DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : Fumbling Towards Ecstasy

作：Jenna Tooms　　訳:tomo

　“失望したなんて言わないで
　　苦痛だったなんて言わないで
　　何をすればいいかだけ言ってくれ

　　チャンスをくれれば
　　きっと望みを叶えられる
　　チャンスをくれれば
　　きっと満足させられる
　　君の想像をはるかに超えて ”


１-　Possession

シェイクスピア・パブに着いたときには、スカリーはすでにテーブルに座って僕を待っていた。
遅い午後の光が彼女を照らし、彼女の肌と髪を金色に輝かせていて、僕は思わず立ち止まって
見とれた。
全身からプロの捜査官の雰囲気が漂い、彼女は読んでいるファイルに集中しているようで眉が
寄っている。
そんな彼女は痛いほどに美しい。
彼女を見ると腕に抱きしめ、この世のすべての悪や危険から彼女を守ってやりたいと思う。
でも彼女のはかなさはあくまで外見で、本当の彼女は僕より強い。彼女は僕の強さでもある。
そして今の彼女を見るとまた僕は恋をしてしまった。きっともう千回目の恋だ。

スカリーは僕に気づくとほほえみかけ、ファイルを横に置いた。
僕たちにはパブのドアからは仕事を忘れるという暗黙の了承があった。
僕は彼女のいるテーブルに向かいながら、仕事帰りの夫婦がバーでデートでもするように、
彼女の頬にキスの挨拶をしたい衝動を抑えていた。もし彼女にここでキスできたら、きっと
激しく情熱的なキスを彼女に贈るだろう。
彼女はそんな僕をどうするだろうか？


スカリーが僕をここへ呼んだのにはきっと何かワケがあるだろう。
ペンドレルが彼女の身代わりになって撃たれたとき以来、僕たちは一緒に飲みに行かなかった。


僕たちの関係は彼女のガンが不自然なほどの早さで回復して以来、なにかが変わっていた。
変わったのは彼女が何かを-誰かを-待ってるように僕には感じたが、それがなんなのか聞いて
みることは怖くて出来ない。
ウェイトレスがオーダーを取りにやってきた。
僕たちはあまり強い酒を飲まない方で、スカリーはいつものように白ワインをグラスに
半分飲んでいた。
スカリーはまた緊張したように僕にほほえみかけた。さっき挨拶をしたきり僕らは黙っていた。
〈一体何を考えているんだ？〉
最悪なシナリオが頭に浮かんだ。
〈病気か？肺ガン男やクライチェックを見たのか？フロヒキーにストーカーされたか？〉
緊張に耐えられなくなって、僕はだしぬけに話し出した。
「それで。クリスマスはどうするんだい、スカリー？」
「え、ああ。いつもと同じ。本に映画やCDを聞いて。
プレゼントを買って。あなたはどうするの？」

突然頭の中に、スカリーがセクシーなクリスマスの妖精のコスチュームを着て、笑いながらこう
聞いてくる光景が浮かんだ。
「いい子にしてた？モルダー。それとも悪い子？」

急いでその光景を追い出して答えた。
「別に。僕はユダヤ教なんだよ。忘れてた？」
「ユダヤ教の8日間の祝日も12月にあるでしょう？今年もあなたが8日間休んでも仕事は
大丈夫そうよ。」
スカリーは笑って白ワインを一口飲んだ。
「ああ、休暇ね。僕が1年でもっとも楽しみにしていることだな。」
「あなたが？休暇を？知らなかったわ。」
彼女は笑って答えた後、目を伏せた。
「今年は母はサンディエゴの兄のビルのところに行くの。私も来てほしいって言われてるん
だけど・・・。」
「だけど？」
「いえ、くだらないことよ。」
「話して」

スカリーはため息を付いて指でグラスのふちをこすった。
「義理の姉が妊娠してるの。初めての赤ちゃんよ。もういつ生まれてもいいんですって。
私もそれを聞いて嬉しいし、叔母になるのも嬉しいわ。でも今は触れたくないの。
私の・・・思い出すから。」
スカリーは僕に視線を向けた後、ワイングラスに視線を戻し、うつむいて手で頭を包んだ。

何か話しかけたほうがよさそうだ。
「何を考えてる？」
胃がキリキリと痛んだ。

「あなたに頼みがあるの。」

頼み。なんでもきくよ。
「もちろん、なんでも。」

スカリーは頭を振ってワインを一口飲んだ。
「モルダー、決める前に聞いてからの方がいいと思うわ。」
「何の頼みなんだい？」
「ここではダメ。まずあなたに会わせたい人がいるの。」
スカリーはまた一口飲むとグラスを見つめて言った。
「私のセラピストよ。」
「君がセラピーに行ってたとは知らなかったよ。」
「もう2年以上になるわ。彼は・・・このことについてのスペシャリストなの。それまでは普通の
セラピストにかかっていたのよ。それで・・・。」
スカリーは深くため息を付いた。
「複雑な話だし・・・少し恥ずかしいのよ・・・とてもこんな場所では話せないわ。」

「OK、わかったよ。じゃあ、いつならいい？」
「今夜8時にアポイントを取ってあるの。7時半に迎えに行ってもいい？」
「もちろん。」
ウェイトレスがやっと僕の飲み物を運んできたので、礼の代わりに微笑んで受け取った。
「いつ君の頼みがわかるんだい？」
「そのセラピストが伝えると思うわ。」
なぜかスカリーは赤くなった。そして「ちょっと」というとトイレに席を外した。

テーブルの上のワイングラスにスカリーの口紅の跡が付いていた。
僕は素早く周りを見回して誰も見ていないとわかるとグラスを上げて、口紅の跡に口を付けて
ワインを一口すすった。誰か見ていても、ただ彼女の飲み物を味見してるだけにしか見えない
だろうが、そう。僕は、フォックス・モルダーは彼女に恋をしてるのだ。

こうするのはもう5回目になる。
2杯のソーダと2杯のコーヒーに以前口を付けた。これで5回目。スカリーはチェリーコークと
クリームをスプーン一つ入れたコーヒーが好きだった。
このワインは甘い。もし彼女にキスしたら-いつかきっとする-彼女はこんな味がするだろう。
いや、きっとスカリーのすべてがまざったような、スカリーにしかない味がするだろう。

スカリーがトイレから帰ってきてテーブルに戻った。赤くなっていた顔は戻っていた。
もし彼女がワインの量が減っているのに気が付いてもきっと何も言わないだろう。
スカリーは財布から5ドル出して言った。
「今夜のためにちょっと用があるの。一緒に会計しといてくれる？」
「いいよ、ここは僕が払うから。」
「モルダー・・・」
「たまにはおごらせてくれよ。」
僕は微笑んで言った。少しはスカリーにエレガントに見えたかな？もし見えてたら、僕は王様に
でもなった気分だ。
「紳士的なんてはやらないわよ。」
スカリーはちらっと僕を見ていったが、少し声が高くなっていた。そして腰をかがめると僕の頬に
キスした。
「時々だけど、あなたってかわいいわ、モルダー。」
スカリーは僕の耳にささやいて、テーブルから離れていった。

何度でも言う。僕はスカリーを愛してる。完全に。


2.

