Disclaimer: The characters of Fox Mulder, Dana Scully, Walter 
Skinner, Margaret Scully and the Lone Gunmen... belong to 
Chris Carter, 1013 Productions, Fox, whoever, whatever, etc. 
No infringement is intended.

TITLE : There Comes a Time -2-

作：Dyann Zimmerman　　訳:JNK

FOX MULDER'S APARTMENT
ARLINGTON, VIRGINIA
SUNDAY, 7:35am

フォックス・モルダーは今までもさんざんバカをやってきた。
その数々の遍歴の中でも、昨夜、ダナ・スカリーを突き放すように帰ってきてしまったことは、過去最大の過ちであることにおそらく間違いないだろう。
全くなんだって、あんな肝心な場面を自分で作っておきながら、結局逃げ出すなんてことしでかしてしまったのか――。

さらには、自分を罰しているも同然の早まった決断に飛びついてしまいそうだった。
昨夜、スカリーをこの腕に抱いた。彼女はキスに応えてくれた。
それから８時間経っていないというのにどうだ？　自分は使いこんだカウチに下着姿で座っている――１人で。

妹を見つけるまでは決して諦めないと誓っていたにもかかわらず、彼はその死を受け入れた。
母親の死を悼みながら、実際の彼女にもう会えないことを寂しく思うより、決して理想の母親ではなかったことを悲しみ嘆く気持ちが強いことにも、ある種の罪悪感を抱いていた。
彼の母親は、娘が失踪し、結婚が破綻してからというもの、感情をほぼ押し殺し、心を閉ざして生きてきたように思う。
スカリーとマーガレットと過ごした夕べは、彼の人生に欠如していたものを、一段と強く再認識させる結果となった。
彼には拠所が必要だった。
そして、今更ではあるが、スカリーと供にありたいと願っている自分に気が付く。
長い年月の間には、概ねプラトニックなパートナーシップを超えたところにある感情について、真剣に考えることが何度もあった。
ときには、あまりになまなましいところまで想像が及び、次の日オフィスでスカリーの目をまともに見られないこともあった。
けれど、彼女のペースに合わせよう、そう自分に言い聞かせ、本当の気持ちに従って実際行動するようなことは決してなかった。
結果、ことごとくチャンスをふいにしては、その呪わしい一つ一つを、こうしてただ座って後悔するのだ。
しかし、今度ばかりはそうはすまい。
彼は決心した。
この絶好の機会は逃さないと――。


MARGARET SCULLY RESIDENCE
SUNDAY, 7:35am

スカリーは、目が冴えて眠れぬまま、ゲスト用の真新しいシーツに包まってベッドに横向きになり、昨夜から枯れることを知らない涙が、また繰り返し溢れてくるのを感じていた。
相棒との間に起こってしまった出来事に対して、まずは自分の気持ちに整理をつけようともがいてみるが、頭が混乱するだけで、いや、気持ちの整理より、これからどうしたらいいか考える方が難関なのだと気付く。
彼女は母親が部屋に入ってきたことに気が付いていなかったので、枕元に現れたマーガレットの姿に驚かされた。

「ダナ・・・起きていたの？　まだ眠っていると思ったわ。」

スカリーは体を起こし、泣いているのがばれないよう目を両手で覆いながら、この動作が、母の目には、眠い目を擦っただけに映るよう心の中で祈った。

「コーヒーを煎れたわ。フレッシュ・ブルーベリーのベーグルも用意してあるのよ。」
母親がブラインドを開けると、冬の日の光が寝室に差しこんだ。

「わかったわ、ママ。　少ししたらすぐ行くから。」
そう言ってスカリーはバスルームに向かった。
鏡に映る自分の姿に、泣いていたことがばればれであることを、すぐに悟った。
――ひどい顔。
昨夜は化粧を落とす気にもなれず、マスカラが泣き腫らした目の下に滲んでしまっていた。
昨日の夜何があったかなど、話すのは絶対に嫌だったので、再び母と顔を合わせる前に、すっきりと洗い流す。
それでも、心のどこかでまだ、涙で汚れた顔に母が気付かなかったことを願っていた。

マーガレット・スカリーの優れた洞察力と鋭い知覚には、今までに何度も散々世話になってきたが、今度ばかりは、母親にそんな天分が備わっていることを恨めしく思った。
キッチンに足を踏み入れるやすぐに、母の勘ぐりを察知した。
朝の喜びであるコーヒーをカップに注ぎ、ベーグルにクリームチーズを塗ると、キッチンテーブルに退却して、避けて通れるはずのない母の質問に構える姿勢をとった。
母の微かに思わしげな表情を見て取ると同時に、スカリーは出し抜けに口走っていた。
「ママ、言いたいことは大体予想つくわ。だからお願い。何も聞かないで。今は話す気になれないの。」

