DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : Fumbling Towards Ecstasy

作：Jenna Tooms　　訳:tomo

3　-　Plenty

“君に言葉で伝えきれないことがある
　伝えたくても伝えられなかったことが ”

1.

朝になると僕は3枚も厚着をしてジョギングに出かけた。
外の空気は冷たく澄んでいて最高の天気だ。太陽の光が真っ白な雪に反射して、ダイヤモンドの
ようにキラキラと輝いていた。
僕らの家の前の道はきれいに除雪されていたのでスリップに注意しながら走れる。
走り出すと、僕の息は白い霧になって長くのびた。


スキー場までの道をフェンス沿いに走った。道は丘まで曲線が続いていたが、フェンスの反対側に
森への道も延びていた。僕は少し戻り、森への道を走りなおした。
森の中を走るなんて、もうずいぶんしていない。

音は全て雪に包まれ、森の中は静寂が広がっていた。僕の走るザッザッという連続した足音と、
時折雪が溶けて木の枝からドサッと雪が落ちる音しかしなかった。
僕は走りながら詩の一編を暗唱し、足音で音節を踏んでいった。

“ 暗くて深い
　 美しい森
　 でも僕は約束した
　 眠る前に走ると
　 眠る前に走ると ”

僕はこれまで走ってきた道を振り返って眺めた。今頃スカリーは、僕がどこまで走りに行ったか
心配し始めるだろう。
一緒に走ろうと誘ったのだが、スカリーはリビングでヨガをしていた。後でスキーをするために
走らないでエネルギーを残したいんだそうだが、ジョギングが疲れてヨガは平気だなんて、僕に
とってはミステリーだ。

“ 桃源郷で　
　 フビライ・ハンが
　 アルフという　 
聖なる川の流れるところに
　 荘厳で美しい　
　 ドームを建てろと
　命令した ”

不意に息を切らせて立ち止まった。脚の筋肉が急な変化にとまどってピクピクしたが、僕は見たもの
から目が離せなかった。
僕が走った道の上に一人の男が立っていた。薄手のコートと黒っぽいズボン、ブーツを履き、つばの
広がった帽子をかぶっていた。歳はいっても20代くらいの若い男で、髪と目は茶色だった。
彼は孤独でみすぼらしい感じ以外は普通の人間のようだが・・・。
僕は昔の、まだ人々が制服のようなものを着ていた時代のコスチュームではないかと考えた。

彼の方に一歩近づいて落ち着いた声で話しかけてみる。
「どうかしましたか？」
知らない相手、知らない状況に当たったとき、何か話しかけるのにはいい質問だ。
彼はゆっくりと首を振り、僕に背を向けると来た道を戻りはじめた。
しばらくぼうっとして後ろ姿を見つめた。
〈彼は一体何者なんだ、何をしてるんだ？〉
僕は走って追いかけ、彼の肩に触れようと手を伸ばした。
しかし僕の手は空気をつかんで通り抜けてしまった。

彼は僕をちらりとも見ずに歩き続けた。そして一歩一歩進むごとに、彼の体はだんだん消えて
行き、完全になくなってしまった。
道には僕の足跡だけしか残ってなかった。


2.

僕は走って勝手口から家に飛び込んだ。
「スカリー！」
僕はスカリーがいたはずのリビングへ向かった。テレビは消えていて、ヨガのビデオテープも棚に
戻っている。急いで二階へあがるとバスルームからシャワーの音が聞こえてきた。早く伝えなければ。
〈でもバスルームだぞ？〉
待つか？いや、ここは二人きりなんだし・・・。そもそも何のためにここまで来たんだ？

僕はバスルームのドアをノックした。
「スカリー？中に入っていいかい？」
シャワーの音が止まった。
「何か言った？モルダー。」
「ああ。入っていいかい？」
「今シャワーを浴びてたのよ。」
「すぐすむから。」
僕はドアを開けて中へ入った。
「森の中を走ってたら凄いのを見たんだ。」
「タオルをとってくれない？」
シャワーカーテンの後ろからスカリーの手だけが現れた。僕はタオルラックからタオルをとって
渡した。
「スカリー、僕は幽霊を見たんだ。」
「森で？」
「ああ。開拓者みたいな格好をした男が・・いや少年がいたんだ。でも僕の目の前で消えていった。
走っていたらいきなり道に現れたんだよ。」
「そして消えていったと？」
「フー、驚いたよ。」

スカリーは体にタオルを巻いて、カーテンを開けて出てきた。
彼女の肌はお湯の熱さでピンク色に上気していて、濡れた髪が顔の周りでカールして水を滴らせて
いた。
そしてまだ水滴のついている彼女の素顔には、いつも彼女が隠している唇の上のほくろも、ところ
どころに薄いソバカスも見えていて、これまで僕が見たことないほど若々しい表情だった。
僕が開けたままだったバスルームのドアから冷たい風が入り、彼女の肌に鳥肌が立った。
「その人はただ森の中に入っていったのを、あなたが追い損なって消えたと思っただけかも
しれないわよ、モルダー。それとも-」
「消えていったんだよ、まるで蒸発するようにね。僕の目の前で。その場所を見せてあげるよ。」
「パスするわ。大げさに話してない？モルダー。ここは標高も高いし、疲れが残ってたんじゃない
の？」
「僕は疲れてないよ、スカリー。光のトリックでもなかった。僕たちの森には幽霊がいると思うよ。」
「『僕たちの』なんて・・・。」
スカリーは疑わしそうに僕を見た。
「じゃあ、その彼は何か言った？」
「僕は“どうかしましたか”って聞いたんだ。だけど何も答えなかった。ただ悲しそうに立って
いたんだ。たぶん彼はひとりぼっちなんだと思うよ。」
「そう。」
「スカリー、こういう所には幽霊だっていると思わないか？人がずっと住んできた場所なんだぜ。」
「モルダー・・・。」
スカリーは僕をなだめるように言った。彼女は僕に反対したいわけじゃないが、幽霊という非科学的
なものに対して意見を言わないわけにはいかないようだった。
「それならこんな田舎より、ホワイトハウスに幽霊が出たっていう方がまだ信じられるわ。」
「200年の間にはいろいろ起こっただろ？この近くで戦争があったのかもしれない。」
「こんな北の土地で戦争があったとは思えないわよ、モルダー。ちょっと寒いわ。服を着る間外で
待っててくれる？」
「ああ・・・いいよ。スカリー、今日はスキーに行きたいかい？」
「そうね。でもまず買い物に行かないと。午後ならスキーに行けるわね。モルダー、クリスマス
ツリーを買っていい？」
「もちろんいいよ。大きいのにする？それとも小さいの？」
「きっといいツリーはもう売れてしまってるわね。二人で探してみましょう？」
「OK。僕はライトを持ってきてるからね。何色にも色が変わって瞬くライトだよ。」
「最高ね。」
スカリーは笑ってツンと僕を押した。
僕も笑ってバスルームを出て、ドアを閉めた。

別に驚く事じゃないけど、スカリーは僕が幽霊を見たことを信じなかった。たとえ彼女自身が
見たとしても、スカリーは鏡やカメラを使って検証し直さない限り信じないんだから。

僕はあることを思いだしてドアをノックした。
「モルダー、なに？」
「ディケンズだよ。」
「何ですって？」
「ディケンズだよ。“クリスマス・キャロル”の。ヴィクトリア時代にはクリスマスの時期になると、
精霊達が騒ぎ出すと信じられていたって書いてなかったかい？」
「モルダー、ヴィクトリア時代にはベッドルームの壁を鳴らしたり、テーブルを持ち上げるなんて
ことが信じられていたのよ。」
「スカリーそれは、その時代の人々は神との関係に疑問を持っていて、来世についての答えを探して
いたからなんだ。だからこそ今でも信じられている。でも僕が言いたいのはそんな事じゃなくて・・・
クリスマスには伝統的に幽霊が出るもので・・・」
「モルダー、お願いだからやめてちょうだい。確かにあなたは何かを見たのね。それは分かったわ。
でも哲学的なことについて議論するのには早すぎだと思わない？」
「わかったよ。ごめん。」
バスルームのドアが開いて、バスローブを着てタオルを肩に掛けたスカリーが出てきた。
「幽霊のことは信じないわ、モルダー。」
スカリーは微笑んで優しく言った。
「ああ。でも君も一緒に見られれば良かったのに。」
スカリーは微笑みながら髪をタオルでこすった。
「ええ、分かってるわ、モルダー。そこがあなたの魅力だものね。熱中してるあなた。私も一緒に
見たかったわ。」
「え？」
〈僕の魅力？僕に魅力がある？そんなのがあるのかい？〉
僕は何と言っていいのか分からなくなってこう言った。

