DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : Reality Check

作：Angela Wardさん　　訳：bagpiperさん

Special Agent Fox Mulder は、ゆっくりと目を開け、そしておそるおそるあたりを見渡した。
どこにいるのかも分からず、どうして頭ががんがんしているのかも分からない。まるで頭の中でヘビメタのライブをやっているみたいだ。
だが、ベッドのそばの椅子に、小柄な赤毛の女性が座っているのを見つけて、彼はようやくほっとした。

「Scully？」声がうまく出せない。

「Mulder！」彼女は答えると、とっておきの輝くような笑顔を見せた。

やった！こんなにすごい 'Scullyスマイル' を見られるなら、多少気分が悪くても我慢できそうだ。

彼女は、椅子から立ち上がると、彼の寝ている病院のベッドの端に、そっと腰かけた。

「気分はどう？」彼女は囁くように言って、両手でやさしく彼の髪を撫でた。

彼は、彼女の愛情のこもったしぐさに、漠然とした不安を覚えた。
Dana Scullyは、彼のパートナーであり、親友だ。
彼女はいつも、ちょっと控えめで、あからさまな感情表現が苦手で・・・彼は、彼女のそんなところを理解しているつもりだったのだが。
どうして彼女がこんな風にしてくれるのか、その理由を知るのがこわい。彼は、困惑しながら考えた。

そして彼は、いつもの彼らしく、彼女の質問に、質問で答えた。
「何が起きたんだ？」

「指名手配の凶悪犯人を追っている途中で、頭を殴られたのよ。でも、事件の方は解決したわ。Chanが逮捕したの。」

Chan？
Mulderは、ぼんやりと、その名前を頭の中で繰り返した。たぶん、他の捜査官か、警察官なんだろうな。
しかし、彼が誇る抜群の記憶力を総動員してみても、今は、その名前も顔も思い出せない。

「覚えてない・・・みたいだ。しかも、僕たちどんな事件を追ってたんだ？それも分からない。」

「あたりまえよ、無理もないわ、Mulder。脳震とうを起こしたんですもの。最近のできごとを忘れちゃうっていうのはよくあることよ。だけど一応、念のために、ドクターをお呼びして、診てもらった方がいいわ。」

* * * * *

しばらくして医者がやってきた。
彼はMulderに、いくつも質問をした。そして、どうやら知覚機能に障害はなく、長期記憶も失われておらず、深刻な状態ではないということが判明した。
Mulderは、自分のフルネームも言えたし、バッジナンバーも、それに子供時代の話や出身校も覚えていた。
そして、自分は現在、F.B.I.捜査官であり、犯罪プロファイルの専門家であると説明した。
さらに続けて、Scullyに関する情報も、名前から出身校にいたるまで、正確に答えていったが、彼女のバッジナンバーを聞かれて、答えにつまってしまった。

「彼はもともと、私のバッジナンバーを覚えてませんから。」Scullyが言った。

「そうですか、それじゃあ、思い出しようがありませんね。」医者が人のよさそうな笑顔で言った。
「一晩、経過をみるために入院していただきますが、Mr. Mulder、明日の朝には退院できますからね。」

「どうしても思い出せないことがあるんです。容疑者の名前も覚えていないし、怪我をしたときにどんな事件を追っていたのかさえ、分かりません。Scully が言っていた、Chanですか、多分一緒に捜査をしていたんだと思いますが、その人が男性なのか女性なのかも知りません。」

「男性捜査官よ。」Scully が言った。

「一時的な記憶障害だと考えてください。近い記憶を忘れているだけですよ。」医者が答えた。
「頭部に衝撃を受けた患者にはよくあることなんです。記憶の方は、少しずつ回復してくるはずです。数週間かかることもありますがね。注意していただきたいのは、焦らないように、ということです。これは、完全な記憶喪失とかそういうようなことではないのですから。自分が誰かもお分かりだし、彼女のことも覚えておられる。明日、ご自宅に戻られて、馴染みのあるものに囲まれたら、だんだん最近のことも思い出してくると思いますよ。ただ、ほんとうに自然にまかせて、決して無理矢理思い出そうとするようなことはやめてください。日常生活に戻って、だんだんに慣らしていくようにしてくださいね。」

そのとき、ドアの入り口に、広い肩をした、見覚えのある人物が姿を見せた。
「入ってもかまいませんか？」

「彼が誰か分かりますか？」と医者がきいた。

「Skinner 。」Mulder が答える。
「Walter Skinner、F.B.I.連邦捜査局の副長官です。」

「そうですか？」入ってきた男性を見ながら、医者がきいた。

「その通りだ。」Skinner が答えた。

「お客様のようなので、私は、ちょっと１，２分Dr. Scullyをお借りします。廊下でお話しましょう。」と医者が言い、Scully の後から部屋を出た。

「どんな具合だね？」Skinner が尋ねた。

「僕はまた、何かしでかしたんでしょうか？」Mulder が聞き返した。
もし、面倒なことになっているのなら、先にそれを知っておきたい。

「いや、何も。」Skinner が答えた。
「冗談を言っているように聞こえるかも知れないが、君は今回、徹底的に手続きも遵守して、合法的な捜査を行ってきた。君が殴られたことは気の毒だったが、まあ全てうまく行ったと言っていいだろう。」

「はあ、犯人が逮捕されたことはScully に聞いたんですが、覚えていないんです。事件のことも、誰を追っていたかも。それに、彼女が言っていた、Chanという捜査官のことも、分からなくて。」

「Mulder、」
Skinnerは言いかけてから、その先を続けるべきかどうか迷った。本来なら、自分が立ち入るべきことではないのかも知れない。
しかし、今のAgent Scullyの健康状態を考えれば、たぶん、赤の他人に聞かされるよりはましだろう。

「君は、Agent Scullyと君とのことを、憶えているんだろうな？」

「はい、もちろん。彼女のことは、ちゃんと憶えているつもりですが。それとも、何か、僕たちの・・・ええと、別のことをおっしゃっているんですか？」Mulderがたずねた。

どうか、僕たちがもうパートナーじゃないなんて、言わないでくれ。
彼は、信じてもいない神に向かって祈った。

Scullyが言っていたのは、こういうことだったのか？Chanとかいうやつが、新しいパートナーなのかもしれない。

「では、君は、その・・・結婚のことも憶えているんだな？」

「結婚・・・？」

Mulderは、曖昧に聞き返した。そして、自分の左手に視線を落とした。シンプルな金の指輪が薬指にはめられている。
これは・・・。
Mulderは記憶を辿った。San Diegoのイカレた住宅地の事件だ。僕たちは夫婦を装って潜入したんだ。
いや、でも、あの事件のはずがない。あれは、もう終わった事件だ、僕たちはあそこにはいない。その後に起きた事件のことだって憶えている。
・・・だけど、どうしても、捜査中の事件が思い出せない・・・ということは・・・そうか！僕らはまた、夫婦を装っているんだな！
それでわかった。どうしてScullyが、あんな不自然な態度をとっているのか。
きまじめな彼女のことだ、医者の前でも、それらしく見せようと努力していたんだ。

Mulderの頭は、なかば混乱しつつあったが、それでもこの状況を、なんとか整理しようとした。
もし今、実はSkinnerの言っていることが何ひとつわかっていない、ということを認めてしまったら、きっと別の捜査官がScullyの「夫」役を演じることになるだろう。それだけは、あってはならないことだ。断じて、許せない。

