DISCLAIMER: The characters and situations of the television program 
"The X-Files"are the creations and property of Chris Carter, Fox Broadcasting,
and Ten-Thirteen Productions. No copyright infringement is intended.

TITLE : New Beginnings

作：Angela Wardさん　　訳：bagpiperさん

Special Agent Fox Mulder は、ドアのところで立ち止まると、妻を見つめた。
変だ。なんだか、普通すぎる。X-Files的要素が見あたらなくて、不安になる。
だけど。と彼は思い直した。
昨日を最後に、彼とScully は、X-Filesから手を引いたのだ。ふたりは、パートナーでもなくなった。
彼は、連続殺人を扱う凶悪犯罪の特別捜査チームに配属された。X-Files での捜査を通じて、何人もの邪悪なカルト系の殺人鬼を逮捕に導いた、プロファイラーとしての彼の分析能力が評価されたのだ。配属・・・というより、彼は今回、管理官としてチームの指揮を執ることになっている。
Scully は、Quanticoに戻ることになった。主に、クラスで教鞭をとることになっているが、ラボでの仕事もあるだろう。ただし、彼女は妊娠中なので、仕事のペースは落とす予定だ。

さあ、行くぞ。彼は、自分に言い聞かせた。
妻に'行ってきます'のキスをして、仕事に出かけるんだ。
毎日、何万人何千万人の男達が、そうしてるんだから。
簡単なことだ。・・・殺人鬼だのエイリアンだの、怪物に肺ガン男、おまけに、局内に１ダースはいると思われる、彼が怒らせてきた上司の面々・・・それら全てを相手にすることを思えば、こんなことくらい。

だめだ・・・。
もちろん、彼は、これから始まる新しい生活を楽しみにしていた。
子供が生まれる。Scully との結婚のことも、みんなに公言できる。そして、新しい家に引っ越す。
しかしその一方で、ほろ苦い思いを感じずにはいられない。すでに終わりを告げた、ふたりの人生の一幕を、憧れにも似た感覚で思い出す。
もう二度と、あの地下のオフィスで、Scully と向かい合って座ることもなければ、安モーテルで過ごすこともない。突然変異だとかＵＦＯ、超常現象のことで意見をたたかわせることもないんだろう。
Scully は、この妊娠を心から喜んでいる。無理だと言われていたことだっただけに、その気持ちは計り知れないし、彼女が素晴らしい母親になることは、もちろんわかりきっていることだ。
彼は、今まで一緒に過ごしてきた年月の間に、彼女にはさんざん心配もかけてきた。
今、彼女がこんなに幸せそうなのに、少しでも水を差すようなことを言うのは、絶対にやめておくべきだろう。

「じゃあ、行ってくるよ。sweetheart 。」と言って身をかがめると、軽く口づけた。
「後で、電話するから。今日はどうしてるんだっけ？」

「そうね、多分、午後までQuantico にいると思うわ。その後は、まっすぐ家に帰る予定よ。」

「頑張りすぎちゃだめだぞ。」

「はいはい。愛してるわ。いってらっしゃい。」

* * * * *

Mulderは、特別捜査チームのミーティングが行われる隣の部屋に、足を踏み入れた。
彼には、専用のオフィスが与えられていた。そのうえ、秘書までついている。
彼は、５０代くらいの、多少太り気味の女性と挨拶を交わした。
彼は、Skinner の秘書よりも、この女性のほうが気に入った。たぶんScullyも、Mulderの秘書としては、あの若くて可愛い秘書より、彼女の方がいいと思うはずだ。
隣の部屋は、広い会議室になっていて、壁側に机が並べられていた。
彼は、部屋の一番前にある机の席についた。
特別捜査チームのオリジナルメンバーは、すでに局の方で選抜されてはいたが、彼には人事権も与えられていて、役に立たないと判断した捜査官をはずすことも、もっと有能な人材を引き抜いてくることも許されている。

特別チームのメンバーが、集まってきた。ほとんどが、彼より若く、知らない顔ばかりだ。
ようやく、顔見知りがドアから入ってきた。あまり拝みたくない顔ではあるが。
Tom Colton。
数年前、同じ事件の捜査をしたことがあるのだが、全く気が合わず、今もお互いに敬遠しているような仲だ。

「よう、Spooky。お前につとまるのか？この仕事。」

「つとまるから、呼ばれたんだ。」Mulderが答えた。

「Scully はどうした？ああ、とうとう正気に戻って、お前を捨てて逃げたのか。」

「彼女は、Quantico にいる。それから、言っておくが、正気に戻って、僕を捨てたんじゃなくて、完全にイカレて、僕と結婚したらしいぞ。それで、パートナーも解消になったんだ。」

Colton は、呆然として彼を見つめた。
「冗談だろ？」と問い返す。
「お前とScully が・・・マジでSpooky夫妻ってことか？」

Mulderは左手を挙げて見せた。結婚指輪が、キラッと反射して光る。

「そういうこと。」彼が重々しい口ぶりで言った。

特別チームに任命された８人の捜査官が全員、顔を揃えた。
Mulderは、静粛を求めた後、ミーティングを始めた。

「O.K.、皆、ここに集まってもらった理由はわかっているだろうが、僕を知らない者もいるだろう。Special Agent Fox Mulder 、入局して約１５年、ずっとプロファイラーとして仕事をしてきた人間だ。さて、ここ数年間で、連続殺人犯による殺人とされる報告が増加している。国内の凶悪犯罪の統計は、減少しつつあるにもかかわらず、なぜ、この種の殺人の報告が増加傾向にあるのか。その答えを探ることが、全国の警察官や捜査官が、これらの事件を解決するための参考になるのでは、と思う。」

「ようするに、どうして連続殺人が増えてるのか理由を考えようってことか。」とColton が言った。

「いや、Colton 。そもそも、ここ十年で、本当に連続殺人が増えているのかどうか、という点から検証していくべきだろう。」Mulderが答えた。

「でも、さっき、たしか・・・」女性捜査官が口ごもった。ブロンドで背が高く、３０代の、メンバーの中でたった一人の女性だ。

「僕が言ったのは、連続殺人犯によるものとされる殺人の '報告' が増えているということだ。本当に、２０年前と比べて、連続殺人鬼が野放し状態になっているということなのか？それとも、警察官の質が向上したのか、かつては考えられもしなかったコンピュータ・データベースのおかげで捜査がしやすくなったか？あるいは、もしかしたら、警察官や捜査官の怠慢のせいで、地域で起きた殺人を、とりあえず連続殺人鬼のしわざに仕立て上げているようなことはないのだろうか？殺人の被害者が、なぜ殺されなければならなかったかという動機を知るためには、地道な聞き込み捜査が欠かせないが、現場ではそういうことをきちんと行っているのだろうか？」

「今のお話は、８０年代に家庭内暴力に関する告訴が急増したことと、問題の根本が同じなのではないでしょうか。」アジア系アメリカ人の男性が言った。
「妻や子供を殴ったことのない多くのアメリカ人は、家庭内暴力のニュースを見て、よくない事件だとしか思っていませんでした。ですが、ある人々にとっては、よいニュースだったわけです。つまり、家庭内暴力は、他の暴力と変わらず、隠すようなことではないと思うようになった被害者がいたということです。それで、家庭内暴力に関する告訴が増大したという背景がありました。」