「朝食を食べに行かない？」
「行くわ！昨日ピザを食べてから何も食べてないものね。」
「僕は2年は朝食にピザを食べてるよ。」
「時々、どうしてあなたが生きてるのか不思議に思うわ、モルダー。」
「自分でも不思議に思うよ。」
そう言ってスカリーを見ると、彼女は服を着るために僕が部屋から出るのを待っているようだった。
僕はしわ一つなく整えられた彼女のベッドの端に腰を下ろしていたが、急いで立ち上がった。
「僕もシャワーを浴びるよ。」
「それはいい考えね。」
スカリーは近づいて僕に腕をまわした。
「でもその前に・・・おはようのキスをしてはダメ？」
彼女の瞳は朝の光で輝いていて、ジョークを言っているのか分からなかったが、僕はキスをした。

僕はおはようの代わりの軽いキスのつもりだった。でもスカリーの唇に触れたとたん、枯れた草に
火がついたように燃え上がり、熱く、狂ったように彼女の口をむさぼりはじめた。
僕たちはこの世にお互いの唇しかないように激しく口づけ合い、おぼれたように唇を求め合った。
彼女のバスローブの下に夢中になって手を滑り込ませて気が付いた。彼女の素肌の甘く柔らかな
手触り。
今手を置いている彼女の胸とお腹の間の素肌は、まるでシルクのようになめらかであたたかい。
そしてきっと甘くて・・・。
スカリーの顔の輪郭から首筋へキスを移し、同時に舌をはわせて彼女の素肌を味わっていった。
〈なんて甘いんだ。〉
バスローブの合わせ目を大きく開いて、スカリーの胸のふくらみに鼻を、頬をすりつけ、
彼女のお腹までキスを降ろしていった。そして唇が彼女の脚の間にたどり着き、僕の全ての制御が
きかなくなろうとしたとき・・・。
スカリーはかがみ込んで、小さな手で僕の首をなで、僕の髪に指を通してささやいた。
「モルダー」
僕がやめずにさらにキスを続けると
「モルダー」
スカリーは静かに息をはきながら言った。

僕は大きく息をついてしぶしぶ顔を上げた。
「やめなきゃだめかい？」
スカリーもつらそうにうなずいて僕から離れ、ローブを合わせて帯を結び直した。
スカリーは足を組んでベッドに腰掛けて、手で頭を抱えた。
「できるかわからないの、モルダー。」
「あせることないさ、スカリー。」
「違うのよ、モルダー。あなたに触れて欲しいわ。ただ私は怖いのよ・・・あなたにがっかり
されることが。」
スカリーはため息をついた。
「そんなことは絶対にない。本当だ。何があっても君にがっかりするなんて事はあり得ないよ。」
「なぜ？」
スカリーは眉を上げた。
「つまり・・・」
僕はため息をついた。
「僕たちがベッドで愛し合う合わないは問題じゃないんだ。」
「え？」
「つまり、ぼくは・・・くそっ。スカリー、僕は君にどうして欲しいなんて思ってないんだよ。
つまり、もし君が僕に『召使いをして』って言ってくれれば僕は喜んでするよ。僕はただ君の
そばにいて、君にしてあげたいんだ。」

スカリーの眉が少し下りた。
「・・・あなたはとっても素敵な召使いよ。」
彼女は微笑んだ。
「お腹が減ったの。あなたも減った？シャワーを浴びてきなさい、朝食にいくわよ。」
「はーい、ママ。」
僕はかがんでスカリーの頬にキスした。
スカリーは僕の顔を手で包み込んで笑った。そして僕がシャワーを浴びるために部屋を出ると、
そっとドアが閉まった。


3.

コブ・クリークまでドライブして、観光客で混み合ってない一軒のダイナーを見つけた。
ブルーベリーパンケーキとジュースを注文してしまうと、テーブルの間にぎこちない空気が漂い、
僕はなるくく他のことを考えようとした。
「それで、前に試したときはどうだったんだい？スカリー。どんな感じだった？」
突然すぎたかもしれない。スカリーの眉が強く寄った。
「『どんな』だったかって？モルダー、あなた何を聞いてるのか分かってるの？」
「僕に考えがあるんだ。でも君が話したくないなら・・・。」
「いえ、私も話したいわ。あなたに知っててもらいたいの。」
「それにもいい考えがあるんだ。」
スカリーは水を一口飲んだ。
「楽しい話じゃないわ。」
彼女は僕と視線を合わさずに、静かに話し始めた。
「私は-感じたくて-感じたくて-でも無理だったわ。理由はそれぞれあるんだけど。
いつも私は目をつぶってイギリスのことを考えていたの。」
スカリーは口の端を持ち上げて微笑むとまた水を飲んだ。
「それで、誰も気づかなかったの？」
「感じたふりをしてたもの。
気付いてなかったわ。」
「でもその男が・・・」
その時彼女が信じられないような表情で鼻で笑った-まるで自分をあざ笑っているように。
「・・・そいつがもし君の反応をもっと気にしていたら・・・。」
「誰も気にしようとしなかったと思うわ。」
「じゃあ、そいつらが何をしても効果なかったと？」
「何も感じなかったわ。」
「そいつらが・・・」
僕はなるべく遠回しになるよう言葉を選んだ。ここはたくさん人のいるダイナーだ。
口ごもっていると、スカリーはおもしろそうに僕の様子をみつめた。
「そいつらが・・・その・・・」
とうとう僕は小声でささやいた。
「皿をなめても？」

はじけたようにスカリーは笑い出した。僕は席に沈み込んで、スカリーの後ろで不思議そうに
見ている老夫妻が僕たちの話を盗み聞きしてなければ、と願った。
やっと彼女の笑いが落ち着くと、スカリーは穏やかに言った。
「モルダー、まだそんな戦法は・・されたことないわ。」
「一度も？」
「一度も。」
「わかった。どこから始めればいいか分かったよ。」
僕がそう言って一番セクシーだと思うまなざしを彼女に送ると、また笑い出した。
「後でね。後でまた話しましょう。買い物のリストを作らなきゃ。」
「まずホイップクリーム。」
スカリーは笑いながらとがめるように僕を見た。
「ワッフルにだよ。」
僕は付け加えて抗議した。
「いいわよ、もしあなたが作れるならね。言っとくけど私は作ったことないわよ。」
スカリーは小さなリュックからノートとペンを取り出すと、買い物リストを作り出した。
「ホイップクリーム。小麦粉、ミルク、バター、卵。あとは？」
「ピーマンとマッシュルーム。デンバー・オムレツを作るよ。」
「あなたが作れるのって朝食になるものばかりなの？ワッフルにオムレツに・・・？」
「パスタ関係なら何でも作れるよ。ラザニアにフィットチーネ、えーと、リガトーニに・・・」
「パン、ツナ、マヨネーズ、ディルピクルス、マスタード、フェンネルシード。」
「何に使うんだい？」
「ツナに入れるのよ、おいしいから。まかせて。」
「アイスクリーム。」
「そうね。」
スカリーはあと何個かリストに書き加えるとペンを下ろした。


「さあ、それじゃ早くすませちゃいましょう。」
「すませるって何を？」
「モルダー、グロッサリーでの買い物なんて早くすませて、私はこの休暇を有意義に使いたいの。」
スカリーはそう言ってノートに視線を落とすと、顔が真っ赤になった。
「あなたが言ったように、自然に任せてみたいの。」
「そんなこと言った？」
「言ったわよ、モルダー。あなたが言ったことはどんなばかなことでも全部覚えてるわよ。」
「そうだったね。」
僕たちはぎこちなく笑った。
〈『過ぎたるは及ばざるがごとし』だな〉

テーブルに腕を伸ばしてスカリーの手を握った。
「スカリー」
「モルダー」
同時に僕たちはお互いの名前を呼んで、吹き出すように笑い出したが、またぎこちない微笑みに
戻っていった。
「先に言って、モルダー。」
「いいのかい？」
スカリーはうなずき、僕はため息をついてから話した。
「OK。スカリー、僕はあせってなんかないんだ。」
「何か考えてるの？」
「ああ。二人で一緒にスキーをしたりハイキングに行って・・・」
「私の足の爪にペディキュアをして。
忘れたとは言わせないわよ。」
僕は握っていた手を少し離して指を絡ませた。
「まかせろよ、baby」
「10色も持ってきたのよ。指一本につき一色づつ塗ってね。」
僕はニヤッと笑った。スカリーの足の爪に塗ってる自分を想像するとワクワクする。