「ダナ、あなたの個人的な問題に余計な詮索するつもりなんてないわ。でもひどい顔してるんだもの。気に懸かるわよ。夕べフォックスと何かあったのね・・・・」
マーガレットは娘を気遣うように言った。

「ママはいつも私とモルダーの関係を、実際以上に何かあるみたいに言うけど、モルダーとは職場の同僚で友達、それだけなのよ。わかった？」

終始『そんな言葉は信じません』と宣言している笑顔を浮かべていたマーガレットは、ついには軽く吹き出してしまった。
「あのね、あなたを愛してるからこそ言うんだけど、ダナ、あなた捜査官なんて事実の追及を商売にしている割には、たまにとっても・・・鈍いときがあるのよね。
もし、フォックスがあなたに恋していることもわからない、自分が彼を愛している自覚もないって言うのなら、仕方ないわね、私も諦めるしかないのかしら。」
そう言うと、鳴っている電話のベルに応えるために立ち上がった。

「電話に救われたわ・・・」
スカリーは小声でつぶやくと、話を終わらせる折角のチャンスを無駄にすまいと、部屋に退散することを決めた。
それからシャワーを浴びて、着替えよう。

コーヒーのおかわりを持ち、廊下に出ようとしたところで、マーガレットの声に呼び止められ、ぎくっとした。
「ダナ、あなたによ。」
母の気遣わしげな様子で、電話の相手が誰か直感した。
重くて不快な波が胃に押し寄せてくる。

「ベッドルームで取るわ。」
彼女はため息を吐いた。

ベッドの端に腰掛け、落ち着くよう深呼吸してから、受話器を取った。
「いいわよ、ママ。」
そう言ったきり、親機が切れる音を黙って待った。
「もしもし」
電話の相手に、話し出すきっかけを与える。

『スカリー、僕だ。』
モルダーの声は、声と言うより吐息に近かった。
『話合おう、スカリー。何時にそこを発つ？』

彼女は数秒答えを躊躇った。
「モルダー、その・・・自分でもどうすればいいか・・・・よくわからないのよ。
話合うことには賛成よ・・・いつか・・・そのうちに・・・でも今日は無理かもしれない。時間が欲しいの。あの・・・私から電話するわ。」

『約束する？』

「ええ。」
スカリーは、心から誓うと、受話器を置き、大きく肩で息を吐いた。
無数に枝分かれしていく思考を、自分でも理解できる形でひとつにまとめようとしてみるが、あっという間に疲れ果て、とっさに、これはもう優雅にお風呂につかって何もかも忘れてしまおう、と思いついたが最後それしか考えられなくなってしまった。
必要なものをかき集め、バスルームに向かう。
悩みも苦痛も和らげる熱いお湯をたっぷり張ったバスタブは、何ものにも干渉されないやすらいの場所。
バスルームが湯気に満ち始めたころ、母が寝室に入ってきたような音がしたが、邪魔する気配がないことにほっと胸をなでおろし、ゆっくりとバスタブに身を沈めていった。
感情の嵐が吹き荒れる中、台風の目の内側に逃れるように、この小さな安息の地に身を寄せている間だけは、心が解きほぐれていくようだった。


DANA SCULLY’S APARTMENT
SUNDAY, 8:01pm

言うまでもないが、スカリーは電話の件、つまりモルダーのことは一切話さずに、母の家を後にした。
もちろん、母にはいろいろ聞かれたが、それでも、放っておいてほしいという娘の切実な気落ちを踏みにじるマーガレットではないので、とりあえず、その問題は据置きにされた。
家に帰るや、ドアを閉めるのと一緒に、扉の向こう側の世界全部を締め出してしまいたいと思った。
荷物を解きながら、留守電を聞く。
モルダーからメッセージが入っていて欲しいのか、自分でもよくわからない。
おかしなことに、見知らぬ電話番号から伝言を吹き込む前にがちゃりと切れる音が延々と繰り返し録音されていただけで、メッセージは１件もなかった。
落胆と安堵、両方に気持ちが揺れる。
パジャマに着替え、チョコミントのアイスクリームを１パイント抱えてカウチに落ち着く。
どのみち気持ちが塞ぐなら、せめて少しでも快適に過ごそうと思った。