Mulderは、その若者に笑いかけて言った。
「続けて。」

* * * * *

Special Agent Dana Scully は、Quantico のビルに入ると、そのままAgent Ann Palmer のオフィスに向かった。
Scully が入っていくと、その女性は笑顔で迎えてくれた。

「Dana！私のクラスを半分、受け持ってくれるそうね。それを聞いて、私うれしくて。これで安心して、主人の看病ができるわ。ほんとうにありがとう。」

「私の方こそ、ありがたいお話だったんです、Agent Palmer。ちょうど私も事情があって、仕事を減らしたいと思っていたところでしたから。」

「そうそう、何年か前に癌を患ったって聞いたわ、my dear。まさか、再発したなんてことではないんでしょうね？」

「いいえ、違います。」Scully はにっこりして言った。
「病気のことも多少は関係があるのですが。つまり私、今、妊娠しているのです。３５歳以上の初産ということもありますし、その病気のこともありますから、注意が必要だと言われていて。」

「そうだったの、Dana 、楽しみでしょうね！結婚していたなんて、知らなかったけど、」
そこでAgent Palmerは、あわてて咳払いをして、言葉を続けた。
「もちろん、最近の若い方は、ひとりでも大丈夫なのよね。」

「私は、結婚していますわ、Agent Palmer。」Scully が、答えた。
「Agent Mulderをご存知ですか？」

「あの若い捜査官ね。すばらしく優秀なプロファイラーだって評判よ。もちろん知ってるわ、会ったこともあるはずよ。たしか、あなた方、X-Filesの仕事をしていたんだったわね。彼がご主人？」

「そうなんです。」Scully は、笑顔になって答えた。

* * * * *

A.D. Walter Skinner は、Holly Patterson をオフィスに呼んだ。
「Agent MulderとAgent Scully のことは聞いたかね？」

「いいえ、sir、今週はまだお会いしてませんし・・・。」と彼女が答えた。
「今朝早くに、地下のオフィスにも寄ったのですが、誰もいなくて、空っぽになっていました。何かあったのですか？まさか、結婚なさってるのが、ばれてしまったとか。」

「まあ、そんなところだな。」Skinner は簡単に答えた。
「Agent Mulderは、凶悪犯罪課に異動になったし、Agent Scully はQuantico に戻ることになったんだ。それで、頼みたいんだが、できるだけ早く、局内のデータベースの個人情報を更新しておいてもらいたい。」

「どのように？」

「ふたりの婚姻歴を - もちろん - 既婚者に変更することと、ふたりの自宅の住所を、現在のAgent Scully の住所に変更しなければ。それから、もう一つ頼みがある。」

「はい？」

「君が、あのX-Files Agentsのふたりが結婚していることを知ったとき、このことは、われわれの間の秘密として、君にもそれを守ってもらってきたが、今度はだな、できれば、他の職員との会話の中で、前から彼らが夫婦だったことを知っていたと、さりげなく言いふらしてほしいんだ。」

Hollyは、微笑んだ。
彼女は、Dana とそのご主人を尊敬する者として、ふたりのためになることなら、どんなことでもよろこんで協力するつもりだった。

「わかりました、sir。」と彼女は答えた。

* * * * *

Mulderは、会議室を見渡した。皆、ランチに行って誰もいない。
自分も何か食べてきた方がいいだろうとは思ったが、お腹がすいていなかった。
そうだ、Scully に電話をしてみよう。Quantico でうまくやってるかって。

「Mulder？」

彼は、Skinner が、広い肩でドア口をふさぐようにして立っているのを見上げた。

「はい、なんですか、sir？」

「ランチでも一緒にどうかね？」

「えっ。ああ、はい。よろこんで。」Mulderが答えた。

F.B.I.本部から数ブロック離れたところにあるレストランに行き、向かい合わせの席についてから、Mulderがたずねた。

「なにか、僕にお話がおありだったのでは？」

「いや、そうではない。」Skinner が言った。
「ただ、私が、副長官として任命された最初の日のことを思い出していたんだ。もう１０年にもなるのに、昨日のことのようにはっきり憶えている。あのときの私は、ひどく孤独で、混乱していたな。もしかしたら、君もそんな風に感じているのかもしれない、と思ったんだ。それだけだ。X-Files課が閉鎖され、今では特別チームを任されている。その上、君は、父親になると言われたばかりだ。全てが一度に君の身にふりかかったわけだ。・・・かなり、しんどい話だろうな。」

Mulderは驚き、そして、このランチに誘ってくれた上司の気持ちが、まさに友情と呼ぶにふさわしいものであることを知り、彼は、心が満たされるような気がした。

「特別チームのことは、何とかやっていけると思っていますし、X-Filesがなくなったことすら、たいしたことではないんです。今、僕ががっくりきてるのは、Scully と僕がパートナーとして事件を追うことはもう二度とない、という事実なんです。子供のことは、うれしいんですけど、いえ本当にうれしいんです。ただ、"ケーキは食べたらなくなる"っていう諺がありますよね、望むものを全て手に入れることはできないんだ、って実感してるんです。馬鹿みたいなことばかり頭に浮かんで・・・普通の男は嫌がるのかも知れませんけど、自分の考えたことを、彼女が科学的知識で攻撃したり、僕のことをどうかしてる、って言ったり・・・そういうことが日常だった頃が、もうすでに懐かしくなっているんです。」

「いいかね、X-Filesは現在閉鎖されているとはいえ、捜査機関としてのX-Files課は、まだ副長官である私の管理下にある。」Skinner がゆっくり話しだした。
「F.B.I.副長官としての立場から言うんだが、ある特異な事件に関しては、現在、当局内にそれを扱えるような部門がない。」

「どういうことですか？」

「おそらくこの１，２年は、君もScullyも子供のことやら何やらで手いっぱいになるだろう。だが、それが一段落したら・・・もちろん、X-Files課が再開されたとしても、君たちを正式にX-Filesの担当として任命することはできないと思う。君たちふたりの結婚は、全局員の知る事実となったわけだし、なにしろ、X-Filesの仕事は、小さな子供のいる両親に向いている仕事とは言い難い。だが、１年に１回ぐらいは、Quantico と凶悪犯罪課の方に電話をかけて、特別な事件の捜査に必要な捜査官を派遣するよう要請することがあるかもしれんな。そのくらいなら、許されるだろう。」

「Scully と僕が、また一緒に、事件の捜査をしてもいいということですか？」Mulderがきいた。

「かもしれん、ということだ。そういうとき、Scully の母上は、一晩ベビーシッターをしてくれると思うかね？」

Mulderは笑顔になり、Skinner はそれを見てうなずいた。

* * * * *

Mulderが家に戻ると、Scully がベッドルームで泣いていた。
今日は、一日じゅう話をしていない。午後に電話をもらったときには、「Mulder、私よ。」といういつものScully だったし、その時はお互いの声を聞いただけだった。
彼女は、夕方前には家に帰っていたはずだが、なにがあったのか、彼にはまったくわからなかった。

「Dana、sweetheart？どうかしたのか？」

「なんでもないわ、だいじょうぶよ。」

「なにが大丈夫なんだよ、Scully ！そんなわけないじゃないか。そういうのはやめにしようって言っただろう？何があったのか、早く言ってくれよ。」

「だって、ほんとに何でもないんだもの。妊娠のせいでホルモンバランスが崩れてるから、それで気持ちが昂ぶっちゃっただけなのよ。すごくくだらないことで泣いてたんだから・・・。先週までは、私たち、深刻な病気だって思いこんでいたわ。だけど今は、病気じゃないどころか、赤ちゃんまでいるのよ、天にも昇るような気持ちにひたってるはずでしょう？あのね、もちろん私・・・私たちが親になるって思っただけで、本当にわくわくしてるの。だけど・・・でもね・・・」