そんな僕の顔を見てスカリーは頭を振った。
「そんなスケベそうな顔はやめて、モルダー。」
「スケベ？誰が？」
「モルダー」
スカリーは軽くにらんだ。
「とにかく僕の考えだけど、スカリー。僕の計画では君にリラックスしてもらって、自分が
誰なのか忘れるくらい感じてもらうんだ。」
「そんなこと言ってしまっていいの？」
スカリーは笑ったが、目は不安な表情をしていた。
「君はただ、受け取ってくれるだけでいいんだよ。」

スカリーはため息をついて、気乗りしない感じで手を僕から引き抜いた。
「モルダー、そんなに気を使わないでほしいの。私たちはここでただ一緒に寝るだけで、
別にロマンチックにする必要なんてないのよ。」
「僕がロマンチックにしたいんだって言っても？」
スカリーはまた眉を上げ、僕の手に彼女の手を重ねた。僕は親指で彼女の手の甲を撫でながら、
優しく続けた。
「ロマンチックにしたいんだよ、スカリー。君に魔法をかけて誘惑して、僕のベッドにゆっくり
運ぶんだ。そして僕らは愛し合うんだよ。とても・・・」
「自然に。」
スカリーはささやいて、僕の手を握った。
「その通りさ、スカリー。君はさっき何を言いかけてたんだい？」

スカリーは微笑んで頭を振った。
「もうどうでもいいことよ。私は、あなたがふざけてロマンチックなことを言ってるんだと
思ってたの。あなたがロマンチストだとは思わなかったのよ。でもそれは間違ってたわ。」

「一緒に始めよう、スカリー。」
僕たちはグラスを挙げてカチンと鳴らした。


4.

僕たちは6本の支柱で支えるような大きなクリスマスツリーと、支えの重しや釘から床を守るための
ツリー用のスカートを買った。
ツリー用のライトは僕が、木や布でできた飾りのオーナメントはスカリーが持ってきていた。
古い時代のサンタクロースやトナカイの頭、遊ぶ天使達、楽器の飾りは古き良き時代のオーナメント
を模しているもので、とてもかわいらしかった。
「スカリー、スター・トレックの飾りはないのかい？」
ちょっとからかってみたが、とにかく、プラスティックの飾りなんかは彼女に似合わないさ。
最後にスカリーがツリーの頂上に大きな星の飾りを付け、ライトの電源を入れると、リビングルーム
にはやわらかで幻想的な光が広がった。

全ての飾り付けが済むと、スカリーは少し後ろに下がって点検した。
「何か足りないわ。」
「金ピカの飾りならいらないぜ。」
「その飾りのことじゃないわ。あなたにあげるもののことを考えてたのよ。」
「それはクリスマス当日までのお楽しみなんじゃないのかい？」
「きっとすぐ必要なものよ。」
スカリーは手前のクローゼットを開けて大きめの紙包みを取り出すと、僕の反応を伺うような視線と
一緒に、僕に手渡した。僕は何なのか分からないという視線を返してから、紙包みのリボンをほどき、
包みから出して手の中で返してみた。これはユダヤ教の祭事で使う、真ちゅうでできたキャンドル
スタンド“menorah”だ。

「ユダヤ教の8日間の祭日がいつなのか分からなかったの。でも、私たちがツリーを買って
クリスマスをお祝いするなら、やっぱりユダヤ教のものも必要だと思ってD.C.で買ったのよ。
これで一緒に祝えると思って。」
「ありがとう。」
僕は穏やかに言ったつもりだが、スカリーはため息をついた。
「ごめんなさい、気に入らなかったんでしょう？どこかにやるから忘れて・・・。」
「いいんだよ、僕は気に入ったよ。このスタンドは昔に見ただけだったから。でもユダヤ教の祭日は
2、3日前に終わってるんだ。」
僕はそう言って微笑んで見せた。
「僕は君に八つもプレゼントを持ってきたよ。」
「私も八つ持ってきたわ。」
スカリーも微笑んだ。
「キャンドルもあるのよ。使ってみる？」
「今夜使ってみよう。今はツリーのライトで十分だからね。」
「人間のテクノロジーって不思議ね。」
スカリーは僕がmenorahを窓際に置くのを眺めながら感心したように言った。

僕が最後にmenorahに火がともっているのを見たのはいつだったろう・・・わからない。
サマンサがいなくなってから、家で何も祝うことはなくなった。それ以前でも、家ではキリスト教の
クリスマスとユダヤ教の祭日がごったになっていて、似てるとはいえあまり良くなかったし、
僕は1月にやるユダヤ教の“過ぎ越の祝い”などは一度もしたことがなかった。ユダヤ教の母は
いつも母の実家で行っていたが、だからといって父が僕たちを母の実家に連れて行くことはしな
かった。僕は母の家族達をあまり知らないままに育った。

「“dreidl”が必要だね、スカリー。」
「それは見つからなかったわ。」
「じゃあ、来年に。」
“dreidl”は子供用に使うものだが、もしかしたら来年には・・・。
僕はスカリーに近づくと腕で包み込んで額にキスした。
「ありがとう。」
「どういたしまして、モルダー。」
スカリーは僕の腰に手を回してぎゅっと抱きしめた。
僕は彼女が小さなため息をこぼしてそっと離れるまで、唇に、頬に、鼻先にキスを降らせた。
「散歩に行きましょう、モルダー。幽霊を見た場所に案内してくれる？」
「もちろん。」
すっかりそのことを忘れていた。
「また見られると思うかい？」
「一度この目で見てみたいわ。」
スカリーはぎゅっと僕の手を握ってそう言った。

厚いコートやブーツに身を包んで、僕たちは手をつないで幽霊を見た森に向かって歩き出した。
スカリーはおしゃべりな方じゃなかったが、僕は彼女のそんなところも好きだったし僕自身もそう
だった。
だから特に歩きながら話はしなかったが、視線や身振りだけで気持ちが通じるような、心地いい
静けさがあった。瞳をのぞき込めば、何を感じているのか、たくさんのことが彼女のまなざしと
手のぬくもりから伝わってきた。

幽霊を見たスポットに着くと、道には僕の11サイズのランニングシューズの足跡だけが残っていた。
「ここだよ」
スカリーに僕が立ち止まった足跡を見せながら言った。
「彼はここに立っていたんだ。」
「ずいぶん家から離れたところね。」
「そうさ。幽霊はサンフランシスコの丘の頂上みたいな、人がたくさんいるようなところには
あまり現れないだろ？ロンドンの古くて暗い劇場裏とかに・・・」
「ただ思っただけよ。幽霊の顔は見たの？」
「はっきりと見たよ。」
「おもしろいわね。」
「僕の話を信じるかい？スカリー。」
「あなたが何かを“見た”のは信じるわ、モルダー。でも、ひょっとして地元の人があなたを
からかっただけとは考えられない？」
「からかってるようには絶対に見えなかったよ。幽霊が現れたんだよ、スカリー・・・そして
消えていったんだ。絶対に写真のトリックでもない。この周りには鏡も、スクリーンも何も
なかったんだから。」
「それはそうね。もしあったらあなたが見逃すはずないものね、モルダー。聞き込みに行ってみる？
なにか知っている人がいるかもしれないわ。」
「ああ。」
僕は勝利を感じてニヤッと笑って答えた。
スカリーは僕を信じている。少なくとも僕の話を喜んで信じてくれている。
「聞き込みに行こう。僕はロビンソン夫人が何か知ってることに賭けるね。」
「それじゃ夫人から始めましょ。」
スカリーはまた僕と手をつないで、来た道を戻り始めた。

「Hey、スカリー」
僕は軽い感じでスカリーに話しかけた。
「ここはすごく離れたところだと思わないかい？」
「そうね。」
「何かいい考えが浮かばない？」
スカリーは僕を見上げて笑い出した。
「ここは寒すぎるわよ。それにあなたの大事なところを・・・私もよ、凍傷にしたくないもの。」
「考えてみただけだよ。」
「『寒いときは寝袋に二人で・・・』」
「ああ、あの時は寝袋さえあれば・・・。」
「私は『かもね』って言ったのよ。おあいにくさま。」
「実は前から計画してたんだ。アウトドアで愛し合うのは女性雑誌の“ロマンチックな場所
トップ10”でも1、2位にあるだろ？」
「ロマンチックだなんて思ったことないわ。」
「そんなはずないよ。とぼけてるんだろ？」
「とぼけてなんかないわよ、モルダー。・・・私は外で・・・無理矢理されたのよ。」
〈くそっ！なんてばかなんだ、僕の口は。〉
急いで腕をスカリーの肩にまわしてきつく抱き寄せた。
彼女からまだ詳しいことを聞いてなかった。あのセラピストが言ったことだけしか・・・
彼女の傷がまだ癒えていないということしか・・・僕はまだ知らなかった。