7時半ちょうどにスカリーは僕のアパートのドアをノックした。
僕はシャツをジーンズに押し込みながらドアを開けた。二人ともオフの時の服に着替えていたが、
スカリーはまるでファッション雑誌から抜け出たように優雅で美しかった。
もし僕もついでにかっこよく見えても、僕の場合は・・・変化のないいつもの組み合わせだった。
スカリーは僕が靴を履いてジャケットをはおる間、玄関ホールで待っていた。
彼女の下唇はまるでずっとかみしめていたように赤く、手はコートのポケットの中に突っ込まれて
いた。
着替えが終わって歩き出したとき、スカリーは僕の腕をとって隣に歩いた。始めてのことだった。
〈一体どんな恐ろしいことをセラピストに言われるんだ？〉

スカリーの車に一緒に乗り、出発した。彼女の車とスカリーとはイメージが合わない。
彼女の車は‘フォード・エクスプロラー’で、少年野球チームやボーイスカウト一隊でも
乗れそうな大きさだ。彼女も大きすぎるとぼやいていた。
ポルシェやプロウラーを乗る男達の心理は分析できるが、こういう車を選ぶ心理は僕にも読めない。
車内では二人とも黙り込み、ラジオのＤＪだけがしゃべっていた。
スカリーは僕の好みを優先して古めのロック・ミュージックのラジオを選んでくれた。
でも僕が曲に合わせて歌っても、いつものように眉を上げて上目遣いにしてくれない。
僕はこんなちっぽけな願いしか彼女にできないのかと考えた。
彼女をあまりにも好きで。

地味なオフィスビルの前でスカリーは車を停めた。車をきちんとした位置に駐車し直しても、
スカリーは車から降りようとせず、静かに座ってぼんやりとしていた。
僕は彼女をじっと見つめて、次の動きを待った。
ついにスカリーが静かに口を開いた。
「明日どうなるのかを想像してたのよ、モルダー。私はそれが怖いの。」
「スカリー、たとえ君の一番深い、暗い秘密が明らかになっても君への気持ちは変わらないよ。」
彼女が振り向いたが、いつもは澄んでいて明るいはずの彼女の瞳は、今日は僕には読み取れなかった。
「私が隠していることはかなり暗いことよ、モルダー。」
スカリーは静かに言うと車から降りた。

そのセラピストのオフィスはビルの5階にあった。
シンプルなネームプレートに‘テレンス・シャーマン　哲学博士’そしてその名前の下に
‘性カウンセリング’と小さな文字で彫られてあった。
「性カウンセリング？」
驚いてたずねた。
「そのセラピストはセッ・・・いや、夫婦関係が専門なのかい？」
「その通りよ。」
スカリーはそっけなく言ってドアを開けた。
「僕はどうすれば？」
困惑してたずねると、やっと彼女は僕にほほえんで答えた。
「あなたに決めてほしいの。こんにちは、ジェニン。」
スカリーは受付に声をかけた。
「こんにちは、ダナ。座って待ってて。」
受付の女性はインターホンを鳴らした。
「ドクター、ダナがいらっしゃいました。」

オフィスのドアが開きドクターが出てきた。歳は50代くらい、灰色の髪と鋭い目をしていた。
彼はスカリーに握手をしてから僕の手を握った。
「あなたはモルダーさんですね。」
ドクターは落ち着いた声で言い、握手した手を2、3度揺すった。悪い印象はない。
「あなたのことはたくさん聞いてますよ。」
「悪いことでなければいいですが。」
僕が答えるとドクターはくすっと笑った。そして僕の手をまだ握ったままスカリーの方を向いて
言った。
「わかりました。」
彼は手を離すと僕たち二人に話し始めた。
「さてと。決心は変わらないかね、
ダナ。」
スカリーは肯定するように首を振った。
「それではモルダーさん、あなたから話をしましょう。」
スカリーは僕の手を一度ぎゅっと握り、心配そうに手を離した。
僕はドクターの後を付いてオフィスの中へ入っていった。


「ドクター」
「テレンスと呼んでください。」
「わかりました。テレンス。僕はどうなっているのかわからない。僕はスカリーが、彼女が
セラピーに来ていたことさえ今日まで知らなかったんです。」
「そうだね。ダナの抱えている問題の一部は・・・いや、はじめからお話ししましょう。
ダナは不感症の悩みでセラピーを受けているんですよ。」

僕はしばらくあっけにとられて彼を見た。
「スカリーが？不感・・・？冗談でしょう？」
「私はダナのカウンセリングを2年しているんですよモルダーさん。ダナは私のカウンセリングを
受ける前に通常のセラピーを3年受けてるんです。彼女はとても若いのに深刻な悩みを抱えていた
んです。」
「で、でも彼女は、その、その・・・」
僕が口ごもっているとテレンスは眉を上げた。
「情熱的なんです。彼女は。とても。」
「仕事には、そうでしょうね。ダナは仕事に全精力を傾けている。彼女から聞いたのですが、
あなたは心理学を取得してるそうですね。だから手短に言います。なぜそうなったのか。
ダナの初体験はボーイフレンドから無理矢理迫られてのことだったのです。」
「何ですって？」

「ダナは誰にも、両親にもこのことを隠していました。彼女が一番最初に相談した職場のセラピスト
にも話せませんでした。彼女は二十歳になってからこれまで3人の男性とつきあいましたが、誰も
彼女を感じさせることは出来なかったそうです。それでダナは自分が不感症だと思いこむように
なったのです。また、どんなに彼女がリラックスしたときでも、あることを思い出すんだそうですよ。
ボーイフレンドのことではなく、仕事上の事件のことだそうです。」
「・・・ドニー・ファスターだ。」
僕はしばらくして答えた。
「その事件は彼女にとって良くない影響を及ぼしたようですね。」
テレンスは僕を見ながら言った。
僕はソファに深く体を沈ませながら、あの言葉を思い返していた。
「スカリーは僕に頼みがあると言っていたんです。」
「頼みですか。」
彼は微笑んだ。
「ダナと私は一緒にカウンセリングをしてきて、今克服できるチャンスのところまで来たのが
わかりました。彼女が心から信頼していて好意を寄せている相手とね。そして私たちの話し合いから、
それはあなたにしかできない、ということがわかったんです。」
〈スカリーを僕にまかせるということか？〉
深刻な問題であることはもちろんわかってはいるが、つい笑顔になってしまった。
彼女に以前に腕をまわした三人のヤツらではできない。この幸運を味わえるのは僕だけだ。