「ああ！はい！もちろん。忘れるわけがないじゃないですか。どうしてそんなことを？」

「・・・いや、ちょっと確かめただけだ。」Skinnerが言った。
「いいか、今のことは、Scullyに言うなよ。」

「わかりました。」Mulderが答えた。

そのとき、Scullyが戻ってきて、また、にっこりと微笑んでみせた。

「では、私は失礼するよ。」Skinnerが言った。
「Chanと私とで、報告書は仕上げておくから、君たちはふたりとも少し休むといい。」

「ありがとうございます、sir。」とScully。

Scullyは椅子に腰かけた。そして椅子にすわったまま、彼の腕に手を伸ばすと、指先を上下に滑らせて、やさしく撫で始めた。

「なあScully、どうしても思い出せないんだけど。」

「なにが？Mulder。」

「結婚記念日っていつだっけ？」彼は、にやっと笑いながら言った。

きっと、あの誰にも真似のできない 'Scully顔' でにらまれるか、腕をさすっていた手でピシャッとやられるか、どっちかだな・・・と彼は思った。
ところが彼の予想を裏切って、彼女はふっと笑うと、ないしょ話をするみたいに静かな声で言った。

「５月１６日よ。」

「それで、今日は何日？」

「５月３０日。」

「そっか。」彼はつぶやいた。

２週間か。
２週間も、この美しいパートナーと夫婦を装うという、楽しいようでいて胸が苦しくなるような、天国と地獄の日々を耐えていたというわけか。
しかも、その日付を即答できるなんて、さすがはScully、というほかない。
Arcadia事件のとき、６日間もニセ夫婦を演じたけれど、彼は「記念日」のことなどまったく頭になかった。

「じゃあ、Memorial Day（戦没将兵記念日）じゃないか。僕のせいで、休日の予定を狂わせちゃったんじゃないのか？」

「何も計画なんて立ててなかったもの。野外パーティーがあるから、行ってみようかって話してたくらいよ。ご近所の方達ともお知り合いになれるし。だけど、そんなの大したことじゃないでしょ？」

「ちょっと質問していいかな。」

「もちろんよ、Mulder。質問するのはかまわないわ。だけど今は、休んでいなくちゃだめ。私も、もう行くわ。明日の朝一番に、また迎えにくるから。」

「Hey、Scully。」彼女がベッドを離れようとしたとき、彼が声をかけた。

「なあに、Mulder。」

「愛してる。」

Mulderは、彼女があきれたような顔をして「はいはい、」みたいな返事をするのを待った。
前に同じような状況で、同じことを言ったとき、彼女はそう答えたのだ。
ところが、またもや彼女は信じられないことを口にした。

「わたしもよ。愛してるわ、Mulder。」

彼女はそう言うと、身をかがめて彼の唇に口づけた。
それは情熱的なキスというわけではない、だけど、おざなりのキスとも違う。
言ってみれば、むしろ当たり前のことのように・・・いつもキスを交わしている相手にするみたいな、気持ちのこもったキスだ。

「Scully？」彼が小声で呼んだ。

「しずかにして、もう眠ったほうがいいわ、Mulder。話なら明日の朝、聞くわよ。」

Mulderは一晩中、寝つかれず、何度も寝返りをうった。
あの短い１０秒間のあいだに起きたことはなんだったのか？
自分のパートナーが、決してするはずのないことをした。２つも。
愛していると言い、唇にキスをした。

偽装夫婦だから？ただの演技か？だとしても、彼女があんなことをするなんて、信じられない！
いつもクールな彼女が、なんだか・・・すごくやさしかった。いったいどういうつもりなんだろう？
彼女は、何年もずっと、そばにいて支えてくれた。彼女なりのやり方で、僕を愛してきてくれたと言っても許されるはずだ。
だけど、今日の彼女は、それを言葉で伝えてくれたんだ。それに、そう言いながら、唇にキスまでしてくれて・・・あのキスには、友情以上のものを感じたんだけどな・・・

* * * * *

翌朝。
彼が朝食を終えたころ、医者が診察にやってきて、いくつか問診をした後、決して無理に記憶をとり戻そうとしないようにと念を押した。
Mulderは、医者が出ていくと、洋服に着替えた。
ちょうどそのときScullyが、部屋に入ってきた。

「用意はいい？」

「ああ。はやく出よう、こんなところ。」

ふたりは駐車場まで歩いて行き、Scullyの車に乗り込んだ。

「Scully、専門的な話をきいてもいいかな。」

「いいわよ、Mulder。なに？」

「記憶喪失っていうのは、ソープオペラにしか出てこないと思ってたんだけど。現実の世界では、'腺ペスト'と同じくらい、めずらしいことなんじゃないか？」

「あなたの言ってる'記憶喪失'の意味にもよるけど、Mulder。完全な記憶喪失は、たしかに非常にまれで、この２０年間に世界中で報告された例を数えたって、せいぜい十数例くらいだと思うわ。そういう人は、病院のベッドで目が覚めたら、自分の名前も思い出せないし、どこで育ったかも憶えてなくて、親しい友達や家族のことまで分からなくなっちゃうのよ。だけど、あなたは、そうじゃないでしょう？あなたのは、一時的な記憶障害よ。頭部に打撲を受けたり、あと脳卒中を起こした人が、近い記憶を忘れてしまうというのは、ほんとによくある症状なの。自分のこととか、どんな仕事をしてるか、とかそういうことは憶えてるんだけど、頭に衝撃を受けた直前のできごとや、最近になって知り合った人のことや、数ヶ月前のことなんかが思い出せないのね。あんまり心配することないわよ。」

「また思い出せるのかな。」

「普通はね。・・・お年寄りとか脳卒中が原因の場合には、記憶が戻らないこともあるけど。だけど、外傷による記憶障害で、他に悪いところがないっていう成人の場合は、まず大丈夫。だからあなたも大丈夫よ。」

「わかった。」彼は、安心したように言った。

* * * * *

「Scully、ところで僕たちどこに向かってるんだ？」

数分後、Mulderがきいた。
たしか、彼女は「家に帰る。」と言っていた。「家」というのが、Georgetownの彼女の家なのか、Alexandriaの自分の家なのかは分からなかったが。
だが、車は今、Maryland州の郊外に入ったところだ。

「家に向かって・・・」彼女は答えかけて、ふと気づいた。
「あ、Mulder、もしかして憶えてないんでしょう？そうよね、２週間前のことだもの。」

２週間。
そうか、偽装夫婦の潜入捜査が始まってからってことだな。

「ごめん、憶えてないみたいなんだ。」

「いいわよ、全然。私が、全部案内してあげますからね。」

彼はうなづいた。
やがて閑静な住宅地の中の、一軒の家の前に車が止まったとき、彼はびっくりした。
いい家じゃないか。
夢に見たことがあるような、実際に自分が住んでいるのが想像できてしまうような、そういう家だ。
Scullyがパーキングに車を入れると、彼は自分のバッグを持って、ふたりは家の中に入った。
外で、犬の鳴き声がする。

「おいで、Elvis。」Scullyがドアを開けながら声をかけると、中くらいの雑種犬がキッチンに飛び込んできた。

「Daddyが帰ってきたわよ。よかったわねえ。」

Mulderはたじろいだ。犬とScullyのどちらに驚いたのかは自分でも分からなかったが。
犬。どうもこの犬は、自分のことを知っているらしい。
Scully。どうして犬に向かって、自分のことを"Daddy"なんて言うんだ？しかも、犬としゃべっている彼女は、おそろしく・・・かわいいじゃないか。