「アウトドアは嫌いなのよ。どうしてもロマンチックな気分より、怖さが先に出るの。」
スカリーは落ち着いた声で話した。
「スカリー、フロリダの‘蛾男’での時も・・・本当は怖かったのかい？」
「あなたがいてくれたわ。」
僕はスカリーに優しくキスしてから、そっと聞いてみた。
「何があったか・・・話せる？」
「そうね・・・でもいつかは話さないといけないわね。これを見て。」
スカリーは後ろを向いて頭の上の髪を分けた。かがみ込んで見ると色の薄い小さなギザギザの傷が
あった。
僕が傷にキスするとスカリーは髪をなおして向き直り、静かに話し始めた。

「投げつけられたときにできた傷よ。バークレーにいた頃の事よ、ちょうどこんなふうに離れた
場所で・・・木や池のある広い植物学実験場の庭を彼と一緒に散歩していて、キスしたときに彼が
言ったのよ。『セックスしたい』って。私のことをきれいだと・・・大学で一番美人だと言って
いたわ。」
スカリーは深くため息をついた。
僕は両手で彼女の顔を包み込んだ。彼女は僕の目を見つめながら続けた。
「私は『No』と言ったわ。だってまだ知り合って2週間しかたってなかったのよ。彼のことを
ほとんど知らなかったわ。好きではあったけど・・・。名前はマットよ。とにかく、私は『No』と
言ったのよ。そしたら彼は怒って、『なぜその気がないなら一緒に来たんだ』って・・・『その気が
あるから来たんだろ』って言ったのよ。私はそんなつもりで行ったんじゃなかったのに・・・そう言
ったら『もう充分待った』なんて言ったのよ。」
スカリーはぎゅっと目をつぶった。
「彼は私を地面に投げつけて・・・石にぶつかったのよ。二人ともお酒を飲んでたし足下もふらつ
いてたし・・・」
「そんなヤツのために何も言わなくていいよ。」
僕は低く言った。

「そうね、言わないわ。彼は私のジーンズを引き下ろして指を・・・指を入れたわ。そして乱暴に
キスしてきたのよ。私は彼を押し返して『やめて』と言ったわ。でも彼は強くて・・・モルダー。
とても強くて。」
スカリーの声はほとんどささやき声のように小さくなり、瞳は僕の目だけをしっかり見つめていた。
まるでこの世に僕しか存在しないように。そして手は僕のコートをきつく握りしめて、落ち着かない
ようにねじっていた。

「私はもがいて何とか逃げようとしたけど、彼は私を蹴ったの。私はもう一度頭から倒れて・・・
彼は私の顔を地面に押しつけて・・・したわ。」
スカリーはそこで胸に何か引っかかっているように一瞬話を止めた。しかし瞳は僕から離さなかった。
「そして終わるとこう言ったのよ。『よかったよ。』って。」
「スカリー！」
僕は彼女をきつく抱きしめて髪にキスし、頬で彼女の頭を何度も撫でた。
「私は寮に戻って3時間シャワーを浴び続けたわ。寝ながら泣いて・・・ジョン・ホプキンス病院に行ったのよ。」
「そいつをその後見た？」
「ええ、見たわ。笑ってたのよ、また同じ事を考えているような顔をして。私が一人になるのを
ねらってたみたいだったわ。でも私は部屋も窓もしっかり鍵をかけてたし、トイレに行くのも必ず
誰かと一緒に行くようにしたわ。」

「誰も気が付かなかったの？」
「ええ。」
「そんなことがあったのに・・・スカリー、君はよく自分を変えずにがんばったね。」
「ええ、でも、変わったかもしれないわね。それから大学4年になるまで私は図書館で勉強して、
グループデートさえしなかったし、誰かと愛し合うのにも5年かかったわ。モルダー、これで
分かったでしょう？どうして私がひどくアウトドアを怖がるか。」
スカリーは微笑もうとしたが、ただ唇がひきつっただけだった。

僕は自分にできる限り、優しく彼女にキスをして静かにささやいた。
「君には僕がいるよ、スカリー。もう心配しないで。」
「分かってるわ、モルダー。」
スカリーが胸に顔を埋め、僕はきつく抱きしめてゆっくりと体を揺らした。
「帰ろう、寒くなってきただろう？」
「ええ。」
しかしスカリーは動かなかった。
「スカリー？歩いて帰ろう、love。」
「え、ええ。そうね。」
スカリーはまだ僕の手をしっかり握ったままつぶやいた。

歩き出してしばらくしてスカリーが話しかけてきた。
「モルダー」
「何だい？」
「ひょっとして・・・私の方が彼を誘ったんじゃないかって思ってる？」
「そんなこと思うわけないだろう。」
「時々私も考えるのよ。何か私にも彼を誘ってるようなことをしたんじゃないかって・・・。」
「何ばかなこと言ってるんだ、スカリー。」
「ばかなことよね。でも考えずにいられないのよ。何か私が言ったんじゃないかって、何かしたん
じゃないかって。」
「君は信じてただけだよ。そしてそいつが君の信用を裏切ったんだ。そいつはクズさ、スカリー。
君の靴に触れる価値もない。」

「モルダー。」
スカリーは僕にほほえみかけて腕を僕の腰にまわした。
「いつもどこからそんなに励ましてくれる言葉が出てくるの？」
「そんなの簡単だよ。僕は君のことを分かってるからさ。」
そういって額にキスすると、彼女はその褒美にすばらしい微笑みを僕にくれた。

この微笑みのためなら、僕はどんなことでもする。



+-+-+-+-+-+
*“Stopping in the Forest on Snowy Evening”はRovert Frostの詩です。
*“Kublai Khan”はSamuel Taylor Coleridgeの詩です。


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4　-　Good Enough

“まるで昨日のことのようにせまってくる
　僕は触れるつもりはなかったけど
　目は閉じた方がいいんじゃないかと聞いたけど
　でも彼女は分かったふりをしてほしいんじゃないんだ”

1.

その夜、僕は眠れなかった。
でも何とか眠ろうとした。なぜなら声が・・・誰かの歌声が響いてきたからだ。
スカリーの歌声じゃない。僕は彼女の歌声を知っているが、これよりもっとしわがれていて、
まるで地中から響くようで、とてもかわいい歌声だ。今聞こえている歌声は高く澄んだ少女の声で、
階下からかすかに響いてきていた。

“ たえなる道しるべの光よ
　 暗闇の真ん中から
　 汝のもとに導き給え
闇夜で道を見失うことなく
　 汝のもとに導き給え
　 私の脚を導き給え
　 
たとえ目が開かなくとも
　 この遠い世界
　 少しでも近くに導き給え ”
　
額に唇の柔らかな感触がした。
〈夢じゃない！〉
飛び起きるとそばにスカリーが立っていた。
「あれが聞こえる？モルダー。」
スカリーがささやき声で言った。
「歌のことかい？てっきり僕は夢見てるんだと思ったよ。」
しかし歌声は続いていて、かすかに歌っている言葉さえ聞きとれた。

“ たえなる道しるべの光よ
　 汝に初めて祈りを捧げる
　 私を導き給え
　 主よ私を導き給え
　 来た道を選ばせ給え
　 少女の心のままの
　 不安を押しつぶし
　 全てが思うがままだった
　 来た道を忘れてはならない ”

「ラジオかしら？」
「寝る前に全部消したよ。」
「モルダー・・・、笑わないでね・・・少し怖いのよ・・・。」
僕がそっと腕を広げると、スカリーは少しだけ躊躇したが、ベッドにあがって腕にしっかりと包まれた。
僕たちは固まって歌声が3番を歌うのを聞いた。

“ たえなる道しるべの光よ
　 汝の祝福を受けていた
　 荒野も沼地も
　 岩山も激流も
　 夜が明けるまでに
　 汝のもとに導き給え
　 私があこがれ　愛した
　 天使の微笑みのような暁の世界に ”

「きっとあなたが見た幽霊よ。」
「僕が見たのは男だったし声を出さなかったよ。これは少女の声だ。」
「少年の声かもしれないわ。」
歌声はやみ、家の中は静まりかえった。
僕たちは歌声がまたするのを待ったが何も起こらなかった。
今夜のコンサートはお開きなようだ。

「一体何なのかしら。誰がこんな夜中に歌いに来たというの？」
「僕が見た幽霊にパートナーがいたのかもな。」
「幽霊じゃなくて、誰かが子守歌を歌いに来ただけかもしれないわよ。なぜあの歌だったか
分からないけど・・・。」
「古い聖歌を、こんな夜中に、しかもハネムーナーの家でかい？最も堅いキリスト教原理主義だって
ここまで異様じゃないだろう？」
「わ・・・分からないわよ。一体何なのか。」
スカリーは僕に抱きついていた腕をほどいた。
「お休みなさい、モルダー。起こしてしまって悪かったわ。」
「いいよ。だいじょうぶかい？スカリー。」
「ええ、平気よ。少し疲れただけ。」
スカリーはドアのところで僕に微笑んで見せ、部屋へ戻っていった。

僕は興奮してそれから眠れなかった。

肉体のない声と幽霊に、同じ場所で接触したとゴーストハンター達が聞いたらどんなに喜ぶか。
でもスカリーと一緒の時は邪魔しないでもらいたいな。いや、もし幽霊達を捕まえるチャンスが
あったら僕は参加してしまうかもしれないな。
ベッドから出ると荷物からマイクロカセットテープを取り出し、サマンサの写真の横に置いた。
また幽霊が歌ったら絶対に録ってやる。


2.