テレンスは片手をあげて話を続けた。
「モルダーさん、わかってほしいんです。これはあなたの性的な能力のことで言っているのでは
ないのです。ダナはあなたを誰よりも、心から信頼しているんです。あなたなら忍耐強く、優しく、
快く彼女のペースに合わせてくれると思ったのです。」
「わかっています。」
しかし僕は顔中に、喜びのあまりしまりのない笑顔があふれて止まらなかった。

「あなたはとても感激したようですね。」
彼はそんな僕を見ていった。
「ええ、とても。なぜなら僕は彼女を愛してるんです。テレンス。」
テレンスは笑ってうなずいた。
「それは何よりです。ダナにそのことを伝えてください。彼女を呼んでもいいですか？」
「ええ、どうぞ。」

彼がスカリーを呼ぶため席を外すと、僕は興奮で汗をかいた手をジーンズのひざでぬぐった。
テレンスとスカリーが低い声で何か話している声が聞こえた後、テレンスは彼女の肩に手を置いて
オフィスに戻ってきた。
その時のスカリーの顔を見たとたん、僕のしまりのない笑顔は消え去った。
彼女はまるで赤い陶器のように真っ赤になっていた。おそらく僕とテレンスを待っている間、
彼女はずっと泣いていたのだろう。
スカリーは僕の隣に腰を下ろしたが、決して僕の顔を見ようとせず、両手をぎゅっと握りしめていた。

テレンスが落ち着いた声でスカリーに話しかけた。
「モルダーさんと私は話し合ったよ、ダナ。彼は君を助けたい、と。」
スカリーはうなずいて答えたが、テレンスはさらに彼女を元気付けるように続けた。
「彼に話したいことはないかい？」

「とても恥ずかしいわ。」
スカリーは両手で顔を覆って苦しそうに声を上げた。
「ダナ、これは恥ずかしいことなんかではないんだよ。君はずっと努力し続けてきたんだ。
・・・ダナ、君はこわいのかい？」
「ええ！」
スカリーは反射的に顔を上げて即座に答えた。
「彼は・・・」
スカリーは僕を指さしたが、顔はテレンスの方に向けたまま話した。
「彼はずっと私を支えてきてくれたわ。これまでの5年間、ずっとそばにいてくれてたんです。
なのに突然こんな事を彼に頼むなんて・・・こんな・・・こんなことは・・・。」
「『間違ってる』って言いたいのかい？」
テレンスが続けた。
僕はそれを聞いて、彼女がなぜこんなに動揺しているのか、核心を飲み込もうとした。

「すべてが壊れるわ。」
スカリーはまだテレンスの方を向いたままだった。

「モルダーさん、あなたはこのことでダナとの間の友情が壊れると思いますか？」
「いいえ。」
僕はスカリーの顔を見つめながら答えた。
スカリーはまるで傷ついた小鳥を手の中に包み込んでいるように、組んだ手をじっと見つめていた。
「モルダーさん、あなたには迷惑なことだと思いますか？」
「いいえ。」
「あなたにできることだと思いますか？」
この質問は予期していなかった。
「はい。できると思います。」
正直に答えた。
僕はスカリーを見つめながら、スカリーだけに向かって話した。
「彼女は僕にならできるとわかっています。彼女は、僕が期待するのは体の関係だけじゃないことを
わかっています。彼女は僕にとっていつも最高の女性なんです。」

「ダナ？」
テレンスは優しくスカリーに話しかけたが、彼女はまだ黙っていた。
「ダナ、君は幸せになって当然なんだよ。自分を責めちゃいけない。君は幸せになるんだ。
誰にも君の幸せをじゃますることはできないんだから。」
スカリーは顔を上げ、オフィスに入ったとき以来初めて僕の方に顔を向けた。
「あなたを信じるわ。」
スカリーは僕を見つめて微笑んだ。
「僕も君を信じてるよ。」
僕もそういって、彼女に微笑みを返した。

テレンスは安心したように、ふぅと大きく息を吐き出した。
「まるで結婚式の立会人にでもなったみたいだよ。」
彼は僕たちに微笑みながら話した。
「さあ、モルダーさん、私の言ったことを覚えておいてください。きっとダナの悩みを解いて
くれますね。」
「はい。」
「そしてダナ。彼を信じなさい。」
「はい。」
スカリーは僕を見つめたまま、柔らかな声で答えた。
〈この指輪は愛をしるし、この指輪で汝と結ばれ、この日より二人は永久に一つとなる。〉
僕はもう少しで結婚の誓いの言葉を繋げたくなってしまったが、もちろん、抑えた。

「よろしいでしょう。お帰り下さい。妻に今日のこの素晴らしいことを話しますよ。
おやすみダナ、モルダーさん。」

3.

帰りの車の中でも、行きと同じようにラジオだけが流れていた。
いろいろな曲が流れていたが、僕の好きなダイアー・ストレイツの曲が始まった。
マーク・ノファーの歌声がギターとシンセサイザーに乗って広がった。

“僕から遠く離れて行ったね
　君の姿が見えないくらいに
　君は遠くに離れてしまった・・・”

僕は曲にのって指で膝をたたいた。

僕はあのオフィスで言われたことを思い出し、心の中はいろいろなことを考え出して四方に
飛び散っていた。
彼女を最初に傷つけたヤツを殺してやりたい。
彼女を奪い、彼女の自信も誇りも奪っていったヤツを殺したい。
そのために彼女は仕事に没頭し、仕事の成果で満足を感じていたというのだろうか。

スカリーに何と言っていいかわからない。
僕たちは二人とも言葉には出さなかったが、頭ではわかっていた。僕たちは一つのことをする。
セックスを。スカリーは僕とのセックスを考えていた。もちろん僕もスカリーとそうしたい。
僕はずっとこのことを夢に見て、想像して、空想していた。でもスカリーは何を求めているだろう。
僕たちは次のステップをどう踏んでいいかわからなかった。
スカリーはひどく緊張していて、僕が触れようものならすぐに逃げ出してしまいそうだった。
こんなに緊張したまま彼女を帰すわけにはいかない。

スカリーはカーブを曲がって僕のアパートの前に車を停めたが、エンジンは切らなかった。
「おやすみなさい、でいいわね、モルダー。」
「部屋に寄ってけよ、スカリー。」
スカリーは目を見開いてすぐに答えた。
「それはどうかしら--。」
「何もしないよ。少しの間寄ってけばいい。」
「それでどうするの？」
スカリーはそういったが、口元は微笑んでいた。

「キスする？」
スカリーは突然そういって笑い出し、口に手を当てて同じ事を言った。
「キスする？」

「キス。そうだね。少しだけキスして、少しだけ君を抱きしめる。どうだい？」
「知ってるわ、それ。『モンティ・パイソン』でやってたもの。」
「そうかい？おもしろかった？」
「キスだけって約束する？」
「誓って。靴を脱ぐ必要もないよ。」
「OK。わかったわ。」
スカリーは僕に緊張した微笑みを見せて車から降り、僕たちはアパートに入った。


