F.B.I. Special Agent Fox Mulderは、家に帰ってきた途端、ため息をついた。
Scully がいない。
もちろん、彼女は、今夜は仕事で遅くなるから、と彼にきちんと伝えていた。
しかも、ある意味で、彼女の残業は彼にも責任があるといえる。彼が加わっていた凶悪犯罪対策班が、今日の午後、山のような証拠をQuanticoに持ち込み、大至急分析をするよう緊急に要請したのだ。

そうだとしても、彼はScully に長時間働いて欲しくなかった。今、彼女は妊娠しているのだから。
研究所で彼女と一緒に働いているSpecial Agent Sean Pendrellも、それを知ってから、彼女にはいろいろ気を配ってくれている。今日だって、もし彼がひとりでこなせる量なら、５時には、彼女を家まで送り届けてくれていたはずだ。
モルダーは携帯の短縮で「１」を押した。

「Scully 」Special Agent Dana Scully は携帯をとると、反射的に答えた。

「Scully ？僕だけど。どう、大丈夫？」

「お腹がすいているのよ。ピザがいいわ。」

モルダーは思わずくすくす笑いながら言った。
「そう、よかった、僕も元気だよ、ありがとう。」

スカリーのため息が受話器から聞こえた。
「ねえ、Mulder。たしかあなたは、私の、このお腹の責任者のはずだし、私が夜中まで仕事をしなくちゃいけないのも、責任者はあなたなんでしょ。ピザくらい持ってくれるわね。」

「Mulderがピザを持ってきてくれるんですか？」電話の向こうでPendrellが大声を出した。
「マッシュルームとカナディアンベーコンものせて下さいね！」

「Pendrellにまで食わせるのか？」モルダーはわざと不満そうな声で言ってみた。
「Pendrellを妊娠させた覚えはないぞ！」

「もちろん彼にも持ってきてあげてね。一番大きいサイズだったら３人で分けて食べられるでしょ？急いでね。あ、Mulder、それからね。」

「なんだい？」

「愛してるわ。」

「僕もだよ、Scully 。じゃあ、１時間以内には行けると思う。」

Mulderが携帯を切ると、キッチンカウンターの上の電話が鳴りだした。
「Mulder」反射的に答える。

「どうして、あなた方って『もしもし』って言えないの？普通の人はみんな『もしもし』って電話に出るのよ。」

「もしもし。Melissa、どうしたの？」

「ちょっとDanaとおしゃべりしようと思って。お腹の赤ちゃんのことも聞きたいし、他にも・・・。替わってもらえるかしら？」

「まだ仕事から帰って来てないんだ。実は、僕もこれから極秘の任務で出かけるところ、ていうか、DanaとPendrellにピザを持って行くところなんだけど、よかったら、一緒に、実験君をからかいに行きませんか？」

Melissaのため息が受話器から聞こえた。妹と同じため息だ。
「Fox。Seanのこと、そういうふざけた名前で呼ばないでちょうだい。あ、でも、一緒につれていってもらえるってこと？」

「もちろん。ピザを注文してから迎えに行きますよ。で、Quanticoに行く途中でピザを受け取ることにします。すぐ行きますから待ってて下さい。」

「ありがとう、よろしくね。」

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Pendrellは、顕微鏡の中をのぞき込みながらため息をついた。
「Scully と過ごす夜」
と言っても、このScully 妹では彼にとっては、なんの意味もない。
もちろん、Danaといるのがいやなのではなくて、彼女のことは好きだし、一緒に働くのも楽しいと思っている。
けれども、５ヶ月前、MulderとScully の結婚式の日に、Melissaと出会ってからというもの、彼は、Melissaとの間にいい関係を築くことに、全力を傾けてきた。
まず、第１段階までは、彼の努力は報いられたと言っていい。彼らは何回かデートもしたし、頻繁に電話でおしゃべりするようにもなった。
しかし、それ以上の段階のこととなると、高校生レベルのままに留まっていた。キスをしたり、彼女を胸に抱いたまま眠ったりしたこともあるけれど、何もなかった。
Pendrellは、自分たちがこのままの状態でいる理由をいくつも考えだして、自分に言い聞かせていた。
例えば、Melissaがカトリックの信者であることとか、彼女と会っているときに仕事関係の連絡が入って、デートが台無しになることとか、いろいろあるはずだ。
もう一つ、大切な事情もある。
Danaがハネムーンから戻って数ヶ月後、彼女は疲れやすくなり、朝、吐き気を訴えたりするようになった。彼女が妊娠していることがわかると、Pendrellは自分も協力しなければという気持ちになり、彼女が少しでも休めるように、Scully の分の仕事も引き受けたりして、忙しくなっていたのだ。