初めての僕たちのスキーで、僕は自分でけがをしてしまった。
筋か筋肉をひねって痛めたらしく、スカリーの肩に捕まりながら家に帰ってきた。
「ただひねっただけだ、スカリー。」
スカリーに僕の体ををカウチへ何とか横にしてもらいながら訴えた。
「モルダー、あなた転んだんでしょう。認めたらひねっただけだって信じてあげるわ。」
スカリーは床に膝をついて僕のブーツやスキー用の靴下を注意しながら脱がせてくれた。
「ビックリさせようとしただけだよ。」
「転んでたわ、モルダー。」
スカリーは体を起こすと僕のジャケットのジッパーを下ろした。
「熱いお風呂に入った方がいいわね。」
「怒ったの？」
「熱いお風呂で筋肉をリラックスさせるのよ。それに腫れて痛くなってくるかもしれないから、
寝る前に湿布も貼るわよ。腕を上げて。」
ゆっくりと慎重に僕が腕を上げると、スカリーは巧みに僕のジャケットやセーター、Ｔシャツも
脱がした。
「OK、はい立って。」
スカリーは僕をそっと立たせて、歩くのを慎重に支えてくれた。
「一番難しいところは脱がせてくれないのかい？」
僕は歩きながらぶつぶつ言った。
「リビングで裸になってほしくなかっただけよ、モルダー。私はおしとやかなの。」
バスルームに着くと、スカリーはバスタブにお湯をため始めた。
「『僕にはお風呂を入れてくれたことがない』なんてもう言わせないわよ、モルダー。」
スカリーに微笑み返した。もちろん覚えている。
「さあ、ショータイムだ」
スカリーにふざけて言ってスキーパンツを脱ぎだしたが、動くたびに背中に痛みが走り、何度も
息を吐いた。
「モルダー手伝うわ。」
スカリーは甘やかすような声で言った。
そして冷たくて優しい手で、僕の背中が痛まないようになんとか脱がせ、僕を湯気の立つ
バスタブの中に横たわらせると、バスルームから出ていこうとした。

「もう少しつきあえよ。」
「何か痛み止めになるようなものを探しに行こうと思ったのよ。アスピリンぐらいあるはずだから。」
「それより話をしてくれる方がいい。」
スカリーはバスタブの端に腰掛けると、僕の髪に指を通して遊び始めた。
「話はあなたの方が上手でしょう、何か話して。」
「いつも僕の方が裸を見られて、君の裸を見てないのは不公平じゃないのか？」
スカリーは顔を真っ赤にして、壁のタイルを見ながら言った。
「見てるわ。」
「いつ？」
「初めての事件の時よ。モーテルの部屋で。」
「君は下着をつけてたじゃないか。数に入らないよ。」
僕は胸の前で手を組んでニヤッと笑った。
「何をたくらんでるの？一緒にお風呂に入らせるつもり？」
「入りたいかい？」
「バスタブに二人は入れないわ。」
「入れるよ。」
僕は下がってスペースを空けた。
「一緒になんて入らないわよ、モルダー。やめてよね。」
「お願いしても？」
スカリーの指に祈るように、彼女の手を握って唱えた。

「お願いお願いお願い」
「ほんとにばかね。」
スカリーはため息をついて立ち上がった。
僕もため息をついた。
〈おいてけぼりになって一人で入るんだ〉
そう思って顔を上げると、スカリーがセーターを脱いで頭から抜こうとしていた。
そして厚めのブラウスを脱ぎ、ピーチ色のブラとスキーパンツだけになってしばらく迷っている
ようだったが、深く深呼吸して髪に指を滑らせたあと、残りの服を全て脱いだ。

「スカ・・・」
「何も言わないで」
スカリーは静かにお湯の中に足を入れ、僕と向き合うように膝を曲げて体を隠すように入った。
「スカリー」
「センチメンタルにならないで。ただあなたにつきあうだけなんだから。」
「センチメンタルになんてなってないよ。ただ君がとてもきれいで・・・」
僕はゆっくり体を起こしてスカリーが体を隠している腕をそっと取った。
「見せて、スカリー」
「モルダー」
スカリーはまた僕から目をそらして、タイルを見つめて恥ずかしがった。
「見せて、スカリー。僕に見せて。」
湯気とお湯の熱さで肌はバラ色に染まり、滴が彼女の肌にはじかれて真珠のように光っていた。
胸のふくらみははりがあって豊かで、熟した桃のように丸く、蕾は少し暗めにしたサンゴの色で、
僕が想像していたよりもふっくらしていた。スカリーがぎこちなく脚を伸ばしたおかげで腕で
彼女を抱き込み、お湯の中をすべらせて、僕の膝の上にぴったりと乗せることができた。

「モルダー」
スカリーは僕のまなざしをさけるように瞳を動かして、ささやくような小さな声で言った。
「また筋を痛めるわよ。」
「見てるだけだよ。」
僕は彼女の耳にささやき、手を彼女のお腹から胸のふくらみの間をさまよわせた。
「スカリー、君が美しいとは分かってるつもりだったよ。いつも君がそばにいるときに、
どんなに美しいかを想像していたから・・・でも君は僕の想像なんかより遙かにきれいだよ。」
「私はきれいなんかじゃないわ。」
僕は眉を上げた。
「誰に言われた？」
「私はプロポーション良くないもの。」
「誰に言われた？」
繰り返し聞くと、スカリーはため息をついた。
「スカリー、君は信じられないほどきれいだよ。きれいに見せるのに服なんかいらないさ。
裸のままの君がどれほど美しいか・・・まるで芸術品だよ。」
彼女のウェストのくびれをゆっくりとなで下ろして、ヒップの方まで手をすべらせた。
熱い湯の中を用心深く手を動かしたが、背中の筋肉がピンとはった。
スカリーは僕の肩をきつくつかんで、立ち上る湯気の中で目を閉じた。
僕自身はもうとうに彼女の太腿の下で大きく固くなって、動きたいとせがむように彼女のヒップを
圧し続けていた。

「詩を詠んであげるよ。」
かすれ声で低くささやいた。
「ええ。」
スカリーは息を止めた。
彼女は次の僕達の行動を予想してパニックと戦っているようだった。
僕は彼女を抱きしめて僕自身を彼女の中に深く、できるだけ深く彼女の中に突き入れたかったが、
なんとか彼女のウェストを撫でながら野球のことでも考えるようにして、僕の覚えている詩を詠み
はじめた。

“彼女はとてもお似合いの
　理知という名のドレスを身にまとう
　冬も、春も夏の日も
　どの季節にもドレスを着た彼女は
　とても美しく映え
　どんな美しさも
　彼女の姿にはかなわない
　そして例え彼女がドレスを脱いでも
　彼女の輝きが衰えることはなかった”

「ふうん」
スカリーは静かに話した。
「シェイクスピアの詩？」
「作者は不明だよ、17世紀の詩だ。この男はきっと賢かったよ。」
「素敵ね、素敵だわ。」
スカリーはリラックスしたように、僕の肩をきつくつかんでいた指から力を抜いていった。
そして手を僕の首から腹の上まで撫で下ろし、目を見る代わりに自分の手の動きを見つめながら
甘い声で言った。
「あなたも・・・素敵よ、モルダー。」
スカリーは恥ずかしそうにチラッと僕を見た。
「そう思うかい？」
「ええ、モルダー。私も詩を覚えていれば詠んであげられるけど、全部は覚えてないのよ。」
「何でもいい、詠んでくれ。」
スカリーは微笑んで詠みはじめた。

“それはキラキラしていて
　すべすべで
　まさにピカピカで
　つやつやに・・・”

