかったし・・・彼は助けを求められなかったのよ。」
「それは・・・。」
「彼は中毒をおこしていたからよ。」
「ああ。」
僕は思い出すと鼻の奥にツンと、涙が出てきた。

「それで、tatooは？」
「まだ見てなかったのね？モルダー。」
「ああ。君の背中側はよく見てなかったから。変だろ？君のtatooの位置も、形も知ってるのに、
まだちゃんと見ることができないんだ。」
「見られるわよ、モルダー。」
スカリーはそう言って僕のつま先を軽くつねった。僕は足の指をピクピクと動かせて見せた。

「満足した？あなたが考えてるようなことは、私とエド・ジャーズの間にはないのよ。」
「満足した。次は君とエディ・ヴァン・ブラントの・・・」
スカリーはつま先を強くひねり上げた。
「やめないとケガするわよ、Fox Mulder。」
「だって、君はあいつにキスしようとしたんだぞ。」
「“あいつが、私に”キスしようとしたのよ。訂正して。」
「あの時、君はどんなことを考えていたんだい？スカリー。君はあの時彼と・・・僕と・・・
キスしたかったかい？」
「私は・・・向き合ってただけよ。それになんだかおかしかったわ。でも、今はもうあなたに
キスしたいっていう気持ちは分かったでしょう？」
「1年前ではその気持ちを見せてもらえなかったんだろうね。」
「それはどうかしら。私はあなたに・・・エディに・・・これまで話したことがなかったような
ことをたくさん話したわ。つまりね、モルダー・・・私たちはお互いのことを誰よりも分かってる
と思うわ。でも、時々あなたのことを何一つ知らないんじゃないかって思うときがあったのよ。
あなたの好きな色も、音楽も・・・。今は知ってるわ。今、あなたについて過去5年間と比べら
れないほどのことを、この5日間でたくさん知ったわ。あなたの寝言だって知ってるのよ。」

「寝言なんて言ってないよ。」
「モゴモゴ言ってたわよ。本当のことを言うとね、モルダー。あの夜は、あなたを何にも比べられ
ないほど近くに感じていたのよ。」
僕は優しくささやいた。
「ああ。僕たちはお互いを失いそうになった時があるからね。君はあの時まだそうだった。」
「病気はもう消えたわ。」
「僕は君のそばにいつづけようとしていたんだ、スカリー。」
「あなたはそばにいたわ、モルダー。あなたが思っているよりも、ずっとそばにいてくれてたわ。」
僕は返す言葉が見つからなくて、しばらくの間、ずっと彼女の小さな白い足をなで続けた。

「僕のものは全てスカリー、君のものだよ。僕が持っているものは全て君に上げるよ。」
「分かってるわ、モルダー。でもそれは難しい事よ。だって私がほしいのは、あなたが私に
してくれている全てのことだから。あなたの全ての身振りや、私にくれるあなたの微笑みが私に
とって宝物なのよ、モルダー。あなたに見つめられると・・・、まるで自分が何より強くなった
ように感じられるのよ。時々怖いと思うことだってあるわ。あなたを失うんじゃないかって・・・
とても怖いのよ。」

最後の言葉を、スカリーはとても小さな、静かな声でささやいて僕から目をそらした。
僕は彼女の足を唇まで上げて、足の裏にキスした。
「失わないよ、スカリー。君は決して失わない。君が失うと怖れている以上に、僕は君を失うことを
怖れているんだよ。」
「でも、モルダー、D.C.で仕事に戻ったら？まだそう言える？」
僕は笑うように鼻息を鳴らせてうなずいた。
〈そんなもの、比べものにもならない。〉
「何があっても君は僕を失わないよ。僕はずっと君だけを想い続けている。君も変わらず僕を
想い続けてくれるだろう？」
スカリーは僕の足をソファに置いて、僕を抱きしめてじっと目を見つめた。
「あなたを想い続けるわ、モルダー。あなたの想いと違わないほどによ。」

僕は彼女の頬を手で包み込みこんで深く、深く口づけた。僕にはもっと彼女に伝えたいことがあった。
でも今はできない。今は。
僕はマニキュアのビンを横に置いて、しっかりと彼女を抱きしめた。
スカリーに負けないほど強く、彼女の体を抱きしめ続けた。

暖炉の炎がパチパチとはじけて、窓の外で風の音がしていた。

スカリーの心臓の鼓動は、僕の鼓動と重なり合ってお互いの体に優しく響きあった。

そして確かではないが、僕の耳に誰かが遠くで歌っているような声が聞こえていた。



→7　-　Circleへ