＊＊＊
30分かそこらで、モルダーは及第点のソースを仕上げ、パスタをボイルするためのお湯を沸かし始めた。布巾で手を拭き、スカリーの元へと向かう。不案内な寝室を感覚で進むと、膝にベッドの縁が当たった。スカリーは身じろぎひとつしない。外灯の明かりがカーテン越しに室内を照らす中、ゆったりとしたカバーの下に隠れたスカ
リーの華奢な肢体が浮き上がる。モルダーはカバーを捲くり、ベッドに這い上って、彼女の横に体を長らえた。髪を撫でながら、暗闇で頬笑みを浮かべる。
「スカリー・・・」
「ん・・・」
スカリーは身じろぎし、モルダーの懐に抱かれ、体を丸めた。モルダーは頭の天辺から、温かな首筋、そしてなだらかな肩の稜線に手を滑らせた。スカリーはさらに膝を曲げ、言葉になっていない呟き声を発した。呼吸は依然深く、規則正しい。
モルダーは体勢を変え、クエスチョンマークのような形でスカリーに覆いかぶさり、耳元で囁いた。
「スカリー・・・食事にするよ。」
スカリーの手が彼の胸に添えられた。
「う・・・ん・・・」
モルダーの手は、スカリーの滑らかな背に、意味もないパターンを繰り返し描いた。二人は互いに手ごたえのある相手として過ごした時間が多かったので、眠りの尾を引く従順なスカリーを包み込む数分余りは、思いがけない宝物のようなひと時となった。彼の腕の中で身動きはほぼ取らず、スカリーはストレッチした。全身を強張ら
せ、すぐに力を抜く。
「にんにくの匂いがするわ。」
スカリーの腕がモルダーの背に回り、爪の先が背筋をゆっくり下りていく。モルダーはその快感に目を閉じた。
「食事をすれば君もそうなる。ソースに3かけ使ったからね。」
「私たち、友達でよかったわね。」
「本当だ。」
スカリーが顎を上げ、二人の唇が重なった。そっと押し付けるようなキス。モルダーは彼女が飲み込んだ息で肌が擽られるのを感じた。彼の中から愛情が溢れ、言葉にならない音を奏で出す。スカリーは小さなため息で答え、唇を花のように開いた。彼女の口付けは温かく、ミントのように清々しい味がした。しなやかな舌先は、繊細
な筆のように、彼を誘い焦らす。抱き寄せられたスカリーは、彼の両脚の間に膝を潜り込ませた。
シーツの中では、モルダーの手が彼女の腰まで下りてくる。スウェットシャツの裾から侵入した指先に、スカリーは一瞬身を固くした。けれどモルダーは、彼女の不安を消し去った。唇が、舌が、肌の触れ合う悦びを伝えてくる。
痩せ細った―――それは否定しない。その上で彼は躊躇いを捨てた。臆することはない。柔らかな肌と、美しく、しっかりとした骨格を限りなく愛でればいい。モルダーは指の腹を、スカリーの肋骨に沿って這わせた。彼女の背がしなり、腹部がモルダーのベルトのバックルを掠める。スカリーは彼の両脚に挟まれた膝を擦り付けた。
「モルダー捜査官。ポケットに忍ばせてあるのは、魔法のピクルス？それとも私に会えて嬉しいのかしら？」
そう言って、もう一度脚をくねらせる。
モルダーはにやりと笑って、至福の一部が染み渡るように彼女をきつく抱きしめた。
「さあ、どっちだろうな。試しに擦って願いをかけてみたらどうだ？」
笑い声が鼻から抜けていく。スカリーは抱擁の中に身を震わせながら、モルダーの提案に従った。彼の喉を小さなキスで埋め尽くしながら、片手をカバーの下へ潜らせる。Tシャツを捲り、指先で直に肌を一撫ですると、モルダーの腹筋が意に反して引き攣った。
「スカリー・・・そこまでしなくていい。」
モルダーが耳元で囁く。
「そうね。」
スカリーの片手は、ベルトのバックルを難なく外し、ジッパーに伸びていく。小さく、温かな手が入り込み、モルダーは息を呑んだ。スカリーは彼の肩にキスをする。