僕のアパートはロマンチックな場所とはとても言えないが、ランプの光を低くして、ステレオから
音楽を流して何とか近づけようとした。
スカリーは好奇心と怖がってるのを合わせたような表情をして、カウチの端に腰掛けていた。
僕の心臓はずっとドキドキしていて、彼女の隣に腰掛けたときには手がふるえてしまっていた。

「初めてのキスね。」
スカリーはつぶやいて、カウチにもたれた。
こんな時に限っていいジョークが浮かばない。
スカリーは僕の顔を手で包み込んで引き寄せ、僕が彼女の方にかがむと、
「チュウね。」
彼女は小さな声でささやいた。
僕とスカリーは笑い出した。
お互い笑って、そしてキスした。

彼女のキスはピーチ・シュナップスのようだった。リンゴのような、潮風のような味。
僕の好きなものすべてを合わせたような、これまで味わったことのないすばらしい味がした。
この味を思い出すだけで、残りの人生を楽しめると思った。

スカリーは甘いため息をこぼすと、手を僕の顔から、肩へ動かしてそっと僕から離れた。
「時間をちょうだい。」
〈わかって〉
スカリーは謝るような瞳で僕を見た。僕はうなずいてこたえた。
「なんでもするよ。」
彼女にささやいて、親指でそっと彼女の頬をなぞった。
スカリーは繊細な指を伸ばして僕の顔に触れ、目から鼻、耳、そして唇へ指をはわせ、さらに唇で、
キスで指の後をたどっていった。
スカリーのキスは純真な子供のようにやさしいキスで、まるで夢を見ているような気分になった。

どれほどこの時を待ち望んでいたか。
二人の始まりのキス。
彼女とのキス。

スカリーの手は僕の腕から胸へすべるように動き、軽く僕の腰へ手を置いて、顔を見られるように
少し体を動かした。
「モルダー」
「何だい？」
「モルダー」
スカリーは僕の名を呼び、僕の下唇を彼女の歯で軽く噛んで、やわらかく、ゆっくりとキスを続けた。
僕は彼女の体を完全に包むように体の位置を変えた。
たとえこれ以上お互いに触れあうことができなくなっても、これだけで、もう僕の体も、
魂もすべてが彼女のものになった。

〈僕が今どれだけ、どれだけ感動しているか、君にわかるかい。〉

彼女は唇を離して僕を見上げると、驚いたような表情になった。
「モルダー？どうしたの？」
スカリーが僕の頬に指を走らせると、その指は濡れていった。
僕はカウチに座り直して手の端で涙を拭った。
「驚かせてごめん、スカリー。少し・・感情が高ぶったみたいだ。・・・感激してたんだ。」
「おバカさんね、きなさい。」
スカリーが優しくささやた。

彼女の腕の中に戻り、彼女の指ががやさしく僕の頬を撫で、髪をすくと僕はまた涙が出てきた。
さっきとは違う涙だ。僕は思いだしていた。
頭をスカリーの肩に乗せ、うなじから立ちのぼる彼女の香りを深く吸い込んだ。
スカリーは腕で僕の頭をあたたかく、安心させるように包み込んでから言った。
「どうしたのか話して。」
「僕も同じことを聞きたいよ。」
「私の悩みは知っているでしょう？」

僕は少し黙った。確かに、知っている。でも彼女の口から聞きたい。いや、聞きたくない。
結局僕はため息をついて打ち明けた。
「僕はできなくて泣いたんだ。」
「キスが？できたでしょう？」
スカリーはおもしろそうに言った。
「違う、そのことじゃなくて。」
「何のことなの？」

「もし僕たちが昔に戻れたら、僕は君を守れるのに。そんなヤツなんかに・・・」
「モルダー、待って。考えてもしょうがないわ。」
スカリーは僕の口に指をおいて止めた。
「どうして誰にも話さなかった？」
「誰も話を信じないと思ったのよ。それに父も母も悲しむと思ったの。」
スカリーの声は小さくなって、
ほとんどささやき声になっていた。
「それに、私が悪いんだと思ったの。」
「何言ってるんだスカリー。」
僕は彼女の肩から顔を上げてキスをした。あたたかいキスを。
「誰かに話すまで10年かかったわ。」
スカリーは僕の顔を引き寄せて言った。
「あのセラピストだけにね。他は誰も知らないわ。」
「君のお母さんには話さなかったのかい？君を愛してるだろう？きっとわかってくれる・・」
「母にどんな顔すれば？まだだめなのよ・・・母の目を見ると・・・できないの。」
「わかったよ、スカリー、でも。」
「でも？」
「何か僕が他に知っておくことがあったら話してくれ、何でも。」
スカリーは目を伏せて答えた。
「いいえ、何もないわ。」
僕が彼女の頬に触れると突然スカリーはキスをした。
「今夜はもう質問はナシよ。ね、モルダー。」
スカリーはそういうと僕の口をキスで塞いでしゃべれなくした。
スカリーは僕の腕の中にすっぽりと、完璧に包まれていた。
もう質問はしなかった。


スカリーはこれ以上熱くなる前にアパートから帰っていった。
僕はスカリーを帰したくなかった。眠るなら、スカリーはベッドで眠って、僕はカウチで寝ればいい。
僕がそういうと彼女は首を振り、何も言わずにアパートから帰って行った。

明日から僕たちの新しい日々が始まるんだ。
昼間はオフィスでいつものように仕事に時間をとられるが、夜は僕たちのものだ。

だがまだ何か釈然としなかった。
どうするか。どう彼女の悩みを解いていくか。
スカリーは僕だけが彼女の痛みを取り除けるんだと思ってくれたのなら、僕は最高に彼女に満足して
もらいたい。
それにはどうすればいいか、『いつ、どこで、なにを』を決めなければならない。
『何を』はわかっている。でもそのためには日常を離れないと。僕のアパートのように暗いランプの
光とマイルス・デイビスの曲なんかではとてもロマンティックにならない。
彼女のアパートもダメだ。日常にあふれている。
〈どこか安全で、美しい景色のところに行こう・・・。〉

突然いいことを思い出した。何年か前、僕はヴァーモント州の小さな村で一週間ほど過ごしたことが
あった。そこは素晴らしい場所だった。
旅行者が訪れるような場所ではないが、小さく、とてもチャーミングな場所だった。
そこのホテルに泊まるときこう思ったんだ。もし誰かとくる時があったら、ホテルではなく家を
レンタルしよう、と。
美しくて、一軒一軒が離れていて、きっとスカリーが気に入るようなポーチや、切り妻窓、流れる
ようなカーテン、こけら板でできた屋根のある、古い家。

まるで僕のスカリーのためにあるような家を。


4.

