「ダナ？ただいま！」
　モルダーだ。彼は、片手に赤いバラの花束を持ち、反対の手にプレゼントの袋を持ったまま、ポケットに鍵をしまおうとして、危なっかしく曲芸のようなことをしていた。

　「ここよ。」彼女の声がベッドルームから聞こえた。

　わあ！
モルダーは、部屋の中を急いで走りぬけながら、思った。もしかして、ディナーの前にデザートってことなのかな？
　彼のその考えは、妻の顔を一目みるなり、消し飛んだ。

　「ダナ、何かあったの？」

　スカリーには、自分が過剰反応していることが分かっていた。彼が帰ってくるまでに、あと数分でいいから時間が欲しかった。そうすれば、この現実を受け入れて、落ち着いた顔でいられたのに。
　彼女は、言葉もなく、ただレシートを彼に手渡した。

　「なんだい？」

　「私たちは、お互いのことを分かっていると思ってたわ。」
　彼女は、泣き出してしまわないように、静かに言った。
　「私は、あなたを理解しているわ。つまり、私たちが結婚する前に、あなたが、ああいう・・・娯楽を必要としていた理由を、本当に理解しているつもりなの。あなたは、そうしないと私と一緒にいることはできなかったって言ったわ、しかも私以外のパートナーと組むことはもっと耐え難いことだったからって。あの頃、私たちの間に、何度かめばえかけていた緊張を、解くための方法が必要だったことも、説明してくれたわ。もちろん、あなたが今でも、雑誌やビデオをいくつか持っているのはかまわないの。でもあなたは、もう買わないって約束したじゃない。もう必要ないよって。私は・・・私じゃ・・・もうだめなの？」

　モルダーは、ぞっとした。
　今、僕は「フォックス・モルダーがパニックのとき」の顔をしているはずだ。スカリーと一緒に過ごす初めてのバレンタインデーを、めちゃめちゃにするなんて！
　最悪の展開だけど、カウチで独り寝するのは慣れてるしな、と一瞬、彼は皮肉まじりに思った。

　「ねえ、スカリー」彼は、そっと言った。
　そして、花束とプレゼントをドレッサーに置くと、彼女の顔を両手で包み込んだ。
　「あの店には、ビデオと雑誌以外のものも売ってるんだよ。それに、君がだめってどういう意味？君はいつも、僕をドキドキさせているよ。本当だよ。君の全てに魅かれているんだ・・・君は知性的で、愛情豊かで・・・セクシーだ。僕は、君を愛してる。」

　スカリーは、今までの人生の中でも経験したことがないような、複雑な気持ちにおそわれた。
　彼女は、夫が、自分に飽きたのではないことがわかって、うれしかった。しかし、ビデオじゃないなら、その中身は何なのかという疑問は、依然として残っている。
　彼女は、私生活では、経験が浅い方だったが、医者でもありＦＢＩ捜査官でもある彼女は、知識だけは豊富にあった。いろいろな、「小道具」のことも知っている。

　「それって、おもちゃみたいなもののこと？」彼女は、やっとの思いで声を絞り出した。

　「ああ、スカリー！違うよ、全然違うよ。ほら。」モルダーは答えてから、ちょっとため息をついた。
　「まあいいから、開けてみろよ。でも、君が気に入らなかったら、いいんだ。女性が好きなことだと思ってたんだけど、もしかしたら長いことビデオを見過ぎてたせいで、妙な考えにとりつかれているだけかもしれない。」
　スカリーは、ゆっくりと、薄い包装紙を開いて、硬いプラスチックでできた円筒形のものを取り出した。
　そして、それがローションのびんであることがわかると、ほっとしたように息を吐き出した。
　キャップを開けてみると、ミントの香りが鼻孔をくすぐった。

　「それを塗ってマッサージしてあげたら、いい気分になれるらしいんだ。」

　「ありがとう！すごく楽しみだわ。」彼女は、伸び上がって、彼のあごに軽くキスした。

　「まだ、あるんだけど。」と彼がつけ加えた。

　スカリーは、袋の中をのぞき込んだ。
　さっき、ローションを持ち上げたとき、薄紙の他には何もなかったように思ったけど？
　だが、何かがあった。なにか・・・黒いもの。
　モルダーは、クリスマスに、今、ワンピースの下に着ている青いテディをプレゼントしてくれた。しかし、これに比べれば、それはとても上品なものにみえる。同じテディでも、これは、ハイカットでシースルーの、ほとんど実用性のないものだ。

