DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : PILOT

作：Madeleine Patrols　　訳：tomoさん

「ここにはFBIの嫌われ者しかいないよ」
モルダーは目の前のスライドをじっと見ながら言った。彼には誰がノックしたのかわかっていた。
どうせ彼にとってうんざりするような相手に違いない。
彼の城であり、領土である地下オフィスは、ほかの職員にとっては降格され、追放された人間の
行く場所であり、そして身内の恥を閉じこめておく場所だと思われていた。
しかし彼はこのオフィスこそ自分の新しい仕事をするために必要な場所だと思っていた。

かつてのモルダーは将来性を見込まれた捜査官だったため、ほかの職員より優遇されて仕事を
していたが、現在の彼は自分の仕事を超常現象の研究にあて、認められようと努力したために、
周囲は彼に対してあざけりと冷笑をあびせていた。

スプーキーモルダー
ほら、スプーキーがまた驚きのお説を持ってきたぜ。

〈まったくうるさい奴らだ。まったく。〉

しかし連中は彼の奇抜な推理を笑ってはいても、それが恐ろしいほどに当たり、事件を解決して
いくことがどれだけ彼らの驚異になっているか、モルダーは知らなかった。
彼の推理は80パーセントの割合で事件を解決させ、その能力は陰口をたたく人間でさえ認めざるを
得なかったのだ。
そのことがよけいにモルダーを孤立させていた。
彼には友人がいなかった。FBIの中で、一人も。


オフィスのドアが開き、ヒールの靴音が聞こえたが、モルダーは聞こえないふりをした。
「モルダー捜査官ですか？ダナ・スカリーです。あなたの補佐として配属されました。よろしく。」
モルダーは彼女を見て、できるだけ落ち着いた声を出した。
「これは驚いた。急に人を増やしてくれるとはね。ところで君はいったい何をやらかしてこんな
ところにまわされてきたんだい？」

彼の前に立っていたのは、まっすぐな赤褐色の髪の、小柄な女性だった。
捜査官らしく地味なスーツを着て、ピンと背筋をのばして立っていても、彼女の女性らしい体の
曲線は隠せていなかった。
そして彼女の惹きつけられるような青い瞳。彼はこんなに澄んだ、強い光を持った瞳を見たことが
なかった。
〈なんてことだ。どういうことだ？想像してたのと全く違うじゃないか。〉
彼女はモルダーの様子に気が付いていないようだった。
「とんでもない。むしろ光栄に思ってますわ。お噂はかねがね。」
「へえ、ほんと。僕はまたてっきりスパイが来たのかと思ったよ。」
それは本当だった。モルダーの上司達が、彼の超常現象に対する興味や捜査方法に疑いを持っていて、
近々彼の行動を監視する捜査官を、クァンティコから引き抜いてくるという情報が彼の耳に入って
いた。
もちろんモルダーは彼女のことを調べた。彼女の全てについて。
でも、実物の様子だけは、予想外だった。

息をのむような瞳、完璧なワシのくちばしのような形の鼻、ふっくらとした官能的な唇−
モルダーが視線をあてるとその唇は恥じらいか、それとも皮肉めいたように微笑み、美しいカーブが
描かれた。
反射的に彼の心臓の鼓動は早くなり、モルダーは少し赤くなった。

〈おかしいだろ、落ちつけって。〉
しかし自分ではどうにも押さえられなかった。
〈彼女は確かに・・・何というか・・・とても興味深い。〉

なぜかはわからなかったが、自分でもおかしいとは思ったが、まるで彼女のことを昔から知って
いるような・・・初めて会ったような人間にはとても思えなかった。
ばかげているとは思ったが、もう一度彼女を見てみる。
体にぴったりとしたスーツ、薄いメーキャップ。彼女はとても自然で、魅力的で、とびきりの美人だ。
しかし彼女は自分の顔と体の美しさによって人生を渡るのではなく、自分の意志の力と能力で人生を
支配していくタイプに見えた。

彼女はモルダーの視線を受けても用心深い表情を変えなかった。
「もし私の能力や資格に疑問をお持ちなら履歴書を・・・」
彼女は少しむっとしたように話し出したが、言葉や表情は堅いままだった。
〈この女性捜査官はなかなか手強いぞ。〉
彼は自分の思っていることが表情にでないよう祈ってから、呼吸を整え、彼女の話に割って入った。
「君は医学博士であり」
モルダーはわざと彼女の声をまねて高い声を出した。
「今はアカデミーで教えている。ほかに物理学でも学位を取得し、卒業論文として『アインシュ
タインと双子のパラドックスの新解釈』を書いている。」
彼はファイルと彼女の顔を見て、ニヤッと笑った。