誰かが研究室のドアをドンドンたたいた。

「ピザのお届けです！」Mulderの大きな声が響いた。

「入って！」

Scully とPendrellが同時に答えると、Mulderがピザを持って入ってきた。
その後ろから飲み物を持ったMelissaも入ってきた。

「Melissa！？」Pendrellは、自分が働きすぎて、ついに幻覚を見るようになってしまったのかと思いながら彼女の名前を呼んだ。

「Melissa、どうしたの？」Danaがたずねた。

「あの、あなたに電話したらFoxが出て、ちょうどあなたとSeanに夕食を持って行くところだ、って言うの。それで、私を誘ってくれて。」

Melissaはそう言いながら、来ちゃいけなかったんじゃないかと思い始めていた。
もしかしたら、Seanは、自分のことを、職場にまで押しかけてきて、厚かましい女だって思ってるかも。

「おしゃべりは後にして。」Mulderが言った。
「ピザを受け取ってからずっと我慢してきたんだから。早く食べよう。」

研究室の奥の机を片づけて、４人でテーブルを囲み、全員がやっと食事にありつくと、みんなの口数も減り、黙々とピザを食べ始めた。

ただし、Pendrellだけは、全然食べていなくて、Melissaを見つめてばかりいた。
ああ、彼女ってきれいだな。
しかも、こんな研究室にまで来てくれて、一緒にごはんを食べてくれるなんて、本当に素敵なことだ。
これはもしかして、一歩前進ってことなのかもしれない。

Melissaがさっき感じた不安は、もうなくなりかけていた。
Seanは、怒ってるんじゃないみたい。
どちらかっていうと、キスしたいんじゃないかしら。そうだったら、いいのに。
ほんとうに、そうしてほしい。彼って、びっくりするくらいキスが上手なんだから・・・

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ピザを食べ終わると、いきなりMulderが立ち上がって言った。

「ちょっと、いいかな、Scully 。話があるんだ。廊下に出よう。」

Scully は、夫を追って研究室を出たものの、ふたりの前で話せないことってどういうことなのか、わからなかった。
Pendrellだって、特別捜査官として、Scully と同じように機密情報を扱う立場なのに・・・。
厳密にいえは、Melissaには、捜査中の事件の情報を聞かせちゃいけないのかもしれないけど、私のお姉さんなんだから、別にいいじゃないの。

もっとも、彼らの後ろでドアが閉まった瞬間、Scully にはMulderの言う「話」が何なのか、すぐにわかった。
彼は、彼女の顔を手のひらで包み込むと、身をかがめて、唇を寄せてきた。
ゆっくりと、確かめるように吐息を交わして、その向こうにあるものを探りあう。
Scully は、彼のキスを味わいつくした。

「捜査官殿、嘘をついて廊下におびき出すなんて、『誘拐罪』になるんじゃないかしら？」彼女は、小さな声で言った。
そして、彼の肩に頭をのせたまま、体に腕を回してぎゅっと抱きしめた。

「もちろん、君とキスしたかったっていうのも、あるんだけど。」とMulderが答えた。
「もうひとつ理由があってさ、あれ以上、MelissaとPendrellが、でれでれ見つめ合ってるのを見せられたら、僕は、大声でわめき出してたな。ふたりで、ピザをめちゃめちゃにしてくれる気かと思ったよ。」

Scully は、くすっと笑った。
「じゃあ、今まで、私たちの前で、Pendrellがどんな気持ちでいたか、あなたにも理解できるようになったってことね。かわいそうに、あなたがラボに近づいてきただけで、彼ったらコーヒーブレイクに出かけちゃうのよ。」

Mulderは、ため息をつきながら、首をふった。
「MelissaとPendrellか。思いつきもしなかったな。」

「私たちも、似たようなものじゃないの。私たちが、婚約を発表したとき、心臓発作を起こしかけた捜査官が、何人もいたはずよ。なにしろ、私たちが、パートナーになったとき、あなたが私のことを、スパイよばわりしてたっていうのは、有名な話だったんだから。」

「君を、家に連れて帰って、Melissaをここに置いていく、っていうのはどうかな？」Scully にむかって、彼が訊いた。
「そうすれば、みんな幸せ、円満解決だ。」

「私たちは、それでいいけど、A.D.Skinnerはどう思うかしら？」Scully が、冷静に言った。
「Pendrellと私が、２人とも、仕事をほったらかしにして、個人的娯楽にいそしんでる、なんてSkinnerに知れたら、笑い事じゃすまないでしょうね。」

「じゃあ、お義母さんを、Skinnerに紹介しようか。」とMulderが言ってみた。
「それで、SkinnerもScully 家の女性とつき合ってみれば、Pendrellや僕の気持ちが理解できるようになるんだよ。」