「でも、何？言ってくれよ、なんでもいいから。爪が割れたのが悲しかったのでもいいし、好きなテレビ番組が打ち切りになったのが悲しいでもいい！とにかく知りたいんだ。」

「わかったわ。」Scully がため息まじりに言った。
「だけど、すごく偽善者だって思われるようなことなの。」

「なにが？」

「ねえ、憶えてる？私が、普通の生活に憧れてたこと。夫に子供、家があって犬がいる、っていう普通の生活。よく話し合ったわよね・・・ううん、正直に言えば、私が愚痴をこぼしてただけだけど。」

「ああ・・・そういえば君、そういうこと言ってたな。うん、憶えてるよ。」

「その憧れが、手にはいったのよ。愛する夫、生まれてくる赤ちゃん、犬だっているわ。それなのに、私・・・私ったら、あの頃の生活を懐かしいと思ってしまうなんて・・・あなたと一緒にアメリカ中を駆け回って、UFOの目撃だの、怪物みたいな殺人鬼だのって探して歩いて、なんでも捜査してきたわ。私、あなたの妻でしあわせよ。でも、あなたのパートナーじゃないことが悲しいの。もう２度と、ふたりで一緒に事件の捜査をすることはないってことが、寂しいのよ。」

「今日、Skinner とランチを食べたんだ。」

「え？え？なあに、別の話題にいっちゃうの？」Scully が困惑してたずねた。

「いや、同じ話だよ。それに、離れていても、僕たち同じことを考えてたんだなって話。だって、僕も全く同じことで、もやもやしてたんだ。実際、僕らが結婚しているって聞かされたヤツの顔を見るのは快感だしさ、今日のColton の顔も見せたかったな、だけど、僕らが一緒にいられないってことを考えると、すごく落ち着かないんだ。それで、Skinner が何ていったと思う？」

「なあに？」

「Skinnerには、今でもX-Files に関する権限があるって言ってた。それで、お義母さんに一晩か二晩預けられるくらい子供が大きくなったら、僕らをX-Filesの事件のために呼ぶこともあるだろうって言ってくれたんだ。X-Filesが閉鎖されても、僕たちふたりにしかできない事件の捜査があるはずだからって。」

「私たち、また一緒に事件を追っかけるのね？」Scully は笑顔になってきいた。

「時々だけどね。」Mulderが答えた。

Scullyは、彼の腕の中に飛び込んだ。Mulderは、ひざの上に彼女を引き寄せると、優しく抱きしめ、あやすようにゆっくりと体を揺らした。
それから、そっとキスをした。

* * * * *

１時間ほどして、Scully が夫の腕の中で、体の向きを変え、そして言った。
「今ね、ずっと赤ちゃんの名前のこと考えてたの。言ってもいい？」

「うん。彼女をなんて呼ぶつもりなのかな？」

Scully は、笑い出した。
「まだ分からないじゃない。どうして女の子だって思うの？それに、ふつう男の人って、息子を欲しがるものよ。」

「Sweetheart、もういい加減、僕が '普通の男' じゃないって気がついていると思ってたけど？僕は娘が欲しい。きれいな赤毛のおちびちゃん。それで僕は、めちゃくちゃ可愛がって、甘やかして育てるんだ。」

「どうして？」柔らかな声で、Dana がきいた。

「もしかしたら、Samanthaのせいかな。」彼は、静かに言った。
「それにEmily。それから、Melissaのこともある。Melissaは、子供じゃなかったけどね。・・・彼女たちを失ったことは不幸な運命だったと、今では思えるけど、もし、僕たちに娘ができたら、あの体験を全部洗い流せるような・・・乗り越えられるような気がするんだ。」

「あなたの気持ち、よくわかるわ。私が、男の子の方がいいって思ったのも同じような理由なの、まったく正反対の考え方だけど。女の子だったら、どんな気持ちになるんだろうって思ったのよ。その子を抱きながら、あなたはSamanthaのことを思い出すだろうし、私は、Emilyのことを考えてしまうんじゃないかって。男の子なら、真っ白な気持ちで向き合えるような気がして。」

「きっと神様がお決めになることなんだな。どちらでもいい・・・僕らは、その子を心から愛していくんだから。」

「あなたの言うとおりだわ、lover。」

「じゃあ、聞くよ。子供の名前はなに？」

「えーと、もし男の子だったら、Fox Junior なんて・・・あなたがいやよね？」

Scully はそう言ってから、夫が顔をしかめるのを見て笑った。
彼が自分の名前を嫌っていることは、よく知っている。彼が、ファーストネームで呼んでもいいと言ってくれたのは、結婚した後のことだ。しかも、今でもプライベートの時か、せいぜい親戚の集まりのときだけしか、呼ばせてもらえない。公の場所でFoxと呼ぶなどもってのほかだ。

「だから、William Samuel Mulder はどう？私たちの父親は、両方ともWilliam だったし、Samuel はSamantha と似てるから。それに、私の母方の祖父が、Samuelだったの。」

「ああ。いいな、その名前。ただし、絶対にBillとかBillyなんて呼ばないぞ。そうだな、William・・・Will、それともWimとか、そう呼ぶんならいいよ。よし、じゃあ、もし女の子だったら、どういう名前にする？」

「私が男の子の方がいいって思ったもうひとつの理由が、それなの。男の子の方が、名前を決めるのが簡単そうだったから。私はね、女の子だったら、Melissa Samantha Mulder がいいと思ってるんだけど、あなたは、Samantha Melissa の方がいいでしょう？」

Mulderは、しばらく黙って考えていた。
「いや、Melissa の方がいいと思う。君さえよければ、その名前にしよう。」

* * * * *

翌日。
Mulderと彼のチームはメキシコ湾岸沿いの各州で起きた、何件もの未解決殺人事件の証拠を分析していた。
これらの事件を捜査した現地の保安官や警察は、それぞれの被害者に共通点があることから、何らかのつながりがあると疑いはじめていた。被害者は、全員１５歳から４０歳までの白人男性だった。

「O.K. 全員、２人ずつペアを組んで、報告書の詳しい分析をしてほしい。丁寧に読み込んで、他にも類似点がないか調べてくれ。入局して１０年以内の者は、１０年以上の者と組むこと。」とMulderが言った。

それを聞くやいなやColton が早速、チームの紅一点の捜査官に駆け寄っていくのを見て、Mulderは、笑い出しそうになってしまった。

一番年長の、４０代で黒人の捜査官は、一番若い捜査官と組んだ。おそらくアカデミーを出たばかりの新人だろう。もう一組は、両方とも３０代の捜査官で、１０年前後といってもお互い数年しか違いはないはずだ。
一人残ったのが、若いアジア系アメリカ人の捜査官であるChanで、彼は困ったような顔をしてMulderの顔を見た。