　「なあ、スカリー、これ、着てみなくていいからな。どうしようもないよ。ただ、ちょっと、何でだろう・・・、衝動買いってやつかな。」
　モルダーは、手を伸ばした。が、すぐに彼女がひったくって自分の手におさめた。

　「だめよ！私にくれたんでしょう？私のものよ。あなたのプレゼントはリビングにあるわ。」

　「もう、怒ってない？」

　怒る？
　スカリーは考えた。夫は、彼女のことを、知的で、対等な、仕事上のパートナーであり、魂を分かち合う相手でもあると見てくれていた上に、彼女を女性として愛し、女神のように崇めていることを、断言してくれただけだ。
　それは、女性にとって、最高の幸せだと思う。
　今まで、自分自身の理性だけが、第一の、そして唯一のよりどころだと言い聞かせて、人生を過ごしてきた女性にとって、これ以上望むものはない。

　「いいえ、フォックス。怒ってないわ。プレゼントを見にいきましょ。」

　「僕からのプレゼントは、まだ終わってないよ。」と、彼が言った。
　「花とカードもあるんだ。」

　彼女は、花束を顔に近づけて、香りを楽しんだ。
　「本当にきれい。花瓶に生けなくちゃ。それから、カードをゆっくり読むわね。」

　スカリーは、夫の膝の間に座り、カードを開けた。
　表紙は、浜辺の夕日の写真だ。中を開くと、印刷文字はなく、モルダーの手書きのリストが、ふたつ書いてあった。
　ひとつは、「僕の言った真実」。もうひとつが、「僕のついた嘘」。
　最初のリストには、１ダースほどの文章が書かれていて、それはすべて、彼がこの数年の間に言った言葉だった。結婚するずっと前に言ったことまで書かれている。例えば、
　”君は５０億人の中の、たった一人のひとなんだ”
　”君は、僕のことをわかってくれる”
　”君が、僕を救ってくれたんだ。君がいたから、なんとかやってこれた”
　”君だけを信じてる”
それから、もちろん、
　”I love you”

　もうひとつのリストには、
　”スカリー捜査官と僕は、ただの同僚だ”
　”僕は、スカリーのことなんか見つめてないぞ”
　”彼女は僕のパートナーです。妻じゃありません”
など、他にもいろいろ。

　スカリーは、彼にキスをしようと顔を傾けた。ゆっくりと近づき、唇をあわせる。擦れあうような口づけを交わしてから、そっと舌を差し入れると、さらに深く唇を重ねた。
　いつものように、彼はかすかに、ひまわりの種の味がした。しかし、それよりも、もっと強く、彼の味を感じたい。
　ふたりは時間をかけて、キスを深めていく。
　彼の膝の間に、はまりこむように座っていたスカリーは、彼が、だんだん熱を帯びてくるのを感じた。彼が、彼女の太腿に手をすべらせ、撫で上げると、彼女は、息つぎをするように唇を離し、そのまま彼の肩に顔を埋めた。そして、少し体をよじるようにすると、彼女の下で、彼がぴくんと動いたのがわかった。

　スカリーは、テーブルの上にあったカードとプレゼントを取ると、モルダーに手渡した。
　カードを開くと、詩が印刷してあった。
　その下には、手書きで、
　”この１年が、私の人生最良の年・・・愛をこめて”
と記されており、彼女のサインが添えられていた。
　彼は、プラスチックのハートいっぱいのひまわりの種を見ると、嬉しそうににんまりして、彼女にキスを返した。

　「ポテトとパンを見に行かなきゃ。」と言いながら、彼女は、なごり惜しそうに、彼の膝からすべり降りた。
　パンは取り出して、バスケットに移し、カバーをかけておく。ポテトは、オーブンに戻して、あと数分おくことにした。
　スカリーは、モルダーが彼女のあとについて、キッチンに入ってきたことに気がついていた。彼が、真後ろに立ったとき、彼女は彼の体温を背中に感じた。

　彼女は、顔を彼に向けると、たずねた。
　「お腹がすいているの？」

　「もし、『もう我慢できないよ。ディナーじゃなくて、別のことがね！』なんて言ったら、君は僕のことを、ブタみたいだって思うんだろうね？」

　スカリーは、オーブンを閉めた。
　「いいえ。」と囁いた。
　「ベッドルームにつれていって。」
　モルダーが彼女を抱き上げると、彼女の口からかすれた吐息が漏れた。
　彼は、彼女を抱いたまま、ベッドルームへ向かった。
　結婚するまで、彼女は、現実の男の人はこんなことをしないはずだと信じていた。作家や脚本家の想像の産物だろうと思っていた。
　しかし、今の彼女は、こんなことが大好きだ。