「あの、Scully・・・？」

「Elvisのことも憶えていないのね？」彼女がきいた。

「ああ。だけど、この子は僕のことを憶えてるみたいだな。」

個人的に言わせてもらえば、潜入捜査をそれらしく見せるためだけに、犬を用意して家庭の味を教えるなんて、残酷だと思う。
可哀想に、この犬は、僕たちになついている。きっと僕たちも、捜査が終わって、この犬を施設に返すときには、胸が痛むんだろうな。
だが、今回の捜査には、どうしても犬が必要だったのだろう。おそらくこの地域では、犬を飼っている家をねらった殺人事件が起きているにちがいない。

「ね、家の中を見てみる？」

「Scully、ちょっと先に休んでもいいかな。」

いろいろなことがありすぎて、一気に疲れが押し寄せてきた。

「あ、そうよね。ベッドルームは２階よ。」

玄関ホールから階段を昇っていく間に、Mulderは、家のあちこちに目を走らせた。
本当にいい家だ。家庭らしいにおいがする。居心地もよさそうだ。
階段をのぼったところにあるベッドルームに入ると、Mulderは、靴を脱ぎ捨てて、キングサイズのベッドに倒れこんだ。
そして、こういうときに、必ず何か言わずにいられないのは、彼の習性のようなものだ。
彼は、Scullyを見上げて、にやにやしながら言ってみた。

「君も一緒に、昼寝でもしたら？」

彼にしてみれば冗談のつもりだったのに、Scullyはにっこりして、死ぬほどびっくりするようなことを口にした。

「そうね、そうしようかしら・・・なんだか私も眠たくなっちゃったわ。」

そして、靴を脱ぐと、ベッドにあがってきた。

Scullyが抱きつくように寄り添うと、喉の奥からうめき声が洩れそうになり、彼は、息を止めて耐えた。

「う。あ、なあ、Scully、僕が怪我をした時って・・・き、君も一緒にいたんじゃないのか？」

この 'Scullyらしからぬ' 行動の数々を説明できるのは、これしかない。
つまり、彼女も頭をやられているか、あるいは、人間の行動に影響を与えるような薬をどこかで盛られたか、どちらかだ。

「いいえ、Mulder。私はラボにいたのよ。どうしてそんなこと聞くの？」

「いや、ちょっと・・・」彼は呟くように答えた。

何分もしないうちに、Scullyは寝入ってしまった。その寝顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
一方のMulderは、神経が張りつめて・・・というか、特に体の一部が張りつめて非常事態を宣言していたため、すっかり目が覚めてしまった。
こんな風に、ふたりでゴロゴロしている時間も捨てがたいが、今ここで何が起きているのか把握しておく必要もある。
彼は、そっと彼女の腕を持ち上げると、ベッドから脱け出した。

ドレッサーとナイトスタンドは、とりあえず後回しにしよう。両方ともベッドのそばにあるから、引き出しを開けたら、きっとScullyが目を覚ましてしまう。
まず、部屋の向こう端にあるダブルクロゼットまで行き、鏡のついたドアをひとつ開けてみた。
・・・これは、どう見ても、彼のクロゼットだ。
何着かのスーツ、ジーンズが２，３本、Ｙシャツは１ダースほど。加えて、床にはランニングシューズに、革靴もあった。
もう片方のクロゼットの前まで来て、彼は、手をかけるのをためらった。
Scullyのクロゼットを開けるなんて、プライバシーの侵害じゃないか？
だが、良心の呵責より、捜査が優先だ。
扉を開けると、中は、彼のクロゼットと似たようなものだったが、洋服の数からいえば、こちらの方が多そうに見えた。
スーツ。これはScullyが仕事のときに着ているから、よく知っている。ジーンズやサンドレスにブラウスなどなど。それから、半ダースほどの靴。靴は、一足ずつ箱にしまって、きちんと積み重ねられていた。あたりまえだ、彼女が、自分みたいに、靴をクロゼットに突っ込んだままにしておくはずがない。
一着のワンピースが、彼の目を引いた。
Scullyが好んで着ているブルーの服。だけど、彼女の体型には合っていないような・・・
カフタンドレスのようなスタイルで、ずいぶんゆったりしたワンピースだが、彼女には似合いそうもない気がする。
なぜか、この服を見ていると、Bill Juniorの妻Tara Scullyを思い出してしまう。Taraが、このワンピースに一度だけ袖を通し、気に入らないと言って、義理の妹に譲ることにしたとか？
いや、これは新品だ。まだ値札だってついているくらいなんだから。たぶん、まだ誰も着たことがないはずだ。じゃあ、Scullyは、今回の潜入捜査のために、このワンピースを購入したということか？

クロゼットのとなりには、バスルームのドアがあり、Mulderは、中に入ってみた。
バスタブのほうの棚には、バブルバスとシャンプーのボトルが並んでいる。洗面台の上の戸棚に、はみがき粉のチューブがふたつあるのを見て、Mulderは笑ってしまった。片方は、自分のお気に入りブランドのもので、まんなかがへこんでいる。そしてもう一つの方は、下の方からきっちり巻き上げられていて、これは明らかにScullyのはみがき粉だ。

Scullyを起こさないように忍び足でベッドルームに戻ったMulderは、そのまま部屋を出て、未知の領域である廊下に出た。
隣の部屋は、まったく何もない空っぽの部屋だった。
どうも妙な感じがするが、きっとこれから監視用の機器とか、そういう捜査関係の機材を入れる予定にしているのだろう。
それから、バスルーム。こちらのバスルームは使われた形跡がなさそうだ。
そして、ベッドルーム。この部屋は、お客様用の部屋という感じになっている。ベッドとドレッサーがあるが、引き出しの中には何も入っていない。ただ、クロゼットの中には、いくつか箱が入っていた。箱をひとつ、とり出して開けてみると、中に入っていたのは、古い卒業写真やアルバムなど、捨てるには忍びないが、といって常に手元に置いておく必要はない、という類のものだった。

Mulderは、もときた廊下を戻り、ベッドルームのドアのところで足を止めた。
Scullyはまだ眠っているが、ワンピースがめくれかけて、腿の上の方まで脚が見えている。
ベッドに戻って、彼女に寄り添い、あの脚に触れてみたい・・・という衝動におそわれかけたが、彼はぐっと我慢して、後ろを向くと階段を下りていった。

キッチンは、さっき少し見たところだが、今度は食器棚や冷蔵庫も調べてみた。ちゃんと整理されて必要なものが揃っている。すごいことだ。・・・といっても、普通のキッチンというのは、こういうものなんだよな、わかってる、Mulderはひとりでつぶやいた。
キッチンには朝食をとれるくらいのコーナーがあって、その向こうには大きなダイニングルームが続いていた。
そして、広々としてのんびりできそうなリビングルーム。
カウチや、一人掛けの椅子、コーヒーテーブルの他に、テレビやビデオのAV機器も充実している。並んでいるビデオを手にとってみると、いかにも新婚家庭にありそうな感じのＳＦ映画や名画のビデオだった。
・・・'僕のじゃない'ビデオが見あたらない。どうせScullyが、郊外の理想家庭というイメージを作り上げるのにはふさわしくないって言ったんだろう。自分が読んだ雑誌の情報によれば、あの手のものを一緒に見るカップルはたくさんいるっていうのに・・・少なくともソフトコアのものくらいならいいんじゃないのかなあ・・・