「よし、じゃあ、Chan。君は、僕と一緒に来てくれ。」Mulderが言った。

「どこに行くんですか？」とChan。

「Quantico まで行って、物的証拠の分析をしてもらう。」

「Quantico にはScully がいるもんな、わざわざ用事を作ってお出ましってわけか？」Colton が聞いた。

「おい。僕は証拠の分析をする以上、常にベストを尽くすつもりだ。」Mulderが答えた。
「彼女がベストなんだ。」

（科学的分析だけじゃないぞ。）
彼は心の中で言った。もちろん、Colton などに教えてやるつもりはないが。

車まで歩きながら、Mulderは携帯から電話をかけた。
「あ、Scully ？僕だけど。」

「Mulder？どうしたの？」

「ちょっと時間とれるかな。証拠を見てもらいたいんだ。君の意見がききたいんだけど。それから、ランチも一緒に食べないか？」

「いいわよ、すぐ来られる？早めにランチから帰ってこないと、私、１時から授業があるから。」

「僕たち、もうそっちに向かってるところなんだ。」

「僕たち？」

「僕のチームから一人、若いのを連れていくから。」

「そうなの。じゃあ、あとでね。」

「じゃ。」

* * * * *

車に乗り込むと、ChanがMulderに言った。
「くだらないジョークなら、言わなくていいですよ。」

「なんのことだ？」Mulderは駐車場から出て、ハンドルを切りながらきいた。

「捜査官をやってて、しかもラストネームがChan(*チェン）だったら・・・」

「ああ、そういうことか、わかった。それなら君も、'Fox'という名前で幼少期を過ごした人間の気持ちがわかるよな。それで、'君の'ファーストネームは？」

「Andrewです。」

「やはり君のことはChanと呼ぼう。僕のことも、Mulderでいい。ひとにはMulderと呼んでもらうことにしてるんだ。」

「奥様にも？」

「たまにはFoxと呼んでるよ・・・ふたりだけの時にしか呼ばせないけど。公の場所ではやめてくれって言ってあるんだ。」

「おふたりの話は、よく聞いてました。」Chanが言った。

「ああ、ずいぶん僕たちは、注目を浴びていたようだからな。噂なんてありすぎて、いちいち間違いを指摘して歩くのもばかばかしくなるほどさ。だが、もし気になることがあるなら、聞いてくれてかまわないよ。」

「いえ、奥様にお会いしてからにします。だけど、噂に聞いていたのとは全然ちがってました。あ、噂っていうのは、あの、Spookyっていう・・・。局の人間は、両極端の全く異なる評価をした挙げ句、あなたを見失ってるって感じですね。あなたは、本当に変人なのか、それともF.B.I.始まって以来の最高の捜査官なのか。」

「日替わりさ。」Mulderは、表情も変えずに言った。

* * * * *

Scully はラボにいて、e-mailをチェックしていた。
あら！出頭命令だわ。

>>最優先事項。査問委員会への出頭を命ず。規律違反行為に関する報告について審問の予定。

明日の午後・・・。Skinner が言っていた通りになった。
ちょうどその時、Mulderが、他の捜査官と一緒にラボに入ってきた。

「Hey、お嬢さんがた、調子はどう？」Scully の頬にキスを落としながらきいた。

「私は、元気よ。」と彼女が素っ気なく答える。
「赤ちゃんも元気。だけど、お嬢さんじゃないかもしれないわ。ところで、おとうさま、今朝e-mailをチェックなさった？」

「もしかして査問委員会関係のこと？初めての経験ってわけじゃないんだからさ、Scully 。あ、それより、こちらAndrew Chan、僕の捜査チームのメンバーなんだ。Chan、こちらが僕の奥さんで元パートナーのDr. Dana Scully。」

「お会いできて光栄です、Dr. Scully。」Chanは言いながら、手を伸ばして彼女と握手を交わした。

「Scullyでいいわよ。」と彼女が答えた。そして、Mulderの方に向いて言った。
「それで、私に見せたいものって？」

「これなんだ。」彼は答えると、証拠の入った袋を手渡した。

「何なの？」

「言わない方がいいと思う。白紙の状態で分析してもらいたいんだ。僕があれこれ言って、先入観を持たせない方がいいだろう？」

* * * * *

証拠の分析を終えたScully は、腕時計を見た。
１２時５分すぎ。

「ランチに連れて行ってくれるなら、いそがなきゃ。１時間以内に戻ってこないと授業におくれちゃうわ。」

「じゃあ、Owensにしよう。」とMulderが提案した。
「すぐそこだ。」

「僕は１時に、ここで待ってます。」Chanが言った。

「だめよ、そんなの。一緒に行きましょう。」とScully が答えた。

「お邪魔なのでは・・・」とChan。

「いいえ、全然。Mulderがどんなボスなのか、聞きたいわ。」Scully が言った。
「それでなくてもこの人、ふたりっきりになると、Lucyが妊娠中のRicky Ricardo みたいになっちゃって困るのよ。」

「わかりました。」Chanは笑いながら答えた。

３人が席につき、食事を注文すると、Scully が言った。
「あなたのこと、うかがってもいいかしら？Chan。」

「ええ、どうぞ。」

「あなたのご出身は、中国とか韓国の方なの？」

「両方、ですね。アイルランドの血も多少はいってますが。」

「アイルランド？」Mulderが聞き返した。

「そうなんです。」とChanが答えた。
「僕の父の両親は、中国人移民なんです。第２次大戦のあと、アメリカにやって来ました。それで、僕の父がSan Francisco で生まれて・・・僕もそこで生まれたんですけど。」

「じゃあ、お母様の方は？」Scully がきいた。

「母は、アイルランド系アメリカ人の父と、朝鮮戦争の時に向こうで結婚した女性との間に生まれたんです。生まれたのはKansas ですが。・・・St. Patrick's Day の日に、僕が「Kiss me, I'm Irish.」のバッジをつけてると、変なヤツを見るような目で見られるんですけどね、どうしてか分かりませんけど。」

「なんでだろうな。」Mulderが、まじめくさった顔をして答えた。

「それで、あなたはどうしてF.B.I.に入ったの？」

「それが、僕の祖父 - 中国人移民の方ではなくて、アイルランド系の方の祖父 - は、朝鮮戦争から帰ってきた後、こっちで警官をしてたんです。３５年も勤めあげたんですよ。僕が子供のころも、まだ現役だったんで、世界一かっこいい仕事だって思いこんで、憧れましてね、大きくなったらおじいちゃんみたいになるぞって。ですが、僕の父や、父方の祖父母の方は、僕には専門職について欲しかったんですね。弁護士だとか、医者だとか、そういう職業につけって言われたんです。それで、僕は、法曹資格をとってから、F.B.I.に入局したんです。まあ、それで、万事まるく収まったってわけです。僕の父や祖父母は、僕のことを司法省で働く弁護士だと、他人には言っているようですから。一応、嘘ではないですからね。だけど、いつかは僕も、バッジと拳銃を手に、あの台詞を言ってみたいです。『動くな！F.B.I.だ！』って。」

「そういうのが好きなら、Mulderにくっついて歩いてればいいわ。」Scully が言った。
「ちょっと大変かもしれないけど・・・」

* * * * *

Quantico に戻ってくると、Mulderは駐車場に停めてから言った。

「少し待っててもらえるか？Chan。Scully を中まで送ってくるから。すぐ戻る。」

「わかりました。」

「Mulder、私は妊娠してるだけで、体が不自由になったわけじゃないのよ。」
Quantico のメインドアを通り抜けながら、夫の手が腰にまわされたのを感じて、Scully が言った。
「ひとりでちゃんと歩けるわ。」