思わず笑い出してしまった。スカリーはビックリして止まったが、ついに彼女も笑い出した。
スカリーは僕の首に腕をまわして、かがんで頭を僕の胸にもたれさせた。
僕はなんとか耐えるために自分の頬の内側を噛んで、今日のスキー場でのことを考えようとした。
〈僕の前に並んでいた男はクサくて下品でいやな男だったよな・・・〉
だめだ効かない、このままでは耐えられない。
「モルダー」
スカリーは、彼女の体をむさぼり食おうと脈打っている僕自身からヒップを動かして静かに言った。
「モルダー・・・少しだけあなたにしてあげられるわ。あなたを少しだけらくに・・・。」
僕は彼女がしてくれることを想像して、うめくように声を絞り出した。
「何を考えているんだい？」
「あなたの背中がこれ以上痛まないためよ。」
スカリーは膝の上に座り直すと優しく僕にキスした。そしてゆっくりお湯の中に手を入れ、脈打つ
僕を優しく手の中に包み込んだ。彼女が僕にキスを繰り返すたびに、指も僕をしっかり握っては
ゆるめ、握ってはゆるめていった。
僕は彼女を抱いていた腕を片方下ろし、スカリーの太腿の間に手を伸ばして触れた。
スカリーははっとしたように息をのみ、より深くキスをしながら、ゆっくり動かしていた手を
早めてきた。
僕はわざとじらすように彼女の花びらをそっと、ゆっくりかきわけて、小さな敏感な部分を指で
探し当てた。　
スカリーはさらにキスを続けて手を動かそうとしたが、僕の指の動きとキスで、彼女の表情は
だんだんすすり泣きに変わっていった。　
敏感な部分を刺激しながら彼女の中のぬめりを集めるように指を入れ、締め付けられるのを逆らう
ように動かし始め、さらに円を描くように敏感な部分をいじめて彼女が最も悦ぶ位置を探すように
動き続けた。
彼女は握っていた手を広げて、親指を僕の先端にあててお湯の中ですべるように優しく、強く、
だんだんとスピードを上げながら動かしだした。

スカリーの手の動きにうめき声を上げている自分が信じられなかった。スカリーが僕にこうして
いるのも信じられなかった。これがスカリーから始めたことも信じられなかった。

突然スカリーはキスしていた唇を離して弓なりに背中をのけぞらせ、瞳が困惑したように大きく
見開かれた。
「モルダー、私・・・ああ、モルダー・・・。」
「身をまかせて、スカリー。」
「わからないわ・・・何かが・・・起こって・・・。」
「逆らわないで。身をまかせるんだ。」

スカリーは僕を包んでいた羽のような手を離してバスタブの縁をきつくつかんだ。
目を閉じて僕の方に頭を下げ、今体中を駆けめぐっている、衝撃に近いほどの悦びをコントロール
しようと戦っているように見えた。
僕は彼女の体を抱き寄せて背骨が折れるほど強く抱きしめ、指の動きを早めて狂ったように口づけた。
スカリーは首にしがみつき、僕の口の中で熱い吐息と共にあえいで、僕の指は突くたびに彼女の奥に
深く引きずり込まれるように、きつく締め付けられた。
彼女は大きなあえぎ声を出して口づけをやめ、僕の首に顔をうずめて崩れ落ちた。
受け入れたんだ。
身をまかせたんだ。

スカリーの体を、一瞬かもしれないが絶頂へ導けた。

彼女の体の震えが落ち着いてくると、僕たちは荒い息をしながら抱きしめ合った。スカリーは
僕の胸からゆっくりと顔を上げて微笑み、優しくキスをした。そして手をまたはちきれそうな僕へと
伸ばすと、優しく動かし始めた。スカリーは優しかったキスを激しく変え、口の中でお互いの舌を
からめて味わい、僕が耐えきれなくなるまで手の動きを早め、とうとう僕は彼女の手の中で自分を
解放した。

スカリーはキスをやめて、頭を下げて額を僕に合わせてささやくように言った。
「モルダー少しは・・・らくになったでしょう？」
「ああ・・・らくになったよ。背中ももう痛くないよ。」
「今は分からないだけよ。」
スカリーは微笑んで言った。
「お湯が冷めてきたわ。もう出ましょう、secret agent lover man？」
僕は笑ってスカリーに微笑みを返したが、彼女がバスタブから出ようとしたとき、思わず
起きあがって彼女の手首をつかんだ。
「まだ離れるなよ。」
「タオルを取ろうとしたのよ。一人で立てる？モルダー。」
「ああ、立てるよ。少し待ってくれ。」
お湯の中に戻り、胸の前で腕を組んでスカリーがバスタオルで体を包むのを眺めた。

僕には足りない。
もっと彼女と愛し合いたい。彼女の体を押しつぶすように横たわって、全ての体位で愛し合い、
僕らだけの体位も作って、何度も何度も彼女を絶頂に導きたい。その度に彼女の表情を、美しくて、
狂おしいほどに官能的な彼女の表情を見つめたい。
彼女をせかしたくないし、今のことは充分彼女にとっては大きな前進だとは思うが、今夜また別々に
眠る事なんて僕にはできないと思った。

「スカリー」
「何？」
彼女は脚を拭きながら顔を上げた。
「今夜は君のところで寝るよ。」

スカリーはため息をついてバスタブの縁に腰掛けた。
「もう少し待って、モルダー。もう少しだけ。」
「何もしないよ。ただ僕が横にいることに慣れてほしいだけなんだ。
それにもし僕一人で寝て、ベッドから落
　ちてはい上がれなかったら？朝になって僕は凍死してるかもしれ・・・」
「あなたは背中を痛めてるのよ。それに大きな声で私を呼べるでしょう。」
スカリーは僕の髪に指を絡めながら考えているようだった。
「もしあなたが何もしないって約束してくれたら・・・。」
「約束するよ。インディアンうそつかない。」
「やってみるわ。私は何も約束してあげられないけど・・・。」
スカリーは悲しそうに僕を見た。
「まだ誰とも一緒に朝まで過ごしたことはないのよ。緊張してしまって。」

「聖者みたいに振る舞うよ。僕らのベッドにしきりを立ててもいい。」
「しきりであなたが聖者になれるとは思わないわ。」
「信用してないのかい？」
静かに彼女に尋ねた。
スカリーは失望したような表情を浮かべて立ち上がろうとしたが、僕は彼女の膝に手を置いて
話し終わるまで待たせた。
「つまり、信じてほしいんだよ、スカリー。もし君が信じられないと言うなら、どうして僕たちは
ここに来たんだい？」
「それは自分でも考えていたのよ。」
「怖いのか？」
「違うわ。ただ・・・思っていたより難しいかもしれないって感じたのよ。」
「僕が夜中に君を襲ったりするするとでも？」
「いいえ」
「それならどうして？話してスカリー。」
「自分でも分からないのよ。私は・・・前までは、あなたと愛し合う事を考えてもあなたは・・・
あなたは安全な人だと思っていたのよ。でも今は・・・」
スカリーの頬がまっ赤に染まった。
「もう安全じゃないと？」
スカリーが僕と愛し合うことを想像したことがあると知って僕は嬉しくなった。
もっと詳しいことを聞きたかったけど、今は聞く時間はなさそうだ。
「それは問題なのかい？」
スカリーは目を閉じてうなずいた。

僕は注意して膝をついて上体を起こし、彼女の顔を手のひらで包んだ。
「僕の秘密を教えてあげる。」
スカリーの瞼が開き、蒼く澄んだ瞳から悲しみが伝わってきて、僕の胸は引き裂かれそうになった。
彼女の表情を見つめながらささやいた。
「僕は君が望むまで手を触れない。愛するときだけ君に触れるよ。約束する、スカリー。
いや、約束じゃない、誓うよ。生涯僕はこの誓いを破らない。信じてくれるかい？」
僕は過去何年も彼女の微笑みを見てきたけど、その度に僕はぼーっとなって言葉を失なってしまう。
今の彼女の顔では、微笑みとすすり泣きが戦っているような表情を浮かべて瞳に涙が浮かんでいたが、
とうとう僕に微笑んでささやいた。
「信じるわ。」
そして僕に優しくて長いキスをした。
「今夜はあなたと一緒に寝たいわ、モルダー。」
スカリーはそっと唇を上げるとささやいた。
彼女の言葉はおとなしくなっていた僕自身を直撃して奮い立たせたが、今はダメだ。
僕は強引に押し戻した。微笑んで彼女にキスし、ゆっくりとまた用心深く立ち上がった。
スカリーが僕の腰にタオルを巻いてくれた。

〈この分では今夜はアクロバットな動きはしたくてもできないな。〉
僕は心の中で独り言を言った。


3.