翌日の朝、僕のオフィスのデスクに一杯のアイスティーが置いてあった。
濃いめに煎れた紅茶に1枚のレモンがひねって入っている、僕の好きな飲み方だ。
スカリーのサインはなかった。
僕はPCに向かうと上の階にあるスカリーのオフィスにメールを送った。

“僕を密かに慕っている子がアイスティーを置いてったよ・・・妬ける？”
数分後、スカリーからメールの返事が来た。
“そう・・ね。早く飲んでね。”
僕は顔をニヤつかせるとまたメールを返した。

“君とキスしたい場所を考えてたんだけど、どこかわかるかい？”
すぐに返事が来た。
“ニューハンプシャー？”

“もう少し南”

“ああ、ジョージアね。”

“ランチに行かない？”

“ジョージアに？”

“かの有名なコニー・アイランドだよ。”

“いいわよ・・・コニー・アイランドには行ったことがないの。”

“コニー・アイランドでキスしていいかい？”

“ホットドッグのタマネギを食べなければね。”

“それは問題だ。でも、ランチタイムの間にニューヨークまで往復はできないからね。
　いつもの角の店に行こう。おごるよ。角の店でキスしていいかい？”

“もし階段であなたにキスしていいならね、モルダー”

“もちろん、世界中のどこででもキスしていいよ、スカリー”

“本当ね。するわよ”

そして彼女はメールを終わらせた。

もし誰かがこれを読んだら、僕たちがすごくいちゃついてると思うだろう。
僕は彼女に昨日考えたプランを伝えたくてうずうずしていた。

その午前中は、僕は電話をとったりファイルの整理をしたり、他のメールの返事を出したりして
すごしたが落ち着かなかった。スカリーは僕のオフィスに下りてこなかった。
たぶんお互いにぎこちなさを感じているんだろう。彼女にまた会っても、完全に二人きりに
なれるまではキスはお預けのようだった。

今朝のメールでまたいい考えがひらめいた。
僕はスカリーの自宅に電話をして、留守番電話の声を聞きながら机の上に脚を上げ、イスをまわし
ながら一番セクシーな声でメッセージを伝えた。
「スカリー、僕だよ。はじめに、僕は君のブラウスのボタンを歯で一つ一つはずしていく。
そして君の首筋と胸にキスして、スカートとストッキングを脱がせてあげるよ。そして君の全身に
キスをして、最後に唇にキスをする。長くて激しいキスを、スカリー。そして君を横にして、
僕らは愛し合うんだ。じゃあね。」

僕はニヤニヤしながら受話器を置いた。振り向くと、スカリーが笑いをこらえながらドアのところに
立っていた。僕はあせってバタバタした。
「約束する？」
スカリーは唇をクイっと上げて言った。
「え？ああ、もちろん。君さえ良ければ。」
「モルダー、少し話しましょう？さあ、ランチタイムよ。」
スカリーは僕の手を取って歩き出した。

僕たちはいつものホットドッグスタンドでソーダとトッピングしたホットドッグを買い、寒くない
天気だったので公園のベンチに座って食べ出した。
スカリーは口の端に付いたマスタードを指で拭きながらすぐ話し出した。
「昨夜のことをずっと考えていたの。」
「昨夜のどの部分？」
「すべてよ。私たちはお互いの友達としてのラインを踏み越えてしまったと思うわ。モルダー、
あなたは・・・義務を感じる必要はないのよ。」
「僕が義務感から君を愛そうとしてるっていうのかい、スカリー？」
僕は気持ちとは反対に、なるだけ微笑んで言った。
「違うわ」
スカリーはさっと僕を見ていった。

「スカリー、スカリー。僕のことを信じてないのか？」
「もちろん信じてるわ！私が信じているのはあなただけよ。でもこのことは全く別の問題なの。」
「そう思うかい？」
「今の私たちは不自然だわ、モルダー」
「そう思うかい？」
僕は優しく繰り返した。スカリーの手に僕の手を重ねると、彼女は手をぎゅっと握りしめた。
「それに、私たちのことが見つかったら？私たちの敵が見つけたら？彼らが一体何をするか・・・」

彼らが僕たちに何をするかぐらい予想はつく。たぶん彼女が想像しているよりも悪いかもしれない。
体に震えが走った。
「わかるでしょう？」
スカリーはささやいた。
「おかしいのよ。あなたに頼むべきじゃなかったのよ。」
「後悔してるのか？」
スカリーは僕の顔をさっと見た。手は僕の手を握ったままだった。
「いいえ、彼らにさえ見つからなければ・・・ダメね。きっと見つかるわ。」
「見つからないよ」
「どうやって？」
「どこかに出よう。」
「モルダー、あなたと寝るためだけに逃げるようなことはしたくないわ。」
「逃げてなんてないさ。ただ休暇を取るだけだよ、スカリー。」
「一緒に？」
「もちろん」
「どこにいくの？」
「ヴァーモント州だ。あそこはスキーにも乗馬にもハイキングするのもいい場所なんだ。
それにきれいな古い家並みもある。休暇中借りることができるよ。そして・・・自然に、
みんな自然にまかせればいいんだ、スカリー。」
〈我ながらなんてへたな説明なんだ〉

「いつそんなこと考えたの？モルダー。」
「昨日の夜に。君が帰った後だよ。」
「そう、いいわね。でも私たちの根本的な問題は解決していないわ。」
「それならただの休暇だと思ってくれよ。僕は君の召使いになるからさ、スカリー。」
「私の気まぐれに答えてくれるの？」
スカリーは笑った。
〈ああ、どんな君の気まぐれだってきくよ。〉
「例えば・・・」
僕は考えつく限りロマンチックなことを考えた。
「例えば君の髪を洗ってあげるよ。」
スカリーがまた笑った。僕は嬉しくなって続けた。
「それに君の足の爪にマニキュアを塗ってあげる。背中をマッサージしてあげる。
そして僕の世界一有名なオムレツを作ってあげるよ。」
「歌も歌ってくれるわね？」
「君が眠るまでゆりかごのように揺らしてあげるよ。」
僕たちは一緒に笑った。
スカリーがうっすらと唇をあけて、安らかに僕の腕の中で眠っている姿を、僕には手に取るように
想像できた。
「君が嫌がるようなことは何も起きないよ。」
低い声でスカリーにささやいた。
「嫌がってないわ。」
スカリーもささやいた。
「そうしてほしいのよ。悩みから早く抜け出したい。」
スカリーはまた僕
の手をぎゅっと握った。
「でもあなたに何も約束してあげられないわ、モルダー。約束したいけど・・・。」
「心配するなよ、スカリー。」
僕は力強く言った。
「僕を信じてくれればいいんだ。」