「そんなのわかってるよ。」にやっとしながら、彼が答えた。
「だけど、Chanのいないところで、君にキスしてから帰りたかったんだよ。」

「もう。あ、ここよ。私の教室、ここで教えてるの。」

「なあ、Scully 、明日の査問委員会のことだけど。」

「え？」

「・・・連中にも見せてやりたいな。」

「Mulder、授業が始まるまで、あと２，３分しかないのよ。」

「充分じゃないか。僕のこと信じてるんだろ？」

「思いっきりね。」

Mulderは、彼女の顔の横に両手をついて、自分の体と壁で囲った腕の中に彼女を閉じこめた。
そして、かがみこんで彼女に口づけた。
唇をとらえると、吐息が漏れるのをふさぐように押しつけて、舌を絡める。
Scully は、つま先立ちになって、腕を伸ばし彼の首をつかむと、自分の方に引き寄せた。
もっと熱いキスを交わしたことがあるといっても、それは、公共の場所ではなかったはず！
ようやく唇を離したMulderが、息を吸い込みながら言った。

「じゃあ行くよ。続きは今夜。」

「ん、ええ、じゃあね。」Scully はにっこりしながら、小さな声で答えた。

* * * * *

翌日の午後。
MulderとScully は、揃ってF.B.I.本部の廊下にいた。
Skinner が、委員会の方から呼ばれるまで、そこで待つよう指示していたのだ。

「あれ？Agent Scullyじゃないか、こんなところでお会いするなんて奇遇だね！」Mulderがふざけて、驚いたような声で話しかけた。

Scully が、あのScully らしい冷ややかな目で彼をにらむと、彼はにやりと笑って見せた。

「Agent Mulder 、先にお入り下さい。」秘書が彼を呼びにやって来た。

Mulder は、査問委員会の顔ぶれを見渡した。Skinner が唯一の味方だ。
Kersh やCassidy には嫌われているし、他のメンバーとは、面識がない。

「では、始めましょう。」A.D.Cassidyが言った。
「Agent Mulder 、念のためお聞きしますが、Agent Dana Scully を知っていますね？」

「もちろん知っています。」

「あなたと彼女との関係を、われわれに説明していただきたいのですが。」

「彼女は、私の妻であり、かつてのパートナーです。」

Mulder は、Kersh とCassidyが驚いてあわてるのを見て、内心でほくそ笑んだ。
Skinner は身動きひとつしなかったが、口の端だけが、わずかに引きつるように動いた。
他のメンバーは、事情がよくのみ込めていないようだった。

「もう一度、言ってもらえますか？」Cassidyが言った。

「Agent Scully は、私の妻です。また、かつてはパートナーでもありました。」Mulder が答えた。

「そう・・・ですか。」Cassidyが、戸惑ったように口を開いた。
「つまり、あなたとAgent Scully は、お互いに結婚しているというわけですか？」

Mulder は、"『私の妻だ』と言ってるのに、他にどんな意味があるんだ？"と言ってやりたい衝動に駆られた。
だが今回は、彼のキャリアだけではなく、Scully のキャリアもかかっている。子供も生まれる。こんなことで停職になるわけにはいかない。
彼は、礼儀正しく答えた。

「はい、その通りです。」

「君たちの結婚というのは、比較的最近のできごとだと考えてよいのかね？」Kersh が質問した。

「比較的・・・はい、そうです。」Mulder は答えたが、Kersh が何を考えているのかがつかめなかった。

「たとえば、この数日以内とか？」Kersh は、たたみかけるように訊いてきた。

「いいえ、sir。」Mulder が答えた。
「結婚したのは、何ヶ月も前のことです。」

「君とAgent Scully は、つい先週までX-Files 課で、一緒に仕事をしていたのではなかったかね？」Kersh が訊ねた。

「その通りです。」

「局の規則はごぞんじね？配偶者同士が同じ課で働くことは禁じられているはずですよ。」Cassidyが質問した。

「ひとこと、よろしいですか。」そこへ割って入るように、Skinner が初めて口を挟んだ。

「どうぞ。」Cassidyが言った。

「Agent Mulder とAgent Scully の両名は、当時、私の直属の部下としてX-Files を担当しており、近親者が同じ部署で働くことを禁じた局の方針について、暫時例外を認められないかと私に相談があったのですが。」Skinner が言った。
「両捜査官の主張は、きわめて説得的であり、私はその要請を許可するという判断を下すことにしました。ただし条件として、以後私が転属の決定をする際には反論も抗議も受けつけず、私の指示に従うということを確認しています。したがって、この件に関して問題があるとすれば、責任者は私であるということを忘れないでいただきたい。」

Cassidyは、大きく息を吸い込んだ後、秘書の方に向いて言った。
「Agent Scully を呼びなさい。」

Scully が部屋に入ってきて、夫の隣に腰かけると、Cassidyが口を開いた。
「よろしいですか、Agent Scully 。」

「はい、Assistant Director Cassidy。」

「どうやら、行き違いがあるようなので、ここではっきりさせておきましょう。」Cassidyが言った。
「一応、確認のため、Agent Mulder との関係を説明してもらえますか？」

「Agent Mulder と私は結婚しております。」Scully が答えた。
「結婚する前からと、結婚後の数ヶ月にわたり、X-Files課で、パートナーとして捜査に当たってまいりました。」

「Agent Scully 、君たちの結婚は、局の人間にも秘密にして、隠してきたわけか。」Kersh が質問した。

「'秘密'という言葉を使うのは、正確ではないと思います。」Scully が、言葉を選びながら言った。「私たちの上司だったWalter Skinner 副長官は、ごぞんじでしたし、他にも局内に何人か、知っている人がいますから。」

「名前を言えますか？」Cassidyが訊ねた。

「Holly Patterson、F.B.I.本部の調査官です。以前から、私たちの結婚のことを知っています。それから、Honolulu支局長のSpecial Agent John Lau。Agent Mulder と私は、Honolulu支局との合同捜査の際、１ヶ月ほど彼の指揮下で仕事をいたしました。それで、彼には、私どものことをお話しておいた方がいいと思いましたので、お知らせしました。」

「それ以外に、局内に知っている者はいないというわけだな？」Kersh が問いただした。

「結婚後も同じ職場で働かせていただけるようお願いしたとき、A.D.Skinner は、許可の条件として、私どもには慎重な行動を求められました。」Scully は言った。
「ですから、私どもは、勤務時間中、結婚指輪もはずしておりましたし、新婚のカップルが普通に・・・公の場で交わす程度の感情表現すら控えておりました。Agent Mulder も私も、私どもの関係について、他の捜査官に対して嘘をついたなどということは、決してございません。捜査官のみならず誰に対しても、嘘はついておりません。別の言い方を借りれば、私どもは、"訊くな。話すな。"ポリシーに従っただけだと、申し上げることができると思います。他の捜査官や、地方警官の方たちには、私たちの結婚についてきかれてもいないのに、わざわざ宣伝する必要もないことですから。」

「A.D.Skinner 、局の方針に反することを知っていながら、なぜAgent Mulder とAgent Scully に対して例外を認めることになさったのか、その理由を明確にお聞かせ願いたい。」Kersh が訊ねた。