Mulderは、廊下を進み、さらにふたつのドアを開けた。ひとつはトイレ。もう一つはクロゼットだった。
１階部分を一周して、階段の下に戻ってきたとき、彼は、まだ開けていない部屋があることに気づいた。
そして、そのドアを開けると・・・ここは・・・

まるで「我が家」に帰ってきたみたいに落ち着く。
その部屋は、書斎か仕事部屋のようだった。パソコンがあり、壁側には、床から天井まで届くくらいの本棚が並び、デスクやファイリングキャビネットもある。そして、あの古ぼけた黒いカウチが置かれていて、そのうえ、オフィスに飾っていた"I WANT TO BELIEVE"のポスターまであった。ほかにも、すぐに自分のものだとわかるようなものがいくつもある。
だが、いちばん気になったのは、一度も見た記憶のないものだった。
自分とScullyの写真。ふたりとも、いつものスーツ姿だが、お互いの目を見つめあって笑っている。
彼は魅入られたように、その写真から目が離せなくなった。
そういえば、ふたりで撮った写真というのは、見たことがなかったな・・・

「いよいよ出でて、いよいよ奇なり。」Mulderは、ひとりごちた。

これほど念入りに準備された潜入捜査は、はじめてだ。
ここまでする必要のある事件って、いったいどんな事件なんだ？
彼は、本棚の方に歩いていくと、背表紙を目で追った。
UFOや超常現象に関する本、心理学の専門書、ＳＦ小説、医学書、歴史小説・・・ちょうど彼の本棚とScullyの本棚を合わせたような本の数々・・・。自分の本もあるし、Scullyの家で見たことがある本もたくさんある。

Mulderは、部屋を横切ってデスクに近づくと、置いてあった小切手帳を手にとった。
表紙には、Fox W. Mulder / Dana K. Scullyの文字が刻印されている。
支払いの控えをめくると、電気代や水道代、食費といった家計の支出が、Scullyの几帳面な文字で記入されていた。ところどころに、くだらないものの支払い記録があるが、それは自分の筆跡に間違いない。
ふたりが財産を共有しているという事実を目にして、ようやく彼は、現在おかれている状況を理解し始めていた。それはなぜか、Skinnerの言っていたことや、Scullyの態度、その他いろいろの事実以上に説得力を持っていたのだ。
彼は、よろよろしながらカウチに近づき、倒れこんだ。

これは、綿密に仕組まれた潜入捜査なんかじゃない。
夢の中にいるか、幻覚を見ているか、もしかしたら異次元空間に迷い込んだのかもしれない。現実の世界にものすごくよく似てるけど、肝心なところが全然違う。
そうだ、こういうことは前にもあったじゃないか。あれは、豪華客船に乗りこんで、１９３９年に戻ってしまったときのことだ。Scullyにキスをして・・・。
幻覚作用を起こす巨大キノコの粘菌にとらわれていたときも、こんな感じだった。ベッドルームにエイリアンを誘拐してきて・・・。

Scullyがあんな風に愛情を示してくれるのも、一緒にベッドにあがって抱きついてきたりしたのも、全部、自分のことを夫だと思い込んでいるからなのだろう。
それに昨日の午後、医者と話したとき、X-Filesのことも、Scullyがパートナーであることも、いっさい言っていなかったことを思い出した。名前も学歴もそのままで、だけど、こっちの世界では、X-Filesもなければ、Scullyがパートナーだったこともないんだ・・・。

Mulderは、ぼんやりと考えをめぐらした。X-Filesにかかわっていないのだとしたら、もしかしたら、Samanthaは誘拐されていないのかも？あるいは、誘拐されていたとしても、戻ってこられたとか？Cassandra SpenderやScullyみたいに・・・。もちろん、そうであってくれたらどんなにいいか・・・。
だが不思議なことに、今すぐ、どうしても確かめたいのは、そのことではなく、自分とScullyの間に何が起きたかということの方だった。

よし、仮に、僕たちはパートナーだったことはない、としてみよう。だけど、ふたりとも、F.B.I.で働いているみたいだ。ということは、僕たちはそこで出会ったというわけだ。
もし、僕が凶悪犯罪課にいて、彼女がQuanticoにいたら・・・きっと、僕たちを結びつける共通の事件があったに違いない。同じ課にいるわけじゃないから、つきあうのも自由だし、エイリアンなんかに取り憑かれていないMulder氏は、Scully嬢と初めて会ったとき、人並みの質問をしてみたんだと思う。「土曜日の夜、食事でもしないか？」ってね。
初対面の女性に向かって「君は、地球外生命体の存在を信じているのか？」なんて質問をするやつはバカだ。

ただ、これだけでは、まだ全ての状況を説明できたとは言えない。たとえば・・・

「Fox？」廊下の方から、Scullyの声が聞こえた。

「その名前で呼ぶなよ、Scully、」彼女が部屋に入ってきたとき、彼は無意識にそう答えていた。

Scullyは、戸惑ったような表情を浮かべて、彼の顔を見つめた。

わ！
食べてしまいたいくらい可愛い、って彼女のことだ。
髪の毛がすこし、くしゃくしゃになっていて、まだちょっと眠たそうな眼をしている彼女。
そして、'この'Scullyは、いつも自分のことを'Fox'と呼んでいる。そのことに気づくと、彼は小さくため息をついた。

「あ、今はさ、ちょっと、Mulderモードだったんだよ、えーと、Dana、」彼は、内心どきどきしながら、ファーストネームで呼んでみた。

「ふうん。」と彼女は言うと、カウチまできて、彼の隣に座った。

彼女がぴったり彼の隣に座ると、彼は嬉しいような、逃げ出したいような、複雑な気持ちにとらわれた。
これ以上、彼女が体を近づけるとしたら、もう膝の上しかないじゃないか！

「あの、ちょっと、ききたいことがあるんだけど、いいかな。」

「もちろんよ、Mulder。こんなことになって混乱してるんでしょう？何をききたいの？」

「僕たちは、いつX-Filesをはずされたんだ？」彼は、そう訊ねながらも、彼女が"なんのこと？"ときき返してくるんじゃないかと思っていた。

だが、あっさりと彼女は答えた。
「６週間くらい前かしらね。あなたは凶悪犯罪課に異動になって、私はQuanticoのアカデミーに戻ることになったの。」

「そんな処分を受けるはめになるなんて、僕たちはいったい何をやらかしたっていうんだ？たしか君がパートナーになって１年もしないうちに、やつらは僕たちを引き離そうとしただろう？だけど、前回X-Filesが閉鎖されたときだって、僕たちはパートナーでいられたじゃないか。まさか、またKershの下にいるのか？かんべんしてくれよ、しかも今度は僕ひとりで、あのKershと？」

「私たち何も'やらかして'なんかないわよ、Mulder。それに、あなたの上司はSkinnerよ。いろんなことがあったけど、全部まるくおさまったんだと思うわ。The Thirteen Cult事件は憶えてる？」

「いや。」

「思い出して欲しくないくらいだわ、Mulder。恐ろしい事件だったもの、まさに都市伝説が甦ったような話。私たちも、ずいぶん悪夢にうなされたわ。でも、あなたのお手柄だったのよ。あなたの緻密なプロファイルのおかげで、犯人を特定できたの。それで、F.B.I.が犯人を全員逮捕して、有罪判決に持ち込めたわけ。あなたがどれほど多くの人の命を救ったかわからないわ。私、すごく鼻が高かったんだから。」