「私たちが二人とも同じ時期に休暇を取ったら怪しまれない？」
「クリスマスがあるさ。どこの街だって休みになるだろう？」
スカリーは答えなかった。
「スカリー、本当は何を怖れているんだい？」
スカリーは僕の目をじっと見ると、とうとうため息をついてから静かに話し出した。
「たくさんのことが怖いのよ。何から始めればいいかもわからない。」
「スカリー、僕が怖れていることを聞きたい？」
スカリーは弱々しくうなずいた。
「君が傷つくのが一番怖い。僕が君に失望されるのが怖いよ。君を幸せにできないんじゃないかって
思われるのが。でも僕はそんなリスクがあっても、トライする価値はあると思ってるんだ。」
「そうね。」
スカリーの片手があがって僕の顔に触れ、親指で優しく僕の頬をなでながら言った。
「いつ休暇を？」
「20日からはどうだい？」
スカリーが微笑み、僕はホッとした。

「何を持っていけばいいかしら？」
「何でも、君の好きなものを。本でも、ビデオでも音楽でも。スキーに・・・そうだスキー用
の服も。」
「足の爪にマニキュアを塗ってくれるのよね。」
「マニキュアも」
僕はキスしようと彼女にかがみこんで、ここがどこだか思い出してストップした。
スカリーの顔に残念そうな表情が一瞬現れて、指で僕の頬を優しくなで続けた。
「今夜行ってもいい？」
「もちろん。」
「そして・・・キスするの。」
「もちろん。」
僕は笑って答えた。
「もう戻らなくちゃ、モルダー」
「ああ。でももっとここにいたいな。」
「そうね。このベンチはとってもロマンチックで素敵だわ。」
スカリーは僕を立たせてから手を腰にやり、僕に微笑みかけていった。
「知ってる？モルダー。」
「何を？」
「あなたの唇は“ 最高 ”よ。」
スカリーはそういうと顔を赤くしてJ・エドガー・フーバー・ビルの方へ走っていった。

こんなにクリスマスが楽しみなのは、小学生の時以来ない。
近くのゴミ箱にポイッとゴミを投げると、口笛を吹きたいのをなんとか抑えながら僕もフーバー・
ビルに戻っていった。


2　-　Wait


“　持ち上げたグラスには
　　とうに消えたはずの
　　共感を求める自分の顔
　　ばかだな
　　また消えてしまうのに　”

1.

目的地までのドライブの間、僕たちはゲームをして過ごした。
「“もう一度突破口を見つけよう、友よ”。わかる？モルダー。」
「‘ヘンリー・Ｖ’だ。簡単すぎるよ、スカリー。」
「OK・・・うまく声が出ないけど、これはどう？“おまえはブロンドを連れてこい、
俺はターバンを巻いたのを連れてこよう”。」
「うーん、‘マーティ・フェルドマン’だ。『ヤング・フランケンシュタイン』。」
「モルダー、あなた映画をたくさん見過ぎよ。」
「見た映画で人生をつづれるほどさ、スカリー。」
僕はそういってスカリーに笑いかけると、彼女も笑顔を返してくれた。
スカリーの手は空港を出て以来ずっと僕の膝の上で握られていた。

「次はあなたの番よ。」
「『O嬢の物語』の映画タイトルは？」
「それは『ローラ家のよろこび』を観てないって事？古すぎるわモルダー。」
スカリーはふざけていった。
「もっとわかりやすいのにして。」
「どの道に入るんだったかな？147号線？」
「ええ・・・」
スカリーは方向を確認してから地図をチェックした。
「そうよ。」
「もう着いたも同然だな。スカリー、これはどうだい。‘彼女から離れろ！このくそったれ！’。」
「簡単だわ。『エイリアン2』ね。ジェイムズ・キャメロン監督。」
「OK。じゃあ、リドリー・スコットが監督した作品を言える？」
「ん・・・いいえ。ずっと観てないからわからないわ。」
「彼のいいビデオを持ってきたよ、スカリー。」
「『宇宙からのキラー・ピエロ』はどう？さすがのあなたも観たことないでしょう。」
「ブー」
僕はブザーの音をまねていった。
「観たよ。最高に笑えたね。『キラー・トマトの逆襲』は知ってる？」
「もちろんよ。それなら『宇宙からの第9計画』は？」
「もちろん観たよ。それじゃあ・・・」

僕らはずっとお互いが観た映画、観たことのない映画をクイズにして盛り上がった。
僕は誰ともこんなに映画の話で盛り上がったことがなかった。特に、まさか『宇宙からの
キラー・ピエロ』の話が出るなんて。スカリーが僕以上にB級映画が好きだと発見して嬉しかった。

とうとう目的地である、コブ・クリークという町に到着した。ヴァーモント州の降雪地の中心にある
小さな町だ。
スキー客でにぎわうシーズンだったが、僕はうまく僕たち用の家をレンタルする予約をとることが
できていた。
僕は車道から少しの間驚いて家を眺めた。
〈想像以上だ。〉
前面がポーチになっていて、ペールイエローに白で塗られた壁。まるで小さな納屋のような形の車庫。
バスケ用のゴールも車庫の横にあった。
まるで二人のための小さな隠れ家のように、ひっそりとして家庭的な雰囲気に包まれていた。

「素敵ね。」
スカリーが感動したように言った。
「思った通りだよ。」
お互いに微笑み合って車から降りた。
50代くらいのふくよかな女性が、ポーチで僕たちを待っていた。
「モルダーさんですか？私はオーナーのリー・ロビンソンです。」
「Hi,フォックス・モルダーです。こちらはダナ。」
ロビンソン夫人はスカリーに嬉しそうに握手した。
「嬉しいですわ。お電話を頂いてから、ようやくお会いできましたわね。
こちらが鍵です。木曜日にすべてクリーニングしてありますので、すべて清潔ですわ。こちらは
近くの配達も可能なレストランやグロッサリー・ストアなどの住所と電話番号のリストです。」
夫人はそう言って鍵を僕の手に渡した。
「それでは中をご案内しましょうか。」
「ええ、お願いします。」
スカリーが答え、僕らはロビンソン夫人の後について家の中に入った。

ロビンソン夫人のおしゃべりはノン・ストップで続いた。
この壁は新しく塗ったものですわ・・・これは新品のカーテンを使っていますの・・・
このイスはアンティークのものであちらは模造品ですの・・・。
僕とスカリーは手をつないで微笑み合いながら夫人の後を付いて家の中を歩いた。

家の中も素晴らしかった。木目のきれいなフローリング、壁はパステルカラーで塗られていた。
そしてふかふかして快適なカウチに、シェーカースタイルのテーブルとイスもあった。
大きなテレビも。
〈やっぱりビデオを持ってきて良かった。〉
ベッドルームのある二階へ上がっていった。
広くて明るいベッドルームに大きなキングサイズのベッドがあり、ふかふかの羽の詰まった、
美しいパッチワークの飾りの付いたベッドクロスがかけられてあった。
雪の降る夜に、スカリーと丸くなって眠るには最高の場所だと思った。
ココアや本を持ち込んで・・・。