「みなさんもご存知のように、」とSkinner が話しだした。
「F.B.I.には、毎年何件かは必ず、異常な事件の捜査依頼が飛び込んできます。通常の捜査方法ではとても手に負えないような事件だ。F.B.I.には、一応、そのような事件に対応するための部署としてX-Files 課が存在するということになっていたが、はっきり言って、この部門は、夏の日のロールカーテンのように開いたり閉じたりを繰り返している。そこで私は、今回も、このままこの部門自体が存続しうるのか否かを見極めてから、Mulder とScully の両捜査官を転属させるべきだと判断したわけです。仮に、Mulder とScully をX-Files からはずし、別の捜査官を２人任命したとしても、数ヶ月で閉鎖されるようなことになっては、再び捜査官を転属させなければならず、人事の面から言っても効率的とは到底いいがたい。案の定、X-Files は実際に閉鎖されることになった。しかも、私の目から見ても、わずかの期間、同じ部署で働くパートナーが家族同士だったということが、F.B.I.の業務に支障をきたしたとはとても考えられないのですが。」

「今回、この査問委員会を召集した目的は、Mulder とScully 両捜査官の間における不適切な行為に関する申し立てを調査することだったのでは？」Cassidyが言った。

「お言葉をとらえて申し訳ないのですが、私は、主人との関係を根拠に、懲戒処分を受ける可能性があるということなのでしょうか？」Scully が尋ねた。

Cassidyはため息をついた。
「いいえ、そんなばかな・・・もちろん違いますよ、Agent Scully 。あなた方ふたりとも、もう退席してかまいません。」

部屋の外に出ると、Mulder は顔じゅうを笑顔にしてScully の方に振り向き、手のひらを彼女に向けて、手を挙げた。
Scully は笑いながら、彼の手に自分の手を合わせ、ぱちんと軽く音を立てた。

* * * * *

１週間後。
Mulder とChan、Colton の３人は、あやしげなストリップバーにいた。
もちろん、仕事がらみの話だ。
特別チームは、ある連続殺人犯の居所をつきとめようとしていた。その犯人は、どうやら日銭を稼ぎながら北の方に移動しているらしく、各地で売春婦やストリッパー達が犠牲になっていた。
Mulderの分析が当たっていれば、殺人犯の次のターゲットは、ここWashington地区のはずだった。

「ドライバー役を決めておこう。」Mulder が言った。

「誰も酒を飲んでなかったら、正体をばらしてるようなものだからな、２人はアルコールも飲まなきゃならないだろう。」

「じゃあ、僕が運転します。」Chanが言った。
「僕、お酒に弱いので、どっちにしてもたくさんは飲めないんです。だから、見張り役に徹しますよ。」

Mulder は、彼に自分のキーを放ってから言った。
「お前も渡しとけよ、Colton。僕が指揮するチームから、飲酒運転でつかまる捜査官なんて出したくないからな。」

Colton は、口の中でブツブツ言いながら、テーブルの向こうからキーを滑らせてよこした。

Mulderは酒を飲み、そしてたまに思い出したように女の子たちに目をやった。Scullyくらいきれいな女性はいるはずがないのだが、女の子の中には、見ているこちらの胸が痛むほど年の若い娘もいた。
彼は、油断なく店内を見渡し、監視を続けた。
犯人に殺されかけた唯一の生存者の証言によれば、そいつは２０代から３０代の白人男性で、中肉中背、長髪で不精ひげをはやしている。
しかし、このクラブの中だけでも、その人相に当てはまる人物が、半ダースは存在すると思われる。
他のクラブにも３人のチームを送り込んでいるが、そちらでも似たりよったりの状況だろう。
Mulder の判断で、この特別任務には、若手の捜査官２人は参加させていない。

「ねえ、こちら素敵な方ね。Lap dance なんてどう？安くしとくわよ。」

Mulder の耳に、Chanを誘っているダンサーの声が聞こえた。
Chanが横目でちらっとMulder の方を見ると、Mulder は、わからないくらい微かにうなづいた。
Chanは、酒も飲んでいない。こんなクラブにいる以上、言い訳も必要だ。
それに、一週間ほど一緒に行動している間にわかったのだが、この若者はまだ結婚もしていないし、真剣につき合っている恋人がいるというわけでもないらしい。
ということは・・・考えるまでもないことだが・・・時には気晴らしも必要だろう。
ダンサーが、Chanのひざの上で、誘うように体をくねらせる。
Coltonは羨ましそうな目で見つめていたが、Mulderはまったく興味のなさそうな顔で座っていた。

「奥に行かない？口でしてあげる。２５ドルよ。」ダンサーが言い出した。

Chanがたじろぐ前に、Mulder は体を前に倒して、Chanの耳に囁いた。
「行ってこい。その代わり、情報をもらってくるのも忘れるなよ。」

Chanはうなづいて、奥の部屋に消えた。

「運転手がいなくなったじゃないか。」Colton が非難するような言い方をした。

「戻ってくるから、待ってろよ。」Mulder が答えた。

２時。
バーが閉まると、３人の捜査官たちは、ふらふらになって店の外に出てきた。
Colton は飲み過ぎで使いものにならないが、Mulder とChanは、あたりを注意深く見張った。
ダンサー達が誰かに尾けられたりしていないか、車の中に誘い込まれたりしていないか。
４５分ほど張り込んだ後、今夜この場所に、犯人が姿を見せることはないという結論に達した。
Chanは、２人の先輩捜査官を、車に乗せて家まで送った。
まず、Colton を落とした後、Mulder の方を向いて訊いた。

「Agent Mulder、お住まいはどちらですか？」

「Alexandria・・・あ、ちがった、Georgetownだ。」

「どちらなんです？」Chanが、笑いながらきいた。

「Georgetown。」Mulderは答えると、住所を教えた。
「結婚する前は、Scully の家だったんだ。Alexandriaは、前に住んでいた所でね。実は、家を買う予定なんだ。僕たちの。ほら、子供も生まれるからな。」

Chanは相づちをうった。
Colton のように泥酔まではしていないものの、Mulderも、多少酔いが回っているようだ。
家に着くと、Chanは、階段を昇ろうとするボスの体を支えた。

「大、丈、夫。」彼は一言づつ確認しながら発音した。
「僕の鍵をくれるかい？君はもう帰って、休みなさい。」

Mulderがドアを探りながら、鍵を開けようとしていると、中から犬の吠える声が聞こえた。
Chanの耳には、パタパタと走ってくる足音が聞こえ、誰かがドアの向こうで立ち止まったのがわかった。そして、楽しそうな女性の声が、笑いながら犬に話しかけているのが聞こえた。

「静かにしなさい、Elvis、パパでしょう？今日はお仕事だったのよ。」

ようやくMulder が自分の鍵を差し込んだ瞬間、中からドアが開いた。

「お帰りなさい、lover。ねえ、あなた・・・」Scullyは言いかけて、Chanが隣にいることに気づくと、頬を染めた。

「あら、こんばんわ、Agent Chan。今夜の'お出かけ'の運転手はあなただったのね？」

「はい、そうなんです。僕たちは、ええと・・・」Chanが言いよどんだ。

「いいんだよ、Chan、」Mulder が言った。
「Scully は、僕がどこにいたかも、理由も知ってるから。運転してもらって助かったよ。だけど、上司を玄関まで送る必要はないぞ。プロムのお相手じゃないんだから。」