「どうして"あなた"って言うんだ？Scully。君も一緒に捜査したんだろう？」

「形式的にはね。それに、あなたも私のおかげだって言ってくれたわ、いつもあなたは私のことを考えてくれるもの・・・なにか問題が起きるたびに、私には責任がないって言い張ってくれたみたいにね。私は、ラボで証拠の分析をして、殺人犯の居所を探す手がかりを見つけただけなの。実際には、あなたのプロファイルが決め手だったのよ、Mulder。あなたが我がF.B.I.の誇りだってことは、局の全員が認めてることだわ。もう誰にもSpookyジョークなんて言わせないわよ。あのKershだって、あなたのことを聞かれたら、あなたが一度は自分の部下だったことがあるって、誇らしげに語っちゃうと思うわ。」

決定的だ。
ものすごく強力なドラッグでトリップしてしまったんだ。
そうじゃなかったら、これはどこか別の世界・・・時空のゆがみか？
Mulderは、考えながら顔をしかめた。

「そのご褒美として、僕からX-Filesも、それに君までとりあげたってことか？じゃあ一体、僕が失態を演じるようなことがあったら、どんなことになるんだろうな、考えるだけでもぞっとするよ。」

「連続殺人犯事件に関して特別本部を設けて対策にあたるようにF.B.I.に指示したのは、大統領命令だったのよ。それで、あなたが特別対策チームの管理官としてF.B.I.長官に選ばれたんだから。私たちが口出しできるようなレベルの話じゃないわよ。」

「だけど、君をチームの一員に加えるくらいのことはできたんじゃないのか？」

「家族なのに？Mulder、」Scullyが指摘した。
「あなたは、特別チームの責任者なのよ。チームにいる捜査官は、全員あなたの直属の部下ってことよ。Skinnerと私たちの関係みたいなものじゃない。結婚してからもパートナーとして働いてきたけど、それがもう限界にきてたわけでしょ？あなたが私の上司になるなんて、もっと考えられないことだと思うけど。仮に、局がそれを許可したとしても、私は、いやだわ。あなたが私に命令して、"Yes, sir!"って答えなきゃならないなんて。」

Mulderは、それを聞いて肩をすくめてから、言った。
「たしかに。そんなのは僕もいやだな、Scully。」

「私はラボの方で、証拠の分析をしたり、解剖をしたり、いろいろあなたのチームのお役に立つつもりよ。」Scullyが言った。
「普通の奥さんは、ご主人から花束とラブレターを貰うと思うんだけど、私は、死体の束と"大至急死因を特定せよ"って書いてあるメモを貰うめずらしい奥さんだってわけよ。」

「僕は、花束も贈ったことがないわけ？」

「ああ！そうじゃないわ、Mulder！冗談よ。私は、花束も遺体も、両方受け取ってるわ。」
彼女は、にっこりしながら答えると、伸び上がるようにして彼に軽くキスをした。

もうだめだ・・・Mulderはうろたえた。
とうとう彼女がひざの上に、座り込んでしまった！

「Scully、僕は、僕じゃないと思う。Mulderじゃないんだよ。」

「じゃあ、あなたは誰なの？Bounty Hunter？それとも、Eddie Van Blundhtとか？」

「いや、」彼はため息をついて、首をふった。
「僕だけど。でも、僕じゃないんだ・・・。だから、君の夫なんかじゃないよ。これは、夢を見ているか、幻覚か、タイムワープかもしれないし、異次元世界に迷い込んだか、とにかくちがうんだ！」

こんなことを言ってしまって、Scullyがどうなるのか見当もつかない。
泣いてしまうかも。それとも、信じられないわね、とでも言い返すか。
ところが、彼女は笑い出した。

「Mulderったら、本当にあなたらしいわ！そんなことを真面目に言い出すなんて、まさに、まぎれもなく、あなたよ！あなたったら、また、科学的な理由も、医学的な原因も無視して、ばかばかしい理論を持ち出すつもりなのね。もしかして、結婚してることも忘れていたの？」

「実は、それを言わなきゃって思ってたんだよ、Scully！」

「Mulder、記憶障害だって言ったでしょう？ただ、考えていたよりも、重症だったみたいね。ほんの数ヶ月の記憶をなくしただけかと思ってたら、数年分の記憶が抜けてるんだわ。」

「僕たち、結婚して２年くらいになるってこと？」

「いいえ、１年よ。病院で教えてあげたじゃない。私たちの初めての結婚記念日が、２週間前だったのよ。」

「あれは、潜入捜査の話かと思ってたんだよ。San Diegoでそういう事件があっただろ？君が、結婚記念日だって言ったのは、ほら、最近の日付だったし、だから偽装夫婦として捜査を始めた日だとばかり・・・」

「あら、あの事件のことは覚えてるってことね？それでは、あのとき、私たちは何という名前だったでしょう？」

「ああ、覚えてるよ。」Mulderが答えた。
「Rob and Laura Petrieさ。ただしPETE-reeと呼ぶこと。」

「はい、よくできました。」

「あの事件はどれくらい前になるんだ？」

「２年ちょっと前かしら。ということは、少なくともこの１年の記憶がないのははっきりしてるけど、２年半以上ってことはないわけね。あの事件の後のことは、何か覚えてる？」

「僕の隣に住んでたやつの事件があっただろう。自称作家のPadgettだ。あいつは殺人犯で、君に異常な執着心を抱いてた。だけど、やつが言った言葉を覚えてるよ、君はすでに恋に落ちているって。」

「そう・・・すでに。」Scullyはつぶやいた。そして、Mulderの頬に指先を滑らせながら、言った。
「自分が恋に落ちていることもわからないほど、私は大馬鹿だったんだわ。」

「君が馬鹿なわけないだろう？Scully、君は、僕の最高の女性なんだから！」

「Padgett事件の後は？」

「あれは・・・あ、厳密には事件とは言えないんだけど。僕が覚えてるのは、君にバッティングコーチをしてやったってこと。」Mulderは言いながら、笑顔になった。

「よかった。憶えてくれてて嬉しいわ！だって、'私の'大切な思い出なんだもの。」Scullyも答えながら、笑顔を返した。

「巨大キノコに食べられそうになった事件は？」Mulderが言い出した。

「えーと、そういう言い方が正しいのかわからないけど、」Scullyがゆっくりと言った。
「でも、そうね、私たち洞穴に落っこちて、大型菌類の消化酵素に浸食されそうになったわ。」

「同じじゃないか、要するに巨大キノコだろ？キノコから脱出したあと、僕は君の手を探して・・・救急車の中で、僕たちは手をつないでた。」

「そうよ。」Scullyが言った。
「病院についたとき、救急隊員が私たちの手を引き離そうとしたのを憶えてるわ。『放してください！』って何度も言われたの。だけど、私は混乱してて、私が手を放したら、あなたがどこかに行っちゃうんじゃないかって、すごく怖かったのよ。その後のことは、なにか憶えてるの？」

Mulderは、しばらく考え込んでいた。

「はっきりとは思い出せない。ぼんやりしてるんだ。クリアーに時間の流れを追えるのは、たぶんそこまでだな。救急車の中で手をつないでいたときが、最後の記憶になってるみたいだ。そのあとのことは、霧がかかったみたいで・・・Navajo族の遺物みたいなものを見つけたことがあるかい？それから、病院にいたような気がするけど、なんだかよくわからないな。」

「ねえ、あの・・・私たちの間のことも、全部忘れちゃったの？」Scullyは、小さな声できいた。

「どうかな。」

「どうかな、ってどういう意味？Mulder。」

「頭には浮かぶんだよ、その・・・君との間のことがさ。だけど正直言って、それが、実際にあったことの記憶なのか、それとも、すごく鮮明な夢の記憶なのかが、自分でもわからないんだ。君との間のことっていうなら、それこそ僕は、何年も何年も、いろんな夢を描きつづけてきたんだから。」