僕はふっと笑った。まだスカリーと一緒のベッドで寝ることを考えるには早すぎる。
僕は片手でスカリーの手を握ったまま、もう片方の手でスカリーのうなじに手を置き、
頭の上にキスした。
それを見て、ロビンソン夫人は満足そうに微笑んだ。
「そろそろおいとましますわ。もうお二人きりになられたいでしょう？」
夫人はそう言うとドアの方へ向かった。
「それでは素敵なハネムーンを。モルダーご夫妻。メリー・クリスマス。」
ロビンソン夫人は手を振ってポーチの方へ下りて行き、車に乗って帰った。

スカリーは僕の手から手を抜いて離れた。
その時の彼女の表情をどう表現したらいいだろう。怒り狂う寸前というか。
「どうして夫人に私たちが結婚してるなんて言ったの？」
スカリーは腕を組んで聞いた。
「言ってないよ。夫人が勝手に思ったんだよ。それに夫人に本当のことを言う必要もないだろう？
それとも言った方がいいのかい？」
「言わないに決まってるでしょう？」
「それに、僕たちは同僚で、ちょっといたずらな週末を過ごしに来たって夫人に言うより
ハネムーナーだって事のほうがいいと思うんだ、僕は。たぶん。」
「そう？」
スカリーは疑っているような表情をした。
「そうさ。新しい始まりなんだよ。今、僕らは新しい関係に移っていこうとしてるんだ。」
〈僕は墓穴を掘ってないか？〉

「ウソは嫌いよ、モルダー。」
「わかってる、わかってる。でもこれは本当のウソじゃない。真実じゃないっていうだけだ。」
スカリーは首を振った。
「こんなのイヤだわ、モルダー。」
でもスカリーは笑って僕の腕をとった。
「ミセス・モルダーなんていったらケるわよ。」

　僕はその呼び方好きだけどね、スカリー。

「さあ、荷物を運ぼう。」


2.

ピザをオーダーして待っている間に、荷物の置き場所について話し合った。
僕たちの寝る場所についてはさすがにお互いためらってしまった。
とうとう僕は、マスター・ベッドルームへの廊下に立ってスカリーに言った。
「この部屋は君が使って。僕は反対側の部屋を使うから。」
こっちの部屋は他の部屋よりあまり眺めが良くなかったが、遠くに森と黒っぽい山並みを
見ることができた。
ベッドもマスター・ルームに比べると小さかったが、いざとなれば一緒に寝れるくらいの
大きさはある。
僕のその考えはスカリーにも読めたらしい。
「あなたのシナリオは読めてるわよ、モルダー。」
でも彼女は笑っていた。
「何のことだい？」
「大きなベッドの方がいいでしょう？」
「この家には二人には十分なほど部屋があるだろう、スカリー？それとも一緒の部屋がいいかい？」
「大きさが問題じゃないのよ。」
スカリーはためらいがちに言った。彼女の顔から笑顔は消えていた。
「誰かが隣にいると眠れないのよ。一晩中ずっと緊張して目が覚めてしまうの。」
「わかった。一緒の部屋はよそう。」
僕は納得して優しく言った。
「むこうの部屋を使えよ。この部屋は僕にちょうどいいんだ。」
「そのことで話さない？モルダー。」
「なんだい？」
僕もそう思っていたが、僕は足を組んでベッドに座り、スカリーが話し始めるのを待った。

スカリーはお腹の上で手を組み、決心ととまどいが合わさったような表情になった。
「ずっと考えていたの。つまり、あなたがこのアイディアを話してくれたときは私も嬉しかったのよ、
モルダー。でもよく考えると、これはもっと・・難しいことのように・・・思えるの。」
「どういうことだい？」
「モルダー、私はこのことに感謝してるのよ、本当に。あなたのことを心から信頼してるわ。」
「ここでの僕の役目は終わったね。」
「お願いふざけないで。わかってるのよ。あなたに無理な頼みをして、それにこんな高い
ところを・・・。」
「待った。」
僕は片手を上げて彼女を止めた。
「スカリー、最初に言っておくけど、君の頼みは全然無理なんかじゃないんだよ。僕は無理な
ことだなんて少しも考えてない。それに金のことなら心配ないよ。父がたくさん遺産を残して
くれたからね。第一僕がここを選んで借りたんだ。」
スカリーはため息をついて額をこすった。そして顔を上げると、
指の間から僕を見ながら言った。
「わかったわ・・・話すわね。あなたと寝ることは・・・おかしいと考えたのよ。」
「スカリー？」
「私たちが体の関係を持ったら仕事の妨げになるわ・・・仕事での関係が保てなくなるわ。」
「スカリー？」
「それどころか私たちの友情までじゃまをするかもしれないわ。」
僕は落ち着いて答えた。
「じゃまになっていくと、そう思ってるのかい？スカリー。」
「わからないわ。つまり、セックスよ、モルダー。私はそんなことでは私たちの関係は壊れないと
確信してたけど、けど、きっと私たちは変わるわモルダー。変えてしまっていいのか私にはわから
ないのよ。」
「D.C.に戻ったときの問題は確かにそうだろう。でもスカリー、君は二つのことを忘れてるよ。
まずここには休暇としてきてるんだ。バケーションだよ。この素敵な家も、粉雪がたっぷり
積もったゲレンデもただ楽しめばいいんだ。僕はクリスマスツリー用のライトを持ってきたよ。」
スカリーはためらいがちに頬をゆるませた。

「それにスカリー、君の方が大事なんだ。」


スカリーはまたため息をついた。彼女は近づいて手を僕の肩に置いて言った。
「変わりたいわ。」スカリーはそっと言った。
「私を変えたい。でもあなたのことを考えると・・・心配なの。怖いのよ。モルダー、
あなたは・・・わたしにとってあまりにも・・・かけがえのない人なの。」
スカリーの手を肩の上に置いたまま僕は立ち上がり、彼女の瞳を見つめながら言った。

「君は僕のすべてなんだよ、スカリー。」

僕は彼女の腰に手を回して、唇にキスをした。
スカリーの唇は僕の唇を受けて優しく開き、彼女の舌を僕の口の中で感じた。
僕は彼女の腰に手を置いたまま、彼女の甘いキスを味わった。キスはますます甘く激しくお互いを
求め合い、一瞬息をするために唇を離すと熱い息がこぼれた。肩で息をしながら額を彼女の額につけ、
熱い息を感じ合い、唇を突き出すとまたキスに溺れていった。

二人の熱い息が口の中で溶けあい、激しく長くお互いのキスを求め合った。スカリーは僕の胸へ、
腰へ手を下ろして僕たちの体を密着させた。もう服の生地の厚み以外二人の間にあるものは何もない。

スカリーはさらに僕の頭を引き寄せて、より深く僕の口の中を味わい、せがむように舌を絡ませた。

頭の中でアラームが鳴った。まだ早すぎる。まだスカリーにはもう少し時間が必要なはずだ。
でも僕には止められなかった。
彼女のペースに合わせると約束した。彼女が思うところでなら、どこででも。
僕は彼女を抱きしめて体中に手を走らせたかったが、彼女の腰に手を置き続けた。
静寂な家の中に、ただ僕たちだけの荒く激しい息づかいが響いていた。