「幸運を感じるわ・・・」
モルダーは目をきつく閉じ、彼女の手が織り成す優しい奉仕に身を任せた。口の中が急速に干上がっていく。
「この幸運は、君の想像を絶してる・・・」
最早、掠れた声しか出なかった。スカリーの巧みな指先が、ボクサーのスリットを探り出し、隔たりを無にして、モルダー自身を撫で摩る。寝室には、微かな衣擦れの音と、モルダーの切羽詰った息遣いだけが響いていた。スカリーは盛りのついたネコのように体を押し付け、モルダーの脚を腿で擦り、手の角度を変え、親指で先端を
捉えると、モルダーが体をびくりと震わせた。
「・・・スカリー！」
「やりすぎだった？」
スカリーは、力は緩めず、手の動きを止めた。モルダーは首を動かして、彼女の髪にキスを寄せる。
「まったく・・・」
モルダーは、肩先でスカリーが悪戯に微笑むのを感じた。とんでもないお転婆娘だ。
「スカリー、今のは・・・ちょっとばかり幸運が過ぎたみたいだ。言うなれば、クーポン券を4年も溜め込んだ末に、ジャックポットで億兆ドル当たるくらいの幸運だよ。君も幸運が欲しいなら・・・」
モルダーは自分の口調が自惚れて聞こえはしまいか気付き、言葉を切った。体勢を変え、おぼろげな光の中に、彼女の瞳を見つめる。
「・・・君も幸運が欲しい？」
スカリーは首を傾げ、舌先でモルダーの頚動脈を計る。
「・・・ええ、欲しいわ。」
彼女の囁きが、モルダーの耳を熱くした。スカリーの手の中にある自分が跳ねる。
「了解。では・・・」
モルダーはスカリーの手をズボンの中からどかし、下に組み敷いた。唇を捕えると、彼女の両脚が開き、彼の場所を作る。モルダーの髪の毛を、スカリーは両手で遊び、顔の向きを左右に変えさせては、狂ったようにキスを繰り返した。踊るような悩ましい腰つきが次第に加わる。スカリーのシャツの中へ腕を押し込むと、ブラに手が
当たった―――寝るときにブラを着ける奴があるか、スカリー？それでもめげずに、左の乳首を捏ね上げる。すぐに固くなるのを指先で感じるや、彼はどうしても自分の口で味わいたくてたまらなくなった。
モルダーは息を切らして、スカリーの唇から自らの口を引き剥がし、震える指で彼女のシャツの裾を手探る。スカリーの協力もあって、顎先まで裾は小さく丸まった。彼女の胸骨に唇を落としながら、腕を背に回して、ブラのホックに手を掛ける。スカリーは手を貸すように背を仰け反らせた。ついに留め金は外れ、カップが緩んだ。
モルダーはそれらをそっと取り払い、胸のふくらみを愛撫した。パウダーよりも柔らかな谷間に鼻を埋め、舌先で味わう。
スカリーはすすり泣くような声を出しながら、満足を知らない両手は彼の肩を滑り、シャツの縁を掴んで、背中の途中まで捲り上げた。モルダーは唇にするように、左右の胸にキスをした。熱い口中に含み、舌で優しく打つ。スカリーはモルダーの耳を指で弄び、ないものねだりをするように彼の下半身に向けて腰を揺らした。
絡み合う動作で、ウエストの緩んだスラックスは半端にずり下がり、不快に感じたモルダーは、スカリーから離れ、ズボンを振り落としにかかった。カバーの下で足を振り回す様子に、スカリーは忍び笑いが漏れるのを、片手で覆い隠した。
「・・・おかしいんだろ。」
モルダーは両手の親指をスカリーのウエストに掛けて、スエットパンツを引き下げた。驚いて息を呑んだスカリーが抗議の声を上げる間もなく、モルダーはにやりと笑って、下半身を裸にしてしまった。
「寒いか？」
今の動きでベッドに風が舞い込み、身震いをしたスカリーに、モルダーが覆いかぶさりながら訊ねた。
「悪くないわ。」
「改善してあげるよ。」