テレビにはろくなものが入らない。
アイスクリームの食べ過ぎで少々気持ち悪い。
何を読んでも、集中力が続かない。
精神的に疲れ果て、スカリーは暗闇の中、カウチに横たわり、ぱちぱちと音を立てる暖炉の残り火をじっと見つめて、思考の渦に飲み込まれていくに任せた。
自分の頭や心の中を深く顧みるほどに、麻痺する感覚が、体全体に広がっていく。
耐えきれる限界を超えて、内側から発火して燃え尽きてしまうんじゃないか、そう思ったところで、考えるのをやめた。
「自業自得よね・・・」
無理やり笑顔をつくる。
それから、目をぎゅっとつぶり、おそらくもう何百万回目になるか、姉の姿を心に描いた。
スカリーの心の闇の中に、この世のものとは思えぬ姿で現れ、神が顕現するかのごとく、教え導く言葉を唱える。
『ダナ、分析すべきでないことを分析してはいけないわ。ただ、感じるままに行動するの。それで、ものごとは正しい方向へ進んでいくのよ。』
驚くほど鮮明なイメージが頭に浮かんだ。
それが刺激となって、彼女は自暴自棄から抜け出した。
体を起こし、受話器に手を伸ばす。

モルダーの短縮ダイヤルを押そうとしたところで、ドアのノックに動きが止まる。
そのノック音で、すぐにわかる―――彼だ。
ドアに向うまでのわずか数歩の間に、心拍数が２倍に跳ね上がったように感じる。
呼吸を静めて、ドアを開ける。
これが、これから先の人生の幕開けになるかもしれない―――そう思いながら。

「やあ。」
淡いグレーのパジャマ姿を気に留めつつ、あっさりとそれだけ口にした。

「いらっしゃい。　入って。　　あの・・・掛けてて。すぐに戻るわ。」
ローブを羽織ったほうがいいだろうと、彼女は寝室へ引っ込んだ。
リビングへ戻ると、彼はコーヒーテーブルの上にあるものを指でいじりまわしていた。
顔には出ないが、内心穏やかでないことが、所在ない手元にしっかりと現れていた。
「何か飲む？」
彼女が尋ねる。

「あぁ、いや・・・・・もらうよ。何ある？」
スムーズに言葉がでない。

「ワインにする？　　それより、紅茶がいいかもね。」
ワインを勧めてみたものの、やっぱりアルコールは避けたほうが無難かもしれない、そう考え直した。
彼は後を追うようにキッチンに向かい、紅茶を煎れる彼女の傍らで、カウンターに寄りかかる。
視線が注がれるのを感じ、スカリーは彼の方を向いて、正面から見据えると、
「それで、モルダー。あなたからどうぞ。」
唐突に言った。

スカリーの歯に衣着せぬ物言いは心得ているので、そんな切り出しにもモルダーは驚かなかった。
「スカリー、まず・・・まずは、最初に謝らないといけないよな。昨日の夜、あんな風に君から逃げたこと。」

「ええ、その通りよ。そうしてちょうだい。」
その言葉には、冗談の欠片もなかった。
「なぜあんな風に逃げ出したのか説明してくれるなら、あなたの謝罪も受け入れてあげるわ、モルダー。」

「理由ははっきりこれとは言えないよ、スカリー。人生に何かいいことが起ころうとする度に、棒に振ってしまうほど僕の頭が完全にイカれているせいかもしれないし、あるいは、あのとき僕に与えられた選択肢は２つに１つだったからかもしれない。――君から逃げるか、引き返せない橋を渡るか―――あのまま立ち去る方が楽に思えた。」

「誰にとって楽だと思ったわけ？」
あのとき置き去りにされた心の痛みが、微かに声に混じる。
カウンターに用意した２つのマグに熱湯を注ぎ入れてから、ひとつを彼に手渡すと、まっすぐ瞳の奥を見つめた。
お互い見つめ合ったまま、その場所から動けない。
ついに彼女が口を開いた。
「今、まさにこの場面で、あなたを抱いてキスしようか、それとも銃で撃ち抜こうか、迷うところだわ、モルダー。」

「ああ、仮に僕を撃ち殺したとしても、おそらく正当防衛が認めてもらえるだろうしな、スカリー。」
その案を弁護するように付け加えてから、
「でも、僕としては是非、別な選択肢を選んでもらいたいね。」
そう言って、一歩、彼女に近づいた。

彼女はマグをカウンターに戻すと、彼の首の後ろに手を回し、そのまま顔を引き寄せて、唇にキスをした。
もう片方の腕をウエストに捲きつけると、彼が体ごと抱きしめてキスに応える。
重ねた唇はますます熱を帯びてゆき、お互いに息が苦しくなって、ようやく離れる。
彼女は首に掛けた手を下ろし、ウエストに両腕で抱きつきながら、鼓動する胸に頬を重ねた。