Scully は、大きな目で彼をにらむと、あきれたように首をふった。

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Pendrellは、ピザの空き箱や、コップやナプキンをまとめてゴミ箱に捨てた。
仕事に戻ろうとしたとき、真後ろにMelissaが立っていたことに気づいた。
ここで何をすべきか、なんていちいち考えていたら、多分、何もできなくなってなっていただろう。
しかし、今日の彼は、気持ちの命じるままに動き、Melissaを壁に押しつけた。
そして、ふたりの唇が合わさったとき、Melissaは、いつものように、みぞおちに火花が散るような感覚に酔いしれた。
Seanとキスを交わすと、Melissaは、１０代の頃に読んだ恋愛小説を思い出す。
あの本には、キスというのは、世界で一番すばらしいできごとみたいに書いてあった。
その後、実際に、男の人とデートをするようになると、彼女はちょっとがっかりした。
キスをするのは、楽しいことだったけれど、本に書かれていたような、わくわくするほどのことではなかった。
しかし、この数ヶ月の間に、あの本は、やっぱり間違っていなかった、と思えるようになっていた。
彼女が、キスする相手を間違えていたのだ。
でも、科学室の住人のほうが、サーファーやNavyのパイロットよりキスが巧い、なんて誰が教えてくれたかしら？

「今日は、来てくれてありがとう、Melissa。夕ごはんを一緒に食べてくれて、うれしかったよ。それと、ごめんね。最近、仕事で遅くなってるから。でも、ほんと、こんなところに、・・・僕に会いに・・・大変だったよね・・・」

「Sean、これ、お皿？」Melissaが、誘うように腰をずらしながら、聞いた。

他のときなら、自分の状態を知られただけで、Pendrellはきまり悪く思い、慌ててしまったに違いない。しかし、彼は、まだ、Melissaとのキスの余韻でぼんやりしていた。

「お皿じゃないよ。君に会えてうれしい、って言ってるだけ・・・」とつぶやいた。

Melissaは、突然、楽しそうに笑い出した。
彼女はずっと、男の人は、こうあって欲しいと思ってきた。
この手の話題にも、動じたりしないで、ちょっと冗談をいえるような感覚を持っている人。
あーあ、Danaとこんなところにいないで、もう一緒に帰って、これから私の家に来てくれればいいのに。

「何、笑ってるんだ？」Mulderが、Scully とラボに戻ってきて、聞いた。

「別になんでも。」Pendrellが、素っ気なく答えた。

「ふーん。じゃあ、Melissa、そろそろ帰ろうか。まだ仕事が残ってるみたいだから。早く終わらせて、Danaは、まともな時間に家に帰って、休まないとだめだ。」

「ええ、そうね。またね、Dana。」Melissaは、妹の頬に軽くキスをして、別れを告げた。
「電話してね。手の空いてる時でいいわ、疲れてなければね・・・あ、それと口が空いていればね。」と言いながら、彼女は、義弟の口元に、ちらっと目をやった。

彼の下唇には、Danaの口紅が残っていた。
Mulderは気づいて、手の甲で口を拭ったが、Melissaの "廊下でキスしてたんでしょう"という視線には、あくまでも気づかないふりをした。

「じゃあね、Sean。」彼女は、いそいで呟くように言った。

「うん、babe。」彼は、Melissaの頬に、そっとキスを落としてから言った。
「僕、本当に、絶対に、頑張って仕事を終わらせる。そうしたら、週末は一緒に過ごせるから。」

「うれしいわ。でも、無理はしないでね・・・私は、待っていられるもの。」
Melissaは、"恋のルール"には違反している言葉だと知りつつ、そう言った。
"女性は、どんなことがあっても、自分の部屋で、ずっと電話を待って座ってるなどということを、まだ正式な約束を交わしてもいない男性に、知らせるようなまねをしてはいけません！"
しかし、彼女は、そんなルールの信奉者ではなかった。

それに、彼女は、さっきのキスのときよりも、今、頬をかすめたキスの方に、どきどきしてしまった。
刺激的だったという意味ではなくて、彼女の家族や、彼の同僚の前で、オープンに愛情を表現してくれたことが、本当にうれしかった。
彼が、とても慎重なひとだと知っていればなおさら、これは、一歩前進のゴーサインなんだと思えた。
そして、彼がそれだけ多くの時間、働かなければならない理由というのが、妹のDanaの負担を軽くしてくれるためだということもわかっていたので、彼には心からの感謝の気持ちを感じていた。

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MulderとMelissaが帰ったあと、Scully は、Pendrellに視線を移した。
「それで？なんて言って、姉をあんなに笑わせていたのか、私には教えてくれるんでしょうね？」

「いいですよ。」Pendrellは、まじめな顔をして答えた。」
「でも、先に、あなたとMulderが、'アイスティー'って言っただけで、いつも大笑いしているのはどうしてなのか、教えてほしいんですが・・・」