彼女の方から唇を離した。スカリーは激しく息をしながら僕の胸に顔をうずめた。
僕は優しく彼女の髪を撫でながら、待った。
しばらくしてスカリーは顔を上げ、僕を見つめながら言った。
「まだこわいの。」
「大丈夫だよ、sweethart。一歩進んだんだ。」
僕がそう言って指の裏で頬を撫でると、彼女は微笑んだ。
「あなたの我慢に値する価値があればいいんだけど。」
スカリーは静かに言った。
「もちろんだよ、スカリー。」
僕がそう言って彼女を抱き寄せると、スカリーの頭はちょうど僕の顎の下におさまった。
こうするのは初めてじゃない。どれほど二人がぴったりしているか・・・こうしているのが
本当に自然で、ずっと長い間共に生きてきたようだった。子供時代を一緒に過ごせればよかったのに。
ファーストキスも、初めてのデートも、初めての相手もお互いであればよかったのに。
でももう関係ない。スカリーは僕の最後の女性なのだから。

スカリーは短いキスを僕にすると腕から離れた。
「さあ、荷物を持ってきましょう。」
「食事はどうしようか？」
階段を下りながらスカリーに尋ねた。
「外で食べる？注文する？それとも作る？」
「三つを合わせれば理想的ね。明日グロッサリー・ストアに買い物に行きましょう。
モルダー、あなた料理できるの？」
「Hey, 僕の料理はコックなみだよ。」
「あら、そう。」
「本当だって。僕のオムレツは五つ星なんだぜ。」
「妄想、否定、混乱、狂気・・・あと何？」
スカリーのジョークは大好きだ。フロヒキーが一度彼女のジョークのことを「静かに忍び寄る
ユーモア」だと評していたが、まさにぴったりだよ。
僕はばかにされてがっかりした男のような顔を作り、胸に手を当てて言った。
「スカリー、傷ついたよ、本当に。」
「生きてる証拠ね。血でも流れた？」
また楽しいジョークだ。
僕は階段で立ち止まると足を開いてスカリーが通れないように片手で手すりをつかみ、
腕を広げて反対側の壁に強く手を付いた。彼女は驚いて眉を上げた。
「僕にキスして謝るまでここは通さない。」
「あなたの料理の腕前のこと？」
「僕の作ったものをまだ食べたことないのに決めつけただろ。完全に違うって証明できるぞ。」
「過去5年間の証拠を集めて言ったのよ、モルダー。ナスも、ランプ肉のローストだって
知らないでしょう？それでどうやってあなたの腕前がコックなみだと思えるの？」
「だからって僕の腕前が悪いとはわからないじゃないか。」
「あなたのキッチンを知ってるもの。わかるわ。」
スカリーはそう言って通ろうとしたが、もちろん通さなかった。
「ちゃんとしてくれないと通さないよ。」
「もう、モルダー。あなた私の甥よりいたずらだわ。」
スカリーは僕の頬をつついた。
「そんなのきかないよ。ちゃんと謝って。」
「もう、わかったわよ・・・あなたの料理の才能に失礼なことを言ってごめんなさい。
あなたの料理の才能を疑ってごめんなさい。これでいい？」
「その言葉を証明して、スカリー。」
「証明するわよ・・・。」

スカリーは僕の肩に手を置いて、深くキスし始めた。そうだよ。これが証明だ。僕は広げていた
手を戻して彼女を抱きしめた。スカリーは僕より階段2つ上にいたが、それでも僕たちの目の高さは
同じだった。
僕は彼女を階段の上から持ち上げるように抱き上げた。
僕は体を回して、彼女の体を僕と同じ階段へ動かそうとしたが、スカリーは驚いて脚を僕の腰に
反射的にまわした。これまでキスしながら、こんな風に彼女が僕を体に近づかせたことはなかった。

僕はスカリーの手も肩も膝も-すべてが味わえるこの幸せなポジションを手で支え続けたが、
僕の脚は強い欲望を感じて立っていられないほど急激に弱くなり、手でも支えきれず落としそうに
なったので、壁に彼女の背を付けてかがみこんだ。
何と言っていいか分からない。
ただ彼女に触れたい。
僕の肌が訴え、僕の口は彼女をむさぼるように激しく口づけた。
「モルダー」
ついにスカリーがささやいた。
「モルダー、お願い。」
スカリーは僕の腰から脚を離し、僕は彼女がたてるように支えた。
僕は立っていられないほどのめまいでぼーっとなってひざまずき、頭を彼女のお腹の部分に
もたれさせた。
スカリーは指で優しく僕の髪をすき、僕が回復するのを待った。

なぜ僕はこんなに、彼女よりも感じるんだろう？
キスをするとスカリーが僕をなだめているように感じるんだ。僕らがいつもの生活に戻るまでの間だけ、僕に
とって誕生日のように、クリスマスと独立記念日になるように、それらすべてを彼女が愛で一つにして僕に差
し出しているように感じるんだ。

スカリーを見上げると彼女は僕
に優しくほほえみかけ、静かに言った。
「大丈夫？」
「ああ。君は？」
「大丈夫よ。さあ、荷物を整理しないと。」
「ああ。」
まだ彼女を離したくなかった。彼女を永遠に抱きしめて、お腹の音や心臓の鼓動を耳に感じていた
かった。
だが悲しいことも思い出した。彼女をまた抱きしめて耳をあてても-僕たちの赤ちゃんの心臓の音や
お腹をけるようすを手に感じることはできないんだ。彼女は僕よりもっと聞きたいだろう・・・。
でもいつかは可能になる。可能性はあるんだ。

ドアベルが鳴った。注文したピザが届いたらしい。
僕らはため息をついた。
「モルダー、さあ。」
「わかってる。」
まだ彼女のウェストを抱いたまま、僕は立ち上がった。
「お腹から何か聞こえた？」
スカリーは笑って優しく僕の頬を撫でながら言った。
「ああ、うん。聞こえたよ。誓ってもいいけど「お腹空いた」って聞こえたよ。」
「それじゃ食べましょう。ピザ・ボーイにチップをはずんであげてね、コブ・クリークから
ここまでかなりあるもの。」
「はーい、ママ。」
素早くスカリーにキスをして、ピザ・ボーイに払うために階段をかけおりた。

暖炉に火をともし、ステレオからジャズを流しながら僕たちはリビングの床に座ってピザを食べた。
僕たちは映画やジャズの話、それにこれまで食べた最高のピザについて話した。そして時計が11時を
まわると、僕たちはおやすみのキスをして、それぞれのベッドルームへ離れた。

僕はいつものようにナイトテーブルの上にサマンサの写真を置き、おやすみを言った。

僕も彼女の部屋もドアは開いていたが、どちらも廊下を横切ったりしなかった。




→　3 
- Plenty へ続く