「モルダー・・・」
ほのかな息を吐く。

「ん？　なんだい、スカリー？」
彼女の髪を撫でながら、安心させるように声をかける。

「何でもない・・・・ただ、呼んでみただけ。」
それから瞳を閉じて、しがみつく腕に力を込めた。

彼は体を離すと、カウチに彼女の手を引いて行った。
紅茶はキッチンに置き去りのまま、その存在を忘れられた。
胸のあまりの高鳴りに、彼女はそのまま心臓が止まってしまうように感じた。
あと一呼吸もしない間に、この場に崩れ落ちてしまいそう・・・。
厚いクッションに背をもたれ、体を支えるのと一緒に、平常心を取り戻そうとする。
モルダーに正面が向くよう体の向きを変え、足を組んで座ろうとしたところで、両脚を取られて、彼の膝の上にだらんと乗せられた。
彼女の手の指を弄びながら、お互いに相手の出方を待っているかのように、黙って見つめ合う。

「昨日は眠れなかったよ、スカリー」

「そうね、あなたの場合、私の眠れた時間よりさらに２時間は少ないでしょ。」
スカリーは自分も眠れなかったことを思い出して微笑んだ。

「スカリー、僕は君に・・・僕らの関係に、何を望み、どうしたいのか、自分でもわかっているのか不確かで・・・君がどこまでを期待しているかなんてなおさら不明だ・・・これだけは確かだな。
もし、君がこれ以上の関係を望まないなら、その気持ちを理解して、受け入れるよう努力する・・・したいとは思う。」
モルダーは既に諦めがはいった弱気な発言をした。
「でも、僕が望むのはそんな結果じゃない・・・ような気がする。少なくとも僕が思うに、それが僕の考えていることだと、自分でそう思う。」
そう付け加えると、口の片端だけを上げて笑みを作ってみせる。
スカリーはこの顔を密かにかわいいと思っていた。

「自分にずっと言い聞かせていたことがあるの、モルダー。あなたには決して嘘をつくまいって。
でも、今思えば、ある意味、嘘をついていたんだわ。もちろん、自分につき続けてきた嘘に比べたらかわいいものだけど。少なくとも、自分自身にずっと否定してきたことよりはましだわ。」
言葉を選びながら続ける。
「モルダー、あなたを思う気持ちは本当よ。あなたには常に何かしら感情を抱いてきたと、自分でそう思うわ。　でも、そういった感情を膨らませることは決して自分に許さなかった。もちろん、気持ちに従って振舞うようなことは断じてあってはいけないって。　白状するとね、そうしたいと思うときが何度もあったわ。」
ついに、気持ちを口にして、事実と認める。

唖然としながら、モルダーは穴があくほどに彼女を見つめた。
「嘘みたいだ・・・スカリー・・・信じられないよ。君の口からそんな言葉が聞けるなんて。
大体にして君にはどでかい頭痛の種くらいに思われているだろうと常日頃から考えているのに。」

「よく言うわ、モルダー。そんな風にはちらりとも思ってないでしょう？！」
抜け抜けとのたまう彼に実際驚き、彼女は思わず口を挟んだ。
「もちろん時々はその通りなこともあるけれど・・・・」
ここで笑顔を浮かべて、先を続ける。
「昔も今も変わらずに、私にとってあなたがどんなに大切な存在か、あなたはちゃんと知っているはず。　あなたとの関係はこれでいいんだってずっと思ってきたわ。ある程度愛してはいるけれど、その気持ちを恋愛感情に履き違えるのは全くのお門違いだって。それが今になってなぜか、これまでしてきたことを全部無駄にするみたいに、やっと自分の気持ちに正直になろうとしてる・・・自分でも訳がわからないわ。」
話す間中、震える手に意識を集中させていた彼女は、ついに目線をあげ、彼の瞳をまっすぐ見た。
「たぶん、あなたに必要とされているって、やっと自覚できたからかも。」

「僕にはいつでも君が必要だ、スカリー。
君は、ようやくその事実にたどりついた・・・・それともやっと認めた、が正しいかな。
おそらく、機が熟したんだろう。　僕らふたりにとって。」
彼女の方に向き直り、肩から包み込むように腕を回すと、口唇へと顔を近づけていく。
唇同士が軽く触れ合い、彼女が目を閉じると、彼が唇をより押し付けて、しっかりと重なる。
彼女は、彼の首に腕を巻きつけて、昂ぶっていく感情に身を任せた。
ただキスしているだけなのに、こんな気持ちになるなんて・・・。
スカリーにはそれが信じられなかった。
モルダーの腕が下がり、彼女の腰を掴んで膝の上に持ち上げると、スカリーは唇を合わせたまま、ため息を漏らした。