「知ってるわ。」

「どうして君がそんなこと知っ・・・ああ、そうか、わかった。それはつまり、実現した夢があるってこと？そうなんだろ？」

「まあね。でも、あなたにはまだ、胸に秘めている夢がありそう、って思えてしかたがないんだけど。」彼女は、はにかんだように微笑んで言った。

「Scully、君の言ったこと・・・僕たちが結婚してるってこと。信じたい気持ちになった。」

「信じたいのは、いつものことだものね、Mulder。」

「Scully、君をベッドに誘うときには、なにか特別なことを言うのかな？秘密の言葉みたいなのとかないの？」

「別にないわよ。どうして？」

「どうしてって・・・もしそういう言葉があるんだったら、今すぐ、それを言いたいんだけど。」

彼は、ほとんど限界まで耐えていた。Scullyが、ひざの上に座りこんで、腕を撫でている。ゆっくりと上下する指の感触に、彼は痛いほどこわばっていた。

「あ！そうよ。さっき私が階下に降りてきたのも、それだったわ。一緒に２階に戻って、って言いにきたんだったの。」

「Foxって呼んだのもそのせい？僕を、ファーストネームで呼ぶのは、そういうときだけなんじゃないの？」

「それだけじゃないわよ・・・ほかにも家族の集まりのときとか。でもそれ以外では、めったにないわね。結婚してからは、Foxって呼ぶのを'お許し'いただけたけど、私もたいてい、Mulderって呼んでるし。もしいやなら、しばらくMulderって呼ぶことにするわ。混乱しちゃうんでしょ？・・・それで、２階に行く？それとも、このカウチで？」

Mulderは一瞬、迷った。
今すぐ、彼女を抱きたい自分がいるのは確かだ。
だけど、初めてのときを・・・というか、今の自分にとって初めてという意味だが、もちろん・・・カウチでだなんてもったいない。

「部屋に行こう。」彼は、かすれた声で言った。

Scullyは立ち上がると、彼の手をとり、引き寄せた。
ふたりは、手をつないで、階段を急ぎ足でのぼっていった。
ベッドルームに入ったとたん、彼女は、ベッドの方に彼を引っぱって、隣に座らせると、その膝の上によじ登るようにして抱きついた。
Mulderが体をひねりながら彼女を抱きとめ、ふたりは絡みあってベッドに横たわった。
そして、彼は、顔を傾けて、彼女にキスをした。

ここは天国？
彼は夢見心地で、思った。
これは、タイムワープ・キスじゃない。病院のベッドで交わしたような、簡単なキスでもない。相手を知り尽くし、全てをむさぼり尽くすような、愛し合う恋人同士の情熱のキス・・・。

「Mulder」ようやく彼女の唇を解放したとき、彼女がささやいた。

「なに？Scully」

「結婚していること、忘れてるって言ったでしょう。じゃあ、私を愛してるっていうことも・・・忘れちゃった？」

Mulderは、自分を見上げている彼女の瞳を見つめた。愛にあふれた瞳、その瞳の底から、確かな答えが欲しいと不安げに訴えている。

「僕が思い出せないことを、言おうか？Scully」

「ええ・・・」微かな声で、彼女が答えた。

「君を愛して'いなかった'ときのことが、どうしても思い出せない。君がさっき言ってたことだって、ずっと前の、大昔からのことだしね。」

「何が？」

「ほら、だから・・・」

「Mulderったら！」怒ったような顔で言いながら、彼女の目は笑っていた。

「本当に、どれくらい前のことなのかわからない。これは冗談じゃなくて、まじめな話さ。だって、天啓を受けるような運命の一瞬があったわけじゃないし、『あ、僕はScullyが好きなんだ！』なんて急に思いつくようなものじゃないだろう？僕が、初めて意識したのは、僕たちが最初に引き離されたときのことだと思うよ。公園のベンチのところで話したのを覚えてる？僕は気が立っていて、危ないから近づくなって言ったのに、君は銃を持ってるんだから平気よって答えたんだ。あのとき、僕は『彼女に恋をしないほうが嘘だ』って思ったんだ。だけど、そう思ってしまった自分にも驚かなかったな。それに、僕たちはもう同じ課の人間じゃないっていうことも考えた。だから、恋人としてつきあっても問題はないんだなって。実は、あの夜、僕の部屋に誘いたかったんだよ。怖くて言えなかったけど。」

「私が、いやって言うと思ったのね？」

「そうじゃない。たぶん君は、来てくれたと思う。それが怖かったんだ。後悔するってわかっていたから・・・。君は、僕をひとりきりにしたくなくて、きっと僕を慰めてくれようとしただろうけど・・・だけど、それを愛だとは思えなかったはずなんだ、ただ僕を憐れんで寝ただけだとしか考えられなかったと思う。」

「あなたには、愛があったの？」

「あのベンチで、君が隣に座ったとき、僕は君に恋をした。」
囁きながら、彼女の頬にそっとキスをした。
「君を失いかけて、奇跡のように君が戻ってきたあのとき、僕は君を愛してた。」
今度は、彼女の耳たぶにキスをする。
「Alaskaの病院で目が覚めたら、ベッドの横に君が座っていて、１０００ワット級の笑顔を見せてくれたときも、僕は君を愛してた。」
彼女の首に口づけた。
「New Mexicoで、死にそうになって、だけど君のもとに帰りたくて、命をつないで闘っていたときも、僕は君を愛してた。」
少しずつ下に移動していた唇で、鎖骨のあたりにキスを落とす。
Mulderは、顔をあげて、彼女の目をじっと見つめた。
「あちこち走り回って、ばかげた話を追っかけて・・・僕の後ろにくっついてきてくれた君を、僕は毎日愛してた。君が笑うとき、君が泣くとき・・・いつも君を愛していたんだ。」

「Mulder、私を泣かそうとしてるのね！」

「泣いてもいいよ、Scully。泣くときは、僕の胸で泣いて欲しいから。笑ってもいいし、怒ってもいいけどね。あ、君が怒っているとき、どれくらい君を愛してたかって、もう言ったかな？」

「まだよ。だけど、今はケンカするつもりはないわ。」

「'とっくみあい'はしないってこと？Scully」

彼女は笑い出したが、彼の唇が胸元に下りていくと、その声はせがむような甘い声に変わった。
洋服の上からですら、その唇の感触は、体の奥をしびれさせる。

「Scully、いいのかな・・・？」Mulderは、ワンピースの端に手をかけながらきいた。

「もちろんよ。」

Mulderは、手間をかけるのももどかしく、あっという間にワンピースを取り去ってしまった。
惜しげもなくさらされるScullyの体を目の前にして、賞賛の笑みが思わずこぼれる。
彼女は、彼の着ていたTシャツをたくし上げると、手を貸そうともしない彼の頭をくぐらせて、脱がせた。
彼は、彼女を抱き寄せると、背中に手をまわして、器用な指先でブラのフックをはずすと、それを脇へ放った。

Mulderは、もう一度、彼女に唇を寄せてキスをした。この瞬間を味わい、心に刻むために。
そして、その唇で、ゆっくりと彼女の体をたどる。羽根の先で触れるような軽いキスを、素肌の上に落としていく。首に、鎖骨に、胸に。
そして、ふたつの乳房に唇を押しあてたあと、木の実をひとつ口に含んで、くすぐるみたいに舌先で転がした。もう片方にも同じようにすると、Scullyは、鼻にかかったようなあえぎ声をもらしながら、大きく背中を反らせた。