「アインシュタインを書き直すとは、実に見上げたものだね。」
モルダーは自分が自信過剰な男だとわかっていたが、それでも、彼女は自分の今の心を読めない
だろうと確信した。これでフェアだ。しかし彼女はきわめてクールに応えた。ひょっとしたら、
読まれたかもしれない。
「それは読んでのご感想？」
〈一本とられたな。〉
彼女の声には困惑がまざっていたが、自信のある声だった。
モルダーは体温が急激に上がっていくのを感じた。もうこんな状況は何十年と経験していない。
〈一体僕はどうしてしまったんだろう？〉

「ああ、もちろんさ」
思わず声がうわずった。くそっ。
モルダーは自分の取り乱した表情を見られまいと、立ち上がって背を向けた。
「おもしろかったよ」
なんとか皮肉った声を出したが、彼女はそんな彼に取り合う気はなさそうな表情をしていた。
〈一体どうやったらそんな表情が出来るんだい？僕はこんなに君に反応しているのに。
　仕事。そうだ彼女は仕事のために来ている。頼むから仕事のことに頭を戻してくれよ。〉
彼は自分に祈った。
「しかし残念ながら、ここの仕事の役には立ちそうにないね。だが医学博士としての意見は
ぜひ伺いたい。」
モルダーは電気を消し、彼の顔や体が意志に反して彼女に本心を伝えてしまわないようにした。
スライドプロジェクターのスイッチを入れ、その間に何とか落ち着こうとした。

「オレゴン州出身、21歳。死因は未だにわかっていない。検死からは何もでなかった。何も。
唯一腰のあたりにくっきりとした二つの斑点が認められた。」
彼はわざと行儀良くたずねてみた。
「博士、この斑点を分析していただけませんか？」
彼女は考え深げな視線を彼に送ってから、スクリーンの方へゆっくり近づいていった。
そのときの彼女の表情に、モルダーは思わずはっとした。
彼女は驚いたように目を見開き、唇もそっと開いた。見たものに惹きつけられ、興味をかき立てられ
たようだった。
それは彼女にとって生まれて初めて見る傷に違いない。
「可能性としては刺し傷か、感電死した跡とも考えられるわ。」
彼女の声はプロジェクターの作動音に負けないように少し大きくなったが、慎重な声だった。

モルダーは微笑んだ。
〈悪くない。〉
彼は次のスライドを映した。
「じゃあこれはどう？傷口周辺に付いてた物質の化学式だ。」
モルダーはそわそわしだした。
〈すごいぞ。初めて見た傷を識別するまで5秒もかからなかった。〉
彼女は少しの間スクリーンを凝視してから言葉をだした。
「これは有機物ね。でもわからないわ。タンパク質の一種か何か？」
彼は興奮して一瞬息を止めた。これまで誰もそんな見解を出した人はいなかった。
モルダー以外の、誰も。
しかし今は彼女にそんなことを伝えてはいけないと思った。
先入観のない意見を、もっと彼女から聞きたかった。
「さあね、僕も初めて見たんだ。」すばやくごまかして、次のスライドを映した。
「ほかにもサウスダコタであがった死体からと、テキサスの死体からも同じものが見つかった。」
彼女は振り向いた。その瞬間、モルダーは自分を失った。
その瞬間に、彼のこころの最後のひとかけらまでもが彼女のものになってしまった。
モルダーはこんな気持ちを感じたことはなかった。
彼女はクールで、落ち着いている。
彼を見ても表情を変えたりしない。それはモルダーにもわかった。
でも彼女の表情の下からは、なにか好意的なものがあるように思えて仕方がなかった。
まるで今モルダーが必死に自分の表情を隠しているように、彼女も同じように隠しているように
思えた。
どんなに隠しても、彼女の素晴らしい瞳から、彼女の体から、未知の光が彼に向かって放射されて
いるのを感じていた。

「それで見解は？」
彼女はそれだけ言ったが、それだけで十分だった。モルダーはまたショックを受けた。
これまで誰も彼の見解を聞こうともしなかったし、聞きたいとも言われなかった。
彼が自分の見解を説明し始めると、捜査官達はニヤニヤ笑いだし、ヒソヒソとほかの捜査官と
話をした。それでもモルダーは独自の見解を曲げずにいた。
自分はそうすべきだったから。
自分がそうしたかったから。
自分を信じたかったから。

そして今彼女はモルダーに見解を聞いた。
彼の意見を本当に聞きたかったから。
彼によって心がわくわくしていたから。
このねずみ色のスーツを着た彼女は無意識のうちに彼の心も、体も、情熱も鷲掴みにしたのだった。
しかし彼女はモルダーの反応を読みとれずにいることが、気になっているようだった。
彼は一度咳払いをした後、さっきの続きを始めた。
「まだ仮説の段階だけどね。」
モルダーは言葉を切ると、努めて静かに彼女の方へ近づいた。
今こそ彼女をテストするときだ。
〈彼女は異常な事件を扱うことはできるだろう。でも問題は、僕のような゛変人″をパートナーに
できるかどうかだ。でもどのみち、一緒に仕事をしていけば、彼女なら異常な事件にも僕にも
なれていくだろう。〉