僕が背中に温湿布を貼ってソファに横になっている間に、スカリーが夕食の用意をしてくれていた。オールディーズの流れるラジオをつけて、Bing CrosbyやElla Fitzgeraldの曲に合わせて歌ったり、
ハミングしたりしていた。
僕は小説を手に持っていたが、スカリーの声を聞いている方が面白い。
スカリーが“Let It Snow”や“Winter Wonderland”の曲をみんな歌えるとは思っても見なかった。

こんなにリラックスしてるスカリーは見たことがない。いつも彼女は自分をコントロールして
いて・・・別に堅苦しいってことじゃなくて・・・堅いけど。今の彼女にはそんなところが微塵も
なくて、肩も力が抜けて無防備な感じだ。
微笑みを浮かべた唇からは、難しい料理法に眉をひそめても微笑みが絶えることがなく、無意識に
また曲に合わせて歌い出したりしていた。
そしてこっちに来ては僕の髪をいじくったり、背中の様子を見たり、急に濡れたキスを僕の首の裏に
落としたりして遊んでいた。

きっとさっきのことでずっと抱えていた緊張が解けたのだろう。二人で絶頂を得たことで、もう僕に
隠していることはなくなったのだ。
僕はスカリーの一番傷つきやすい部分も、彼女が死に直面したときも、病に倒れているときも
弱っているときも、そして最も彼女のプライベートな部分を知ったのだ。彼女にとってもそうだ。
彼女も僕の全てを知っている。僕たちはお互いの関係の進展に、より満足を感じていた。

誰かが玄関のドアをノックしたので起きあがろうとするとスカリーがやってきた。
「私が出るから、あなたはここにいて。」
僕にキスして玄関へパタパタと向かった。
悦んで彼女の命令に従うことにする。今この体で立ち上がるのは確かに良い考えだとは言えない。

「ミセス・モルダー。おじゃまじゃないかしら？」
ロビンソン夫人の声だ。スカリーの話し声は低くてよく聞き取れなかったが、二人ともこっちへ
歩いてくるのが分かった。
スカリーはまだ新婚夫婦のふりをすることに完全に賛成してるわけではなかったが・・・甘い声で
僕を呼んだ。
「Honey、お客様よ。」
「Hi、ロビンソン夫人」
僕は挨拶すると用心深く起きあがった。
「お怪我なさったんですって？モルダーさん。」
「スキー場で転んだんですよ。スキーをするのは久しぶりだったので。」
「お医者に見せた方がよろしいですわ、背中を痛めていると大変ですもの。」
「私は医者なんです。それに怪我も大したことなさそうですわ。」
スカリーはそう言うと僕の隣に腰を下ろして、躊躇することなく・・・僕の膝に手を置いた。

ロビンソン夫人は自分の新婚時代を思い出したように微笑んでいた。
「それではおいとましますわ。寄ってみただけですので。」
夫人は元気よく言って鮮やかな色のチラシをスカリーに渡した。
「こちらのお知らせをお伝えしていませんでしたわ。」

スカリーはチラシの内容をぱっと見て僕に渡した。
『コブ・クリークのChristmasとNew Yearのイベントのお知らせ：クリスマスイヴに広場で
クリスマスツリーの点灯とクリスマス・キャロルの合唱を行います。New Year's Eveには
教会にてパーティーを行います。皆様ふるってご参加下さい。』

「楽しそうだね。」
スカリーに話しかけると彼女は微笑んだ。
「君にクリスマス・キャロルを教えてあげるよ。」
「歌は苦手なのよ。」
「君の歌は好きだよ。さっきだって歌ってたじゃないか。」
「あれはラジオの曲に合わせて歌ってたから、違うのよ。あ、ロビンソン夫人、私たちきっと
行きますわ。」
「旦那様に歌ってもらいなさいな。」
ロビンソン夫人は微笑んだ。
「さあ、私はもう戻ります。また・・・」
「待ってください、少しお話を伺いたいことがあるんですが。」
僕は夫人を呼び止めた。
「何でしょう？」
夫人はそばにあった肘掛けイスに腰を下ろした。
「ロビンソン夫人、夫と私はこの家と森の中で幽霊のようなものを見たんです。」
スカリーは僕と視線を合わせて言った。
「なんてこと！」
「非常に説明しにくいんですが・・・僕はこうした現象については特別な興味を持っているん
ですが、もしあなたが何かご存じでしたら教えていただけないでしょうか。」
「どんなことがあったんです？」
「夫は森の中で誰かを見ました。そして昨夜私たちは誰かの歌声を聞いたんです。」
「森の中で少年を見て、少女の歌声を聞いたんですね？」
ロビンソン夫人は静かに付け加えた。
「そうです。」

「そうでしょう。ええ。この家には幽霊が出るんです。森の中にも。ずっと昔からそのことは
言われ続けていました。私はその子達もいつかは天に導かれると願っていたのですが・・・。
違ったようですね。」
ロビンソン夫人はため息をついた。
「それではご存じなんですね。」
スカリーは夫人を見つめながら言った。
「ええ、もちろん知ってますわ。私はこの家で育ったんです。知ってるばかりか私もレイチェルの
歌声をこの耳で聞いたんです。森でキャメロンの姿は見ませんでしたが。レイチェルは何を歌って
いたんですか？」
「聖歌を歌っていました。“汝のもとに導き給え”と・・・そんなことを歌っていました。」
「聖歌の『たえなる道しるべの光よ』ですわ。レイチェルの好きな曲です。たぶんあなた方のことを
気に入ったんですわ。」
「え？」
スカリーは困ったように僕の方を向いた。
「これはとても悲しい話なんです。」
「ぜひ聞かせてください。」

「ええ、これは民話のように古くから伝わる話です。誰が始めた話かわかりませんし、もちろん
本当にあった話ではないかもしれませんが。」
ロビンソン夫人は一度咳払いをすると話始めた。
「話は1870年代にさかのぼります。レイチェルとキャメロンは深く愛し合っている恋人同士でした。
レイチェルはこの家に住んでいて、キャメロンは隣の農場に住んでいました。今スキー場になって
いるところですわ。でもレイチェルの父親は二人の結婚を許さなかったんです。
それで二人はクリスマスイヴの夜に駆け落ちすることに決めましたが、その晩は凍えるほどに寒い、
ひどい吹雪でした。レイチェルはそれでも彼が待っていると、キャメロンも彼女が待っていると
思って森へ向かったのです。」

大体話の予想がついた。
スカリーはぎゅっと自分の手を痛いほどにきつく握っていたので、僕はそっと手を取り、手の甲に
優しくキスをした。スカリーはホッとしたように僕に微笑んだ。

「一晩中雪がひどく積もり、強い風が吹き付けました。吹雪のやんだ翌日、二人の死体が
別々の場所で見つかりました。二人はお互いの姿を見つけられなかったのです・・・
あら、ミセス・モルダー！ごめんなさい。悲しませるつもりはなかったんです。
新婚のお二人にはひどい話でしたわね。」
「いえ、私・・・」
スカリーはぐっと涙をこらえて話した。
「大丈夫です。それで、幽霊は？」
「二人はずっとお互いの姿を探しているんです。私が小さい頃、レイチェルは『眠れ　かわいい子よ』
と子守歌を歌ってくれました。亡くなった私の夫は一度森でキャメロンを見たと言っておりました。夫は彼と長い話をしたと言っておりました。キャメロンの霊は普通話をしないのですが、夫は気に入
られたみたいで。」
「この家を借りていった人たちも歌を聞いたんですか？」
「ええ。もうずっとです。でもここにくる方全員ではありませんわ。中にはレイチェルの気に入ら
ない時もあるようで、その場合よく苦情がありました。ものがなくなったり、ドアや窓が閉まって
いても部屋にすきま風が吹いたりするそうです。でも特に危害は加えないと思いますわ。」

「キャメロンの場合は？彼は何をするんです？」
「ええ。」
ロビンソン夫人は考え込んだようにため息をついた。
「キャメロンはよく刈り取りの時期になると現れたそうです。でも大体の場合いつ現れるか
分かりません。ああ、6年くらい前に一度こんな事がありました。小さな男の子が森で迷子に
なったんです。町中の人たちでその子を探したんですが、1月で雪が積もっていましたし、
その子は6、7歳の小さな子ですからなかなか見つからなくて・・・。でもその子は結局古い
納屋の中で見つかりました。もうその納屋はありませんが-その子は無傷で見つかりました。
その子が言うには男が現れて、干し草で包んでくれたそうなんです。
それであたたかくいられたと。でも誰もそんなことをした男は町にいなかったんです。
そうですわ、キャメロンがしたんです。」

「では、彼らは悪い霊ではないんですね。」
「ええそうですわ。ただあの二人は・・・寂しいんです。夫が言っていましたが、キャメロンは
いつも、今にも泣き出しそうな悲しい顔をしていると・・・。かわいそうなことですわ。
自分の愛した人と離ればなれになってしまったんですもの。」
夫人は遠くを見つめて悲しそうに微笑んだ。
僕ものどに腫れ物ができたように感じた。僕ももう少しのところでスカリーを永遠に失って
しまうところだった。