「スカリー、君なしじゃ僕に意味なんてない・・・・」
ようやく唇を離すと、息も吐かずにそう告げた。
彼女の頭を片手で抱え込み、カウチのクッションへゆっくり押し倒すと、再び唇を重ね合わせる。
応えるように、彼女の舌がもっとせがんで、彼の口の中のより深いところまで入り込む。
一度舌を抜き、今度はそれで彼の唇の輪郭を軽くなぞってから、またキスへと戻る。
キスしたいからキスをする。こんな風に感じるなんて初めてだ・・・。
モルダーは心の片隅でそんなことを考えていた。
今までは、キスは所詮、最後の目的に達するための単なる手段にすぎなかったのに。

「モルダー、私たち何してるのかしら？」
お互いの唇はほとんど離さないまま、息も絶え絶えに彼女が言った。

「やめたい？」
動きを止める気配も見せずに彼が聞く。

今していることで、そこから派生するであろうおびただしい数の問題を、ほんの数秒じっくり考えた後、彼を見つめ、ごくシンプルに答える。　
「いいえ。」

モルダーはローブのサッシュを引っ張って、結び目を解いた。
スカリーは、開かれたローブを前に動けないでいる彼の手を取り、胸のふくらみの上に置いてやる。
パジャマの柔らかい布地を通して、先端が固くなっているのが伝わってくる。
彼は上着の中に手をいれて、熱い肌に直に触れた。
その感触に、彼女は思わず声を漏らした。
彼の力強い手に、胸の敏感な素肌をなすがままに委ねる。
そのことに自分が女であることを痛感した。

スカリーは彼の唇から、首筋、それから耳の後ろの柔肌へと唇を移し、その間中彼の手は彼女の胸をさぐっていた。
モルダーが次の段階へ進もうと、彼女の上にのしかかってくるのを彼女は喜んで迎えた。
その興奮に、脚の間が濡れていくのを感じる。
彼はパジャマのボタンをひとつはずしては露わになった肌に口付けて、次のボタンへ手をかける。
スカリーは彼の肌に触れたくてたまらず、セーターの裾をたくしあげると、ゆっくりとお腹のあたりをなでながら、背中へと手を滑らせていった。その引き締まった背中に、欲望の迸りから滲む汗を感じた。
上着のボタンをすべてはずし終えると、モルダーはようやく肌にキスするのをやめ、体を上方に移動させて、彼女の瞳の色を探った。
今あるものを守ることに必死だった昔の自分を放棄してしまったことを気付かせてくれたのは、この瞬間の、この彼の表情。

「モルダー・・・」
柔らかな声で呼ぶ。

「スカリー、きみは最高だ」
低い声で囁く。

「モルダー・・・起こして・・・お願い。」

「スカリー・・・？」
モルダーは、彼女の気が変わって、これ以上先に進むのをやめるつもりなんじゃなかろうか、おそるおそる声をかけた。

スカリーはカウチから降りて立ち上がると、モルダーに手を差し伸べた。
多少当惑したような面持ちの彼に、微笑みながら、
「モルダー、うちにはちゃんとベッドルームがあるのよ―――あなたがリビングの家具の上でしたいなら話は別だけど。」
穏やかな口調にからかいを込める。

「なんとなく十代の気分が味わえるだろ。」

「そういうのがお好みだったら、続きはあなたの車のバックシートがいいんじゃないかしら。」
つれなく返答すると、明かりを消して、ベッドルームへモルダーの手をひいていった。

ベッドの傍らに立ち、困ったように見つめあうと、お互いの態度のぎこちなさに、小さく笑い声を漏らした。
モルダーは彼女の肩に手を置くと、そのまま腕を撫で下ろすように、ローブとボタンをはずしたパジャマの上着を床に落とした。
初めて裸をさらけ出す恥じらいに震え、ウエストに両腕で抱きつくように、体を近づけた。
ほんの少しそうしてから、一歩下がって、セーターを押し上げていくと、彼が腕をあげて、頭から脱ぎ去った。
柔らかな胸毛に手を走らせ、その跡をそっとキスで辿る。