　モルダーは、彼女をそろそろと降ろした。彼女はベッドを背にして、彼の前に立った。
　彼がスーツを脱ぎ捨てようとしたとき、彼女が押しとどめた。
　「待って。私に・・・。私が脱がせてあげるわ。」

　「いいよ。」

　スカリーは、ジャケットの襟をつかんで、彼の広い肩の向こうに落とした。そのあと、注意深くホルスターをはずし、拳銃と並べてドレッサーのうえに置いた。
　彼女は、彼の首を手のひらでなぞった後、するりとネクタイをはずした。
　そして、ゆっくりと、Ｙシャツのボタンに手をかけた。ひとつひとつボタンをはずしていくたびに、彼の胸にキスを残していく。

　「私がはじめて、あなたの服を脱がせたときのこと、憶えてないと思うわ。」

　「憶えてるよ。結婚式の夜じゃないか。」

　「違うの。それより前の話よ。お父様が殺された直後、あなたがここに来たときのことよ。あなたは、すごい熱だったし、薬のせいで苦しんで、震えていたわ。」

　「僕は、ここに着いたことさえ覚えていないんだ。僕が覚えているのは、父が撃たれたことと、君に電話をかけなきゃって思ったことだけなんだよ。僕にとって、唯一信頼できるのは君だけだったし、君が僕を助けてくれることもわかってたんだ。次に気がついたときには、僕はトランクスだけで君のベッドに寝ていた、というのも覚えてる。多分その時点で、事実をつなぎ合わせて考えていれば、君が僕の服を脱がせてくれたことくらいわかったはずなんだな。でも、あのときは他のことで、頭がいっぱいだったから。」

　「ええ、そうね。でも私は、あの晩のことを思い出すと、今でもちょっと、罪の意識を感じるのよ。」

　「どうして今までだまってたんだ？」

　「わからないわ。あのときのあなたは、私を医者として、パートナーとして、そして何より友人として必要としていたのよね。だから私は、あなたがお父様のことを話すのを、黙って聞いたり、熱を下げるための努力もしたわ。あなたの支えになるために、そばについていようと思ったし、病気に関しては、プロの医者として最善のことをしたつもりなの。だけど、心のどこかに、あなたの素肌の感触や、横に眠っているあなたの温もりを感じられることが、嬉しいと思ってしまう自分がいることに気づいたの。」

　「君、ここで僕と寝たの？」彼は驚いて、たずねた。

　「そうよ。私は、治療のために経過を見る必要があるんだから、って自分に言い聞かせたわ。本当に必要だったと思うけど、でも、やっぱり、私は、・・・そうしたかったんだと思う。」

　「どういうことなんだ、スカリー捜査官！僕はショックを受けたぞ！」彼はからかうような調子で言った。

　話している間に、スカリーは、シャツを取り去ってしまった。彼は、靴を蹴り上げるようにしてぬいだ。
　次に、彼女はベルトに手をかけると、巧みな手つきでバックルをはずし、ジッパーを下ろした。スラックスがすべり落ちると、引っかかっていた靴下まで一気にはぎ取った。

　「あのときと違うのは、トランクスの中を見てもいいってことね。」彼女は、彼自身を解放したあと、にっこりしながら言った。
　そして、勃ち上がりかけたもののてっぺんに、小さなキスを落とした。

　モルダーは、うめき声をあげた。
　「多分、あのとき見なくて正解だったと思うよ。なにしろ、僕は心底まいってたし、浄水器に入ってた薬にやられてたからね、君に、感動的な光景をお見せすることはできなかったはずさ。ところで君、まだ服を着たままじゃないか。」

　「ええ、これは、あなたの仕事だもの。」

　モルダーの手が背中にまわり、ワンピースのジッパーを下までさげた。彼女は腰をくねらせるようにして、彼がワンピースをくるぶしまで下ろすのを手伝い、そして、足もとに気をつけながら、ワンピースの外に一歩踏み出した。
　彼女が今、身につけているものは、テディだけだ。

　モルダーの洩らした口笛は、飢えた狼のように、低く響いた。
　「クリスマスのプレゼントを気に入ってくれたんだね。」

　「あなたにもらったものは、全部気に入ってるわ、フォックス。キーホルダーもよ。」

　モルダーの、長く器用な指が、彼女の足の間を探り、テディを止めていたスナップをはずした。彼の敏感な指は、なおも立ち去りがたく、しばらくその部分をさまよい、その感触を惜しんだあと、彼は、テディをたくしあげて彼女の頭をくぐらせた。
　そして、彼女を引き寄せながら、ベッドに倒れ込んだ。