モルダーは彼女の顔の真っ正面に立ち止まった。彼女のつけている香りがわかるほど近づくと、
彼は春のバラのような甘い香りに一瞬ぼうっとした。

モルダーには相手が観念して知っていることを全て話させる技術があったが、このほっそりした
小柄な女性は、彼が真っ正面に来て見据えても、まばたきもしないほど、彼に対して動じなかった。
〈 面白い。〉
「でもたとえ話したところで君もFBIのお偉いさんと同じように、僕の仮説を非科学的と決めつけ
無視するだろう。」
彼は柔らかくささやいた。
本当はこんな風に彼女には言いたくなかった。しかしモルダーはこれまで自分のおかれていた状況を
説明するのに、皮肉めいた言い方でしか伝えられなかった。これまで自分がくそったれたちに笑い者
にされていた過去。彼は人を信じたことであまりにも多くひどい目にあってきた。
モルダーは簡単に人を信じるところがあり、相手は彼のそういったところを利用していた。
そして彼をさらに孤立させ、馬鹿にし、冷笑を浴びせた。

モルダーは体をかがめて、まるでからかっているように彼女に質問した。
「どうだい？君は地球外生命体を信じるかい？」
ダナ・ｋ・スカリー捜査官の青い瞳が強く光り、どういうことかと彼に理由を問うような視線を
返した。
「理論的に言えば、私の答えはノーだわ。地球に到達するまでに宇宙船の必要とするエネルギーの
膨大さを考えると、地球まで航海するにあたる・・・」
〈 同じだ、また同じ。〉
モルダーはあきらめたようにうなずいて後ろの机に寄りかかった。
〈 一体何を期待していたんだろう？それにどうしてこんなにがっかりしてるんだ？ 〉
「月並みな意見だな」モルダーは素早くさえぎった。
「このオレゴンで見つかった女性は地元では4人目の被害者だ。彼女の同級生3人は謎の死を
遂げている。」

今こそ彼女に、ここに来た意味を教える時間だ。スプーキーモルダーと仕事をすることがなんなのか。
彼女が上司達にあきれた報告書を提出しないように。
「しかも死因はどれも科学では説明がつかないものばかりだ。とくれば、いっそのこと未知の世界に
可能性をさぐるべきじゃないのかな。」
これはモルダーの最も重要な前提であり、基本の考え方だった。
論理的な方法は彼にとって真実味がなかった。彼がかつて捕らえた殺人犯は、犯罪には単純な原因や
結果なんてない、と彼に言ったことがあった。
彼女は疑わしい視線を彼に投げながら話し始めた。
「死因が不明なんてあり得ないわ。」
モルダーは微笑んだ。
〈 確かに。〉
「もし自然死なら検死の段階で見落としがない限り何か見つかるはずだし」
〈 その通り。〉
「もし殺人なら、捜査のやり方に問題があったと考えるべきね。」
〈 おっしゃる通り。彼女はどんなことも正しく訂正するだろう。
　僕が未知の世界の可能性を捨てないのと同じくらい強い意志で。
でも逆に言えば、彼女もそれだけ興味を　持って取り組むのではないだろうか？〉
彼は注意深く考えた。

「私の経験からして」
彼女は熱心に続けた。
「科学的に説明の付かない事実なんてこの世に存在し得ないんですからね。答えは必ずある。
要はどこを探すかよ。」
モルダーはニヤッと笑って見せた。
「そうとも、FBIのするどい目で」
〈全く彼女は勇ましい。〉
モルダーは満足げに笑った。
〈彼女は事件にうってつけだ。ダナ・スカリー捜査官は科学者だ。彼女は自分の役立て方を知って
いる。これから自分と旅に出るのに申し分ない。〉
そして彼の心の中に、これからずっと燃え続ける炎がついた。

またモルダーはだまされているのではないだろうか？彼は疑わなかった。
しかし彼自身に理由はわからなかったが、ただ、わかっていた。
〈ダナ・スカリー捜査官は誠実な人間だ。小柄な体にまるで鉄でも一本入っているかのように、
彼女は人を裏切らない。〉
彼の勘の正しさは、これから何年にもわたって証明されていくだろう。


「それじゃ明日の朝来てくれ。寝坊するなよ。」
彼はイスの方まで歩きながら肩越しに言った。
「8時の便でうわさのオレゴンへ飛んで調査を開始しよう。」
再び彼はイスに座ると、スライドを調べているようなふりをした。
もし彼が振り向いていたら、若い博士の顔に驚くほど美しい、愛情のこもった微笑みを見ることが
できただろう。
モルダーは静かにドアが閉まるのを待った。

「ワーオ！！」
モルダーは奇声をあげて笑った。

END