「さて」
ロビンソン夫人は肘掛けイスから立ち上がった。
「レイチェルとキャメロンのお話はこれで終わりです。怖がらずによく聞いてくださいましたわ。
以前泊まったご家族はどんなに霊が危害を加えないと説明しても怖がって出て行かれましたから。」
「怖さ以外のことをたくさん感じました。」
スカリーはそう言うと夫人を玄関まで送っていった。
戻ってくると隣に座り、手のひらで僕の顔を包み込んで激しいキスをした。
僕は抱きしめながら彼女の表情に気が付いた。
「どうしたんだい？」
「ここにいるのが嬉しいのよ。」
そしてまたキスを続けた。
オーブンのタイマーがチンと鳴ってスカリーはため息をついてキスをやめた。
「ねぇ、来て。」
スカリーは腕を下ろして立ち上がって言った。


「Hey、スカリー。もし死んだら僕のところに現れるかい？」
二人でキッチンに向かいながら彼女に尋ねた。
「みんないつかは死ぬのよ、モルダー。」
「質問に答えて。」
スカリーはしばらく考えたあと、静かに言った。
「ええ、現れるわ。あなたのところに現れるわ。いい幽霊としてね。きっとあなたのことを
寂しがってそばに現れると思うわ。」
「僕もそうしてるよ。」
「こんな話へんね。でも、今までにないくらい素敵な表現だわ。」
「ああ、多分僕が言った中でも一番の表現だよ。」
僕はキッチンのイスの一つに腰掛けた。
「あらそう？あなたはもっと他のことも言ってるわ。」
「シーッ。せっかく僕がいいこと言ったのに、ただのキザで自分勝手な男にするのかい？」
「別に自分勝手じゃないわ。あなたは・・・時々暴走するだけよ。」
「いい時は暴走、悪いときは自分勝手。スカリー、僕の顔をひっぱたきたい時だってあっただろう？」
「あったわよ。」
スカリーは鍋をテーブルに置いて座った。
僕はスカリーの両手を取るとその手に優しくキスしながら言った。
「いつも迷惑かけて悪かった。」
「私もいつも疑って悪かったわ。」
「疑わずに信じてくれたときだってあるぜ。」
「ええ。でもそれがよけいにあなたを暴走させてしまったわ。」
「君のおかげで正気が保てたんだ。君に証明して見せようとすることで、僕は何度命が助かったか
分からないよ、スカリー。」
そう言って僕はまた彼女の手にキスした。スカリーはまるで僕がほめすぎてるとでも言うように、
少しはにかみながら僕から手を引いた。
「食べて、モルダー。ゴーストハンターは体力が勝負でしょう。」
僕はスカリーに食事を皿に取ってもらいながら言った。
「少しだけどあの二人がうらやましいよ。誰もが永遠の愛を得られるわけはないのに。」
「そうね。でも永遠の愛は悲劇ばかりだわ。」
「そんなこともないよ。有名なラブストーリーだってあるさ。」
「あらそう？だって例をあげるとジェニーが死んで、ジュヌビェーブは修道院行き、ランセロットは
狂ってしまった。レット・バトラーはスカーレットから離れたし、ロミオとジュリエットは自殺して
しまったわ。アンナ・カレーニナは列車に飛び込むし、トリスタンとイゾルデは・・・忘れちゃった
わ。でも確か二人とも死んでしまうのよ。それに彼の伯父と結婚させられてたわ。」
「ロチェスター氏とジェーンは最後に結婚したよ。」
「ええ。でも盲目になって片手も失ってしまったでしょう。そしてヒースクリフとキャシーは
片割れを求めて永遠に荒野をさまよい続けてるわ。」
僕はグラスを挙げた。
「名作よりずっと幸せな、名もない平凡な人たちのために。」
「愛で亡くなった人のために」
スカリーもグラスを挙げた。

4.

スカリーと一緒に眠る初めての夜。
心の半分は今夜のことを待ちこがれていたが、半分は大惨事になるんじゃないかと心配していた。

スカリーはいつもと変わりなく20分ほどバスルームでシャワーを浴びていた。
僕は関心がないようにベッドで本を読もうとしていたが、本当は同じ行を何度も何度も繰り返し
眺めているだけで、全く集中できていなかった。
彼女と同じベッドで眠るなんて願いがかなうと思うと、信じられないほど興奮してきた。
もちろん彼女の横に眠っても何も起こらないとわかってはいるのだが。
手を出せなくても誰かと同じベッドを共有するなんて、凄く親密な関係には違いない。
僕はもう何年も、何年もずっと一人で眠っていたのだから。

ついにスカリーがバスルームから出てきた。
僕は急いで本に視線を戻した。スカリーは青い瞳によく合ってる、彼女の好きな青いサテンの
パジャマを着ていた。
「何を読んでるの？」
スカリーはベッドにあがって僕の横に来ながら言った。
「『所有せざる人々』 アーシュラ K . ル・グイン。SFだよ。」
スカリーはぷっとふきだすように笑った。
「SFは仕事だけで十分じゃないの？」
「政府支配の陰謀から生き残るすべを学べるかもしれないだろ？」
「それはおもしろそうね。」
全然おもしろくなさそうな顔をしてスカリーは言った。無表情ゲームを始めるつもりかい？
「読んでくれる？」
「いいよ。」
僕は主人公が恋に落ちるシーンを開いていた。なんていいタイミングだ。

「『Takverは男でも女でも必ずあるべき存在、創造者以外に精神のつながりを持った人物に出会った。
しかしその想いはいつもうまくいかなかった。ShevekにとってもTakverの存在は必要なものであり、
その存在は心を動揺させ・・・Takverにとっては元に戻るようなことだった。彼はTakverがどんなに
堅いかを知り、ShevekはTakverが主張したことを心にとどめた。』」

そして僕の好きなパートだ。
「『体制側の人々にとっては抹消である民の世界。しかし民にとっては自分たちこそが中心だった。
彼らは民に取って慈悲深くもなければ、話を聞いてやるというそぶりも見せなかったが民は彼らを
崇拝し、頼っていた。民が彼らに送った贈り物は、持つ者持たざる者全ての間を循環した・・・
ShevekとTakverが共有したものを、民は賞賛するために探し求めた。』」

「いい話ね。もっと政治的な話の小説だと思ってたけど。」
僕が読み終わると柔らかな声でスカリーが言った。
「政治の話だけじゃ感動しないだろう？登場人物達は差別を受け入れなかったんだ。君はこの小説で
イデオロギーについて哲学的な議論を期待してたんだろう。」
「でもラブストーリーでもあるわ。」
「まあね。愛も政略的な面もあるけど。」
「抵抗する力になるわ。」
スカリーは考え深げに言った。
「君には力があるさ。」

僕がそう言うと、スカリーは微笑んだ。
「一組のパートナーが他の全ての関係よりずっと強くなれるのは本当だと思わない？そして同じよう
に多く失うけれど」
「ああ、永久に続く関係だとぼくは思うよ。」

スカリーはうっかりして僕の背中の痛いところをマッサージしてしまった。僕がうめくとスカリーは
心配そうに見つめながら考え深く話を続けた。
「愛は、セクシャルな面を持った友情なんじゃないかって時々思うのよ。ロマンチックな面は欠ける
かもしれないけど・・・」
スカリーは言葉をいったん切った。
「・・・モルダー、あなたは過去に恋人がいたでしょう？私も知ってるわ。情熱的な夜も過ごした
でしょう？でも振り返ってみて、その人達の間に友情はあった？」
「いや、ない。なかったよ。友情はなかった。僕は多くの人が友情を軽視してると思うよ。
本当に友情を築ける相手を得るのは、夜を過ごす相手を捜すよりずっと難しいことなのに。」
僕は本を横に置いてスカリーの方に体を寄らせ、彼女の蒼い瞳を独占できるように、指で彼女の顎を
そっと持ち上げた。

「君のためになら死ねるよ、スカリー。」
彼女はしばらく僕をじっと見つめると、ゆっくり頭を動かして僕にキスした。
「死なないで、モルダー。生きて、私のために。」
「君の望むままに」
すぐに唇がつきそうな距離でスカリーにささやいた。

僕たちはナイトスタンドの明かりを消して横たわり、シーツの下にもぐった。僕は腕をスカリーの
ウェストから背中へまわしてくるむように抱き、彼女の小さな手は眠りに落ちるまで僕の首筋を
何度も優しく撫でた。

大惨事とは無関係の夜だった。
ありがとう神様、そしてレイチェル。



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“たえなる道しるべの光よ Lead, Kindly light”はJohn Henry Newmanによる聖歌です。
“Madrigal”は17世紀の詩です。作者は不明。
“Jabberwocky”はLewis Carroll作。
“所有せざる人々 The Dispossessed”はUrsula K. LeGuin作です。


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