　ふたりは、互いの体に唇を押しつけたり、手を絡ませたりしながら、こころゆくまでキスを楽しんだ。
　モルダーは、彼女の背中を撫でたあと、その下の丸いふくらみを、手のひらで搾るように揉みしだき、彼女の胸に置き忘れられた小さな果実をついばんだ。
　彼女が身をよじって彼にしがみつくと、彼は、１本の指を背中にすべらせ、背骨をつたって彼女の足の間にもぐり込ませた。
　彼女は、彼の首にかじりついて反応した。
　彼女は、彼の背中や二頭筋の厚みを確かめるように自分の指を這わせたあと、彼自身に手をのばし、手のひらで優しく包み込んだ。

　せがんで甘えるようなスカリーの声をきいて、モルダーは体を起こし、彼女を抱き寄せた。
　彼は、ヘッドボードにもたれると、彼女の体を支えながら、自分の上に座らせた。
　彼女は、彼のものに手を添えて、少しずつ腰を落とした。
　あるべきところにあるべきものが収まった瞬間、ふたりは同時に声をあげた。

　「僕はもう、お店を閉めるから」と彼は、笑顔を向けながら言った。
　「あとは全部、君に任せるよ。」

　スカリーは、彼の肩に手を置いて、焦らずに、ゆったりと体を動かした。
　ふたりが愛を交わすとき、彼が彼女を上にするのは珍しいことではなかったが、いつもは、仰向けに寝た夫が、彼女を見上げていた。彼女はそれが好きだったのだが、今夜のように愛し合うのもいいと思った。膝をついて、腰を沈めると、もっと深いところに彼を感じられる。
　数分もたたないうちに、彼女は押し上げられるように身をそらせ、その最後の瞬間、うめきながら彼の名前を呼んだ。
　妻の内側が収縮をくり返し、その脈動が彼に伝わると、それを合図としたかのように、彼は妻の中へ達した。

　彼らがともに昇りつめたその場所から、ゆっくり引き返してくると、モルダーが体の位置を変え、ふたりは互いに寄り添って、体を伸ばした。
　スカリーは、彼の肩を枕にして、眠たそうにつぶやいた。
　「愛してるわ。」

　「僕もだよ。」モルダーがそっと答えた。

＊＊＊　＊＊＊　＊＊＊

　およそ１時間後、モルダーが目を覚ました。
　スカリーはまだ眠っている。やわらかな寝息が、彼の腕をくすぐった。
　彼のお腹が小さく鳴った。
　当然だよな。僕らはまだ、ディナーにありついていないじゃないか。
　彼は、慎重に、妻の腕を自分の胸の上から持ち上げると、ベッドを下りた。
　彼女は、口の中でなにか言いながら、彼の温もりが残っているところに、体をずらしたが、それでも彼女は、目を覚まさなかった。
　彼は、トランクスの上にＴシャツを着ると、ディナーを仕上げるためにキッチンへ入って行った。

　数分後、お肉がジュージューいって焼ける音とにおいが、スカリーの目を覚ました。
　いけない！
　ほんの少し罪悪感を感じながら、彼女は思った。
　今夜は、私が、夫のためのお料理をしようと思っていたのに・・・。
　といっても、彼女は、本気で悪かったとは思っていない。夫が自分で、料理より先に、愛し合う方がいいと言ったのだから。
　彼女は、ベッドから下りると、一瞬、何を着ようか迷った。そして、さっき、夫がくれたプレゼントを手にとった。
　これは、どう見ても・・・挑発的では？・・・と、彼女は鏡を見ながら思った。
　そして、彼女は床に落ちていたモルダーのＹシャツを拾って、彼のプレゼントの上にはおった。

　彼女が部屋に入っていったとき、モルダーは、焼けたばかりのステーキを、お皿に移そうとしていた。

　「今、起こしに行こうと思っていたんだ。」と彼が笑顔で言った。
　「ディナーができたよ。」

　「ありがとう。んー、いいにおい。」

　彼らがテーブルにつこうとしたとき、モルダーが言った。
　「ダナ。Ｙシャツの下に、何か着ているんだろうな。もし、そうじゃなかったら、僕は気になって、食事ものどを通らなくなる。」