「おやすみなさい。」とChan。

Scully とMulder は揃って「おやすみなさい。」と囁くように答えると、ドアを閉めた。

* * * * *

「ちょっと、Mulder ！」Scully はドアを閉めるなり言った。
「あなたったら、肺ガン男と一晩中ポーカーをしてました、みたいなにおい。」

「しかたないよ。」Mulder が答えた。
「クズを拾うのが仕事なら、ゴミ溜めにだって頭をつっこむさ。」言いながら、ネクタイに手をかけて、結び目をほどこうとした。

「手伝ってあげましょうか。」Scully が、優しい声でたずねた。

「ああ、頼むよ。」

「楽しかった？」

「全然。仕事だから。家に帰って君といる方がいいに決まってるだろ。それに僕は、模範生だったんだぞ。飲酒運転もしてないし、ストリッパーのことも見なかったよ・・・捜査官だってばれると困るから、ちらっとは見たかな・・・。だけど、どっちにしろ君より可愛い子なんかいなかったしね。」

Scully は笑いながら言った。
「それで？ごほうびに何がほしいの？Mulder。優等生バッジでもあげましょうか？」

彼は、いたずらを企んでいるような顔をして笑った。
「そんなものいらない。それより、クラブで、ダンサーの女の子がChanに『どう？』って言ってたことがいいな。」

「なあに？その『どう？』って。」

「Lap dance プラスおまけ付。」

Scully は、もうすでに夫のネクタイをほどいた後、ジャケットを脱がせていて、ホルスターと拳銃も脇に置いていたが、その言葉を聞いて、Ｙシャツのボタンをはずす指が止まった。
「Lap danceってなに？」

「知りたい？」

「ええ・・・」彼女はそう言うと、Ｙシャツの最後のボタンをはずして、肩からすべらせるようにして剥ぎ取った。

その頃にはMulderも、ほとんど酔いから覚めていて、妻のローブのベルトに手をかけながらたずねた。
「ところで、この下には何を着てるのかな？」

「開けてみればわかることでしょ。」

Mulderが、ローブをたぐるようにして脱がせ、そのまま手を離すと、彼女の足元にローブが音もなく落ちていった。
彼女は、この前のクリスマスにMulderが贈ったミッドナイトブルーのテディを身につけていた。

「わあ、Scully ！もしかして君、僕が帰ってこないんじゃないかって心配してた？」

「ふふ。というよりね、もうちょっとしたら私、テディも着られなくなっちゃうと思って。着られるうちに着た方がいいじゃない？」

Mulderは、そばのデスクのほうに腕を伸ばし、椅子を引き寄せて腰かけた。
そして、彼女の手首をそっとつかんで、引っ張った。

「じゃあ、まず、僕の膝の上に座って。」

Scullyは、Mulderに体を預けると彼と同じほうを向いて座った。片方の脚の上に腰かけて、気取って足首を組んでみた。
彼は、軽く笑って、彼女の耳元で囁いた。

「ちがうよ。そうじゃなくて。僕のほうを向いて座って。」

Scully は、一度立ち上がってから、彼の言うとおりにした。
「これでいい？」

「うん、そう。それで君が・・・踊ってくれると嬉しいんだけど・・・僕の上で揺れる君を見たいんだ。」

Scully はうなずくと、彼の太腿の上で、ゆったりとしたリズムを刻みながら体を揺らした。彼女は、彼の顔を見つめ、彼が眉をひそめて何かに堪えるような表情を見せると、自分の体が熱くなるのを感じた。
しばらくして、彼女は、彼の肩にかけていた手をはずし、熱い兆しに密着させるようにして体を近づけた。手を後ろにやって、彼の膝がしらをつかむと、すこし身体をのけぞらせた。
彼女の胸が、顔に押しつけられると、彼はその真ん中に鼻をすりつけた。ふたりを隔てるわずかな布地も、もどかしい。
Mulderは、手を伸ばして、両の乳房に指先で触れた。

「・・・大きくなってる・・・」薄い生地の上から、小さな木の実の在りかを探りつつ、彼が言った。

「赤ちゃんができたしるしだったのね。」Scully が優しい声で答えた。

「キスしてもいい？それとも、まだ痛い？」

「やさしくしてくれれば、平気よ。」

Mulderは、テディを乱して、中から彼女の胸を持ち上げると、慎重に唇を近づけた。まずひとつを選んで、ゆっくりとその形を辿ってみる。そしてそのまま、もう片方にも舌を滑らせた。
肌の上を進む彼の舌の感触が、体の奥を痺れさせ、彼女は身を震わせて夫の体にすがりついた。
最初は、ふざけて遊んでるつもりだったのに、いつのまにか夢中になっている自分に気づく。

「・・・それで'おまけ'なんだけど。いいかな？」Mulderがそっとほのめかした。

Scully はうなづいて、彼の脚の間にひざまづいてから、彼を見上げると、いたずらを思いついたような顔で微笑んだ。
そして、歯を使ってジッパーを引き下ろした。
まったく！カトリックの女の子がこんなことをしてくれるなんて、誰も知らないだろうな！
Mulderは、途切れかけた思考をかき集めて思った。
そして、彼女が中のものをとりだして口に含むと、彼はもう何も考えられなくなった。
Scully は、大好きなお菓子を見つけたように、舌を這わせたり吸いついたりしながらていねいに味わった。
彼女のけなげな姿が愛おしい。
やがて、彼の先触れを告げる熱いしずくが一滴、彼女の舌の上で溶けた。
彼は、一度として、それ以上のことをして欲しいとも或いはして欲しくないとも、言葉にしたことはない。
彼女も、愛し合う前に、こうして自分の唇で彼の昂ぶりを確かめることは、嫌いではない。けれどどうしても、それ以上のことを本心から楽しんでいるとは言えないような気がする。ひとりで置き去りにされるみたいで、ちょっと寂しかったから・・・。

「Mulder？」

「baby、どうしてやめ・・・」

「そろそろあなたの膝の上にもどりたいわ。いい？」

「ああ、ごめん。もちろんだよ。おいで。」

彼は、彼女の手を引いて立たせると、脚の間に手を伸ばして、テディの留め具をはずした。
彼の指先が、敏感な部分をかすめ、その輪郭をなぞったとき、彼女は小さな声で、せつなく喘いだ。
Scully は、夫の膝の上に座りなおした。そして、その入り口に彼自身をあてがうと、彼は、彼女の腰を引き寄せるようにして中心を貫き、最も深いところに楔を打ち込んだ。
彼の逞しい腕が妻の小さな体をつかまえて、ゆっくりと揺らしては少しずつ追いつめる。
ふたりは一緒に昇りつめ、そして同時に絶頂に達した。

Scully は、口がきけるようになると、ささやくように言った。
「ねえ、あなた。もうベッドに行かなくちゃ。」

ふたりは、よろめきながらベッドルームまで歩いていき、身につけていた残りの衣類も脱ぎ捨てると、ベッドにもぐり込み、お互いの体を抱き寄せながら眠りに落ちていった。

* * * * *

翌朝。
集まってきた特別チームのメンバーは、まだボスが出勤してきていないらしいことに気づいた。

「Agent Mulderは？」唯一の女性捜査官がたずねた。

「あああ。頭痛が・・・」Colton がうめきながら言った。

他のクラブに潜入していた捜査官達も、同じような言葉を繰り返した。

「Agent Mulderは、昨晩とても遅くまで仕事をなさっていたので・・・」とChanが言った。

「昨夜は、新人の２人以外は、われわれも全員、遅くまで働いていたのではないかね。」チームの中で最年長のAgent が答えた。

「まあな。だけど俺たちは、家に帰ってからIce Queen と顔をつきあわせてたわけじゃないからな。」Colton が言った。

「誰のことですか？」

「決まってるじゃないか、Agent Scully だよ。たしかに、Mulderは変わり者だけど、彼女と結婚するはめになるなんて、俺ははっきり言って心から同情するね。」