「Scully？」

「え？」

「僕・・・ちょっと、ジーンズを脱がなくちゃ。」

Mulderのことを言うなら、'１０年'じゃきかないはずだ。
今すぐ、ジーンズを脱がなければ、中で押さえつけられているものが大変なことになって、全てを台無しにしてしまう！

「どうぞ。」彼女は言った。
そして、横になったまま、曲げた腕を頭の下にやって、彼を見上げた。

Mulderは立ち上がると、スナップに手をかけた。
Scullyは笑いながら、ジーンズの上からでも分かる膨らみにまっすぐな視線を向けた。
彼は、何でもないふりをしようとしたが、気恥ずかしさが顔に出てしまっているような気がする。
彼女のほうは、もう全部知っているんだから。・・・自分にそう言い聞かせた。
まだトランクスまで脱ぐつもりはなかったのに - なぜか - ジーンズと一緒に下ろしてしまい、全てをあらわにした彼が、溢れる情熱を持て余したように、Scullyの前に立ちつくす。

そして彼女は、Mulderがまた現実のこととは思えなくなるようなことをした。
体を起こして膝をつくと、ベッドの端までにじり寄り、彼の中心に顔を近づけて、その先端にそっと口づけた。
口を閉じたまま、舌も使わず・・・ただ唇で撫でるように掠めただけのキス。
本当に、たったそれだけのことが、たまらなくエロティックで、その瞬間、彼は弾ける寸前までいった。

Mulderは、のどの奥でうなるような声をあげて、彼女をベッドに押し倒した。
誘うように開かれたScullyの脚の間に、膝を割り込ませながら、彼は、もう一度、唇を寄せた。
すこし強引に、舌を差し入れて、思いの深さをはかるように口づける。そのあと、体を横にずらし、彼女が身につけていた最後の一枚を、はぎ取った。

Mulderは、彼女を引き寄せながら体の向きを変え、仰向けになった。

「君が上の方がいい。」

「いつも、そうだわ。」

Scullyは、腰を浮かせて、熱いこわばりを探るように体を動かした。
張りつめた感触を、自分の入り口にとらえると、少しずつ腰を落として、そのまま体の奥を貫く感覚に身をゆだねた。
Mulderは歯を食いしばって耐え、そして、身悶えするように体を揺らし始めた彼女の腰を、両手でつかんだ。
抜き身を鞘におさめるように、もといた場所に帰ってきたような感覚が彼を包み込み、他のすべてを忘れさせた。

「Scully、僕、まさか・・・えーと、なんていうか、その、いわゆるタイミング関係に不満はない？」

彼女が笑顔になる。
「ううん、全然。そうね、いつもすごく長いって思うわ。ときどき、私と競争でもしてるのかしら、って思っちゃうことがあるくらいだけど。どうして？」

「いや、だって、君が嘘をつくなんてありえないけどさ、それにしても、これはどうかなあ。これじゃ、あっという間に終わってしまいそうだから・・・君の中がこんなに熱くて、こんなに濡れているなんて・・・！」

「Mulder、何年もずっと私を好きだったって、延々聞かされてたら、どうなると思う？私のせいじゃないわ。」

彼は、彼女の顔を見上げて笑った。
「なあ、Scully、君って、乱れたことが大っ嫌いだったよな。」
彼女の奥に押しつけるように体を動かしながら言う。
「それに、流されることも嫌い。」
そして、彼女の中で突き上げながら言った。
「めちゃくちゃにされるのは、もっと嫌い。」

彼女は、彼の顔を見下ろして笑った。
こんな言葉のやりとりは大好き。Mulderと愛し合うのは、遊んでるみたいに楽しい。
Scullyは、小さく喘ぐと、その息の下から懸命に言い返そうとした。
「あなたとこうしているときはね、Mulder・・・今だけは例外なのよ。」

「動かないで。」彼が呻いた。
彼女が体を上下に揺らし、その動きのひとつひとつが、彼を限界まで引きずっていく。

「・・・！や・・・だめよ、Mulder！」
ほとんど聞き取れないような声で抗う彼女の顔には、パニックにも似た表情が浮かぶ。
Mulderは、彼女を見つめながら、その美しさに恐怖すらおぼえた。
Scully・・・いつも落ち着いていて、常に冷静なScullyが、こんなにも激しく、どうしようもなく身を捩らせて、彼を求めている。

「ごめん、baby、いいんだ・・・」
彼はやさしく声をかけながら、彼女の額にかかった髪の毛を、指ですき上げた。
「いいんだよ。」

彼の上で、Scullyの体が、一瞬固まったようにこわばり、彼女は小さく悲鳴をあげた。
熱に浮かされたように彼だけを見つめるScullyの表情、彼女の立てる音、そして、彼女の内側でとらえられ、絞り込まれていく感覚。
Mulderは、この瞬間を永遠のものにしたいと祈った。
しかし、その願いもむなしく、彼女が達したその瞬間、彼は引きずり込まれ、彼女の中で果てた。
彼は、救いを求めるように、彼女の名を呼ぶ。

そしてScullyが、彼の胸に崩れ落ちた。
彼は腕を伸ばし、彼女の脚をそっと撫で上げて、背中から腰を、あやすようにさすってやった。
しばらくして、彼女はようやく顔を上げると、彼の眼を見つめて微笑んだ。
「愛してるわ。」

「僕もだ、愛してる。」

「どいた方がいいわね。」

「いや、こうしていたい。もう少し、このままで・・・君に触れていたいんだ・・・いいかな？もっとたくさん君を知りたかったのに、ちょっと、熱くなりすぎちゃったから・・・」

「んー、いいわ、Mulder。私も、あなたに触れられるのは好きよ。あなたの手は大きくて、気持ちいいもの・・・」

「きれいだよ。」

彼が、耳元でささやくと、彼女が小さな声で答えた

「うれしいわ。」

Mulderは、両手で彼女の背中を包み込むようにして、すみずみまで手を這わせて、肩を軽くつかむと、そのまま腕まで滑らせた。そして、腰から太腿まで、その大きな手でたどる。
指先が、脇腹をかすめると、彼女は声を立てて笑った。
Scullyって、くすぐったりなんだ・・・彼も、思わず笑ってしまう。
だけど、今まで知らなくて、よかった。もし、知ってたら、大変な目に遭っていたかもしれない。
ふたりの距離が近づいた数少ないとき・・・Floridaの森で過ごした夜とか、彼女にバッティングを教えてやったときとか・・・彼女をくすぐってやりたくなる衝動に、きっと負けていたに決まっているから。

僕の・・・僕だけのもの。
彼は、ぼうっとしながら思った。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、彼はびくっとして、手の動きが止まった。
もちろん、自分には欠点もいろいろあるが、独占欲とか、封建的なところはなかったはずだ。
まさか、結婚すると、僕も時代錯誤の暴君みたいになってしまうんだろうか？そんなこと・・・！
San Diegoの事件のときだって、あれはただ、ふざけて言ってみただけなのに・・・