「スカリー、君が欲しくてたまらない・・・」
ベッドの端に彼女を乗せる。
スカリーは、彼のジーンズのボタンに手を伸ばした。
モルダーは、彼女の透き通るような白い首で波打つ頚動脈に、文字通り、どくどくと激しく脈打つ心臓の鼓動を見た。
スカリーの瞳の色は濃く翳り、瞼も落ちていた。
モルダーはジーンズを脱がせやすいようにしてやると、ベッドに背中から凭れていく彼女の脚の間に割って入った。
スカリーの上に屈みこんで、胸のふくらみに唇を寄せ、愛撫する。
スカリーの手はモルダーの髪を梳き、肩へと滑り下りていく。
モルダーがパジャマのウエストバンドに手を掛けて下ろし始めると、スカリーが彼の前腕を優しくさすりながらわずかに腰を浮かせたので、すべて脚から引き落とす。
彼女の体をベッドの端からもっと上の方へ移動させ、自分もその上を這うようにベッドへ上がると、再びキスを繰り返し、体中を弄り合った。
彼の柔らかな胸毛を自分の裸の胸に感じるだけで、スカリーの体は熱く燃え上がり、すでに限界に達しているかのような感覚に襲われる。

「あぁ・・・モルダー。自分がこんな風に、あなたを求めていたなんて知らなかったわ。」
彼女が囁く。

「僕は、こんな風に君を求めている自分を知っていたよ、スカリー。」
優しい声で彼が答える。

彼女から匂い立つ欲情の香りに、きっと彼は気付いているだろう。
体を少し脇にずらすと、彼女のアイボリーのショーツの中に手を滑り込ませた。
繁みを指が優しくかすめると、次なる期待に悦びのため息を漏らした。
彼女の手が、身につける最後の一枚を取り去るのを促すように、彼の手を覆う。
それから彼自身に手を伸ばし、その固さをボクサーの布越しに摩った。

「モルダー、脱いで」
欲望に溢れる表情で、静かに求める彼女に、抗いようなどなかった。

金のクロスが、光る汗にしっとり濡れた桜色の肌に映えて揺らめき、まるで夢の世界のように美しいと彼は思った。
「スカリー、すごく綺麗だ・・・」
彼女の口元で囁きかける。

「綺麗なのは、あなたと・・・こうして・・・いることよ・・・」
答えながら、彼のベルベットのような口唇を柔らかな唇で辿り、もう一度唇を重ね合わせた。
腹部を撫でる彼の手が、ゆっくりと南下して、脚の内側の柔肌に伸びる。その大胆で繊細な動きに、彼女は震えを覚えた。
太腿の間にそっと手を差し入れ、彼女の入り口に接近できるように、片脚をわずかにずらす。
親指で陰唇をさっと撫でると、指で割り、ゆっくりと巧みな指使いで襞を擦り、それから焼け付くような花芯に指を沈めた。

「ん・・・・スカリー・・・」
彼女の濡れた体と、欲望の渇きに低い感嘆の声を漏らす。
スカリーは彼の首筋に顔を埋めながら、頭より先に無意識に体で反応するように、腰を揺らし始めていた。
彼の指が繰り出すリズムに、渇きが癒され、乱れがちだった呼吸が、凪いだ水面のように落ち着いていく。
固くなった彼自身を手の中に包み込むと、指に緩急つけながら、上下に手を這わせる。
このままでは長く持たないかもしれない・・・彼の思考を読んだように、スカリーは彼の腰に向かって脚を広げると、膝を曲げてベッドに足を立てて、いざなった。

「あ・・・モルダー・・・・。」
呻き声をあげながら、脚をより高く折り曲げ、背中に腕を回す。
明らかな誘いかけに、ゆっくりと彼女の中へその身を挿し入れ始めるが、彼女が鋭く息を飲み、モルダーはその動きを止めた。
スカリーの体は紛れもなく彼を欲していたが、それでも急激な刺すような痛みに、思わず喘いでしまう。

「スカリー・・・つらいか？」
まだ迎え入れる態勢ができていないのではないか、心配して尋ねる。
「力を抜いて・・・僕なら、いくらでも待つよ」

「いいの・・・モルダー・・・・ただ・・長い間・・・・。それだけよ・・・。あなたが欲しいわ、モルダー。　ゆっくり来て・・・」
ほとんど息を切らしながらも、柔らかな声で答え、彼の脇腹から腰のあたりまで上下に手をさまよわせる。
モルダーは彼女の足首を少しだけ広げるようにそっと動かすと、改めて、ゆっくりと中に入っていった。

ほんの少しだけ奥に進み、それからすべて抜き去ると、再びそれを繰り返す。彼女の中へ戻るたび、少しずつ、少しずつ、先へ進んで、だんだん深部へと近づけていく。
彼女の力が抜けて、リズムが合うのを感じられるまで、何度でも。
瞳を閉じたスカリーが、顔を横に背ける。吐き出す息が、彼の動きに調和する。
彼女の足が、彼の膝の裏を通って、大腿部へと這い上がり、より深いところまで突き立てるのを許すように、腰に脚を絡みつけた。
お互いに腰を打ち付け合いながら、モルダーは、顔に、首にキスの雨を降らせ、優美な曲線を描く肩峰を啄んだ。
スカリーのくぐもった吐息、男心をくすぐる掠れ声が、彼の名前になって溶け合う。
「うん・・・モルダー・・・あぁ・・・ん・・や・・・モルダー・・・」