「Dr. Scully は、すごく素敵な方ですよ。僕は２，３回お会いしただけですけど。」Chanが言った。

「何言ってるんだ？あの女は、毎日が生理前ってくらいつんけんしてて、とりつくしまもない女じゃないか。」Colton が言い返した。

「ちょっと！男のひとっていうのはどうして、女性がにこにこしてないってだけで、そういう言い方をするのかしら？」女性捜査官が詰問するような厳しい口調できいた。

「あ、あの。僕、昔のことは知りませんけど、でももし、仮に、彼女がそういう方だったんだとしても・・・今は赤ちゃんができて、変わられたんですよ、きっと。」Chanが、険悪になりかけたムードを取りなすように言った。

Colton や他の捜査官たちは、静まり返って、Chanを驚いた目で見つめた。
ちょうどその時、Mulderが部屋に入ってきた。
彼は、明るい顔でたずねた。

「どうした？いやに静かだな。」

「一晩中仕事をした上に、お酒まで飲んでて、なんでそんなに元気なんですか・・・」別のチームで潜入捜査をしていた捜査官がきいてきた。
あきらかに、彼はドライバー役ではなかったらしい。

「医者の奥さんがいてよかったと思えるのは、こういう時だな。」Mulderは屈託なく言った。
「二日酔いにならずにすむ。」

昨晩は４時間しか寝ていなくて、４種類以上のアルコールを飲んだにもかかわらず、彼の足どりは軽かった。
そして事実、彼は幸せを噛みしめていた。
たしかに奥さんのおかげだな・・・医者の資格とは関係ないけど・・・。

今朝、彼が目覚めたとき、彼の熱いものはすでに固く張りつめていた。
Scully も、久しぶりに気分のいい朝を迎えた。どうやらつわりも、ようやく治まったらしく、嬉しそうな目で自分を見つめている夫の表情に気づくと、彼の体に身をなじませて微笑んだ。
午前２時から９時の間に、ダブルヘッダーで２試合。
これで、すっきりいい気分で仕事に出かけられないようなら、男じゃないだろう。Mulder は心の中で思った。

F.B.I.本部に向かう途中、Mulderは花屋に立ち寄り、Quantico のScully に花束を届けるように頼んできた。
理由は、ない。
ただ、これからはおおっぴらに花を贈ったりできる、ということを試してみたかっただけだ。
ちょうどランチに出かけようとしたとき、携帯が鳴った。

「Mulder、私よ。」

「ああ、Scully 。」

「お花が届いたわ。どうもありがとう。でも、ねえ、結婚記念日は来週じゃなかった？」

彼は、くすっと笑って言った。
「記念日以外に花を贈っちゃいけないのか？愛してるってだけの理由じゃ足りない？」

「ううん、まさか。」夢見るような声で、彼女が答えた。
「素敵なお花・・・」

「よかった。今夜は早く帰れると思うけど、どこか食事にでも行こうか？」

「いいわね。じゃあ、私が決めてもいいかしら？」

「Scully 、ひどいな。僕の選ぶレストランを疑うつもりか？」

「Chaco Chickenとかね。Mulder、もっと言ってほしい？」

彼は笑い出した。
「降参だ、sweetheart、わかった。今夜はレディファーストだ、君の言うとおりにするよ。」

「今夜って・・・ディナーの話？それとも、そのあとの話？」

「どういう意・・・Scully !?」

彼女は笑いながら「じゃあね。」と囁くと、電話を切ってしまった。

* * * * *

昼食後、Mulder が会議室に入って行くと、騒がしかったおしゃべりが、ぴたっと止んで静かになった。
何人かの捜査官は、彼の様子をうかがうように横目でちらっと見ると、すぐに書類のほうに向き直り、仕事に没頭している風情を装った。

「もういい。なんだっていうんだ？」Mulder が質問した。

「なにって、あの、えー、なんですか？Agent Mulder 。」チームの新人がきいた。

「君たちに訊いているんだよ。僕が部屋に入ってくるたびに、全員がいきなり口を閉じるのはどうしてか。どうせまた、どこかでくだらない噂でもきいてきたんだろう。断っておくが、agents、噂の中身なんてどうでもいいんだ。深夜営業のコンビニでElvis Presley と踊っていた、と言われようと、ＴＶ画面のサブリミナルメッセージを介してlittle green men と話しこんでいた、と言われようと、僕は気にしない。しかし、今僕たちがやるべきことが何か、わかっているのか？殺人犯を追ってるんだぞ。事件に集中できないようなら、僕にもその噂をきかせてもらいたい。誰か最新ニュースを教えてくれ。つまらん噂の中に、真実がひとかけらでもあるなら、僕が直接答えてやる。そして、さっさと仕事に戻ろう。」

沈黙が続いた。
とうとうMulder が一番年長の捜査官であるGuillbeau に向かって言った。
「Agent Guillbeau ？聞かせてもらえるかな？」

Agent Guillbeau はため息混じりに答えた。
「あなたの元パートナーであるAgent Scully とあなたの関係が、ちょっとした話題になっていたんです。」

Mulder は、それを聞いて驚いたが、顔には出さずに言った。
「Agent Scully と僕は、結婚しているのだが。君たちも知っていることだろう？」

「噂というのは、その、・・・」Guillbeau は、口ごもった。

「かまわないよ、Agent Guillbeau、」Mulder が促すように言った。
「君が火の元でないことは承知している。その内容が不愉快なことでも、どんなことでも、とにかく聞かせてほしい。」

「あの、デマだとは思うんですが、おふたりの結婚というのは、その、あなたが奥様を妊娠させたのがばれて、それであわてて結婚せざるをえなくなったんだろうという憶測が飛び交っていて・・・」

Mulder は、思わず息を呑んだ。彼には、思いもよらないことだったからだ。
'ふたりが結婚したらしい'ということと、'もうすぐ子供も生まれるらしい'ということを、両方いっぺんに聞くと、局の大半の人間はこういう結論に結びつけてしまうものだということに、全く気がついていなかった。

「僕は、今の今まで、そんな話になって伝わっているとは知らなかった・・・。ともかく、ここで誤解を正しておくが、まず、僕たちはもう１年ほど前から結婚していたんだ。夫婦でパートナーを組むことを禁じた規則があることは知っていたが、僕たちは許可を得てそのまま仕事を続け、それで、X-Filesに係属中の事件を片づけることができた。ただ、許可の条件として、個人的な関係と仕事の関係を切り離すこと、と言われていたから、他の職員には知らせなかったのだが。それからもうひとつ。僕たちもつい２週間くらい前に、子供ができたことがわかったばかりなんだ。・・・他になにか聞きたいことは？」

誰も口を開かなかった。
Mulder は、スライドプロジェクターのスイッチを入れると、電気を消した。

「さあ、では、仕事に戻ろう。」

End