「どうしたの？Mulder」

「あ・・・僕、」

「さっきまであなたの目には、'野性'のきらめきがあったのに、今は消えちゃったわ、なんだか気分が悪そう。」

「'野性'のきらめきって？Scully？」

「私がそう呼んでるだけなんだけど、なんて言えばいいのかしら、まあ、Oxford出身の高学歴男性らしくないようなこと、っていうか・・・」

「どういうこと？」

「たとえば、私を抱え上げてベッドルームに運んで行くようなことよ。しかも、ベッドルームにいるときにまで、そんなことしたりして。まったく何考えてるんだか知らないけど。」

「そんなことされて、君、黙ってるわけ？僕が、君のことを'女の子'扱いするたびに、けんかになったじゃないか。」

「それ・・・昔の話でしょ。今は、あなたの奥さんだもの。仕事のときには、完全に対等なプロフェッショナルとしてみてくれて、それはとっても嬉しいし、私を尊重してくれているのもわかってるわ。だけど、家に帰って、ふたりっきりのときは別よね。私、好きなんだから、あなたが私を・・・えーと・・・」
いい言葉が見つからず、彼女は、口ごもった。

「『可愛がる』？」彼は、言葉を探して言ってみた。

「うーん、そうねえ・・・」

Mulderは体を入れかえて、彼女をシーツの上に押しつけた。
いつまでも飽きることなく交わされるキス。
彼の唇が耳をとらえて、その輪郭を舌でたどると、彼女は身を震わせてため息を漏らした。
そのとき、彼はひそかに、自分の雄の部分が刺激され、男のプライドが満たされるのを感じた。

「君を可愛がりたい、Scully。そして君を悦ばせたい。それから君が感じるのを見ていたい。あんな風になった君は、ものすごくきれいだったから・・・」

「ん・・・いいわ。」小さな声で、彼女が答えた。

Mulderは顔を上げ、彼女の瞳の奥を見つめた。
そして、片方の手で乳房をとらえると、色づいた木の実に指先を押しあてた。
ずっと前に何度か、彼女の裸体を目にしたことがあるが、そのとき、ちらっと見た印象よりも、彼女の胸はずっと大きくなっているように思える。

「口と手と、どっちがいいの？」

「私は両方好き。でも今は、あなたの指がいい。」

「どうして？」

「なぜなら。・・・まず私としては、口を使うのが好きなのは、デザートの時より前菜のときだってこと。それに、私を見ていたいって言ったのはあなたでしょ？下にいたら私の顔が見られなくなっちゃうわよ！」

Mulderはくすっと笑った。
どうやら、こんな時にまで、彼女の理屈っぽいところは健在らしい。

「じゃあ、教えてくれる？」

「なにを？」

「僕の手を持って・・・君が一番感じるところに僕の指をもっていって欲しい。君の助けが必要みたいだからね、Scully。」

Mulderが見つめると、Scullyは真っ赤になった。
こんなこと言って、彼女はどう思ったんだろう？困らせてしまったのかな・・・
まあ・・・そうかもしれないけど、でも、本当に、彼女にそうして欲しいから。

「しょうがないわね。」

彼女は静かな声で言うと、彼の顔に手をやった。
細い指でゆっくりと顔の輪郭を確かめ、首から肩をたどって、腕を撫で下ろしていった。
そして、胸の上にとどまっていた彼の指をとらえる。

ふたりの指を絡ませて、彼女は、ちょっと不器用なくらいのろのろと、お腹の上を滑らせていった。そして、彼の指先に、赤い巻き毛の茂みが触れると、彼女はそっと手を持ち上げて、膝の上まで運んだ。
ゆっくりと - あくまでもゆっくりと - 彼の指先を太腿の内側に感じながら、少しずつ引き上げて、もう片方の脚にも、彼の指先の感触を、刻印のように残していく。
もう一度太腿の上の方まで戻ってきたとき、一瞬、身をくねらせて微笑むと、彼女は自らの入り口を掠めつつ、ふたりの指を重ねて折り曲げた。
彼は、体を彼女に添わせたまま、動けずにいた。彼女は、彼の脚に自分の脚を引っかけるようにして絡め、腰を近づけた。
そして、ようやく辿りついた場所・・・彼女の内部に、彼の指を一本だけ、引き入れた。

ふたりは同時に、うめくような声を出した。
Mulderは、再び硬さを得て、その昂ぶりがScullyの腰に押し当てられている。
Scullyは、手を離すと、彼の肩にその手を置いた。

「もういいでしょ？Mulder」

「ああ、」彼は息を吐き出しながら答えた。

Mulderは、彼女の内側に、もう一本の指をすべらせて、馴染んだのを感じとると、もう一本増やしてさらに深くもぐりこませた。
その指の動きに合わせるように、彼女に深く口づけると、浅く深く、舌先で愛撫を繰り返す。
最後の瞬間が近づいて、彼は、顔をあげて彼女を見つめながら、指先を大胆に動かした。
そして彼女は、彼のまなざしの中で、追いつめられ、意識を手放した。

しばらくたって、ゆっくりと目を開けたScullyが、呟くように言った。

「あなたの番よ、Mulder。今度はあなたが上になってね。」

「だめだよ、Scully。怪我しちゃうじゃないか・・・だって君は、こんなに小さくて・・・おちびさんなんだから。」

「もう！大丈夫だってば、Mulder。絶対、大丈夫なの。私、痛い思いをしたことなんてないわ。」

Mulderはその言葉を聞くと、うなずいてから、大きな体で彼女に覆い被さり、少しずつ腰を進めた。
緩やかな衝撃が、彼を包み込む。
Scullyは、腕を彼の背中に回して、筋肉のひとつひとつを指先に感じながら、彼の動きに合わせるように、背中から腕にかけて何度も行ったりきたりさせた。
彼の耳元で繰り返される睦言が、彼を昂ぶらせ押し上げる。
小さな波を、幾度もやり過ごし、彼はゆっくりとリズムを刻んでいく。
そして、最後に大きな波が押し寄せて、彼は、彼女の中に滾る情熱を注ぎ込んだ。

「愛してる、Scully、愛してるよ。もしこれが夢なら覚めてほしくない。」

「夢じゃないわ、Mulder。今、ここにいるじゃない。私は、本当にあなたのものよ。あなたも、私のものだわ・・・。」

「なんだか眠そうな声だな。」

「眠いの・・・いつもそうだねって、あなたはからかうけど・・・普通は男の人が先に寝ちゃうものなのにって言いたいんでしょう？。」

「僕も、ちょっとくたびれた。」彼があくびをしながら言った。

「ここにいてね、Mulder。ひとりで起きて下階に行っちゃだめよ。」

「行かないよ、Dana。君が目覚めるまで、ずっとそばにいる。」

Scullyは、彼に抱きついたまま、すぐに眠りに落ちていった。
Mulderも、夢うつつの幸せの中でまどろみかけていたが、頭のどこかには、まだ何か引っかかるものがあった。
彼は、ふたりは結婚したのだという彼女の言葉を信じていた。
それでもまだ、いくつかの疑問点が残されている。
たとえば、家の中がこれだけ居心地よくしつらえてあるのに、どうして一部屋だけ空っぽのままおいてあるのか？
それから、彼女のクロゼットにあった変なワンピースは、どうするつもりで買ったのか？
それに、一番わからないのは、犬と遊んでいるときに、彼女が自分を"Daddy"と呼ぶことだ。
どう考えても、彼女らしくないことだから。
Mulderは、犯罪のプロファイルをしているときのような気がした。もう少しで、答えがわかる・・・。パズルのピースは、手に入れた。あとはそれを、正しい場所にはめるだけだ。
まあ、いい。
そう、もしかしたら、夢の中で'目が覚める'かもしれない・・・

end