モルダーは再び彼女の脚の間に納まって、スカリーの両脇に突いた腕で体重を支えた。スカリーは彼に抱きつき、鼻先を肩の窪みに埋めた。
「ずっといいわ。」
スカリーが両膝を締めたせいで、モルダーの腰が反射的に突き動いた。気だるいキスを幾度か交わしながら、モルダーの手は、スカリーの温かな脇腹を撫でている。そのゆっくりとした動きに、スカリーの腰がリズムを合わせていく。愛撫は初め優しく、キスが深まるにつれ、徐々にスピードと圧力を増していった。ようやく唇をキス
から解放すると、モルダーはスカリーと額を合わせ、目を閉じた。熱を帯び汗ばむ肌が匂い立つ。
「スカリー・・・何か用意した方がいいか？」
スカリーはNoという代わりに首を振った。彼女の両手がモルダーのあばらを滑り、ボクサーの縁に到達する。スカリーが引き下ろし、モルダーがすり抜けて、ボクサーは忽ちベッドの足元で皺になっているスラックスと同じ運命を辿った。自由を得た昂ぶりは、彼女の柔らかな腹部に突き刺さり、滑らかな肌を濡れた先端が擦っていく
。モルダーはスカリーの眉、鼻、顎にキスを落とした。
「君は最高だ・・・」
スカリーは両手で、彼の背を撫で下ろし、腿の裏の敏感な部分をくすぐった。
「あなたもよ・・」
彼に場所を与えるように、両脚が広がる。モルダーは自身に手を添えて入り口を探ると、そこは充血し腫れてはいるが、砂漠のように乾いていた。触れた瞬間、スカリーは鋭く息を呑み、畏縮を表した。
「スカリー・・・？」
「・・・ごめんなさい―――」
彼女は両腿を閉じ、モルダーを締め出そうとした。だが、体重の差に物を言わせ、彼はスカリーを押さえ込んだ。
「いいんだ。」
モルダーは芳しい首筋に唇を寄せ囁いた。顔を逸らしたスカリーは、体を固くし、防波堤を巡らせる。モルダーは彼女の脇を撫で、肩にキスをした。
「気にすることなんてない・・・」
このことを、モルダーは本で読んで知っていた。スカリーを宥めながら、狂おしいほどの欲望が、わずかにひいていく。スカリーの見せる苦痛が、船の帆から風を奪った。モルダーが優しい、心のこもったキスを何度も何度も繰り返すうちに、スカリーの体から再び力が抜け、キスに応え始めた。
「ごめんなさい・・・」
暗闇に謝罪が小さく響く。モルダーは指を押し当て、それ以上は黙らせた。
頚動脈に押し付けた唇に、休む間もなく早鐘を打つスカリーの心臓の鼓動が伝わってくる。モルダーの唇が胸骨から、臍に、ついには足の間の茂みへと下がるにつれ、スカリーは全身が金縛りにあったかのように筋肉を硬直させた。モルダーの頭がブランケットの中へと消える。
「モルダー・・・」
スカリーはモルダーの肩に爪を立てたが、抗議は無駄に終わった。彼は両膝に手を掛けて、彼女の脚を広げさせた。
「モルダー、お願い。やめて―」
モルダーの舌先が最初に触れると、スカリーの声はそこで途切れた。唇で触れた彼女の中は信じられないほど熱く、柔らかに舐め上げる度に熱を増していく。スカリーの指が彼の髪をまさぐる間、モルダーは時間をかけて、彼女の襞や谷間を探索し、好きなだけ愛撫を繰り返した。そのうちにスカリーは、岸に上げられた魚のように喘
ぎ、踵をマットレスに食い込ませた。
ブランケットの中は窮屈で、モルダーは顔に火照りを感じた。酸素が足りず、眩暈さえ覚える。それでも彼はかつてないほどに昂ぶり、胸を締め付けられていた。スカリーを抱いている。彼女が僕を必要とし、ここまでさせてくれている。信頼―――その想いに、モルダーは完全に満たされていた。