滑らかな内壁が、彼をきつく締め、肉がまとわりつくのを感じ、避けようのないクライマックスへ向かって、より強く、激しく突き上げる。
悶えながら彼女の名を呼び、おいていかないように、精一杯踏みとどまる。
我を忘れたように律動する体はいよいよ荒々しく、彼女は歓喜におののき震え、絶頂を迎えると、内部の筋肉が痙攣し、彼をきつく握り締めるよう、何度も、何度も、繰り返し、圧迫する。
それとほぼ同時に、彼も彼女の中に果てると、夢中になって突き立て続けたせいで、呼吸も苦しそうに、力なく彼女の上に崩れ落ちた。

重なり合ったまま、お互い身じろぎひとつできないでいたが、しばらくして、スカリーが彼の胸に静かに手を添え、モルダーが彼女の中から自身を抜き去ると、ふたりともに吐息を漏らした。
彼女の上から横に腰を捻るようにして降り、疲れきった様子で両腕を上方に投げ出して仰向けに転がると、ひと息入れる。
「スカリー・・・」
何とか口にできた言葉は、ほとんど笑い声に近かった。

「モルダー、信じられないわ・・・」
横向きに寝返り、彼の腰のくびれに脚を纏わせる。
顔を見上げ、眠たそうに微笑みかけると、手を添えて頭をモルダーの胸の上に乗せた。
「あなたを感じていたいの。」
体を摺り寄せ、満ち足りたように呟く。
彼女の恥丘と脚の間に滴る生温かくねっとりとした、ふたりの交わった体液を肌で感じると、喜びが込み上げてきて、彼の五感をひたすらに刺激する。その思いがけない快感に、不思議なほどの充実感を味わった。

「スカリー、さっきのことは夢じゃないよな？」
驚いているような、それでいて悦に入っているような、曖昧な声で尋ねる。

「ええ、夢じゃないわ。　こんなの初めて・・・。」
モルダーは、彼女の口元がほころぶのを胸で感じた。
彼女の体のラインを手で辿りながら、シーツとキルトに腕を伸ばして掴み、ふたりの体を包んだ。

「僕もだよ、スカリー。　つまり、僕らは正しかったってことだな。」

「なるほど。」

「スカリー、あのさ・・・。　どこも・・・・・まずくなかった？　その・・・意外と君・・・おとなしかっただろ・・・？」
どこか訝しげに彼が聞く。

「私あんまり・・・声には出さないのよ、モルダー。　だから、私が満足か、あなたが上手かなんて心配しないでいいのよ。でもあなたがそれを声量で判断するっていうのなら――いいわ、今からヤンキースタジアムに行って、そこのパワーアンプシステムを使って叫んであげる。」
彼女はさらりと言ってのけた。

「その言葉を信用して、このまま君を抱いてる方がいい。」
そう言うと、指の甲で彼女の頬を撫でた。

彼女は伸び上がって、唇に軽くキスをした。
「おやすみなさい、モルダー。」

「朝になったらお仕事に行っちゃうのかな、スカリー？」
まるで小さな男の子のような、とっておきの声を出す。

「そんな気さらさらないわね。」


MONDAY, 6:10am

まだ眠っているスカリーの横で、心地よい眠りから目覚めたモルダーは、ふと自分が今どこにいて、昨夜何があったのかを思い出す。
それから彼女の寝姿を観賞した。
今にも壊れてしまいそうな体つき。
両脇に腕を添えてベッドにうつ伏せになっている。
髪は乱れ、汗と体液で濡れた肌がきらきらと輝いて見えた。
髪を梳くように顔から払うと、眠りながらも、満足そうな笑みを浮かべているのがわかる。
彼女の側へとベッドの上で体を動かすと、片目が開いてスカリーが微笑みかける。
「ねえ、モルダー。　朝になっても私に対する気持ちは醒めない？」

「僕がどれだけ君に入れあげているか証明してあげるよ。」
笑顔で宣言すると、彼女の上に半ば覆いかぶさるようにして、うなじに鼻をすり寄せながらキスをする一方で、背中から腕を回して胸のふくらみを探り出す。
下敷きにされながらも、仰向けに直ったスカリーは、彼の口を自分の方へ引き寄せて、
「最初にモーニング・キスはしてもらえないの？」
とせがんでみる。