　「ああ、着てるわよ。もちろん。」彼女は小さく笑った。

　ふたりは、ディナーの間じゅう、楽しそうにおしゃべりを続けた。
　大半は過去の事件のこと、その中でも変わった事件のことや、面白いことがあったときのことを話していた。

　「わたしったら、バーベキューソースを顔につけてたのよ、覚えてる？」

　「あのとき、若い子たちに、君のことを『奥さん』なんて言われてさ、僕たちが拳銃を見せたら、あわてて逃げていったけど。」

　「張り込みの時に、あなたの肩で私が寝てしまうと、いつも、よだれが垂れてるって、からかわれたわ。」

　「うん、でも、あれは嬉しかったからだよ。」

　彼らは、食事を終えると、テーブルを片づけて、お皿を食器洗い機に入れた。
　そのとき突然、モルダーが、スカリーの体を壁に押しつけた。
　そして、彼は、自分の両手を彼女の顔の横に置いた。
　彼の体と壁の間に、彼女を囲って、彼女が逃げられないようにした。

　「大丈夫？」と彼はたずねた。彼の声には、心配するような響きがあった。
　彼女には、その理由がわかっていた。
　過去に、彼女には囚われたり、追いつめられたりした事件が何度もあった。悪意に満ちた人間が、彼女の意志を根こそぎ奪おうとした。
　そして、彼は、彼女の恐怖をよびさますことを恐れていた。彼女を、こんなふうに自分の腕で閉じこめても、彼女の脳裏に悪夢がよぎることはないと、確信していたかった。
　彼女は、何もこわくなかった。
　彼女は、この男を信じている。
　命を預けてもいい。心も魂も、全てをかけて信じている。
　モルダーの大きさも、その独占欲も、そして生身の男の部分も、何もこわくない。
　それどころか、それこそが、彼女の求めているものだった。

　「大丈夫よ。」と彼女がうなずいた。

　「ねえ、ダナ。」
　彼は、少し笑いを含んだような調子で、ゆっくり口を開いた。
　「僕は、いつも君を信じてる。ほんとに、君だけを信じてるんだよ。だから、君が、僕のＹシャツを着ておきながら、その下は裸じゃないなんて、僕に嘘をついていたんだとしたら、すごくいやだな。」
　彼は、ボタンをもてあそびながら言った。

　「私、嘘なんかつかないわよ。シャツを開けて見てみれば？」

　モルダーは、片手を彼女の顔の横に押しつけたまま、もう片方の手で、シャツのボタンをはずし始めた。彼女が、シャツの下で身につけていたものを目にすると、彼の口から、低い感嘆の声がもれた。

　「僕のプレゼントを気に入ってくれたってこと？」
　彼は、彼女の首や、鎖骨のあたりにキスを落としながら訊いた。

　「うーん、そうね。」彼女はためらいがちに言った。
　「でも、これを一晩中身につけていたいとは思わないわ。」

　「待てよスカリー、まさか、まだ、足りないのか？」彼は、わざと怯えたような声で言った。
　「僕には、明日仕事があるんだぞ。」

　「わかってるわよ。ふたりとも仕事に行かなくちゃ。だから今夜は、あなたを疲れさせたくないわ。あなたは料理もして、他のこともして、大変だったものね。もう寝た方がいいわよ。」
　彼女はそう言いながら、彼の腕の中から、するりとぬけだすと、ベッドルームの方へのんびり歩いていった。

　スカリーが、ドアの前につくころになって、ようやく、茫然としていたモルダーが気がついて、彼女を追いかけてきた。
　そして、彼女に組みついて抱きかかえると、ベッドに押し倒した。
　彼女は、笑いだし、彼に顔を近づけて、彼の下唇をとらえる瞬間に囁いた。
　「私の勝ちね！」
　そして、彼の頭をつかんで引き寄せると、唇を重ね、ふたりはキスに没頭した。

　酸欠ぎみになったふたりが、唇を離すと、彼女が小さな声で言った。
　「さっき言ってたことだけど・・・フォックス、私やっぱり・・・」

　「やっぱり、何？」彼は、ぼうっとしながらたずねた。
　彼は今、彼女が言いかけていることより、彼女が自分の体に仕掛けていることのほうに気をとられていた。

　「まだ、足りないわ。」

　「そのことなら、僕も、まだまだ、君が欲しい。」

　「今度は、あなたが上？」彼女は、にっこりした。

　「・・・うん・・・」

　その後、いつまでも、言葉にならない息づかいだけが、聞こえていた。