空気を求め上へ這い上がると、スカリーは彼の下で小刻みに身を震わせていた。その瞳は翳り、涙で潤んでいる。誘うように開かされた唇にキスをしにいくと、スカリーが腰に足を絡ませてきた。キスを結んだまま、モルダーは行きたいと願う場所へ、ペニスの先端を宛がった。スカリーはその動きに合わせ、背を弓なりにし、彼のす
べてを呑み込んだ。
目頭が熱くなったモルダーはキスを割って、耳元に頬擦りして囁いた。
「Hi・・・」
「Hi・・・」
スカリーは手と足でモルダーの体をきつく抱いた。互いの鼻をすり寄せ合って、頬笑みを交わす。
モルダーは上腕で体を支え、できるだけ身動ぎを耐えた。体内で息づく彼の存在に慣れようと、スカリーの内壁が収縮を繰り返すのを、意識しないよう努めても、下腹部が疼いた。呼吸も段々ままならなくなっていく。必死の自制が、首筋に浮く腱となって現れた。モルダーの下で彼女が蠢き、ひらひらと瞼を落とす。
動いてもいいかと許しを得ようとした矢先、スカリーが痙攣したように喘ぎ、唇は緩く開いて、びくりと腰が跳ねた。モルダーは、彼女の中が波立つのを感じた。
「あっ・・・」
突然のことに、モルダーも驚いて息を吐く。微かに呻くスカリーを、モルダーは優しく揺らし始めた。身を打ち震わせながら、肩へ顔を埋めたスカリーの頭上に、モルダーがキスを落とす。
「・・・いいかい？」
「ええ―――」
スカリーが再びしがみつき、モルダーは徐々にペースを上げていった。甘い疼きが増していき、解き放たれたい欲望が、奥歯まで震わせた。スカリーは背を撫でながら、耳元で励ましを囁く。モルダーは声にならない声の中に、愛の言葉を聞いて欲しいと願った。打ち震えながら、最後に三度突き上げ、消耗の果てにモルダーは彼女の
上に崩れ落ちた。スカリーは、彼のこめかみにキスをして、ぎゅっと抱きしめた。
モルダーは動けるまでに回復すると、スカリーの小さな温もりごと、横に転がった。彼女の背に鳥肌が立ったので、モルダーは頭からシャツを被せてやり、カバーを引き上げた。スカリーは、彼の肩に頭を預けた。
「それで・・・願い事は叶った？」
まだ少し上がる息で、モルダーが訊ねた。
スカリーは鼻で小さく笑って、肩に頬擦りした。
「ポケットの中身はやっぱり魔法のピクルスだったみたいね。」
「そうだ。彼は今、長い歴史の中で一番の幸運をかみ締めていると思うね。」
暗がりに彼女の笑い声が響く。モルダーがその声を聞き飽きることは一生ないだろう。スカリーの指が、彼のあばらを突付いてくすぐった。
「体力が落ちているから、頻繁にはできないけど・・・ごめんなさい。」
「治ったら、一日中だってできる。」
「モルダー。」
「本気さ。 昼も夜も・・・仕事なんてやめたっていい。」
「食事をする時間だって必要よ。」
「しまった！食事の支度が・・・」
モルダーがベッドから跳ね起きる。
裸のまま、ボクサーもつけずに寝室から駆け出していったモルダーの後ろ姿を見送りながら、スカリーはベッドの上で笑い転げた。キッチンでは、幸いソースは無事だったが、鍋にかけたお湯はすっかり蒸発して無くなっていた。スカリーがサラダの仕上げをする傍ら、モルダーは新たな鍋にお湯を沸かし直した。明かりを最小限に絞
り、食卓に着く。即席ディナーテーブルの中央には、蓋の上に太いキャンドルを一本灯したピクルスの瓶が飾られていた。
＊＊＊
魔法のピクルスというのは、スカちゃんがパパに小さい頃聞かされたお伽話に出てくる幸運を呼ぶ瓶詰めで、西洋の招き猫みたいな縁起物です。スカちゃんはこのお話をランチタイムのおしゃべりとしてモルに教え、それを覚えていたモルがスカちゃんを励ます意味を込めてプレゼントするのですねー。妙なアイテムですけど、それが
かえってほんわかFriendshipを感じさせてくれます。 |