「まずはそれから始めるとしよう。」
唇にキスをしながら、胸を揉み始める。

「モルダー。」
スカリーの呼び声などまるで耳に入らないかのように、自らの意図するところを続けるモルダー。
「モルダー、待って。　シャワーを浴びたいの。」

動きを止めたモルダーは、片肘をついて体を反らし、スカリーを見上げた。
「FBIたるもの、行動は迅速にな。」
冗談を言って、すばやく彼女の唇に短いキスをした。
スカリーは立ち上がると、床に落ちてあるローブを拾い上げた。
「スカリー、そんなの着る必要なんてないだろ？　そのままの方がいい眺めだ。」

「女としての慎みってやつね、モルダー。」
大真面目にそうのたまうと、バスルームへと姿を消してドアを閉めた。
枕にどさっと背中から倒れこんだモルダーは、天井をじっと見据えて、この24時間で人生のやり直しに賭けた結果もたらされた本懐を遂げた喜びに酔いしれた。
シャワーの水音が耳に届くと、一緒に浴びようかとも考えるが、いや、もしかして邪魔されたくないかも・・・と頭を過ぎったところで、突然電話が鳴った。

「スカァーリｲー」
一応呼び掛けてみるが、シャワーの音にかき消されて聞こえるはずもないので、とりあえず電話に出てみる。
「もしもし」

『モルダー捜査官か？』
驚いたように問うその声は、間違いようもない――上司のウォルター・スキナーだった。

冗談だろ！？
心の中で呪いながらも、ここは答えるしかない。
「あー・・・そうですが、何か？」

『私はスカリー捜査官にかけたつもりだったんだが。――番号を間違えたかな？』
嫌がらせだ・・・モルダーはそう受け取った。

「少々お待ちを、今呼んできます。」
抑揚のない声を出す。
コードレスフォンの通話口を手で覆い、バスルームのドアをノックした。
「スカリー。」
もう一度ノックしてからドアを開け、続けてシャワールームのドアも開けた。
スカリーはわずかに驚いたが、すぐに笑顔になった。
「ここに来るまで、あとどれだけかかるのかしらと思ったわ。」

「スカリー、電話。　スキナーだ。」

「冗談でしょ！？」

「僕も全く同じこと思ったよ。」
笑い声をあげながら、受話器を手渡す。

彼女はシャワーの栓をひねって止めると、受話器を受け取った。
「おはようございます、副長官。」

『スカリー捜査官、例の女子大生の事件だが、新たな展開があった。すぐに出頭するように。至急より早くだ。』
強い語調で命令される。

「どういうことですか？　あの事件に関しては、後は地元警察が容疑者を逮捕するのを待つばかりだったはずですけど。」
彼女は驚いてそう言った。

『容疑者は昨日の朝には逮捕されている。―――加えて、昨夜、新たに2つの死体が発見された。死因は今回の事件と同じ疑いが強い。したがって、きみの出番というわけだ。・・・今すぐ来たまえ。』

「了解しました。すぐに行きます。」
電話を切って、ゆっくりとモルダーを見上げる。
「出頭命令よ。　例の事件で死体がさらに２つ見つかったの。」
彼の頬に手を添えて、そっと唇を重ねる。
「残念だわ。」

「その気持ちは僕の半分にも満たないね。とっておきの『お楽しみ』が流された。」
としょげておきながら、目の前にある水の滴る裸体をしっかりと堪能する。
彼の言う『お楽しみ』に含まれる下心への返礼として、スカリーは小悪魔的な微笑を浮かべると、タオルを捲いて隠してしまう。
スカリーがベッドルームに戻ると、モルダーはキッチンへと姿を消した。
お馴染みの仕立てのよいきりっとしたスーツに身を包む。
髪をセットし、軽くメイクも済ませると、首筋へのキスと熱い紅茶に出迎えられた。
「車で飲んで。」
モルダーは、とびきり優しい声で、カップを手渡した。

「モルダー、できるだけ早く片付けるようがんばるわ。　私が仕事に行ってる間どうする？」

「ここにいるよ・・・君がそうしてほしいなら。」
腰をかがめて、キスをする。
「電話して。　事件の経過を知らせてくれ、いいな？」

「ええ。　帰ってきたらゆっくり話したいわ、モルダー。いい？」
モルダーが頷くと、スカリーは彼のうなじに手を掛けて、瞳の奥をじっと覗きこんでからキスを返した。
「それから・・・正確を期すために言わせてもらうけど、あなたがそう思ってくれる半分以上よりずうっと、わたしだってがっかりしてるのよ。」
言いながら、鍵とコートを手に掴み、携帯電話をポケットにしまうと、最後にもう一度だけ彼を振り返ってから、部屋を後にした。


To be continued...